1.港町にて
ほぼ、初投稿です。本を読むのは好きですが、読む本に偏りがあるので、文章力はあまりないかもです。でも、これから頑張ります。来年、再来年と上達していくのなら楽しみですね。普段は飲食の仕事をしていますが、「介護」を題材にした作品もこの作品と平行して作ってます。良ければそちらもチラッと見てくれるとうれしいです。
何卒、よろチラ。
男はベッドの上で悪い夢を見ていた。土砂降りの雨の中、大きな岩山に囲まれた産廃場に小さな竜とそれよりもっと小さい少年。そしてその竜を殺そうとしている男がいた。
竜殺しの男の名前はナキリ。今、この夢を見ている男の8年前の姿である。彼が二十歳の時だ。
セミロングの黒髪、額には横に5センチ程ある切り傷。華奢な体つきながらも絞り上げた綱のように締まった筋肉。細い腕ながら重みのある鋼鉄の剣を構え、盲目で凶暴な黒き竜「バダハラ」の幼体を始末せんと立ち向かうところであった。
しかし、その竜をかばうようにしてトミー少年はナキリの前に立って動かなかった。
「そこをどきなさい!トミー・ベネット!バダハラは君が思うよりずっと凶暴な竜です。彼はいずれ君も殺すに違いありません!」
ナキリの言葉を少年は信じなかった。
「そんなことない!やめてよナキリ!ケビンは僕の友達なんだ!ぼくらはわかりあえるんだ!」
少年は竜にケビンと名付け可愛がっていた。
ナキリが歩を進ませ、竜に近づこうとしたその瞬間、急に視界が暗転する。
何事だ?
暗くなったのは一瞬だった。視界が明るくなった瞬間。ナキリの前には死体が2つ転がっていた。
首と胴体を真っ二つに切られた竜と、その下で腹から血を流す少年。嘘だ。俺は剣を振り下ろしていない。なんで、なんでトミーが血まみれなんだ。
「あああっ!」
ふと、男は目を覚ます。
「くるくるっ…きゅーん」
男のそばで、夢にも出ていた凶暴な竜バダハラと同じ種の竜が男に朝の挨拶をした。もう5年近く彼が養っている相棒。毎朝、お腹が空くと彼の寝室にのそのそと入ってくる。
竜は彼が殺めた個体よりも大きく。2メートル近い体長になる。
「おー、おはようマックス。何だよ朝ご飯か?」
「きゃうー」
マックスと名付けられた竜は、ナキリの被っている掛け布団の上に顎を乗せて、ナキリが撫でやすいように体勢を低くしていた。
ナキリの寝室は日当たりもいいので、マックスにとっては体温調節にもなって丁度良い。
男はふと自分の目から涙がこぼれてたことにきづく。盲目と言われるほど視力の退化したバダハラにはわかるわけもないのに、ナキリは誤魔化した。
「あれ?何だ涙が出てら。なにが悲しいのかね?」
気付かれるハズもないのに、気付かれたくなかった。そばで甘える竜に「俺はお前と同じ生き物たちをたくさん殺してきたんだ」と。
カーテンが揺れ、窓辺から柔らかな日差しが差し込んだ。男がベッドから少し身を起こすと、窓の外には船着き場があり、海が果てしなく続いていた。空の水色と海の青が一本の線で分かれたような美しい世界。
だけど、ナキリはその海の向こうの村の事を考える。あの少年のいた村。涙を流す少年の母。血だまりの中で身を寄せ合う仲良しの1人と1匹。
かもめが鳴いた。応えるように教会の鐘も鳴り、新聞配達のスクーターの音や、売店がひさしを張る音、隣人がキッチンで何かを炒める音が聞こえてきた。朝が始まる。
そこはすべてが優しい町だった。罪を犯した男には苦しいほどに。
✳
小さな丘は緑が生い茂り、整地されたように背の低い草原が遠くまで続いていた。丘には幾人もの人が行き交ったのであろう、草が少なく道路のように禿げた地面が港町の関所の石造りの門まで続いていた。
「ボブリのー♪砂があー♪抜けるっまっでー♪」
港町までの道を、2人の女が山頂から降りていく。
