おとぎ話のヒーローだけど、さるかに合戦の牛糞でした
近未来、地球は未知の脅威に晒されていた。
人の邪悪な心に取り憑き、その人間の心に存在する悪役を具現化し怪人と化する病、悪役病が流行していた。そうして物語の悪役をモチーフとした怪人達は、大暴れし地球を大混乱へと陥れてしまう。
しかし人類は諦めなかった。人の悪意を利用するのなら、善意をもって病をコントロールしようと。
そうして生まれたスーパーヒーロー達。
悪役に対抗する物語の主人公やその仲間達、それらをモチーフにしたヒーローが人類の平和の為に立ち上がる。人々は彼らをこう呼んだ。
ブックマンと。
人々が悪役病と戦い十数年。今やブックマンは一つの職業として定着していた。
千人に一人に見られる体質による適性、その狭き門をくぐり抜けた僅かな人々が手に入れられるヒーローの称号。子供達の将来の夢第一位に君臨するまでとなった。
そんなヒーロー、ブックマンに憧れる少年がいた。
少し猫背だが頭一つ抜けた高身長の少年。潮来雄介、ブックマンになる事を夢見たごく普通の少年だった。
そう、今彼はヒーローとなる。集められた若者達。彼らはブックマンの適性を持っている者だ。
広い部屋に集まった人々。何処かの施設の講堂だろう、まっすぐ整列した若者達と彼らの前に立つ初老の男性。彼は手のひらサイズの小さな本、真っ白な何も描かれていない本。彼はその本を雄介達に見せつける。
「諸君おめでとう、君達は選ばれた。この地球を守るブックマンとなる資格を持っている。この本を手したまえ。心の中にある君の物語を、君のヒーローを目覚めさせるのだ」
並び一人づつ本を受け取る。
今日この本を受け取り、自身の物語を鎧へと纏う。心臓が爆発しそうなくらい暴れている。
(ついに……この時が来た。お願いします、どうか!)
雄介の前に並んでいる者達が本を受け取る。彼らが本を握り自分の胸に当てる。すると本の表紙が剥がれ落ち一冊の絵本となった。
浦島太郎、かぐや姫、ピーターパン。どれも子供なら一度は読んだ事のある童話だ。
雄介には願いがあった。彼には憧れているヒーローがいる。その物語をどうしても引き当てたかった。
(一寸法師! どうか一寸法師を)
必死に祈る。自分よりも圧倒的な存在に臆する事もなく立ち向かう勇者。雄介が誰よりも憧れているヒーローだ。
「おおっ! 桃太郎!?」
ふと聞こえた声に顔を上げる。雄介だけでなく皆がその声に視線を向けていた。
桃の模様が描かれた機械の日本甲冑。顔を隠す仮面の奥から喜びの声が溢れる。
「やった、メインクラス!」
喜ぶ青年に周りの人々は羨望の眼差しを向ける。
「すっげぇ、桃太郎だってよ。犬とかじゃなくて主役とかマジか」
「いいなぁ。私もシンデレラ引けるかな」
ブックマンには二つのクラスがある。上位の強力なヒーロー、主人公の力を持つメインクラス。そしてサブキャラの力を持つ下位ヒーローのサブクラスだ。
当然メインクラスのブックマンになれる者はごく僅か。しかしそれだけ優秀かつ世間からも大人気だ。
「……凄い。でも俺だって」
拳を握りしめる。
ブックマンとなり世界を救う。命を懸け、人々の盾となるのが夢だ。
「次、潮来雄介君」
「はい!」
呼ばれ強く返事をした。心臓が痛い程脈動する。汗が額から溢れ息が苦しい。
震えながら本を手にする。深呼吸をしながら握りしめ、本を自分の胸に当てた。
(お願いします!)
心の中で叫ぶ。己の内に秘められた力を、心の善意を表すヒーローを願う。
本は雄介の想いに呼応するように光を放つ。表面がポロポロと剥がれ、真っ白な本に絵が浮かび上がる。
「これが……」
本には真っ赤なカニとサルが対峙している絵が描かれていた。
「さるかに合戦?」
希望と違う事にがっかりする。しかし気分をすぐに入れ替えた。例え希望と違ってもヒーローとなるのに変わりはないのだ。得た力に文句を言うなんてあってはならない。
「そうだ、それにもしカニが当たれば……」
「さあ、本を開いてみなさい。ブックマンに変身するんだ」
「はい!」
男性に促され本を開く。そして全力で叫んだ。
「リード!」
雄介の声に反応し本のページが宙を舞う。ページは雄介の身体の周りに浮かび囲む。四角い箱のように形作り姿が隠れる。
『さるかに合戦!』
ページが弾け紙吹雪が舞う。本は胸の中心に収まり明かりを反射し輝く。
「…………これが、俺の」
最初に感じたのは悪臭だった。周囲の人々も顔を歪め鼻をつまむ。
元の高身長にみあったマッシブな土色の身体。泥の塊のような全身とウシを模した仮面。
「いや、嘘だろ?」
気づいてしまった。これが何者なのか、自分が得た物語のキャラクターは誰なのかを。
さるかに合戦の主役はカニ、悪役はサルだ。そしてカニには仲間がいる。ハチ、クリ、臼………………牛糞の四人。
そう、牛糞だ。
「う、ウンコマンじゃん」
笑い声が聞こえる。皆が指をさし笑っていた。
「くっせぇな。さっさと変身解けよ」
「そうだそうだ」
並んでいた人々からの非難。それだけではない、本を渡した男性も鼻を摘みながら露骨に嫌そうな顔をしていた。
「君、申し訳ないが出ていってくれないか? いや、君が悪い訳ではないがその臭いは……」
「…………はい」
心が痛い、仮面の中で涙が止まらない。
ハズレなんてものは無いと言われていた。しかし平和を守るヒーローとしての第一歩は最悪の形で終わってしまった。
こうして雄介は世界最低の不人気さ、助けてほしくないブックマンナンバーワンの称号を得た不名誉なヒーローとして名を轟かせる事になる。
その名も、カウダンガー。