ITN.2 ヒーリングっと・ぼるキュア
遅くなりましたが本編とのリンク↓
pt.1 踊り好きのピクシー -Totentanz- ② の続きになります。
ベッドに沈んでいきそうな重だるい倦怠感と、全身がバラバラになりそうな筋肉痛に苛まれたセリは、現在ボルターに絶賛押し倒され中である。
「セリ、何の真似だ?」
「いや、なんとなく。激しく身の危険を感じて体がとっさに」
ボルターの左肩口はセリによって足蹴にされている。
全身筋肉痛へのアメイジングな手当てと称して、のしかかってきたボルターの体をこれ以上近づけないために、セリの鍛えられた脚が限界を超えてボルターを押し留めている。
「まあ、男に押し倒されかけて抵抗する判断は良しとしよう。
ただな、この体勢と二人の経験値・レベルの差から――この場合はこういう展開になる」
「きゃあぁぁぁあああっ!?」
ボルターがセリの左足首をつかんで思いっきり上に押し開く。
セリの顔近くまで足が上がり、ボルターの方が驚いた。
「うわ、お前すっげえ体柔らかいな! М字開脚とか、めちゃくちゃ開きそうだな、おい」
「いっ、痛い! 痛いってボルター! 裂ける! 股が裂けるから!!」
普段ならこの程度の開脚は造作もないセリだが、今は激しく全身を筋肉痛中であるため、太腿裏からふくらはぎが悲鳴をあげている。
「色気のねえ悲鳴だな。いいか、こういう場合、女は足開いたら負けだ。
今度から別の抵抗の仕方を考えるんだな。
んじゃ、ストレッチも済んだし、こっちの足からやるからな」
ボルターはつかんでいる方の足首を自分の肩にひっかけると、両手でセリの膝下を押し込むように握った。
「あたたたたたっ!! 痛い! やっ、やだ! ボルター! 痛いよ、もっと優しくしてったらぁ!!」
セリの悲鳴にボルターは一瞬手を止め、にやりと笑いながら甘い低い声でささやいた。
「ん? 痛いか? なら、じっくり時間かけて焦らしてやるな、今夜は……寝かさねえよ?」
「なに言ってんの、もう朝だから! 時間ないの! 朝ごはんの支度もしなきゃだし! 分かったもう我慢するから! 早く治して!」
「んだよ、いちいちノリの悪いやつだな。しょうがねえな。じゃあ、特別だぞ」
ボルターの手の平から温かい熱が伝わってくる。
今度は強く押されても痛くない。
エヌセッズの特技、痛覚マスキングだ。
ボルターの指がセリの強ばった筋肉の凝りをほぐしていく。
「――っあ、ちょ……っ、待って! っあ! なんか、痛くないけど!
やっ、ダメ! く、くすぐったいかも!」
身をよじってセリが逃げようとするが、ボルターは強い力で押さえつけセリを逃がさない。
「ん? こことかか?」
「あ、ダメ! そこダメ! やだ! そこグリグリしちゃやだぁ!」
顔を覆いながら悶えるセリに、ボルターは喉の奥で笑う。
「ん? なんだよ、やめていいのか? 本当は気持ちいいんだろ?」
吐息のようなささやきがセリの耳にかかる。
いちいちセリフを言うたびに至近距離でささやく必要はない! とツッコミを入れる余裕は、今のセリにはない。
涙目のセリがボルターをうかがうと、ボルターは意地の悪い笑みを浮かべてセリを見下ろしていた。
わざとらしく舌なめずりまでして見せる。
完全に遊ばれているのは分かっているのだが、まだまだ筋肉痛治療は始まったばかり。
足一本で音をあげていたら、今日一日の家事ができなくなってしまう。
セリは観念することにした。
「うぅ、続けて下さい……」
「お、ようやく素直になったな。
まあ、こういうのは受け慣れしてねえと嫌なやつは嫌かもな。
そうだな、オイルとかでさすった方が、お前には合ってるかもな」
「おい……る?」
「お、興味ありか? 道具一式は俺の部屋にあることはあるんだが……じゃあ、俺の部屋でやっか!
よし! 決まりな!!」
セリの返事を待たず、ボルターは嬉々としてセリを荷物のように肩へ担ぐと自分の部屋へと連行する。
「え? わ、ちょっと!?」
セリはなす術もないまま、問答無用でボルターの部屋のベッドへと転がされる。
するとなぜかボルターはベッドの横で片膝をついて、かしづくように恭しく礼をした。
「ふっ、本日はこのエヌセッズ指名No.1セラピストの俺をご指名いただきありがとうございます。俺のテクニックで必ずやお客様に極上の快楽を味わわせてみせますよ」
妙に芝居がかったセリフやポーズに、セリが怪訝な視線を向ける。
「は? 急にどうしたの? 何の寸劇?」
「ふ、そんな態度をとってられるのも今のうちだ。さあ、俺のテクでお前がどこまで平静を保ってられるか見ものだな」
セリのパジャマのズボンを膝上までたくし上げると、ボルターはトロリとしたオイルを手に揉みこみ、セリの足をマッサージし始めた。
人肌の温かいオイルによって、ボルターの指が心地よい力強さでセリの足を滑っていく。
「どうだ? 初体験の感想は?」
「……気持ちいい、かも」
固くなった筋肉がほぐされていくのを感じる。
脛の骨の際のところとか、ふくらはぎとか、足首とか、さっきの指圧でグリグリされるよりもずっとずっと気持ちいい。
「もうちょい、強くして……」
思わずそんな催促までしてしまう。
絶妙の力加減で足のだるさや痛みが楽になっていく。これは、ちょっと病みつきになりそうだ。
あまりの気持ちよさにセリはつい、うとうとしてきた。
「なあ、セリ? 他のところも気持ち良くしてやろうか? どこして欲しい?」
夢心地のまま、セリはボルターに返事をする。
膝下だけだけじゃなくてもっと膝より上の方とかもしてほしいかも。
あとは、首とか肩……は本当はしてほしいけどくすぐったくて変な声とか出ちゃったら嫌だし、でも背中とか腰とか腕とか、もう全部つらいから、全部やってほしいんだけど……。
でもパジャマ来てるから無理だもんね……すっごく気持ちいいのに、残念……。
「なら、脱いじまえよ」
ボルターの甘い声が頭の中に響く。
あ……そっか、脱げばいいのか。そしたらもっと気持ちよくしてもらえる……。
セリはだるくて重い腕をなんとか動かし、パジャマのボタンに手をかけ――止まる。
――え? 脱ぐ? ちょっと待った。それダメなヤツじゃない? 絶対ダメなヤツでしょ!?
