みてい
二章
サブタイ
「何で分かってくれないんだよ! 私は光がいればそれでいいんだ!」
――あなたには将来がある。会社があるのよ。私たちが一緒になったら周りに迷惑がかかるでしょう
「光」
――泣かないでよ。あなたの涙を見るために裏切ったわけじゃないわ
「誰よりも光を愛してる」
――なんで嫌いになってくれないの?
「嫌いになんてなれると思っているのか!」
「戻ってきたら絶対会いに行く。どんなに光が私の事嫌いでも、私は会いに行く」
――嫌いになんて、なれるはずないじゃない……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
悪夢から覚めた光は飛び起きた。頬には涙が伝う。
時計を見ると、時間はまだ午前五時。
「なんで出てくるの……?」
次々に溢れ出す涙を止めることが出来ず、ただただ泣き続けた。
やっと落ち着いて時計を見ると、もう八時を過ぎていた。
忘れたはずのあの人を、ほんの少し夢で見ただけで三時間も泣いていた。光はそんな自分が情けなかった。突き放したのは自分なのに、こんなにもあの人を愛しく思う自分が悔しかった。
「学校、行かなくちゃ」
外の空気を吸おうと、ベランダに出ると日が眩しかった。梅雨はもう終わった。これから少しずつ暑くなってくる。それと同時に試験が始まる。
明王寺が熱を出してから一週間。
学校にも慣れてきて、友達の顔と名前が一致するようになった。
明王寺は熱が下がらず、一週間も休んでいた。光は少し罪悪感は湧いてきたものの、前の席に明王寺がいないとホッとしていた。
一弥は変わらず接してくれた。明王寺の名前も出さなかった。一弥は優しい。
涙を手で拭い、支度を始めた。急がないと間に合わないけど、急いで準備する気には到底なれなかった。
お風呂に入って紅茶を入れて、心の落ち着きを待っていた。でも溢れ出してくる思いが止まることはなく、諦めて学校に向かう事にした。
無言で家を出る。
今の光には何も聞こえないし、何も映らない。体が覚えている道をただ歩く。こんな状態で自転車なんかには乗れない。
頭はあの人の事でいっぱいだった。今でもこんなに、何もなくなるくらいに愛しく思う。目頭が熱くなるのを感じ、自分の頬を叩く。
――私は強くなくちゃいけないの
気づくと、いつの間にか教室の前にいた。
溢れ出そうな涙を必死に抑え、光は教室に入った。みんなの視線が集まる。
運が良かったのか、ちょうど授業が終わったところだった。敷地に入ってから、絶対にチャイムが鳴ったはずだ。だけど今の光にはチャイムの音すら聞こえない。
無理矢理笑顔を作って友達のもとへ行く。ちゃんと笑顔になっていたかは、友達の態度で分かった。
「光って遅刻するんだー」
「お寝坊さん?」
光が必至に涙を堪えているのにも気づかず、クラスメイトは集まってくる。
明王寺は今日も休みだ。
「目、赤いけど大丈夫?」
赤くなるから、こすらないようにしていたのに。
「寝不足かしら」
「ちゃんと寝ないと体もたないよ」
「気をつけるわ」
「次の授業、行こう」
入った教室をすぐ出て、廊下を歩く。
みんなが話している内容が頭に入ってこない。何度か聞いてる? って声が聞こえて、謝った記憶はある。
頭の中がぐちゃぐちゃしていて、もう自分が何を考えているのかすら分からない。
必死に自分を取り戻そうとしても、引きこもってしまった『自分』は容易に外へは出てきてくれない。そんな『自分』をよそに、感情は高まるばかりだった。
この何時間かで何回あの人の顔が出てきただろうか。
笑う顔、怒る顔、むくれる顔、泣く顔。
何年も会っていないというのに、鮮明に浮かんでしまう。
一つの滴が零れおちた。ここまで抑えてきた涙も、もう限界を超えているようだ。
「ちょっと顔、洗ってくるわ」
みんなの反応を待たないまま、私はUターンした。行く先はお手洗いでもなければ、水飲み場でもない。
明王寺の事件以来封印していた屋上。今日は彼もいないし、何しろ屋上くらいしか誰もいない場所を光は知らなかった。
階段の踊り場を通り過ぎた時、ふと記憶が蘇った。恐怖を感じながらも前へ進む。一気に映像が頭を駆け巡り、でもあの人の事も混ざって光の頭はパンクしてしまいそうだった。
ドアを開け、そのまま走って柵にしがみつく。
「うっ……うぅ……」
さっき明王寺の記憶が巡っていたというのに、もう既に消えていた。今の光の頭には、遠い過去の記憶しか出てこない。
一つ思い出せば、また一つ思い出す。鍵をかけていたはずの扉が容易くどんどん開いてゆく。
「大丈夫?」
声に驚いて振り返るそこには一弥の姿があった。光は慌てて涙を拭いた。
「泣いてた風に見えたから」
どうしたの、と光の頭を撫でる。
さっきの集団の中に一弥もいたらしい。一弥は何かと光を心配して追いかけてくれる。でも今は一弥の優しさが苦しいだけ。
「なんでもないのっ……」
本当はこういう時、甘えたいと思う。苦しい事を全部吐き出したいと思う。そして慰めてほしいと思う。
「泣きたいときは、いっぱい泣いといた方がいいよ」
ぽんぽん、と頭を叩かれる。
この優しさに寄りかかってしまったら、ずっと弱いままになってしまいそうだった。そして寄りかかったままになってしまうのだ。
気持ちもないのに、その時の流れと寂しさで過ちを犯してしまう。
一弥には感謝しているし、本当は甘えたい気持ちもある。でも今慰められて、俺なら幸せにできるよ、なんて言われたら断れないだろう。いつも強気に見せているけど、本当は誰よりも弱いのだ。
それに誰かに話していい話ではなかった。
「次の授業、保健室だって言っとく」
何かを察したのか、すぐに屋上を出て行った。きっと一弥は明王寺の事で泣いていると思っているのだろう。
今の光には明王寺の事などどうでもよかった。あんなに嫌だった出来ごとを、ごみ程度にしか思えない。
あの人を思い出すという事は、もっともっと悲しくて苦しい事なのだ。思い出すだけなのに。
光の過去はもう末梢されているはずだった。日本に光の過去はない。思い出の品も全部ドイツに置いてきた。新たな気持ちでスタートした日本の生活に、悲しい記憶など持ち込みたくなかったのだ。
ここには思い出の場所も、痕跡もない。それなのに出てきてしまう。今回は何がきっかけで出てきてしまったのだろうか。
涙は止まることを知らなかった。泣いて泣いて、ずっと止まらない涙を拭いていた。
当時は楽しくて嬉しくてしょうがなかったのに、今思い出すと全てが悲しい記憶。
――何故私たちは愛し合ってしまったのか
――何故私たちは離れなければならなかったのか
――何故私はあの人を突き放してしまったのか
――何故私は思い切って追いかけなかったのか
――何故…
後悔ばかりが残る恋を、私は忘れることが出来ずにいる。
あの人はどうなのだろうか。
私のことをまだ想っていてくれているのですか?
それでは前へ進めないということを知りつつ、そうであってほしいと思ってしまう。
愛してると言って別れた私たちを、神様は怒っているのかもしれない。
私たちは愛し合ってはいけない関係だった。それでもお互いを求め合った。その報いなのかもしれない。
愛し続けることも許されない私たちを、神様はどうされるおつもりなのだろう。一生この想いを抱えながら生きて行かなくてはならないのだろうか。
そんな酷な事、絶対耐えられるはずもなかった。叶わない恋なのに定期的にあの人が私を支配し続ける、そんな苦しいことがあるだろうか。
写真も全部捨て、あの人を忘れる努力をした。
私は前に進めたのだと思っていた。それでも度々あの人を欲する。
徐々に出てくる回数は減っている。そう考えたらいつか忘れられるかもしれない、そう思った。
でも忘れてしまっていいのだろうか、大切な気持ちを、愛し合った記憶を本当に忘れてしまっていいのだろうか。そう思ってしまうことがあるからいつまで経っても前へ進めないのだろう。
何を考えてもまとまらない。今は悲しみに暮れることしかできないのだ。
声を殺しながらひたすら泣いた。膝を抱えている今の自分を空から見たら、酷く惨めだろう。
私はもっと強い人間であった。でもそれは偽装であって、本当の自分は弱いことを知っていた。そのことから目を背けてきたのも事実。
自分を作り上げていくうちに、周りからの信頼度は高まった。でも決して弱いところは見せられなかった。プレッシャーと期待が私を押し潰そうとしていたのだ。
今だってそう。
友達に話を聞いてもらえばいい。核になる話をしなければいいのだ。
今の私には人の温もりが必要だった。でもそれをしない。違う、できないのだ。
私はいつも完璧でなければならなかった。ドイツにいる親の為にも、自分の為にも。
慣れ合いなんて、自分を弱くするだけだ。
もしその人が私を裏切ってしまったら?
私を取り巻く環境はそういう事に敏感で慎重だった。
『あなたは強くならなくてはいけない』
そう言われて育てられた私は確かに強くなった。精神的にも肉体的にも。
いろいろな人に良くできた子とよく褒められたものだ。
でもあの人は言った。
『必死で自分を作り上げている緊張の糸が切れてしまったら、光はどうなってしまうんだい。一人で抱え込んではだめだよ』
その時はよく意味が分からなかった。でも今なら分かる気がする。
私にはもう何もない。そう思ってしまったら。
もう私が存在する理由なんてない。そう思ってしまったら。
私はちゃんと戻ってこられるのだろうか。
そんなことがなくても、ずっと張り詰めていればいつかはガタがくる。いつまでも偽装の私をしていられない。
そうと分かっていても、いつもタイミングを逃してしまう。
あの人と一緒にいるときは、あの人が私を支えてくれていたからバランスがとれていた。あの人の前では泣けたし、愚痴だって言えた。
でも今は?
