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ITN.3 グレイスメイア銘菓<ガランタ饅頭>誕生秘話

ガランタの泉の話は第1部にあたる【薬剤師が薬を擬人化させて~略~】の

【第12話】ニトロソアミン~のところで触れています。


ウルカヌスの方では直リンクなしです(今のところ)


 セリが入浴を終えて、部屋へ戻ろうとすると、テーブルを挟んでボルターとレキサが向かい合って座っていた。

 それは別に珍しい光景ではないのだが、レキサが目から涙をボロボロ流しているので、セリは思わず二人に駆け寄った。


「ど、どうしたの? 何かあったの?」

 問いただすセリへボルターは困惑顔で返事をする。


「別に叱ったとか怒鳴ったとかじゃねえぞ。俺もよく分かんねえんだよ。この菓子食ったら急に泣き出しちまって。俺も食ったけど、別に泣くほどうまいわけでもマズいわけでもねえし。

 セリ、お前も食ってみてくれ」


 そう言いながらボルターが箱ごと差し出してきたので、セリは桃色、黄色、水色の三色の手のひら大の丸い菓子の中から桃色の菓子を選んだ。

 つかむとふわっと優しい感触だ。

「あんまり見たことのないお菓子だね。どうしたの?」

 一口かじるとほのかな甘みが広がる。

「ああ、ガランタの泉の水を使った菓子で町おこしができねえかなって町内会で考えて作った試作品なんだ」


 んごふっ!


 セリは激しくむせたがもう遅い。かじって咀嚼(そしゃく)した分はすでに喉を通過し腹の中へと進軍している。


 やばいやばいやばいやばい! ダメだってガランタの水は!!

 もし万が一団長の記憶がよみがえっちゃったら私の中の毒の種が暴走しちゃうんだってば!!


 セリはなんとかその場を離れるべく、そのまま苦しそうにむせた真似をして水を飲みに行くふりをする。

 すでに何かが見え始めている。

 

 ――お願い! 毒が騒ぎ出しませんように!!!


・・・・



「おかえりなさい、兄さま」

「おー」

 気のない返事をしてスズシロが眠そうな顔で返事を返す。


「あれー、スズシロ? やだー、帰ってたの?」

「やっぱスズシロがいると空気が違ーう。いい男のいい匂ーい」

「なあ、どうだった? 東の方の女の抱き心地。やっぱ違ったか?」

 遠方での仕事を終え戻ってきたスズシロに気づき、キャラバンのみんなが集まってくる。


「別に。女なんて脱がせばみんな同じじゃね?」

「さっすがスズシロはクールだなあ」

「そういう男の方が女にモテるのよね~? まあここにこれだけいい女たちがいたら普通飢えたりしないもんね~?」

 年上の踊り子がスズシロの体になまめかしく手や腕を絡ませていくのを、スズシロは面倒くさそうに払いのける。

「あー、そーだなー。で? 集まってきた目当てはこれか?」

 スズシロが背中に背負っていた包みを下ろし、振りほどかれてご機嫌斜めになっている踊り子に渡す。

「うふ、ありがと。これって極東(きょくとう)の方の名物?」

「まあなー」

 首を回しながらスズシロがだるそうに返事をする。

 踊り子たちもどんどん集まり、スズシロの買ってきたお菓子の争奪戦が始まる。


「兄さま、お疲れですか? お湯沸かして持っていきましょうか?」

「セリお前は菓子食いに行かねえの?」


 スズシロに言われて、セリは菓子箱の行方に視線を向けるが、

「は? セリあんた、まともに踊りもできないくせに食い物だけは一人前に欲しがるのかい?」

 踊り子に威圧され、静かに首をふった。


「はい、セリは要りません。

 兄さま、やっぱりお湯沸かして持っていきます。休んでて下さい」

 頭を下げて、焚き火へ向かうセリの後ろ背に誰かの声がかかる。

「っとに、なにもできないくせにスズシロに媚びるのだけは上手なんだから、嫌な子」



「あー、だりー。で、俺のいなかった期間になんか変わったことは?