小さくて黒いダークエルフのアサと、小さくて髪の毛が爆発したドワーフのブーナは、ゆるやかだが果てしないようにどこまでも続いていた登り坂を今やっと登り終え、上機嫌だった。
「あたしとー♪ダンスをー♪おどりっまっしょ♪」
「それ何の歌ー?」
とアサ。聞いたことない変な歌だと笑う。
「今考えた!港に付いたら貝食べたいなー!と、思ったらメロディーが浮かんでさ!」
亜麻色の髪を揺らしながら、ブーナはアサに少年のような笑顔を向ける。
「ボブリの砂ってなあに?」
不思議そうにアサがブーナにたずねる。ブーナは驚いた。
「げー!知らないのアサ?ボブリの貝って中に砂はいってるから、塩水にさらして、砂吐いてもらうんだよ!」
そうなんだーとアサ。
「もー!女子力高そうな顔して!毛むくじゃらのあたしだってこんぐらい知ってるんだから。」
アサは料理などは得意ではないらしい。
「女子力低いよー。今までずっと村の見張り番と弓の鍛錬ばっかりしてきたから。」
意外ー!とブーナ
「エルフって男も女もナヨッとして魔法にばっかり頼ってると思った。」
「ふつうはね。でも私、全然魔法使えなくって。出来損ないだったから。家にも父親や男兄弟がいなかったからっていうのもあって、女だけど村の見張り番だったよ。」
細くて小さい少女のような姿のアサにしては、随分、似合わない仕事をしてたんだなとブーナは笑う。
「でも…、だっからかなー!あたしエルフそんなに好きじゃないんだけど!アサは初めて見たときからこう…友達になれそう!って思った。」
「そうなの?エルフ嫌いなんだ。」
「ドワーフはみんなそうさ!そりゃあ、あたしたちだってエルフと仲良くしたいのに、アイツらみんなあたしらのこと馬鹿にすんだ!女もヒゲ生やして毛むくじゃらで気持ち悪いって!」
「え?でもブーナはかわいいし、ヒゲないよ?」
「剃ってるの!…もしかして、知らなかったの?」
ホントに何も知らなかいのかと呆れるブーナ。
「ごめんね何も分からなくて。ブーナがいっぱい教えてくれると嬉しいな。」
アサは脳天気に笑う。
「もうー。本とか読んでる?あんたってドワーフより野蛮かも。サイコーだよ。」
ゆっくりと話していると、岸壁に隠れていた港町の石の門が見え始めた。
「わー!カマラマの街だよブーナ。」
「おお!待ってました!待ってろよ、新鮮な魚介類!」
2人とも長旅でお腹はペコペコだった。港町というだけでなく、飲食店や炉端焼が多いのでも有名なカマラマの町は、2人が近づくにつれ、炭火やバター、焼き魚などの臭いを放っていた。
「カマラマと言えばゴマウオとか、カットラスフィッシュだよね!ツブイカの塩辛も食べたい!」
「あんた魚詳しいのね」
まったくの無知かと思えば、この子は特産品とかが好きなんだろうかとブーナは思った。
「うん、大体の魚は捌けるよ!よくお魚釣ってお家に持って帰ってたんだ。」
これまたびっくりとブーナ。
「すごいな!何で魚は捌けて、ボブリの砂出し知らないんだよっ!」ブーナは魚釣るくらいならわかるだろうと思った。その問に対してアサの答えはこうだ。
「だって、貝は釣った事ないから。」
確かに。貝は基本釣り竿では釣れない。ただ、釣りによく行ってたならどこかで「ボブリの砂出し」との接点があっただろうと思ったが、ブーナは何も言わなかった。
石の門の前に付いた。門は関所になっていて、そこには門番のリザードマンが座っていた。全身ツルツルの灰色の肌に、黄緑のパーカーをつけたリザードマンはガムを噛みながら、門の小部屋の中で読書していた。黄緑のパーカーには可愛らしい苺のプリントが散りばめられていた。
「クチャクチャ」
「よ、オネーサン!通行料いくら?」
リザードマンがブーナを睨みつける
「オニーサンだよ!見てわかんねえのか?」
申し訳なさそうに謝罪するブーナ。
「ごめん、あたしリザードマンってあんまりあったことなくって」