信頼できる人も、弱い自分を曝け出せる人もいない。いつか自分が壊れてしまうんじゃないかと思う。
もしかしたらあの人は、自分たちが離れなければならないと知っていてそう言ったのかもしれない。その時既に、今の私が見えていたのかもしれない。
今日で合計何時間泣いただろう。
そんな姿を見据えての言葉だったのかもしれない。
そして何度も何度も、少しは自分を出しなさい、そういう人を見つけなさいと言っていた。それはこの時の為だったのだろうか。
そんな事出来ないわ。そう頑なに拒んでいた私は今更後悔する。
でも私は思った。二十年間ずっと自分を閉ざして生きてきたというのに、今更曝け出せなんて無理な話。だって、どうやって?
あの人に出来た事を、他の人にはできなかった。方法がわからない。
そこには乗り越えられない一つの壁がある。あの人だから弱い自分を曝け出せた。
その壁を乗り越えなくては、私は一生恋愛なんてできないのだ。
屋上に来て、どれくらい泣いただろうか。やっと落ち着いてきた。
開きかけていた扉を無理矢理閉めて、厳重な鍵をかけた。
開きそうになる度こうするけど、やっぱり扉は何かの拍子に開いてしまう。そしてまた鍵を閉める。
あの人と別れてから、そんなことの繰り返しだった。
――そろそろ戻らなきゃ。
涙を全部拭き取って、光は屋上を出た。
振り返ると、コンクリートに涙の痕がある。空はカラッと晴れていたからすぐ乾くだろう。お日様が光を慰めているように思えた。
「もうあなたは平気なのね」
この前まであんなに泣いていた空が嘘のように笑っている。大きな空が羨ましかった。
梅雨はあと一年来ない。でも一年後にはまた泣いてしまう。空も辛いだろう。
教室へ行く前にお手洗いで顔を洗い、笑顔の練習をした。いつも通り笑えたので安心した。
教室に戻ると、みんなが心配して寄ってくる。一人にして、なんてこの教室では叶わないこと。
なんだかんだもう昼休みだった。何しに学校へ来たのか分からない。
「ちょっと、本当に大丈夫?」
「ただの寝不足。心配かけちゃってごめんなさい」
とびっきりの笑顔で答える。
一弥が心配そうな顔で眺めているのが視界に入った。お礼を言っていなかったのを今ふと気がついた。
「そういえばさっき、お父さん来てたよ」
「えっ?」
「光、あの高級マンションで一人暮らしなんだってね!」
「あのマンション、この辺りじゃ有名なんだから」
「あんな広い部屋に一人って優雅ー」
「父が、来てた……? 何しに?」
予想外の事態に困惑する。
「先生と話してたって。誰だっけ、それ見たの」
「私! 職員室呼ばれてたから行ったらさ、村田先生と身なりのいい男の人が話してたの。それを待ってたら、話が聞こえちゃって。多分、まだいるよ」
気を利かせて言ってくれたのだろうが、お父様に会って話すことは何もなかった。お父様は嫌い。
「別に、会う理由もないから」
「仲良くないんだ」
少し気まずい雰囲気が漂った。
そんな話をしていると、お父様の声がした気がした。
「幻聴まで」
「幻聴じゃないよ」
「あれ」
クラスメイトの視線は教室の外へ集まっていた
「お父様!」
私は小走りに駆けよった。
「お久しぶりです」
「今日、遅刻したんだってな。私に恥をかかせるな」
「すみません」
「お前が遅刻なんて考えられん。向こうの学校では大学まで無遅刻無欠席だったというじゃないか。一人暮らしでたるんでいるのか?」
「いえ。ドイツからの長旅で、疲れてしまったみたいで」
「そんなのは理由にならん。ただの言い訳だ。そのくらいお前だって分かっているだろう」
「はい」
「これからそんな言い訳が通ると思うな。お前が進む道は厳しいんだ。しっかりとしてもらわないと母さんだって困るだろう」
「はい」
「離婚したからとはいえ、親は親だ。お前は私の会社も背負っているということを忘れるな」
「はい。心得ます」
光は自分のポストを誰にやったか知っている。光をずっと妬んでいた女性秘書だ。父は母と離婚後、この女と再婚した。まるでお前の居場所はここにはない、と言っているようだった。ことごとく憎い父だ。光への当て付けか、嫌がらせか。
それなのにまだ父の会社を背負わなくてはいけないなんて、地獄のような話だ。
「お父様も来日していたなんて初耳です」
「日本の会社を買収することになってな。一か月程滞在することになった。並行して別の会社との取引も行うことになっている」
「弊社の株が少し下がっているのを感じましたわ。それに伴った事業拡大で?」
「弊社だと? 会社を背負えとは言ったが、お前はもううちの会社の人間じゃない。言葉を慎みなさい」
「すみません……御社の株の下がり方が気になりました」
「お前はもう、あいつの会社の人間だ。あまり内部情報を提供するわけにはいかない」
――私を利用しておいてよく言う
会社間の問題はどろどろしたものである。
「はい。大学卒業資格を取得して、ドイツへ戻ればお母様の子会社を任されることになるでしょう。その時は是非お手柔らかに」
「そんな挨拶はいい。今日は先生方に挨拶をして帰るだけでも良かったんだが」
「仰りたいことは分ります」
父が光に用なんて、あの人の事以外何もない。
「そうか、一応釘をさしておく。日本に来たからと言って祐太には絶対に会わせない」
「はい」
「祐太にも婚約者が出来た。もう区切りはついているだろう」
「はい。もうお父様方には迷惑をかけることはありません」
「ならいい。用はそれだけだ」
「はい、お体に気をつけてください」
お父様は大衆の視線を浴びながら帰って行った。
「なに、今の話!」
「お父様なんて呼んでる人いるんだ!」
ざわめく教室内。あの場所に戻れば、また質問責めにあう。分かっていても戻らなければならなかった。
光は一通り事情を説明した。
「父と母は社長で、ドイツに本社を置いているの。もちろん、日本の事業にも関わっているけど。四年前に両親は離婚して私の苗字は七海だけど、父の苗字は川崎」
川崎だけでは首をかしげる子も多かった。
「川崎財閥っていうのがあるんだけれどね」
みんなはこの話に驚いていた。当然だろう。
光はお父様に会って更に心が弱った。川崎財閥の令嬢なんて、こんなものだ。
「大学までって言ってたけど」
「ドイツの大卒資格はもう持っているわ」
「すごーい」
「やっぱり光はすごいよね」
「才色兼備って言葉が良く似合う」
光は酷く落ち込んだ。そう持ち上げないでほしい。みんなが思っている程すごくない。誰だって、光程の待遇を受ければ何でもできるようになる。
そういう目で見られるのが一番嫌い。自分自信を見てほしいだけなのに。
「あの、祐太さんって?」
「そうそう、気になった」
話を聞いていたのに、無神経な人達だ。
「いがみ合ってる会社の息子さんと恋に落ちて、親に引き裂かれたとか?」
「そんなところね」
「冗談で言ったのに」
「ドラマみたい」
楽しそうに話してくれる。ドラマはハッピーエンドで終わる。でも実際はそんなうまくいかないのだ。光たちは決して結ばれない。
――あぁ、祐太の夢はこの事を予兆していたのかもしれない。お父様が来るから気をつけて。そう祐太が言いたかったのかも。
そうだとしたら、もっとさわやかに出てきてほしかったものである。
サブタイ
帰り、一弥を探しているのに見つからない。朝のお礼をしたかったのに。
やっと見つけたと思うと、真美と二人で楽しそうに話していた。この空間を壊してはいけない、と静かに帰ろうとしたのだが。
「光」
一弥の声が聞こえた。何故気づいてしまうのだろうか。
「か、一弥」
「どうしたの」
「探していたんだけれど、真美と話していたから」
「馬鹿だなぁ。真美とは付き合ってるわけでもないんだから、声かけてよ」
馬鹿なのはどっちだ。こんなに近くにい続けて、真美の気持ちに気付かない鈍感さにはほとほと呆れる。
「そうだよ、声くらいかけてよ」
真美もそうは言ってくれたものの、感情が顔に出てしまっている。
「そう。あの、朝はありがとう」
「そんなことで探してたの? 気にするなよ。結局俺は何も出来なくて、落ち込んでるんだぜ」
真美はきょとんとしている。
「そんな、心配してくれただけでもありがたいのに。それと、言っておかなくちゃいけない事があって」
「なに?」
「明王寺のことじゃないから」
