2.ドラゴンと僕
セーブ(西武)なのにドラゴンズ。変なタイトルですね。ライオンズでしたら山川選手が大好きですが、一番好きなのはもう野球選手ではないんですが、もと楽天イーグルスのJブラッシュです。「蠍は二度刺す」なんて格好いいですね。僕の厨二心を揺さぶります。
「むゎう!」
僕が泣いていたら、そのチビスケが現れた。
黄色くて、太っちょまんまる。クリクリした瞳でゆっくりにじり寄ってくる。
「むう、むゎう!」
涙で濡れたほっぺを紫色の舌が拭う。
ちょっとクサい。雑巾みたいなニオイ。
だけど、一瞬で好きになった。僕のはじめての友達。弱そうなドラゴン。名前はキュート。
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ちいさなドラゴン「キュート」と出会って。
それから2週間くらいしてマイク少年は雑貨屋のナキリに会いに行った。
少年にとってナキリは同じ港町に住む、雑貨店のかっこいいお兄さん。友達と二人で生活用品を作って販売している。ナキリは切子模様のガラス細工を作ってて。もう一人の相棒はたらこ唇でオタクっぽい早口の男。ムジカといって革細工で鞄やら財布やら色々作っている。
ナキリはこの町では有名だ。というのも一昔前は盲目で凶暴な竜と恐れられていた暴竜バダハラを飼い慣らしてるからである。マックスって名前で見た目は毒々しく不気味なフォルムだが、子犬みたいに甘えん坊で優しい女の子。
マックスはよく少年と遊んでくれる。
そんなマックスの親代わりのナキリなら、竜のこと色々知ってるだろうと思い立ち。
少年はナキリのいる店へと向かう。
「ナキリー!」
ナキリという男は店の裏手で休憩していた。瓶ビールが入っていたプラスチックの籠をひっくり返して、椅子代わりに腰掛けていた。
男は実年齢通り20代後半といった見た目で、青い瞳の上にフレームの細い銀縁眼鏡をかけ、肩まで伸びた黒い長髪の上からデニム柄のターバンを巻いていた。
前髪で隠れているが、額の端っこに5センチほどのちょっとした傷跡がある。
「よーマイ公。今日も元気だな。」
ナキリはマイクの顔は見ずに二本目の煙草に火をつけ、鼻の穴から豪快に煙を噴出する。
「あははっ!機関車みたい。」
「煙草は身体に悪いから、お前は真似すんなよ?」
「えーかっこいいけどなー」
ふたりは目を合わせて笑う。
「おーいナキリ!お客さん!」
裏手のドアが開き、たらこ唇のムジカがナキリを手招く。
「おう、分かった。マイク、暇だろ?中はいって適当に遊んでていいぞ」
「ありがとっ!」
2人は店内裏口に入る。
「商品は触って良いけど!機械には触んなよー!ガラス切るヤツとか革に穴開けるヤツとかだからな!」
「はーい!」
一応、注意だけしてナキリは接客カウンターに戻る。マイクが頭のいい子どもだと分かっているので、ナキリはしつこく注意したりはしない。
カウンターの前にはカエルみたいなちいさなリザードマンが2人立っていた。
「皮!買ってくれよ!」
ナキリは自分の隣にいる相棒ムジカを睨みつける。
「何だよ革じゃねえか!お前の分野なんだからお前が対応しろよ!」
煙草に火をつけたばっかりなのにと怒るナキリ。
「や、でも…俺、接客苦手だし…」
ムジカは客に聞こえないようにナキリの耳元でそっと話を続ける。
「こいつら特殊なんだよ。言ってることがおかしーから帰ってもらうように促したんだ!そしたら「お前じゃ話にならん。店長を呼べ」っていわれてよ…」
「言ってることがおかしーって何言われたんだよ?」
ムジカに聞き返すと。先に客のリザードマンがナキリに聞いてきた。
「なあ、店長さん。隣の兄ちゃんにも聞いたんだがね?こいつの皮をよ?買ってくんねえか?」
一瞬、言っている意味が分からなかった。
カエルみたいなパンチパーマのリザードマンが笑いながらモヒカンの相棒の背中の皮を引っ張って見せる。
「えっとお客さんの皮を革細工用の材料として買い取るって事ですか?」
2人はうなずく。
「俺の皮を200ゼニーで買い取ってくれよ。そしたら新しい釣り竿が買えそうなんだ!俺のことは気にするな。痛いの?へっちゃら!」
「そうそう!」
こんな馬鹿すぎるやつが世の中にはいるのかとため息が出る。なんて言って説得しようかと悩んでいるよそで、店の前ではナキリの飼っている竜マックスとマイクとムジカが遊んでいる。
「あの野郎、面倒な仕事を俺に投げやがって…。」
「ん?兄ちゃんなんか言ったか?」
カエルみたいな兄弟がナキリの顔を下からのぞき込んでくる。
「いえ、あのですね。ウチ、卸しの業者としかやりとりしませんので。買い取りはやってません。」