「女は大概、スカートはいてるよ!あと、うちは別に通行料は貰ってないんだ。何か身分証になるものの提示と、名前と住所を書いて貰ってる。」
「分かった。えっと名刺が確か…」
ブーナはカバンの中を探りながら、リザードマンの下半身に目をやる。黄緑のパーカーの下は、何も履いてない。素肌だった。
「女は大概スカート履いてるっつったけど、あんたのソレは下半身露出とかで罪に問われないの?」
リザードマンは更に不機嫌になる。
「おまえら猥褻な哺乳類と違って、猥褻なものは付いてないからな!下らねえことばっか、聞いてっと町に入れねえぞ!」
自分の身の丈の倍ほどある相手が苛立ってることに少し怯えるアサ。
聞いただけじゃないか。とブーナ。
「そんなに怒るなよ。女と間違えたのは悪かったと思うけど、あんたのそのパーカーって女の子のじゃねーの?可愛いから知らない人はややこしいと思うぜ。」
「女モンじゃねーよ!何なんだよどいつもこいつも、今朝もハーフハットのチビが服を馬鹿にしてきやがった!クソが!」
相手がどんどん苛立ってるいく、リザードマンの血走った目を見て。アサはちゃんと謝るようにブーナに促す。
「ああ、悪い悪い。ごめんよ!あたし本当はあんたみたいな筋肉質なリザードマン好みっていうか。タイプっていうの?気になっちゃってさ!知らないこといちいち聞いちまった!気を悪くさせてごめんな!田舎女だからさーたまに無神経って言われんだ。」
とブーナ。思ってることも、思ってないことも人があまり言えないようなことをハッキリ言うのが彼女。
リザードマンもアサも顔が赤くなってしまう。
「あ、あ?馬鹿じゃねえのお前。は、早く名刺見せろよ!」
リザードマンは先ほどとは一変、穴が開くほど睨んでたブーナと目も合わせられなくなる。ブーナが名刺を差し出すと、ぶっきらぼうに引っ張って取り上げる。
「非営利団体?セーブザドラゴンズ?…ああ、最近色々話しが上がってる組織か。はいよ、じゃ、ここに名前書いてくれ。」
リザードマンがバインダーに挟まれた紙を差しだす。
「へー、最近色々話しが上がってるってどんな話だ?」ブーナが興味の視線を向けると、リザードマンはまた目をそらす。
「わ、悪い話もいい話も一杯だよ。それ書いたらとっとと入ってくれよ!」
「私だけじゃなくて、この子も入るんだぞ?いいのか?」
まだ何も記入してないアサに目をやって、ブーナはいう。
書き終わった紙をまたリザードマンは引っ張って取り上げる。
「いいよ!お前の連れだろ?お前らとは一秒でも一緒にいたくねえんだよ!」
リザードマンは門の扉を開けて、顎でとっとと入れと促す。
「照れちゃって可愛い。ニーチャン名前何てーの?」
リザードマンは恥ずかしさを怒った態度で隠すので精一杯だった。うるせー!死ね!と吐き捨てる。
「お前、シネって言うのか?今度デートしようなシネ!ばいばーい!」
恐ろしい女だと思いながらアサは気になってブーナに聞いてみる。
「初耳なんだけど。ブーナってリザードマンがすきなの?」
それに対してブーナは。
「全然。ま、嫌いではないけどもともと興味ない。アイツ面白いやつだったな!」
呆れた女だった。そして、可哀相なリザードマン。
✳
2人の女は、カマラマの港町に入ってすぐに宿を取った。ふかふかベッドの2人部屋。それから浴場へ行き、また部屋に戻ると動けなくなった。湯船を頂いてすっきりした身体を雲のようなベッドに埋めると、食欲も忘れ、眠りに落ちてしまった。
2時間くらいだろうか、こうしてる場合ではないと先に跳ね起きたのはアサだった。
枕に涎を垂らすブーナをゆすって起こす。外はまだ明るいが、段々と空が赤らんできていた。
「ブーちゃん起きて。目的地じゃないけど、私たちここでもポスティング作業があるんだから。」
ブーナは目を擦りながら、ゆっくり身を起こす。
「ブーちゃんってあだ名今決めたの?家畜みたいだからやめて。」