「そうか」
「なんの話?」
「真美には関係ねーよ」
「何それー」
真美は膨れて見せた。
こればっかりは言えない。
――ごめんね、真美
心で呟いて真美に笑顔を見せた。
「それじゃ、私は帰るわね。邪魔してごめんなさい」
「あ、光」
光が回れ右をして一歩足を出したところで、真美が呼びとめた。
「お父さんの件、みんなに言っておいたから明日は何も聞かれないと思うよ」
きっと明日もいろいろな人から質問責めだろうなと思っていた。真美の処置にはびっくりだ。
驚いた光の顔を見て、真美は笑った。
「ありがとう。助かるわ」
「じゃぁ、また明日ね」
真美の笑顔は癒し効果がある。人懐っこいし、素直で小さくて可愛い。光とは正反対のタイプだ。
――あんな風になれたらな
そう思ってしまうのも仕方がなかった。
「七海ー」
中庭を歩いていると、窓から光を呼ぶ声が聞こえた。
上を向いてきょろきょろしていると、村田先生が手を振っていた。そこは二階。生物室あたりだろうか。村田先生は生物科だし、きっとそうだろう。
今向かいますと叫んで、急いで生物室へ走った。
「悪いな」
「いえ、なんでしょうか」
「明王寺、ずっと休んでいるだろう」
「はい」
「みんなでノートを取ってやったり、プリントを届けているんだが」
まぁ、愛されていますこと。
「今までは明王寺の家の近くに住んでる子が届けていたんだがな、その子が七海と明王寺は仲がいいから七海に任せた方がいいと言っていたんでな」
ほれ、とファイルを渡された。
――あれ、この展開。まさか私が明王寺の家に行かなくちゃいけないの
「お願いできるか?」
いくら明王寺の事が薄れていたとはいえ、会うとなると恐怖が襲ってくる。
「まぁ、あいつはいつも主席だからノートなんて必要ないと思うがな。それでもこれは優しさという意味でな。明日から試験だしな」
そういえば誰かが言っていた。いつも寝ているのに、何故だか成績はいいと。
「頼むよ」
村田先生が拝んでくる。そんな人を断ることはできない。
「届けます」
「ありがとう」
今日は災難続きだ。祐太が夢に出てきて、お父様が学校訪問。挙句の果てには明王寺の家へ。
しかしポストに投函するだけだったら、会わずに済むだろう。仕方なく明王寺の家へ向かう。
プリントと一緒に地図を渡された。分かりにくい場所ではない。
一回光の家を通り過ぎた。このまま帰りたい。そう思うのは当然だろう。
もしも今明王寺と会ってしまったら? そんな事を考えていると、あまり体は強張らないだろう不思議と思えてきた。
もちろん、少しの恐怖はあるかもしれない。それでも逃げたい衝動には駆られないだろう。
祐太の事で薄れているからかな、と思っていたが一弥と話して以来明王寺があまり怖くなくなっていたことに後で気づく。
――ここかな。
海外では普通の大きさだけど、日本の家にしては随分大きなお屋敷だった。所謂洋館テイストだ。
ポストにプリントを入れようとすると、後ろから声がした。
「あの」
「はい?」
三十代くらいの家政婦さんと思しき人だった。明王寺はお坊ちゃまだったのか。
「坊ちゃんのお友達ですか?」
お友達っていうのに引っかかったけど、じゃぁ何だ、と言われたら困るので、そうです、と答えた。
「まぁ。わざわざありがとうございます。坊ちゃんが休んでいる一週間、ずっとポストにプリントが入っていたので」
それは近くの家の子だ。
「よかったら、上がってください」
――え……
あまり怖くないと言っても、やっぱり家に上がるのは拒まれた。
「いえ、私はこれで帰ります」
「そう言わず。坊ちゃんと少し話してあげてください。最近、全然言葉を発しないんです」
そういう家政婦さんの顔は本当に悲しそうだった。
「少しなら」
どの道いつかは学校で会う。それに明王寺も、人がいる家で間違いを起こしたりはしないだろう。
「坊ちゃんも喜びますわ、こんな可愛いお友達がお見舞いに来てくださって。さ、どうぞお入りください」
どうだろう。喜ぶ前に、びっくりするのではないだろうか。
「おじゃまします」
玄関を開けると広いホールになっていた。
「靴は脱がなくていいですよ」
日本式の家はまだ慣れていなかったから、なんだか嬉しかった。
二階へ上がり、明王寺の部屋だろうドアをノックした。
「坊ちゃん、お友達が見えましたよ」
返答はない。
「もしかしたら寝ているのかもしれません。でもせっかく上がって頂いたんだし、紅茶でも入れますね」
そう言ってドアを開け、明王寺のベッドの近くに椅子と机を動かした。
「こちらで少しお待ちくださいませ」
光は毎日紅茶を飲んでいて、結構こだわりがある。この大きなお屋敷で扱っている紅茶を賞味したかったので、素直に座って待つことにした。
家政婦さんは一礼して部屋を出て行った。
「ん……」
少し騒がしくしたからか、明王寺が起きかけた。少し警戒しつつ明王寺の顔を見る。すごく整っている顔。
――普通にしていれば人気が出るだろうに。
そんな余計な事を考えられるくらいに明王寺が怖くなくなっていた。
今は不思議キャラの明王寺。不敵な笑みを浮かべなければなんてことない。
「ふあ……」
明王寺が少し目を開けた。
「おはよう」
光は動揺もせず、明王寺に微笑みかけた。
「光っ?」
動揺していたのは明王寺の方だった。
少しは恐怖が襲ってくると思っていたのに、もう明王寺が全然怖くない。
――私と同じ、不器用な人なのよね
そう思うだけで今までの事を全部、自然に受け入れることができた。もちろん許す許さないは置いておいて。
「ごめんね、私のせいでこんな長引く風邪こじらせちゃって」
まだ状況が把握できていないのか、明王寺は少し体を起こした状態で口をぱくぱくしていた。
光は自然と笑みがこぼれた。
「先生に頼まれて、プリント持って来たのよ」
「光……が?」
「当り前じゃない。ここには私しかいないわ」
もしかしたら光がいることよりも、こんな自然に接していることに驚いているのかもしれない。
「あの時、私がもっと早く行っていれば良かったわね。でも私、行くなんて言ってないわよ」
この状況にも慣れたのか、明王寺はいつも通りに戻った。
「でも光は来てくれた」
「それは結果論でしょう?」
「俺がそばにいて欲しいって思ってたら居てくれた」
「え?」
光は少し怯んだ。
明王寺は頭の下で手を組んで、仰向けで天井を見ていた。その横顔は清々しいものだった。
少し明王寺を眺めていると、ドアを叩く音がした。
「失礼します」
「智一くん、起きましたよ」
「まぁ、よかったわ」
「早苗さん、俺にも紅茶持ってきて」
「はい!」
久しぶりに話したのか、早苗さんは喜んで部屋を出て行った。
明王寺家の紅茶は上品で、美味しかった。後で品種を聞いておこう。
「どうしてそんなに普通に喋ってるの?」
紅茶に砂糖をこれでもかって位入れる明王寺が、ティーカップから目を離さずに言った。
「きっと、私と智一は似ているのよ」
分からない、という顔をしている。
「不器用なのよね、智一は。だからもう智一が怖くないの。私が智一を嫌えばきっとまたあの時みたいなことをするでしょう。でも、私が智一を受け入れれば、もうあの時のような事はないって思えたの」
つまりはひねくれているってことだ。
明王寺は黙って紅茶をすすっている。
「智一は不器用なのよ。何を考えているか分からないけど、それだけは感じた。智一は悪い人じゃないって」
早苗さんが持ってきてくれたお菓子はバウムクーヘンだった。光はバウムクーヘンを外側から向いて食べる癖がある。
「智一が私に言った最初の言葉、バウムクーヘンだったの覚えてる?」
明王寺は否定もしないし、肯定もしない。
「あの時の智一は無邪気に笑っていたわ。私はその智一を信じようと思って」
そう、光は決めたのだ。この不器用な人の成長に付き合うと。明王寺が光に何を伝えたいのか知るために。
「ドイツか」
不意に明王寺が言った。
「大学卒業したらドイツに帰るの?」
「そのつもり」
そして明王寺は複雑な顔をした。
「智? 入るわよ」
ドアの向こうで女の人の声がした。そしてドアが開いた。
「起きていたの」
「母さん」
それは明王寺のお母様だった。
「こんにちは。お邪魔しています」
「こんにちは。わざわざありがとうね」
明王寺のお母様は日本人ではなかった。
――ドイツ人?
