彼等も許される
「おかしいだろ、こんなの」
どうしてこうなったのか分からない。
なんでみんな許さなくなったのか分からない。
許さなければ、悪い事が積み重なっていくのに。
悪さを咎めるから、人は悪さを隠すようになる。
隠したら、余計に悪さがひろがる。
だから悪さを許さなければならない。
(そういう事だったはずだろ!)
なのに、もう誰も許さない。
今、様々な凶器を手にした者達が逃走者を追ってくる。
逃走者を囲んでくる。
逃走者を追い込もうとする。
逃げ場はどこにもない。
助けてくれる者も消えた。
許してあげましょうという者達は残らず殺された。
それは親であり、教師であり、近所のおばあちゃんであり、PTAのおばちゃんであり。
近くの寺のお坊さんだったり、市民団体という人達だったり。
役所の人や市議会議員というのもいた。
いろんな人達が殺されていった。
だから逃走者を助けてくれる者はもういない。
それでも逃走者は必死になって逃げた。
逃げて逃げて、逃げ続けた。
助けてくれた人も徒党の仲間もいなくなり。
それでも逃げ続けた。
追いかけられ、追い詰められ。
それでも追っ手や囲みを掻い潜ってきた。
ろくに何かを食べる事も出来ず。
ゆっくりと寝る事も出来ず。
そもそも、屋根のある所にいる事も出来ず。
人目を避けて逃げ続けてきた。
体力も精神も疲弊している。
それでも、生き残りたい、死にたくないという気持ちが体を動かしていく。
しかし、それがいつまでも続くわけもない。
もとより、監視の下だ。
いつまでも姿を隠せるわけもない。
追い込まれ追い詰められ、逃げ場を失っていく。
「いたぞ!」
見つけられた逃走者はよろよろと動く。
今までは壁の上、家と家の間をぬって逃げていた。
身軽に様々なところを通っていった。
それも体力を失う事で出来なくなった。
今も何とか逃げようとするが、体が動かない。
すぐに捕まえられ、引きずり出される。
道の上に転がされた逃走者。
取り囲む何人ものに人間は、容赦なくその体を叩きのめしていく。
野球バットで、バールで、その他あらゆるもので。
「手こずらせやがって!」
「この盗人!」
「悪党!」
「くたばれ、クズ!」
積み重なった鬱憤を口にして逃走者を叩きのめしていく。
そんな者達を地面から見上げる逃走者。
痛みに意識が飛びそうになる。
そのかすかな意識の中で思う。
(何でこうなった?)
あやまったのに。
ごめんなさいと言ったのに。
(どうして許さないんだ?)
それで全てが終わるはずなのに。
だが、何も終わらない。
何人もの人間に追いかけられ、逃げ続けた。
どうしてこうなったのか?
悪さを許さないでどうするのか?
それが逃走者には分からなかった。
許さなければ、誰もが悪事を隠すようになる。
隠すようになったら、何度も悪事が続く。
だから許しが必要。
そのはずなのに。
自分を叩きのめす者達にそういったところは見られない。
怒りに顔をこわばらせ、憎しみのこもった目を向けてくる。
そこに許しなど一切無い。
あるのは、容赦のなさ。
徹底して相手を潰すという意思。
「テメエのせいで、俺の娘は強姦されたんだ!」
「お前が万引きを続けたせいで、店が潰れたんだぞ!」
「ごめんなさいで済ませるんじゃねえ!」
誰もが口々に思いの丈を叫ぶ。
その全てが、悪事への怒りだった。
「もう二度と許さねえ!」
そんな声も上がる。
「許せばまた悪さをしやがる。
てめえらなんざ、そういう奴だ!」
「ごめんなさいで終わらせんじゃねえ!
なんでごめんなさいで全部終わらせなきゃなんねえんだ!」
それは被害にあった追跡者達の思いだろう。
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