 んー。湯加減76点。もう少し熱い方が良かったなー」

 セリがたらいに張ったお湯に足を突っ込みながら、スズシロが質問と採点を同時に伝える。

「あ、すみません。火から上げるのが早すぎました。気をつけます。

 それと、兄さまがいなかった間に、一人姉さまが死にました。殺されたんではなく、道中で体調を崩してそれで死んでしまったみたいです。

 あと、兄さまがいない間に、団長と狩りを2回ほどしました」

「へえ、何人いて何秒かかった?」

「あ……すみません。やっぱり、よく覚えていません」

「0点。それじゃどういう手合いに手こずって、どういうやつが得意なのか分析できねえだろ。

 一度に何人までイケるのか把握してねえと引き際が判断できねえ。しっかりしろ」

「はい。次こそ覚えておきます」

「次、忘れたらお仕置きな」

「う。は、はい。がんばります」


 セリが黙々とスズシロの足を洗い、拭き取りまで終えると、スズシロが声をかけた。

「お前がさっき食べそこなった饅頭な、あれ、そんなにうまくねえよ」

「マンジュウ?」

「向こうで出来たて食ったときは、わーすげーうめーって思って買い込んだけど、三日目かな、腹減って食おうと思ったらパッサパサだし固いしなんかすげーポテンシャル落ちてんだよ。

 まーあいつら知らずに食ってたけど。別に食えなくて残念がるようなもんじゃねーな」

「そうなんですか」

 それからスズシロはセリの顔を黙って見つめる。

「お前ホンッッット表情動かねえよなあ。固くなった饅頭より固えなあ」

「あの、兄さまも通常時はそうかと……」

 スズシロこそ普段は眠そうでだるそうな顔をしたまま表情が固定されている。

 スズシロが表情を変えるときというのは、主に笑うとき――セリを特訓、もしくはお仕置きしている時だけだ。


「俺はテンションが上がらないと表情筋が寝てるんだよ。省エネだ省エネ。

 じゃこれ、湯の駄賃にとっとけ」

「あ、いいです兄さま。お小遣いなんて、そんなの欲しくてやったわけでは……」

「誰が金をやるって言った。よく見ろ。お前の目は穴か? 指ツッコむぞ」


 紙の包みを開けると、色とりどりの小さな粒が入っていた。


「きれいです。装飾品ですか?」

「なわけねーだろ。菓子だ菓子。砂糖菓子だ」

「そうですか。団長みたいに、こういうのいっぱいくっつけて踊ったら素敵だと思ったのですが」

「お前、そんなしたら(あり)(たか)られるぞ。

 あ。蟻で思い出した。蟻を使ったすっげーやべー拷問があるんだわ。聞きてえかセリ。なんなら試すか」

 スズシロの眠っていた表情筋が突然起き出し、陰のある恐ろしい笑みを浮かべる。

「いえ! 本日は遠慮します。縁があれば! お話だけ! 後日に! 何卒(なにとぞ)!」

 セリの表情筋もスズシロに触発され引きつる。

「つまんねー」

 そう言いながらも省エネモードに戻っていったスズシロに、セリは気づかれないように安堵のため息をついた。


「兄さま。このいただいたお菓子。おチビたちにも分けていいですか?」

「お前にやったんだからお前んだろ。俺に聞くな。勝手にしろ」

「はい。ありがとうございます」

 少し表情を緩めたセリを見て、スズシロがだるそうに首を回す。

「今日は疲れたから稽古は明日からにすっか。荷台の中で寝るから、近くで騒ぐなってみんなに言っとけ」

「あ、はい。わかりました」


 今日は稽古がない。

 そしたらこのあとはおチビたちと、姉さまたちに見つからないようなところに隠れて、お菓子食べたりお茶飲んだりしよう。

 なんか悪いことをしているみたいでセリはワクワクしてきた。


「お前、なんか楽しそうだなあ? 俺の稽古がないことがそんなに嬉しいか?」

「え? 違います兄さま。誤解です」

「さっきから肩首まわりがだるくてしょうがねえんだよなあ。俺の肩がほぐれるまで相手でもしてもらおうかなあ」

「え? そんな!? 心の準備が!!」

「俺が50勝するまでにお前が1勝もできなかったらお仕置きな。さすがにそりゃあねえと思うけどなあ。んなはずねえよなあ。あったらやべえよなあ。そんなわけ……ねえよなあ?」