「いえ。では、私は失礼させていただきます」
「また来てちょうだいね」
「ええ。ごちそうさまでした。お大事になさってください。失礼します」
早苗さんに玄関まで送ってもらって明王寺家を出た。
あぁ、忘れるところだった、紅茶の品種を。早苗さんに聞くと丁寧に未開封品を持ってきてくれた。家での生活が有意義になりそうだ。
「なくなってしまったら、またお取り寄せいたしますよ」
「ありがとうございます」
お礼は言っておいたものの、そこは自分で取り寄せる。
それにしても、勝手にそんなことを言ってしまっていいのだろうか。早苗さんの権力を少し感じた。
明王寺の家から光の家へはそれ程遠くはない。散歩感覚で歩ける距離だ。歩いていると、ふと明王寺の言った言葉が耳を刺す。
『でも光は来てくれた』
『俺がそばにいて欲しいと思ってたら居てくれた』
祐太に言わせてあげたかった言葉。言ってほしかった言葉。光は祐太にこんな言葉さえ言わせてあげられなかった。
一人になると急に祐太への想いが溢れ出してくる。祐太は今どうしているのだろう。突き放しておきながら、何年も気にしていた。
そしてお父様に言われた言葉を思い出す。
『祐太にも婚約者ができた』
――分かってはいたけど、ちゃんと言われると辛いものだわ
少し陽が差した光の心。でもすぐに雲がかかってしまう。
日はもう真っ赤な夕日になっていた。光を慰めてくれていた日も沈んでしまう。少し寂しい気がした。
もうすぐ家に着く。帰ったらとりあえず横になりたい。
編入してきてからの疲れは取れる所か溜まっていく一方だ。勉強もする気が起きない。
マンションの前に着いて、ふと横を見る。
どのくらい前か、一弥と別れたワイ字路が目に入った。
その時ふと思い出した。光の携帯に一弥のアドレスを入れてもらった事を。
一弥の携帯に光の情報は入れていないから、光から連絡しなければ一弥は連絡の取りようがない。
約一カ月放置したままだった。
――あちゃー
サブタイ
家に帰ってすぐメールを打った。
連絡先と、今日のお礼を。するとすぐに返信が返ってきた。
《やっと連絡してくれたかぁ。今日のことは、本当お礼言われるような事じゃないから気にしないで。それより、今妹の誕生会やってるんだけど、ケーキが余っちゃってて。よかったら来ない? 家族もいるし、安心して》
ケーキか。何年食べてないだろうか。
ご家族もいるということで、行くことにした。今一人になるのは寂しかった。
『三○三号室だから。着いたらインターホン鳴らして』
マンションの場所は分かる。俺のマンション、あそこと言って指を指していたマンションは絶対あれだ。
その前に近くのコンビニでお菓子やらジュースやらを買っていった。お邪魔するのに、手ぶらでは失礼だろう。
それと妹さんの誕生日だという事で、何かプレゼントをしたいと思い、一回家に帰って段ボールをあさった。今から買いに行く暇なんてないし、あるものをあげようと思った。
ドイツでは誕生日の本人がケーキやブレッドを焼いて振る舞う。
お祝いするのに何で本人が気を遣わなくてはならないのだろう。光はどちらかというと日本の感覚の方が近いようだ。
それでも慣れというものは怖くて、誕生日が近付くとデパートへ出かけてしまう。
マンションに入り階段で三階まで上っていき、三○三号室の前に立った。表札が田波なのを確認してインターホンを押す。
「遅かったな」
出てきたのはもちろん一弥。その後ろにはご家族が覗いていた。
「買い物、してきたの」
「気遣わなくてよかったのに」
「そうは言ってもね」
どうぞ、と扉をめいっぱい開いてもらった。
「お邪魔します」
リビングの大きいテーブルについて、コンビニ袋の中身を広げた。
「こんなにいっぱい。悪いわね」
お母様が嬉しそうに言う。
「大したものを持ってこられなくて、すみません」
「いいのよ、そんなことしなくて。いきなり呼んだのはこっちなんだから」
ふわふわしているお母様だ。
「妹さん、お名前は?」
一弥に耳打ちで聞いた。
「奈々」
奈々ちゃんは今年十三歳だという。一弥とは七才も離れていた。
「奈々ちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
いきなりお兄さんの友達が現れたからか、人見知りなのか、少し戸惑っていた。
「大したものじゃないけどこれ、お誕生日プレゼント」
包装もしていないバレッタをあげた。
「時間がなくて、何も買えなかったの。私が使っていたものだけれど、一回しか使っていないからきれいよ」
それはパーティー用の少し装飾が派手めなバレッタだ。パーティー用と言っても普段使いに問題はない。
ショートカットだったらどうしようと思ったけれど、結うには十分の長さだった。
「ありがとう」
少し顔が明るくなった。喜んでくれているみたいだ。
「これ、本物のダイヤじゃないか」
お父様が横から奪い取った。一弥に聞くと、宝石店の社員をしていると教えてくれた。
「こんな大そうなもの、もらえないよ」
「そんな高いものじゃないんです。あげられるくらいの、安いものなんです」
髪を毎日結っている光には、バレッタとかヘアゴムなんて捨てる程あった。
パーティーでは一回使ったらもう使わないし、誰かに使ってもらった方がバレッタも喜ぶだろう。
「毎日髪とめてるもんな」
一弥が言う。
髪の毛は邪魔なのだけれど、あまり切ってはいけないと言われている。パーティーではヘアメイクさんに豪勢にしてもらうのがお決まりだった。
「安いものと言ってもダイヤは高いぞ」
「本当に気にしないでください。もう使わないので」
「あの高級マンションに一人暮らしっていうのも納得ね」
お母様が手で口を押さえて驚きながら言っていた。そういう反応をされたくなかったから言わなかったのに、目利き人がいるとは想定外だった。
「光さんはもう使わないと言っているんだから、貰っときましょうよ」
「そうだな。大切に使わせてもらうよ」
「奈々、これは特別な時にしましょうね」
「うん」
お父様が宝石店の社員だとしても、持って帰ってくることはまずないだろう。奈々ちゃんは初めて自分のダイヤを持ったからか、とても嬉しそうだった。
光にはそんな感覚がない。生まれた時から豪華なもので着飾られてきた。奈々ちゃんの感覚が羨ましかった。
「それは嫌味だろ」
笑いながら一弥は言った。
「お金持ちはお金持ちなりの悩みがあるってことよ。それに私が自分で稼いだお金でもないし」
余ったケーキをペロッとたいらげた。最近食欲がなかったので、胃がブラックホールのようだ。
奈々ちゃんはドイツのお土産シュネーバルをおいしそうに食べていた。
シュネーバルとは、ローテンブルクの城壁都市の有名なお土産だ。ぼろぼろ落ちて食べにくいのがたまに傷だが、見た目も可愛いし何よりおいしい。日本で言うかりんとうのような食感だ。
お友達に差し上げてください、と使用人から受け取ったものだけれど、すっかり忘れていた。テーブルに広げてあるクッキーはいいとして、シュネーバルの賞味期限は一カ月程だ。危うく無駄になってしまうところだった。
クッキーはあと四箱くらいあるのだけれど。
あの人達は光がそんなに友達を作ると思っているのだろうか。
それにシュネーバルなんて季節外れなものをよこすなんて。Shneeball.雪の玉という意味だ。
それでも奈々ちゃんがこんなにもおいしそうに食べるから、そんなことも許せる。
腹ごしらえのあとはすごろくゲームなるゲームをしたり、トランプをしたり、楽しく過ごした。
「よかった、ちゃんと笑ってるな」
テレビゲームをしている三人と少し離れた一弥とソファに座った。
「え?」
「ずっと泣いてたから」
――気にしてくれていたんだ
心配をかけてしまって悪いな、と思った。関係のないことなのに。
「友達だろ、関係なくないよ」
「友達……」
友達と呼んでいた人はドイツにも沢山いた。でもその中で地位や金銭目当てだとか、顔目当てだとか。そういう輩が大半を占めていた。
だから光はあまり友を信用しなくなっていった。そうしていつの間にか自分から心を閉ざして、できる友達もできなくなってしまったのだ。
友達だから関係なくない。そんな温かい言葉をかけてくれた友はいただろうか。少なくとも光の記憶にはない。
「地位とか金とか俺は興味ない。光には悪いけど、そこそこの収入で家族が揃う家庭の方が俺は好きだから」
その通りなのだ。お金と名誉では子供は育たない。何千万注ぎ込んでドレスアップされても微塵も嬉しくない。そこに愛情があったとしても、そんなのはただのエゴだ。
光は家族の時間を求めていた。お父様とお母様と一緒に遊んでみたかった。
オペラだの高級レストランだの堅苦しい場所ばっかり。
家で揃ってご飯を食べたり、お庭で走り回ったり、そういう事を光は望んでいた。でも出てくる料理はシェフが作る食べにくい料理ばかり。
お父様が帰ってくるのは光が寝た後。お母様だってそう。尊敬はするけど、その前に愛が欲しかった。
「分かるよ、だから光は人に愛されることに憶病なんだ」
「愛されることに憶病……」
適切な言葉を投げかけてくれる。愛される価値があるのか、そう思っている自分を認識するのに時間は要さなかった。
それから学校の話とかをしていたら、気づけばもう十一時だった。
「そろそろ帰る?」
「そうね」
明日も学校だ。楽しい時間はすぐ過ぎる、とはよく言ったものだ。
「あら、寂しいわね。また来てちょうだいね」
「はい、その時はちゃんとした手土産を」
「だめよ、いいのよそんなの気にしなくて。こっちが呼んでいるんだから」
「ではその時は、お言葉に甘えさせていただきます」
「一弥、送っってあげなさいね。夜は危ないから」
「わかってるよ」
「光お姉ちゃん、髪飾りありがとう」
小さい子は素直で好きだ。このまま育っていってほしいものである。
「いいえ、ちゃんと使ってね」
「うん」
「また遊びに来てね」
「是非」
家族総出で玄関まで見送ってくれた。