元々、くせっ毛のすごいブーナは今日一日疲れたのだろう。寝癖でさらに頭が盛り上がっていた。
「わかったわ。そうね、ブーちゃんっていうよりいまライオンみたいになってる。」
アサがクスリと笑う。
「やかましやい。」
ブーナは顔を洗ったら、そのまま外へ出ようとしたので、慌ててアサが引き止めた。
アサがちゃんとブーナの髪を解いてから、2人はチラシの入ったカバンを持って町へ出かけた。
✳
2人は走って町役場へ向かう。ここに来る前に、電話にて町中にチラシを配る許可は貰っているが、一応、挨拶ぐらいはせねばと2人は走る。役場が閉じる前に行かなければと急ぐ途中、並木道をゆっくりと歩く老人がいた。白髪の短髪で頬がブルドッグのように垂れ下がったアロハシャツの年老いた男が2人を呼び止める。
「役場に行くのかい。もう入口は閉まってるよお!」
「え、そうなんですか!?」
2人は声を合わせて言う。残念そうに肩を落とす。
「見ない顔だね、急用かい?私はあの役場の町長なんだけど。どうしたね。」
不幸中の幸いである。
「ああ、良かったです!実は町長に挨拶をと思ってましたので!」
アサの言葉にどなただろうと首をかしげる町長。
「私、先週お電話差し上げました。セーブザドラゴンズのアサと申します。こちらは先輩のブーナ。」
3カ月しか変わらないけどなーと思いながらブーナは頭を掻く。
「ああ、アサさんでしたか!今日は私、相撲の千秋楽のために早上がりしたんだよ。運が良かったね。」
老人は優しく笑いかけるので、真面目なアサは申し訳ない気持ちになる。
「すいません!ホントは早くに町に着いていたのですが、宿に着くなり眠ってしまって!」
そんな正直に全部言うなよとブーナはため息。
しかし、老人はそうなると思っていたそうだ。
「いえいえ、女性2人ですごいですとも。道中のネジマキ峠は大変だったでしょう。歩いていらっしゃる人はみんなあそこにやられる。ここについたお客さんは皆、まず宿で寝てしまう。」
優しい町長にアサは深々と頭を下げ、小包を渡す。
「おやおや、お嬢さんこれは?」
「つまらない物ですが、私の地元で作ってるヨモギの餅です。中には豚の角煮が入ってます!」
町長は角煮も餅も大好きだ。と拳を握って喜ぶ。
私も食べたいとブーナもアサの後ろで唾を飲む。
ブーナはその味を知っている。最近、味見させてもらったからだ。出来たては噛み切ると、餅の中からジワっと油や肉汁が飛び出す。
「つまらない物なんて、とんでもない!今晩の相撲を見ながらお酒のつまみにさせて貰うよ!」
ありがとうと町長。2人は町長と手を振って別れた。
かと思えば、町長が振り返り呼び止める。
「おーい!2人とも!」
「どうしたの?」とブーナ。
「これ貰ってくれ。」
町長から渡されたのは、隣島で作られてる芋の蒸留酒だった。
「いや、町長。これは悪いよ。」
「そうです。私たちただでチラシを配らせて貰ってるものですから…!」
そんなに気を使わないで。と町長。懐からもう一本、同じ酒の瓶を取り出して見せる。
「知り合いに二本も貰ったんだ。4合瓶。私には重くて適わん。年寄りを助けるもんだと思って貰ってくれ!」
アサがまだ何か言おうとする横から、それなら是非!と躊躇なく受け取るブーナ。酒には目がない。
「地酒じゃなくて申し訳ないが、うちの島でとれる海産物に合うぞ!ボブリ貝の塩焼き!あれが最高だね!」
町長は小躍りしながら、自宅へ帰っていく。晩ご飯と相撲のことで頭が一杯なんだろう。
「ボブリかぁ。やっぱボブリだよなぁ!」
仕事が始まる前から今晩のつまみのことを考えるブーナ。町長いい人だったなとアサに笑いかける。
ブーナはもっと遠慮した方がいいとアサが注意する。それから2人は別れて、各世帯のポストにチラシを入れて回った。
今晩のお酒を美味しく頂くために、しっかり汗水垂らして働いた。