 完全にスズシロの表情筋が覚醒しているのを見て、セリは死を覚悟した。


・・・・・・・


「おーいセリ。大丈夫か?」


 自分が手をついている大地が、いつの間にか床板に変わっている。

 ゆっくり立ち上がると、テーブルで泣いているレキサと、すでに眠りかけているロフェと、ボルターがいる。

「……私、どれくらいむせてた?」

「ん? 数分ってとこか?

 ……普通むせると顔が赤くなるのに青いぞ、お前。

 まあでも泣きはしてないか。おい、レキサ。お前何思い出したんだ? お前だけだぞ泣いてんの」

「ぐずっ、お父さんには……っ、教えない……っ」

「強情だな。おいセリ、お前は? なんか思い出したか?」


「……このお菓子が饅頭って名前なのと、作ってから三日くらいで固くてパッサパサになって、おいしくなくなるっていうのを思い出したよ、一応……」

「へえ! お前饅頭、食ったことあんだな! 経験者のその情報は参考にしよう。

 よし! じゃあパッケージに『女王陛下御用達』の文字も入れておくか!」


 ボルターは筆記用具に手を伸ばし、なにやらメモをし始める。


「いや、それいろいろダメでしょ。明らかにミスリードじゃん。

 そして私のことを女王様って言わないでって言ってるでしょーが」

「分かってるよ、心配すんな。

 にしても、ちょっと饅頭に使う水の量が多いのかもな。

 泣き出したり青くなったりするようじゃ、印象が良くねえな。

 もうちょっと穏やかに作用した方が良さそうだ。なら黄色だけ残すかな」

「色に意味があるの?」

「一応、ガランタの水の濃度別に分けてみた。俺が食べた黄色が一番濃度が低い。レキサが食べた水色が一番濃いヤツ。お前が食べたピンクが中間な」


 ――青じゃなくて良かった。


 これだけ鮮明に思い出してしまうなら、それより濃い水色の方を食べていたらどうなっていたか分かったもんじゃない。レキサの号泣ぶりを見れば、その威力は歴然だ。


 でも――。


「色はカラフルなままの方がいい気がするけどな。

 サイズを小さくしてみたら? ひとくちサイズにして箱に10個くらい詰めたらかわいい気がする」

 スズシロからもらった砂糖菓子を思い出しながらセリは提案した。

 スズシロから何かをもらったのは、あれが最初で最後だった。


「なるほど。とりあえずの売り文句は【もの忘れ防止、くちどけ食感、女王様御用達、小さいひとくちサイズ】の饅頭ってとこか。

 商品名は【小さなまん子ちゃん】とかどうだ? 饅頭をイメージしたちょっとロリ寄せの萌えっ娘のパッケージにしてよ」

「…………絶対ダメ。たぶん絶対ダメな気がする……よくわかんないけどすっごい拒否反応しかない」

「そうか? 俺的には絶対バカ売れな気がするんだけどな。

 饅頭経験者のセリが考案した小さい饅頭だから略して【セリの小さなまん……むぐぅ!」

「ほら! そのままにしとくとパッサパサになるから! 食べてほら! 今夜中に全部食べて! ほらほらほら!」


 セリは冷たい氷の表情で、ボルターの口に中へ次々と残りの饅頭を詰め込み続けた。



饅頭の色はガランタミンのОD錠(口腔崩壊錠)のPTP包装の色です。

どうでもいい情報でした。

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