「楽しい時間をありがとうございました。またお邪魔させていただきます」
「いつでもおいで」
「一人暮らしなんだし、ご飯作るの面倒になったら食べにいらっしゃい」
優しいご両親だ。
「はい、失礼します」
光のマンションまで三分もかからないだろう。ゆっくり歩く。
「愚痴を聞いてもらっちゃってありがとう」
「そのくらい、いつでも聞くよ。言っただろ?」
「ありがとう。一弥ももし何かに困ったことがあったら何でも言ってね。力になれるかどうか分からないけれど」
「あぁ」
街灯がの下で見た一弥の顔は、何か言いた気だった。
「なぁに」
「何が」
「何か言いたいでしょ、私に」
少しの沈黙があって一弥は口を開いた。
「俺は……光に会って一日目から光の涙を見たんだ。いや、涙は流れてなかった。強がってても、心は泣いてたんだ」
あぁ、そうかもしれない。
「俺が光を見るたび泣いてて、でもそれは誰も見てないところで泣いているんだ」
心で泣いて、屋上で泣いて。確かにこんなに悲しい出来事が起きているのに、一弥以外には涙を見せていない。
「今日はちゃんと笑ってた。いつもの作り笑顔じゃない、心からの笑顔だった」
見透かされていたのか。一弥は人の心へ入るのが上手いのかもしれない。
「こんなに輝ける笑い顔が出来るのに、泣いている光の印象が強いんだ」
下を向いていたから、どんな顔をしているのか分からなかった。
「だから俺は守りたいと思った。もっと光を笑顔にしたいと思った」
いきなり止まる一弥。光も立ち止まり、後ろを振りかえって向き合った状態になった。強い眼差しを向けられる。
「辛いことも、悲しいことも、俺には分かる。隠していても分かるんだ」
すごく力強い声だった。
「力不足なところもあるかもしれない。でも光の悲しい気持ちに気づける。だからずっと守っていきたい」
「それは、どういう意味?」
「好きだ」
街灯の明かりより、月の明るさの方が目立った。黄色い光に照らされて、一弥の顔が見える。それはどう表現すればいいのか分からない、勇ましさと哀愁が混ざっている顔だった。
「それは同情よ。守りたいのと、恋人になりたいのとは違うわ」
「そんなんじゃない」
「いいえ、そうよ。だって一弥は私の影の部分しか知らない。趣味も趣向も考え方も知らないわ」
「そんなの、後からだって」
「その時考え方が違うと感じてしまったら? そんな浅い付き合いはしないの。見極めて見極めて、この人と一緒にいると自分が高められる。そんな人と私は一緒になりたい」
いつもの光だったら、すぐにごめんなさいと言って終わらせてしまう。だけど一弥にはただ付き合えないと言うだけじゃなく、自分の気持ちを伝えたかった。
「私を守ってくれる方法は恋人になる他にもあるわ。現に今一弥にいっぱいの元気をもらった。愛情をもらった。一弥の優しさに甘えたいと思うもの。だからこれからも話を聞いてほしいし、慰めてほしい。私の我儘だけれど」
光にとって必要な人だけれど、人生のパートナーとしてではなかった。
「それにね、私思うの。本当に必要な人こそ友の一線を越えてはいけないと。恋人になってしまったら別れがくるかもしれない。最初はそう思っていなくてもね。それって惜しいことだと思わない? でも友達だったらけんかをしてしまっても仲直りがしやすいと思うのよ。別れるって言ってしまったら復縁は難しいと思うの。特に私なんか強情だから」
少し前だったら揺れていたかもしれない。一弥の優しさに便乗しようとしていたかもしれない。
でも光はちゃんと前に進んでいる。
「……そうだな。ちょっと考えが浅かったよ」
「気持ちは嬉しいのよ。これからも、相談乗ってくれる?」
「もちろんだよ。友だろ?」
そう言った一弥の顔は渋さが入っていたものの、すっきりしていた。
「言ってよかった。やっぱり光の考え方はすごいよ」
「そんなことないわよ」
マンションの入り口まで送ってくれる。
「ありがとう」
「こちらこそ。じゃ、また明日な」
「おやすみなさい」
「あぁ」
お互い違う道を歩くけど、それは別れではない。
道に迷ってしまったら呼べばいいのだ。そうしたら空から声が降ってくる。
光は一弥の優しさ、人情深さを尊敬した。そして一弥は光の考え方がすごいと言った。お互い尊敬し合えるところがあるとはいいことだ。
それでもしこの先ずっと一緒にいたいと思えたなら、それは紛れもなく恋だ。その時は自信を持って好きだと言おう。
二人はまだ早すぎた。もっとお互いを知って、価値観を確かめてから結論を出すべきだ。
なんにしろ、二人は成長した。
小さな成長だとしてもこれからの糧になることに間違いはない。
サブタイ
やっと試験が終わった。試験が終わっても、二週間程学校に登校しなければならないという。テスト返却や、なんとか教室やらなんとか教室とやらをやるらしい。全く頭に入っていない。あと、霞祭の準備。
試験の点はというと、意外と悪いものだった。
「光ならもっと取れると思った」
みんながこう口ぐちに言うのは、光が試験前に何人かの間で教授と呼ばれていたからだ。本物の教授よりも博識で、分かりやすく教えてくれる、大学生にとって一番いてほしい教授なんだとか。
「漢字とかカタカナが分からなかったの。こんな難しい漢字勉強してないわ」
「そういうことか」
文学に至っては、日本の遠まわしな言い方が理解できず、結構酷い点数だった。
「それはしょうがないね」
それでも少し悔しかった。日本に来てろくに勉強をしていないわけで、自分の甘いところを指摘されたようだった。
明王寺とは度々話すけど、仲がいいわけではない。ひどいなぁ、と言う明王寺に、許しわけじゃないわと言い放ってやった。その時の気分は物凄く気持ちよかったものである。その事を思い出すと少し足取りが軽くなるのだから、光も単純なものだ。
足軽に帰っていると、マンションが見えてきたところで光は立ち止った。
入口に見覚えのある人影。
それは離れていても、ずっと愛してやまなかった人。
光は立ちすくみ、その人物から目を離すことができなかった。
するとその人は光に気づき、大声で叫んだ。
「光!」
大好きな声で名前を呼ばれる。その瞬間、厳重に閉めたばかりのドアの鍵が開いた。
あの人の方へ疾走する。
「祐太っ」
「光」
あの頃よりも少し落ち着いた印象だった。
目からは抑えきれない涙が溢れ出していた。
「せっかく会えたのに、泣かないでおくれ」
そう言って頬を撫でるその手は、祐太以外の誰のものでもなかった。
止まらない涙を放っておいて、家へ案内した。本当はこんなこと、許されるはずがない。
「あれ、お母様と一緒じゃないの?」
部屋に入るなり周りを見渡す祐太。広い部屋に一人分の荷物。あまりに少なく殺風景な光の家。
「うん、私だけ日本の大学卒業資格を取りに」
「そっか」
荷物を置き、無駄に広いリビングのテーブルに腰掛ける。
「久しぶり」
「久しぶり……」
一旦乾いていた光の頬がまた濡れ出した。
「それ以上泣いたら水分が無くなってしまうよ」
そう言って涙を拭いてくれる祐太。笑ってくれる祐太。全部が光の追い求めていたものだった。
「そんなに泣いてないわ」
少し強がって見せたけど、きっと祐太は分かっていたんだ。何年も光が泣き続けていた事を。
「お父様に、祐太とは会わせないって釘さされたのよ」
「私のところもだよ」
祐太は光に会えないようスケジュールがびっしりにされていると思った。その前に、光が日本に来ていることすら伝えられていないと思っていた。
「光は気にしなくていいんだよ」
祐太の笑顔の中に哀愁が入り混じっているのを感じた。
そう、二人は絶対に結ばれてはいけない運命。
本当は、危険をを犯してここに来たのだろう。そのくらい、すぐ察知できた。でも怖くて本当の理由を問い詰めることはできなかった。
「ここにいては、すぐに見つかってしまう。私の友達の家に泊めてもらうことになっているから、支度して」
一口しか飲んでいないお茶をすぐに片付け、衣類だけをキャリーバッグに詰めて家を出た。
見覚えのある道を歩いて行く。
「ここ」
そう言って止まった場所に光は口が閉じなかった。
「お待ちしておりました」
「え……」
「まぁ、光さま」
少し前に光に紅茶をくれた人。
「早苗さん」
「なんだ、知り合いかい?」
「坊ちゃんのお友達ですよ」
早苗さんが光より先に答えた。
「そうか、智一は取引先の息子さんだよ」
――なんてこと。明王寺って……あの明王寺財閥の。ああ、そういうことか
「どうぞ、お入りください」
「失礼します」
とりあえず客間に案内された。
早苗さんは気を遣ったのか、この前とは違う紅茶を淹れてくれた。これもとても美味しい。
「明王寺家にパーティーにも何度か招いてもらってね。智一には教育もしていたんだよ」
「そうなの」
「少し前まで寝込んでたって話だけど、治ったみたいで良かった」
その原因が光で、お見舞いに来たなんて想像もつかないだろう。
「祐太さん!」
急にドアが開いたと思ったら明王寺の登場。一緒にお母様もいた。
「お邪魔しています」
「光ちゃんのおかげで智もこんなに元気になったのよ。ありがとう」
「いえ、私は何もしていませんよ」
早苗さんから聞いていたのか、二人はびっくりする様子もなかった。祐太はお母様との会話に少し不思議そうな顔をしたが、問い詰めることはしなかった。
「私はこれで失礼するわ。二人とも、ゆっくりしていってね」
明王寺のお母様はお仕事だそうで、すぐに退室した。
「智一、久しぶりだね」
「ご無沙汰しています」
あの明王寺が丁寧語を使っている。信じられない。
「光と友達なんだって?」
「はい、授業がよく一緒で仲良くさせていただいています」
受け答えがしっかりしていて、明王寺が別人に見えた。
「かくまってくれなんて無理言ってすまない」
「祐太さんのお願いなら喜んで承りますよ」
「悪いね。私の親にも光の親にも内密に」
「分かっています。婚約者にも言いませんよ。でもまさか祐太さんが女の子を連れて来るとは。ずっと彼女はいらないとあれほど言っていたのに」