「どうしたセリ。ボタン外せねえのか? 俺が脱がせてやろうか?」
ボルターがセリの胸元のボタンに手をかける。その手をセリがつかむ。
「ちょっっっっと待った! なんでこんなことになってるの? 脱ぐわけないでしょ! バカなんじゃないの!!」
「――お!? おいおい、俺の最大出力魅惑スキル食らって脱がなかった女はお前が初めてだぞセリ!
すげえな! お前、魅惑耐性レベルSランクなんじゃねえの?
それともお前まさかATフィールド展開したのか? やるな! さすが女王様は一筋縄じゃいかねえな」
しかしまだ、ボタンを外す・抵抗するの攻防は進行中だ。
「くっ、どさくさに紛れてなに人に精神攻撃食らわせてんのよ! 変態エロ大魔王!!」
「おいおい、お前が俺に全身くまなく隅々までオイルまみれにされながら愛撫されたいって言ったんだろ? パジャマにオイルがつかねえように脱げっつってんの。
まったく人の好意を踏みにじりやがって。パジャマをエロ汁ダクダクにしてもいいのか?
――いや、そういうのも背徳感があって燃えるな……意外にアリ、か?」
ボルターが真剣に思案し出し、ボタンへ伸びていた手の力が緩む。
セリはこの隙をついて、頭上にあったボルターの枕をつかむと抱きかかえた。前面防御完成。これでひとまず脱がされる心配はなくなった。
「アリじゃない!! なし!! やっぱり頼むんじゃなかった!! なにされるか分かったもんじゃない!!」
「あ、そうだセリ。水着買ってやろうか? そうすりゃ脱がなくても全身ほぐしてやれんぞ。
お前はあぶない水着と魔法のビキニ、どっち派だ? 俺はな、やっぱり紐で結んであるやつがクるな」
「こんな寒い季節に水着なんて手に入るはずないでしょ!!」
「そりゃなんとでもなる。俺には強力なツテがあるからな。
それより、水着着るんならもうちょい胸が欲しいところだよな」
まさかの展開にセリがぎょっとした顔で身構える。
「ちょっと!! 水着なんて着ないし!!」
「待ってろ! 今すぐに俺のエロスを結集させて、お前の乳に送り込んでやる!!
これでお前も谷間になんでも挟めるようになるぞ!! 楽しみだなあ、おい!」
ボルターの目力が高まり、顔が次第に険しくなっていく。
セリは得体のしれない恐怖に襲われた。
この視線にさらされてはいけないと、第六感が告げていた。
「やめて!! もういい! 筋肉痛治った!! もう動けるから!!」
「それとこれとは話が違うだろセリ。いま大事なのはお前の筋肉痛のことじゃない。お前の乳をでかくすることだ!!」
「乳って言い方しないで!! 気持ち悪いっっ!!」
もはやセリの叫びは悲鳴に近い。
「んだよ、じゃあなんて言やいいんだよ。
……お、おっぱいか? うわ、よせよ、恥ずかしいじゃねえかよ」
顔を赤らめボルターが手で顔を覆う。
この変態にも羞恥心があったということにセリは激しく驚愕した。
だが、この隙をついてセリは、全ての力を解放しベッドから飛び起きた。
その際に渾身の力を振り絞り、手に持った枕でボルターに一撃をくらわす。
立ち上がって分かったが、足だけはボルターの手当ての甲斐あってすこぶる調子がいい。
上半身はボロボロだが、このままこの部屋にいては何をされるか分からない。俊足でセクハラ大魔王の間から離脱する。
「じゃ! 私、朝ごはん作るね! レキサもロフェもすぐ起こすから!!」
「あ、こら! 逃げるなセリ! ぜってえ乳はでかい方がいいんだって!!
大丈夫だ! ちゃんと形もキレイに仕上げてやるから!!
俺に任せときゃ、たるみ知らず、しぼみ知らずで……! おい! 戻ってこい!!」
まだ何か胸のことを叫んでいるボルターの声を、耳をふさいで聞かないようにしてセリはボルターの部屋を飛び出した。
すでに子供たちは起きて、朝の支度も済んでいた。
「しぇりとおとーしゃんの声がうるしゃくておきちゃったのよ!」
「え、やだ!! どこから聞こえてたの?」
「アリとかナシとかのあたり?」
そう言われてもそれが会話のどのあたりだったのかセリには思い出せなかった。
しかし子供たちと一緒にいればあの変態も下手なことはできないだろう。
セリは深い安堵のため息をつくと、ギシギシの上半身に鞭を打ちながら朝食の準備にとりかかった。
自分も調べて知ったんですが、こういう大人スキルを女性に施す職業の男性の方をセラピストって呼ぶらしいですよ、奥さん。
え? 知らなくていい?
それは失礼しました。