3.竜殺しで人殺し
投稿の間隔短い。俺、偉い。
沈みゆく夕日。黒い海が真っ赤な炎を溶かしてゆく。
防波堤伝いにマイク少年は泣きながら1人で歩いて帰って行った。道の端っこをフラフラと。
アサが1人で帰れるかと聞くも、それに構わず黙って帰って言ってしまった。
「相棒がわりぃね。アイツ結構いい奴なんだけどさ。俺もたまに分かんないときがあってさ。」
ムジカは頭を掻きながら謝る。
「そうですね…。いい人だとは思います。」
とアサ。
「アタシはああいうの面倒くせーかな。男の長髪ってのもあんま好きじゃないし。シネの方が可愛いかも。」
ブーナは呆れて笑う。
「シネって誰?」
「ホラ、関所のリザードマン」
「多分、あの人シネじゃないと思うよ」
2人の会話にムジカが答える。
「関所のリザードマン?アイツは「ディネ」っていうんだ」
「「おっしい!!」」
と2人。
…グゥーー
と音が鳴る。
「ブーナまたプーした?」
「またって何だよ!おならじゃなくてっ!お、お腹が鳴ったの!」
ブーナといえど女の子。腹の音を聞かれてすこし恥ずかしそう。
「あのさ…」
ムジカがほくそ笑みながら問いかける。
「ブーナって別にあだ名とかじゃないよね…?」
何言ってんだこいつ?とブーナ。隣でアサが笑うのを堪えている。
「私のちゃんとした名前だよ。ブーナ・アルフ・バーンズ…あだ名っぽいか?」
「バーンズ!?しかも燃えるのかっ!」
ムジカが自分のことをからかってることに気付いた瞬間、ブーナはあることに気付いた。
「おまっ!誰がおならのブーナだ!クソめんたいこ!バーンズまで馬鹿にしやがって!」
アサがホヘホヘと奇妙な笑い声を上げる。
「ごめん。ごめんよブーナ。ブーナって面白い奴だな!」
ムジカも謝りながら笑いが止まらない。
「もー!お腹がすいただけなんだよ!お前次からクソめんたいって呼んでやるからな!」
ブーナがお腹がすくのも無理はない。ポスティングの仕事も終え、日も沈み。あたりは少しずつ暗くなっていった。
「悪い悪い、からっかった詫びってほどでもないけどさ、いい店教えてやるよ。あんまりうるさくない海鮮居酒屋」があるんだ。
「ボブリ食べれるんだろうな?」
知らないけど、多分あるだろうとムジカ。辺りが暗いと少しアサは心配そうにムジカに聞く。
「もう夜になるけど、さっきの…マイクくん大丈夫?お家近いの?」
心配するアサにありがとなと答えるムジカ。
「アイツはウチに来たらいつも大体、この時間に帰るよ。そこの防波堤にそって真っ直ぐ5分あるいたとこさ。」
それなら心配ない。
赤ちゃんじゃないんだし、賢い小僧なんだから心配すんなよとブーナ。晩ご飯が食べたくていても経ってもいられない感じだった。
「飯はめんたいがおごってくれんのか?」
ムジカは笑って首を振る。
「そうしたい気持ちはあるんだがな、相棒に説教せにゃならん」
ブーナはつまらなさそうに「なーにが「気持ちはある」だよ。」といった。
「いっぱい説教してあげて。あと、いっぱい彼の話を聞いてあげて下さい。彼はきっとマイクくんより弱い人間です。」
とアサ。
ムジカはハハハっ!と笑う。
「あんたもそう思うか!分かった。そうするよ。しっかし、アンタみたいな彼女がアイツにいたらいいのにな!」
その後、ムジカは紙にペンでささっと居酒屋までの地図を書いてブーナに渡した。
「サンキュー!お前ブサイクだけど丁寧な仕事するじゃないか!」
一言余計だとブーナを小突いて、アサに向かっていう。
「あんたたち、明日も少し時間あるのか?」
真面目な顔で聞いてきた。
「何だよデートか!?私は安いがアサは高いぞ!」
何の話よとブーナを睨むアサ。そうじゃない。と首を振るムジカ。
「マイクのヤツと遊んでくんないか?その、今日のことがあるから。ウチの店には来たくないだろうし…。」
「ええ。元気になるように。私たちが色々、話し相手になります。」
「助かるよ。」
「あと、ブーナ。」
「何だよ。」
ムジカは満面の笑みで自慢気に言い放つ。
「残念だけど俺?彼女いるもんねー!」
まるでブーナがムジカに興味があると言ったような言い方だった。かんに障る。
「お前みたいなブサイクキョーミねえつうの!あと、お前、人との距離の詰め方下手くそなんだよ!」
アサはムジカに手を振って分かれた。「ばいばいおならブーナ!」と後から声がしたが、ブーナは無視して彼の書いた地図を見ながら歩いて行った。
✳
ビール瓶の籠に腰掛け、ナキリは7本目の煙草を吸っていた。ゆっくりと瞳を閉じると、身体は八年前の村の岩場で、雨の中腰掛けていた。
そばには赤い長髪の男。昔の相棒がいる。
「お前。お前なんであんなことしたんだよ!」
髪の短い昔のナキリが相棒に叫ぶ。
「何で俺のせいみたいな言い方をするんだ。こうなることはお互い分かってたはずだろ。」
「お前のせいじゃなっていうのかよ!」
「俺は、俺の罪を否定はしねえさ…。だけどあのガキから目を離さなきゃお前はあのガキを守れたはずだ。」
「な、何が言いたいんだよ…?」
相棒の口がゆっくり開く。
「ナキリ、お前は…」
ガチャ!