祐太は苦い顔をして黙っていた。
「お部屋の準備ができました」
いつの間にか消えていた早苗さんが戻ってきた。
「そうか、ではお二人とも積もる話もあるでしょう。どうぞお部屋へ」
「そうするよ、智一は寝ていた方がいいんじゃないのかい?」
少し冗談交じりに言う祐太。
「心配かけてすみません、もうこんなに元気になりました」
ガッツポーズをして見せる。
「それは良かったな」
二人で客室を出て、二階へと上がって行った。
「こちらです」
日当たりも良く、家具も素敵な部屋だ。
「二部屋も用意してもらって、すみませんね」
「使っていない部屋ばかりですので、お気になさらず。直に旦那さまが帰ってこられます。そうしたらお食事にしますので、それまでお休みくださいませ」
「どうも」
早苗さんは戻って行った。
祐太の荷物は届けていたらしく、片付ける必要はないと言った。光の部屋に二人で入る。
「レナーテさん、光のおかげで智一が治ったような事を言ってたいたね」
レナーテさんとは多分明王寺のお母様のことだろう。
「智一が休んでいるとき、私がプリントを届けたことがあるの。その時にお邪魔して少し話したのよ。その次の日から復帰したから、私のおかげだと思っているのだわ」
少し妬いているのかな、と自惚れてみる。
「そうか」
光の荷物は衣類だけだったのですぐに片付いた。
それから他愛もない話で盛り上がった。あの子は今どうしているとか、あそこにあった公園がマンションにあったとか。祐太はドイツにいた時恋人だったので、ドイツの話が中心だった。
でもどんなに話をしようとも、愛し合っていた頃の話は一切しなかった。
「明日、学校行っても平気かな」
黙って出てきた祐太を捜索するにあたって、光のところへ来るのは必然的だった。
「大丈夫だよ」
何を根拠に言っているのか分からないけど、祐太は微笑んで言った。不思議そうな顔をしている光の頭にポンと手を乗っけて続けた。
「光の写真、すり替えてきたんだ」
祐太に協力的な使用人を使って、光を捜索する手掛かりの写真をすり替えてきたらしい。すごいの一言に尽きる。
「でも、スーツを着た人には気をつけろよ」
スーツを着ている人が日本に何人いるか分かって言っているのだろうか。そんな少し天然なところも変わっていなかった。
光をずっと縛っていた人。今ここにいて、触れて、話せる。
思い出は美化していて、もっとかっこよかったけれど、話ができる祐太の方が何百倍も嬉しい。
それから明王寺のお父様が帰ってきて、晩御飯をごちそうになった。
「祐太くんも青春だなぁ」
明王寺のお父様は恋愛結婚だったらしく、家に二人を泊める事を快諾してくれたようだ。
「しかし、そのうち見つかるだろう。これからどうするのか、ちゃんと考えなさい」
ごもっともな意見だったが、今の二人には考えたくないことだった。
いつまでも続かない幸せだからこそ、心から感じていたいと思うのだ。
朝起きると隣にいた祐太はいなかった。
嫌な予感が過り、すさまじい勢いで隣の部屋を開けた。
「おはよう、光」
そう言って微笑む祐太は昨日の祐太と、昔の祐太と何も変わっていなかった。
「夢かと思った……」
「何を言っているんだい。智一の家にいる時点で夢じゃないだろう?」
祐太はパソコンの前にいて、仕事を片付けていた。もう立派な会社の幹部役員なのだ。いずれはその会社を継ぐことになるだろう。
「七時に朝食だって」
祐太の頭の上の時計を見ると、あと十五分しかない。
「何で起こしてくれなかったの!」
それだけ言い残して急いで部屋に戻り、支度をした。
朝食にはぎりぎり間に合ったけど、結った髪が全然まとまっていなかった。それを見て祐太が優しく直してくれる。
「朝から見せつけてくれますねぇ」
明王寺が茶々を入れる。
「ばーか」
お父様とお母様はもう朝食を済ませたらしく、三人での食事だった。
魚とご飯とお味噌汁。これぞ日本の朝食。
でも慣れていないせいか、パンが恋しくなった。
――明日は早苗さんにリクエストしてみよう
食事を済ませ、光と明王寺は一緒に学校へ行くことになった。
明王寺は光に聞きたいこともあるだろうし、言いたいこともあるだろう。
もし過去のことを聞かれたら、どんな反応をすればいいのだろうか。光はそんな不安を抱えていた。通学路が少し気まずい。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
明王寺は気を遣ったのか、先に門を出ていた。
「すぐ帰ってくるね」
「あぁ、待っているよ」
祐太に手を振り明王寺家を出た。
返事のある挨拶ってなんて暖かいのだろう。
いけないことは分かっている。こんな日が続くなんて思っていない。でも今だけは再び会えた喜びを素直に感じていたい。
「祐太さんは尊敬してるし、慕ってるけど」
歩いている途中、不意に明王寺が言った。
「光を泣かせる奴なんだよな」
「え?」
何を考えているのか表情では読み取れないが、声が少し震えている。
「でも光の元気の素」
「なぁに、それ」
日本人は面白い事を言う。
「これから光が泣くのを見るのは嫌だ」
「泣かないわよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「絶対嘘」
「嘘じゃないもの」
永遠に終わりそうもない言い合いも光は楽しく感じた。
――元気の素か。いい言葉だ
「まっ、そんときは俺のとこに泣きついてこいよ」
いつもの調子に戻ったので、少し気が楽になった。あんな丁寧語を使う明王寺は、光の中の“智一”じゃなかったから。
「言ってなかったけど、この前俺に言ってくれたこと嬉しかった」
急に真面目な顔になる。本当、よく顔が変わる人だ。
「光の言葉は俺の心にグサグサ刺さってさ、痛かったなぁ」
笑いながら胸を押さえる明王寺。
「バウムクーヘンの俺を信じてくれる人って、なかなかいないよ」
そうでしょうね。よっぽどの変わり者でない限り。
「俺と光が似てるって、そう言ったけど。光の方が何倍も大人だよ。俺はこんなチャラチャラしてるしね」
「あら、自覚しているのね」
二人で笑い合う。
「でも祐太に対しての接し方、きちんとしていたじゃない。さすが、教育を受けている人は違うわね」
「光だってきれいな日本語使うよな」
お父様が来ていた時、明王寺は休んでいた。
「私は日本語が苦手なだけです」
「テーブルマナーもちゃんとしてたし、身のこなしもきれいだし」
「祐太と一緒にいたからじゃないかしら」
光は自分が企業の跡取りということを明王寺に知られたくなかった。いつ、何を疑われるか分からない。
「そっか」
にこっと笑う明王寺。
こんな風に話せる時が来ようとは思っていなかった。あんな怖い思い出が、今では過去の記憶に過ぎない。
「この前はあんな事して悪かったな」
本当に申し訳なさそうに言う。
「もう忘れちゃったよ」
「ありがと」
少し前に許していないとは言ったけど、こんなに気持ちよく話せているのにそれを壊すことは惜しかった。
それから祐太の話とか、学校の話とか、楽しく話しているとすぐに学校に着いた。
時間が早く感じられた。
一限目はちょうど二人一緒の授業だったので別れる事もなく一緒に教室に入る。
席に着くと明王寺はじーっと光を見ていた。正確に言うと、光の首を。
「なぁに」
「祐太さんも子供だなぁ」
「え?」
祐太が子供なんて明王寺には絶対言われたくないだろう。
「元気の素は、元気の印をつけましたってか?」
よく意味が分からない、と言った光に明王寺は鏡になるようなものをとりだして見せた。
「あっ!」
「男除けかなぁ」
にやにやする明王寺。顔を赤くしている光にばんそうこうを一枚差し出す。
「ありがとう」
「人の家で、いやらしいですねぇ」
「何もありませんでした!」
――本当、子供なんだから
明王寺の言った事もまんざら間違っていなかったという事だ。
「明王寺」
思いがけない人からの呼び出し。
――まぁ俺にとっては誰でも思いがけないけど。
それは学校の人気者でもあった田波一弥。
――学校のやつが俺に何の用だ。
明王寺は光以外に話そうと思う人がいない。
光程の魅力を持った奴がいないのだ。もちろん、顔で判断している訳ではない。
「お前、光の何なの?」
非常階段を出たところで眉間にしわを寄せて言う田波。
――彼氏気取りかよ
そんな一弥に明王寺は苛ついた。
「んーなんて答えたらいいのかなぁ」
少しいじめてやる。
「お前っ」
一弥は少し怒った風な顔を見せた。
「お前が熱出したとき、医務室まで運んだの俺なんだからな」
――ああ、見ちゃったのか。光とのキスシーン
それで騎士気取りか、それとも嫉妬かな。
明王寺は一弥がキスシーンを目撃してしまった顔を想像していた。
――おかしくてたまらない
「光はお前とは何でもないって言ってた」
「なら問題は解決してるんじゃなぁいの?」
「本当はな。でも昨日、光のマンションの前で抱きついてただろ?」
「は?」
思い当たる節は全くなかった。明王寺は昨日ずっと家にいた。
――俺でもなければ田波でもない。他に仲いい男友達なんていなかったよな
「あぁ、そっか」
「何」
――きっとそれは祐太さんだろう
「何でもない」
「光は大丈夫だって言ってたけど、光が嫌がるようなことを何回もするって男としてどうなんだよ?」
手すりに寄りかかっている明王寺に、一弥はずいっと顔を寄せる。
「ふーん。ムキになっちゃって。田波は光の事が好きなのか」
明王寺は近寄ってきた顔に笑顔を向けて言った。
「ちがっ!」
焦る一弥。
――分かりやすい奴だ
「昨日光が抱きついてたのは、元気印の王子様だよ」
そう言い捨てて明王寺は非常階段を出た。
こいつの説教にいつまでも付き合っている暇はない。
まったく、光はモテモテだ。さすが、霞プリンセス。いや、次期霞プリンセス。
――なんてな
――今日はずっと智一といる気がする。というか、ガードされてる?