そこをなんとかと頼み込むカエル兄弟。
「堅いこと言うなよー。頼む。明日の釣り大会でイワダイ釣れたら俺、今までのゴルフ仲間への借金返さないで済むんだよ!」
もはや、こっちとしてはどうでも良いというか知ったこっちゃない事情。
「何センチか知らないですが、あなたから皮をはぎ取るのは医療行為ですよね?免許がない僕やあなた方が勝手に医療行為をするのは違法行為なんですよ。お引き取り頂けない用でしたら通報しますよ?」
「通報」という単語に怯んで、ふたりは目を丸くしながら帰って行った。
「ちょっとぐらいいいじゃないかケチ!」
「でべそ!」
といわれた。
「ケチ」は分かるが、「でべそ」は勝手に決めんなと思ったナキリだった。今度店に来たときは、「いらっしゃいませ」と同時に俺の自慢のへそを見せてやろうと思った。
短時間ではあったが、ああいった手合いの接客はどっと疲れるものである。
上手く、あしらえたかと思うと今度は店先にこの辺じゃみたことない小さな女性が2人。ムジカとマイクの2人と話していた。
「またちっさいのが。ちっさいコンビが流行ってんのか今?」
さっきの客で少しイライラしたのか、ナキリはまた煙草が吸いたくなったので、ムジカに声をかけに行く。
「よお。相棒。俺には面倒な仕事させて、てめえはナンパか?」
煙草吸ってくるからなと言おうとしたら、女の子たちに相棒から紹介された。
「あ、こいつ!お嬢さんたちこいつがマックスの飼い主だよ!すごいだろ!」
おーー!と歓声が上がる。
「あ、こんちは。…勝手に紹介すんなよ。裏で煙草吸ってくぞ俺は!」
早く煙草が吸いたいのに、その場から離れようとするナキリを女性が質問してくる。
「すごいです!バダハラってすごい臆病な種なのに、どうやったらこんなに人なつっこく育つんですか?あ、失礼。アサと申します。こっちが…」
「ドワーフのブーナだ!この子マックスっていうんだっけ?かっわいーな!めっちゃ甘えてくんだけど!」
よく見ると、2人とも美人だった。アサというダークエルフは黒髪に褐色の肌で猫みたいな顔。エルフにしては珍しく背の低い女だ。
となりのブーナは髪はボサボサで眉毛も太いが、大きな垂れ目とそばかすが愛らしく、少年のように歯をむき出しながら笑っていた。
「そうかい。こいつぁ、飯食うことと遊ぶことしか考えてねーからよ。たくさん遊んでやってくれ。」
アサはナキリに微笑みかけて、ズボンのポケットから名刺入れを取り出し、名刺をナキリに渡す。
「セーブザ…ドラゴンズ?」
「はい!ご存じですか?」
アサの微笑みから目をそらしながら、ナキリは名刺を突き返す。
「え、あ…」
「知ってることは知ってるが、興味ねえな。大変だと思うけど、ま。頑張れよ。」
名刺を返されてアサは少し残念そうだった。
「あ、その、ご興味ありませんか…。」
「おいナキリ!名刺返すって何だよ失礼じゃねーか!」
相棒に睨まれるナキリ。悪気があったわけではないが、もともとそういう団体が胡散臭くて近づきたくない思いがあってつい、行動に出てしまった。
「意外だなー兄ちゃん!こんなバダハラなんかと暮らしてるくらいだから、竜種の保護活動にも興味あるかと思ったのにー」
とブーナ。
「マイクだっけ?そっちの坊もあんたの真似してドラゴン育ててるんだろ。」
ナキリにはそれは初耳だった。
「ドラゴン…育ててるのか?」
マイクは嬉しそうにナキリに笑顔を向ける!
「うん!そーだよ!名前はねキュー…」
「今すぐ捨てろ!」
ナキリが叫ぶように言い放つ。マイクは耳を疑った。
「どう…いう事?」
「愛着がわく前に、とっとと捨てろって意味だ。お前には無理だ。」
突然に苛立つナキリ。5人の間に冷たい空気が流れる。
「で、でもナキリさん!マイクくんは頑張って面倒見たいから、ナキリさんに色々相談して勉強したいっていってましたよ?」
とアサ。
「そーだよ!自分はドラゴン育ててるくせに何なんだよ!」
とムジカ。
少し間を置いて。ブーナもナキリに問いかける。
「あんただって大好きだから、こんな凶暴な竜と一緒に暮らしてるんだろ。だったらこいつの…マイクの気持ちもわかんだろ?」
ナキリはその場で煙草に火をつけた。
「ああ、俺はマックスのこと大好きさ。だけど、育てたくて拾ったんじゃない。…罪滅ぼしだ。」
そのまま裏手まで歩いて行きながら、ナキリは吐き捨てる。
「本当は竜なんて育てたって、ろくな事ねえのさ。」
ナキリが出て行った裏口の扉を見つめながら、マイクは泣いていた。
1番自分のことを分かってくれると思っていたナキリに言われた言葉が、一番ナキリから聞きたくない言葉だったから。