現実に戻る。煙草を吸っていたナキリの後ろでドアが開いた。
ムジカが呆れたようにナキリを叱る。
「お前、何本煙草吸ってんだよ!今日のお前、ひどかったぞ!マイクにちゃんと謝れよ。」
「俺さ…」
ナキリは振り返らなかったが、声が震えていた。
「昔、若いときドラゴンキラー……?の仕事しててさ」
ムジカはまた昔話すんのかよ。と思った。
「知ってるよ。昔のことなんかもう気にするなよ!」
「マイクくらいの年の子の友達がいたんだ…。」
聞いたことない話だった。
「事故だったって思いたい。今でも…。でもさムジカ、お前に話した。俺。127匹の竜を殺したって…」
「ああ…」
いつかナキリがドラゴンキラーだったときそれぐらいの数の竜を殺したときいた。
「でも、違うんだ。俺は…」
「俺は…」
「127匹の竜と…友達を。1人の子供を…」
ムジカはその先を聞きたくなかったし、ナキリがそんなヤツじゃないって信じたかった。
「嘘だって!お前はそ…」
「殺したんだ。」
その瞬間にナキリは泣いていたのかもしれない。
わざわざ打ち明ける必要もなかったのに、自分という人間の醜さを誰かに打ち明けないと気が済まない彼の正義感と、ずっと仲良くしてきた相棒に自分は本当は最低な人間だと知られる瞬間の孤独感が、彼を押しつぶそうとしていた。
「ナキリ。お前は人殺しだ。」
昔の相棒の言葉が、頭の奥から再生される。
こんどは今の相棒に言われるのだろう。
だが、ムジカはナキリを軽蔑することもなければ、今目の前で震える男にどんな言葉をかければいいのだろうと。ただそれだけを考えていた。
ぶっきらぼうだが、頼りになる相棒がはじめて自分の前で泣いていた。泣き声すら聞かれたくないだろうに。
それはムジカにとっても見ていて苦しい物だった。
ナキリが人を殺めたことが真実であろうが、そうでなかろうが、ムジカはこの男がどんな男か知っている。
チンピラからムジカを助け、叶いそうにもなかったムジカの夢を一度も馬鹿にしなかった男。
「だから何だよ!」
ムジカの言葉は優しかった。その優しさを自分は受け入れてはいけないとナキリは自分に叫ぶ。
「俺は、この町にいちゃいけないんだよ!」
「いていいんだよ!少なくとも!この店はお前の居場所だ!オーナーの俺がそう言ってんだ!」
きっと煙草の煙が2人の男の目に入ったんだろう。
2人とも煙たそうに瞼を擦る。
「馬鹿だなあ!お前が事故だって思うんだったらそりゃ事故だろ」
「……」
「相棒。俺にも煙草よこせよ。」
「……」
「今日のアサってねーちゃんが俺に言ってたんだ。お前の話いっぱい聞いてやれって…。」
ムジカは相棒の頭を叩いて、煙草に火をつける。
「だからよ…いっぱい話してくれよナキリ。」
「ムジカ……」
「オエッフ!」
ムジカの大きな咳がそこら中に響く。
「お前、煙草吸ったことないだろ。」