「ちょっと、なんで友達のとこ行かせてくれないの?」
「祐太さんに光の事こと任されてるんだよ」
いやいや、度が過ぎるでしょう。
「だって光はモテモテのプリンセスだから騎士がいないとだめなんだよ。王子様の代わりにお姫様を助けるのが、俺の役目」
天然キャラは完全に復活したようである。
「女の子ならいいじゃない」
「いつ男が寄ってくるかわかんないもーん」
「おい」
聞き覚えがある声がした。
「光が嫌がってんだろ」
「一弥!」
「でた偽物騎士」
冷たい顔をしている。少し嫌な記憶が過った。
「お昼くらいいいじゃない!」
「うーん」
少し考える素振りを見せる明王寺。
「ま、祐太さんはそんな嫉妬深くないし。いっか」
そう言って光と一弥の反対方向を歩いていった。一瞬、怪しい笑みを浮かべた気がした。
「大丈夫だった?」
「え? あぁ、全然大丈夫」
そういえばこの前明王寺の事は全く話さなかった。
「智一とはね、仲直りっていうか。もう大丈夫なの」
「そっか。良かったな」
一弥はふとこっちを見て言った。
「首、どうしたの?」
やっぱり首にばんそうこうってまずかったかな。
「蚊に食われちゃって」
「蚊に刺されでばんそうこう?」
「蚊……というか虫さされ」
『昨日抱きついてたのは元気印の王子様だよ』
「ははっ、そういうことか」
「なにが?」
「いや」
それから一弥はずっと黙っていた。光が話を振っても答えるだけ。
気づくと、みんなが集まっていると思しき中庭に来ていた。
「あ、いるいる」
「じゃ、俺はここで」
「本当に、ありがとう」
手を振って歩いて行く一弥。
一方手を振って待っている友達。
「今日はずっと明王寺と一緒だったじゃん」
「この前、明王寺の家行ったんでしょ?」
「まさか何かあったの?」
明王寺の事で質問責めとは。
予想は出来たはずなのに、祐太の事でいっぱいの光には考えもしなかった事態である。
「まさか! 私が明王寺となんて」
「何これ!」
やはりみんな気づいてしまう首のばんそうこう。
「さっき一弥にも言われた。ただの虫さされよ」
「あやしぃ」
そんな事が口火となり、みんなの恋の話に発展した。みんな純粋に恋をしている。羨ましい限りだ。
早苗さんの用意してくれたサンドイッチはとても美味しく、優しい味だった。
明王寺家で出てくる、というか早苗さんの作る料理は気取っていなくて大好きだ。家庭の味、そんな言葉が似合いそうだった。
つまらない五限も無事終わり、すぐに帰ろうとしていた。
そこに一弥がやってきた。
「一緒に帰らない?」
光はいいよ、と言いかけてはっと気がついた。今日は明王寺の家に帰るのだ。当然、怪しまれるだろう。
「今日は無理だわ。ごめんなさい」
「そっか」
さっきの事が気になっていたが、普段通りだったので安心した。
「今日はデパートに寄って行くから、校門まで一緒に帰りましょう」
デパートなどが終結している駅は家と反対方向だった。どうせ一緒になってしまうんだし、少し遠回りして帰ろうと思った。
「わかった」
そういえば、お昼まではあんなにくっついて見張っていた明王寺が見当たらない。どこかで監視しているのかな、とも思ったけど流石にそこまではしないだろう。
一弥とやましいことがあるわけでもないし、一緒に帰るだけなら大丈夫だろう。
光はそんな事をものすごく気にしている自分に気が付き、少し嫌になった。
他愛もない話で盛り上がる。奈々ちゃんは毎日光のあげたバレッタを眺めているそうだ。あげた甲斐がある。
ふと前を向くと校門に待っている人影が見えた。
「え?」
「どうした?」
「祐太!」
光は一弥を置いて走っていった。
「お疲れさん」
「どうしたの?」
「どうしたのって迎えにきたんだよ」
見ると横には明王寺家にある使っていないであろう車が横付けされてあった。
「ばか」
「どうしてだい?」
すごく不思議そうな顔をしている。
車でって。この人は本当に空気というものが読めないのだろうか。こんな高級車で迎えなんて注目の的になるに決まっている。明日がまた大変そうだ。
祐太が光から少し後ろに目線を移した。
忘れていた。祐太が見えたあの一瞬のうちに、今まで一緒に歩いていた人を忘れるなんて。やはり祐太の影響力は並大抵のものじゃない。
「ども」
一弥が一礼する。それに笑顔で答える祐太。
「じゃっ」
「あっ……」
追いかけようとしたが、祐太に手を掴まれていた。
一弥が駐輪場に行くと、明王寺がニヤニヤして待っていた。
「あれが元気印の王子様だよ」
「見りゃわかるよ」
「はは。そっかぁ」
明王寺は笑いを止めない。
「お前、楽しんでるのか? 俺が光に相手にされてないの見て!」
「そう見える?」
黙る一弥。
「滑稽だよ」
明王寺の顔はまた冷たかった。
サブタイ
高級車の助手席に座っている。
左ハンドルには慣れているのに、ドイツとは車線が反対なので違和感を感じた。
「どっか寄っていこうか」
「うん」
祐太が少し元気がないように見える。二人は禁忌を犯しているのだ。心の底から笑うことはできないのかもしれない。
着いた先はショッピングモールだった。
「光はもっと静かなところがいいんだろうけど。今日は、買い物な」
少し目が赤かった。
――泣いていたのかな
そう思うと心が締め付けられるような感覚に陥った。
「そうね。ちょうど台所用品が欲しかったの」
本当はスーパーで売っているようなもので良かったけど、今は口実を作りたかった。
静かなところへ行って、見つめ合うなんて今の二人にはできない。また愛しく思って前に進めなくなる。
だって、祐太は何かを覚悟した顔をしている。赤い目の奥に強い光が射している。隠しているつもりでも、隠せていない。昔から嘘をつくのが下手だった。
これから一緒にいられなくなることを知っているから、しんみりした空気は避けたかった。
――これからフラれてしまうのね
今日か明日か一週間後かは分からない。でも二人は離ればなれになってしまう。
いままでだってそうだったのに一度会ってしまうと、もう離れたくないと思ってしまうのだ。
「これ、買ってあげるよ」
手に持っているのは完全にふざけているフライパンだった。センスのかけらもない。
「いいわよ」
「遠慮なんてしないでくれ」
遠慮なんてしているつもりはない。ただ祐太のセンスのなさに呆れているだけだ。
「光……私の足跡、残させておくれ」
なんでそういうことを言うのだろう。もう離れる、そう遠まわしに言っているようなものだ。涙腺が緩まる。
「じゃぁもっと高いの買って!」
行った場所はアクセサリー売り場。
「女の子ってこういうの好きだよなぁ」
そういって大きなアメジストを眺める。
少し腹が立ったから高額商品、なんて有名企業幹部の祐太にとっては痛くも痒くもない話だった。ダイヤモンドなどお安い御用である。
「何が欲しいんだい?」
そういわれると困るのだが。
「うーん」
光が悩みながら商品を見ていると、いいものを見つけたと祐太が駆け寄ってきた。
「こっち、見てごらん」
目を向けると、天然石がいっぱい見えた。
「ダイヤなんて見飽きているだろう?」
「そうね。ダイヤに興味もないし」
うちにはパーティー用のアクセサリーがあり、ダイヤなんてごろごろしていた。
「お守りになるんだって」
所謂パワーストーンというやつだ。
「光、これを見てごらんよ」
天然石ブースを一周し終えた頃、目を引くものを見つけた。
「どれ?」
「本翡翠。長寿、健康、願い事、厄除け、正確な判断力」
「すごい効能ね」
「これ持っていれば無敵だ」
「そうね」
光も気に入ったので、すぐ革の紐でペンダントにしてもらった。
安い、と驚いている祐太を逆に店員さんが驚いていた。祐太の金銭感覚は普通の人とは格が違う。
「光、おいで」
お店の外へ出て、ちょっとしたベンチに座った。
「おいでって。子供じゃないんだから」
「悪い悪い」
買ったばかりのペンダントを豪快に開ける。
「有能なお守りなのに、こんなに安く買えるんだね」
祐太なら本本物を中国から取り寄せそうだ。
「首、下げて」
光の首に本翡翠が通る。とても大きな翡翠。ずっしりと重みを感じた。
祐太との思い出。祐太が光の隣にいた証。
「光、私にも」
ニコニコと笑っている。
「え?」
見ると形は違えど、大きさも色も同じペンダントがあった。終始うろうろしていた私は値段も知らない。
「祐太も買ったの」
「お揃いだよ」
微笑んだ顔が少し滲んで見えた。
「私もこの翡翠に守ってもらおうと思って」
「祐太はしっかりしているようで危なっかしいからね」
「よくご存じだ」
光は翡翠のペンダントを手に取って、祐太の首にかけた。お揃いのペンダントをかけ合うなんて、臭いことをしている。
「お腹が空いたね。何か食べようか」
「そうね」
それからお茶をしたり、服を見たり、とても楽しい時間を過ごした。
そして少しの間、自分たちの立場を忘れて笑い合った。
ただ昔と違うのは、繋がれていた手が今は離れているということ。それはとても重要で、とても悲しいことだった。
二人は今階段を、それもとても高い段を上ろうとしている。
サブタイ
その週末、明王寺家のお屋敷でバーベキューをすることになった。
広いお庭にみんなで必要なものを用意して。
「家族っていいわね」
「どうして?」
祐太に言ったつもりが明王寺から返事が返ってきた。
「私も光もあまり家族っていうものを知らないんだ」
「それは悲しいことだなぁ」
今度は明王寺のお父様が話に入ってきた。
「俺もな、親が仕事人間だったから家族の温かさを知らずに育ったんだ。だから結婚して家族の温かさを求めた。たまにこうやって家族で遊んだりするんだ、智一にも寂しい思いをさせないように」
「素敵なお父様ですね」
「いやいや、若い子に言われると照れるなぁ」
そういって頭をかくお父様。
「あなた」
それを聞いていたお母様が強い口調で正した。
おぉ、怖い怖いと言うお父様は笑顔だった。
「光ちゃんも今は寂しいのかもしれないけれど、結婚して温かい家庭を作ればいいのだわ」
光は祐太を見た。すると目が合った。とっさに目を逸らしてしまったが、祐太は光の頭をポンと叩いた。
「光はきっと厳しくて、でも優しい良いお母さんになりそうだ。旦那さんが羨ましいよ」
祐太はちゃんと笑っていた。そんな悲しいことをさらっと言える祐太にびっくりした。昔はすぐに泣いていたくせに。
「祐太は奥さんの尻に敷かれそうだわ」
「それは否定できないなぁ」
苦笑いを浮かべる祐太。
「でも陰で奥さんを支えるの。優しいから子供にだって好かれるわ」
「まぁまぁ、ラブラブですこと」
お母様が茶々を入れる。
そんな雑談をしていると準備は終わっていた。
「それでは焼きますか!」
お父様が号令をかける。
さすがは明王寺のお城。バーベキューといえども、お肉に野菜、タレですら手を抜かない。
国産牛に地鶏、家庭栽培のお野菜。それから自家製タレ。これは早苗さんが作ったそうだ。豪華なバーベキューだ。
「余ってしまってもカレーになってしまうので遠慮しないでくださいね」
早苗さんが少し控え気味に言った。
国産牛のカレーって。すごくもったいない。遠慮せずに食べられるだけ食べることにした。
お腹がいっぱいになると、バドミントンをしたり犬と戯れたりそれはそれは温かい時間だった。
光と祐太は恋としての愛しかしらない。家族愛だとか、友情というものはあまり経験してこなかった。
明王寺のお父様とお母様は光と祐太を愛してくれている。二人になんの利益も求めない、ただ純粋に優しくしてくれているのだ。
一度でいいから家族で食卓を囲んでみたかったものである。
それから、お父様とお母様の若い頃の話も聞いた。ドイツで出会い、両親の反対を押し切って見事恋愛結婚したそうだ。
やはりお母様はドイツ人だった。お父様がドイツに出張中、たまたま入ったレストランの店員がお母様だったらしい。
「ロマンチックな出会いをなさっていますね」
「そう思うでしょう? でも実は全然ロマンチックじゃないのよ」
「その続きは話さなくていいだろう」
お父様が少し照れくさそうに止める。
「この人、部下の方の失敗に腹を立てて窓を思いっきり殴ったのよ。そうしたら割れてしまってね」
割れた窓を弁償するための手続きやらで通っていたら、いつの間にか仲良くなっていったんだそう。
確かに、ロマンティックとは言えないかもしれない。
「情熱的な人だと思ったわ」
それからお父様が日本に戻るのと一緒にお母様も日本に移住したということ。すごく行動力のあるお母様だ。
「好きな人はね、それくらい追いかけないと」
「そうかもしれませんね」
――私も祐太が連れて行かれる時、追いかけて行った方がよかったのだろうか。
そんなことが頭を少しかすったけれど、それは間違いだ。追いかけて行ったところで、お父様達にすぐ引き離されてしまう。そう容易い問題ではないのだ。
「僕としては二人の恋を応援していきたいんだよ」
ビール片手にお父様が話し始める。
気づけばもうバーべキュー大会は三時間になろうとしていた。
「二人の恋は応援したい。だが僕にも出来ることと出来ないことがある。かくまう事くらいは出来るが、君のお父さんを説得することは出来ない。それすなわちその場しのぎの逃走、だな。だからこれからどうするのか、ちゃんと考えなければならないぞ」
「はい、ちゃんと考えています。きっと光も」
「はい」
二人は言葉にしないけど、何かで通じ合っている。相手の考えていること、行動、全てではないけれど分かるのだ。
「実によく出来た子たちだ。大人の勝手な理由で引き離される。そんな悲しいことを君たちは乗り越えられるんだ。それはこれから大きな力になっていく。将来が有望だな。うちの会社も危ない危ない」
お酒が入っているからか、少し顔が赤くなってきたお父様。
お母様は読書をしている。
明王寺は日に当たって、少し寝ているようだ。
早苗さんは何かを書いていた。
お父様はテレビを見始めたので、二人は静かな木の下に座った。
各々が思い思いに過ごしている。なんてで平和な一時なのだろう。今までこんなにのんびりしたことがあっただろうか。
明王寺家にいる。それはいまでも少し不思議な気持ちだけれど、ずっとここにいたい、そう思える空間だった。
明るいお父様、優しいお母様
明王寺のポジショニングは難しかったけれど、どう考えても弟だ。
不思議な弟。そんな家族で愛されて育っていれば、どんな風に変わっていただろう。
ふとそんなことを思ってしまった。でも光は今の家庭に生まれたことに後悔はしていない。
少し難はあるけれど、祐太に出会えた。もし他の家庭に生まれていたら、大切な祐太に出会えることが出来なかったかもしれない。
それはとても寂しくて、光が自分である証を失ったも同然。
他の家庭で育っていたら、それはそれで違った人生を楽しめていたかもしれない。
だけど今光が光であるという証、存在理由。全て祐太が見出してくれた。祐太がいなければ光は生きている価値を見つけ出すことは出来なかったかもしれないのだ。
人と触れ合うこと、愛すること、甘えること、頼ること、頼られること。
人としてのスキルを祐太に全てといっていいほど教わってきた。
そして自分がここにいる理由。それは誰のためでもなく、自分のためだということ。
『せっかく生まれてきたんだ、楽しまないと損だろう?』
そう言った祐太の顔は生涯忘れないだろう。
小さい頃から会社の極意を叩き込まれていた光には、発想もしなかったことだった。
人のため、会社のため、親のため、社会のため、そして果てには地球のため。小さい頃から自分を疎かにしがちだった光を救ってくれたのが祐太。
――では私は祐太に何をしてあげられた?
光はこんなにいっぱいのものをもらっているのに、お返しができていない。
それだけが気になっていた。
「祐太……」
光が悲しい顔をしてみせると、祐太は少しだけ肩を寄せた。
「私は祐太にいっぱいのものをもらった。でも私は何をあげることができた? 何をしてあげられた?」
二人の周りは自分の世界に入っている人ばかりだった。それに光はもう周りを気にしていられる状態ではなかった。
「光はきらきら光る星であり太陽であり海である」
大きな青空を見上げた。雲ひとつない快晴。
この日を思い出すときは、今日のような雲一つない日かもしれない。
「光は暗い夜道を照らしてくれる、導いてくれる。そして明るい太陽が元気にしてくれる。そして見るものを魅了する輝きがある」
抽象過ぎてよくわからない。
「つまり、光の判断力によく助けられたし、私の元気の源だった。私の誇りだった。光は万人に愛されるべき人なんだ。そしてその輝きが私に向けられた。たとえ一時でも、私の人生に大きな影響を及ぼしたのだよ」
「うん」
「言葉ではこんなことしか言えないけど、かけがえのない本当に大切で愛しい人なんだ。わかるかい?」
「分かるわ」
言葉に出来ない、そんなもので良かったのかな。決定的なものをあげた記憶が光にはない。祐太が光にくれたものは宇宙くらいの大きさだっていうのに。対等でない気がした。
「光」
耳貸して、と祐太。
「なぁに」
「好きだよ」
「え?」
突拍子もないことをいう。
「なに、いきなり」
「ただ、言いたかっただけ」
「もう」
「光は言ってくれないのかい?」
復唱する。本当に子供っぽい人だ。
――でもそんなところも好きだったりするのよね
赤くなった顔を見せないよう、祐太と反対方向を向いた。
「……愛しているわ」
「いい子だ」
そう言って祐太は光の肩を更に寄せた。
祐太が言いだした事は、きっと遺言だ。少し早い遺言。
光はこれをしっかりと思い出として取っておかなければならない。今日の日のことを祐太のことを。そして二人が愛し合っていた事実を。
そうすればきっと明るい未来が来るから。
悲しい別れはもういやだ。泣くのはいやだ。泣かれるのはいやだ。
二人はお互いを必要としているのに離れなければならない。
でもそれを受け入れ、進まなければならない。
それなら明るくさよならを言いたかった。
祐太が教えてくれた、自分のために。そうしたら祐太の為にもなるから。
「ばか」
「どうしてだい?」
今を堪能しておこう。祐太が隣にいることをしっかり覚えておこう。
そして感触を、声を、優しさを忘れないように心のアルバムにしっかり挟むんだ。
明るい未来のために。
自分のために、祐太のために。
あとがき
祐太が好きだ!
こんにちは。美波です。
あとがきを書くのも、結構気力がいるもんですね。
一章のあとがきでも言った通り、三章まで完成しています。
余計なことは言わないように気をつけます(笑)
さて二章に来て、突然いろんなものが明かされました。
家庭の事情、智一への思い、一弥の想い……
いっぱい詰めた感じがありますね。
作者の書く小説は、なんとも展開が早いです。
――だって私が早く先を知りたいんだもの!
そこをアピールポイントとできたらいいのですが。
どうなんでしょうか?
二章の冒頭に出てきた「あの人」こと祐太。
作者はこの作品の中で一番祐太が好きです。
登場人物像としても、男としても。
言葉遣いなんかも気をつけました。
お父様にだめと言われても、会いたいんだもん。
そんな感じではありませんでしたが、作者に置き換えるとそういう言葉になります。
智一の家に行くなんて、完全に作り話ですね(笑)
二度目、言いますが作者は祐太が大好きです。
ということで、二章・三章は祐太編です。
祐太と会う前に、智一と和解?しています。
どうしても智一が悪人だと思えない光。
言葉では難しくて表現できないけど、人間の大六感はこういう時に使うんだな、って思います。
一応智一が準主役なんですが、登場回数が少ない!
――ごめんね、次の章はいっぱい出てるから!(多分)
今回は準主役を押さえて祐太が活躍しました。
作者としては嬉しいのですが(笑)
一弥とは何とも早い展開で。
一弥はね、思い立ったらすぐ行動。みたいなとこがあるんですよ。
心に留めるなんて出来ない人です。
智一とは対照的です。
真美も言っていた通り単純なところがあり、光にちょっと優しくされるだけで勘違いとかもしちゃうんですね。
まぁ可愛いっちゃ可愛いんでしょうが、作者のタイプではありません(爆)
でもきっと、ファンは多いんじゃないかなと思います。
作者が絵も描けたらいいんですが、生憎そんな技量は持ち合わせていないんです。
――本当はみんなを二次元化してあげたいのに!
なので絵師様を募集します。(こんなところで)
一応芸能人のモデルもいます。
是非書いてください!
さて、次回はいよいよ祐太編最終回です。
祐太との最初の出会い、結末、全て暴かれます。
もちろん、智一とも進展がありますよ。
お楽しみに!
では、そろそろ口を紡がなければ余計なことを喋ってしまいそうなので、ここら辺で止めておきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
また三章でお会いしましょう。
皆様、ごきげんよう。
美波海愛