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ITN.1 ボンテージは誤表記、正確にはボンデージであります。

記念すべき脱線第一回はいつものおじさん二人が登場です。


もし初見の方であれば、とりあえず短編の【番外編】エプロンとタイトスカートさえ読んでいただければ、おおよその流れが分かるかと思います。


本編とのリンク:pt.1 踊り好きのピクシー -Totentanz-①

「ちょっとぉ、どうしたのボルター、そんなに怖い顔してぇ」


 エヌセッズの酒場の奥にある個室。

 エヌセッズのギルドマスターであるボルターの、ほぼ私用的仕事部屋と化しているその小さな部屋で、ボルターは険しい表情で書類を見つめたまま動かない。


 ギルドメンバーであるメフェナがさっきから何度か声をかけているが、ボルターは返事をしない。集中しすぎて声が聞こえていないようだ。


 メフェナが見る限り、ボルターは目の前にある書類のことなど眼中になく、頭の中では別のことを考えているように見えた。

 何故ならボルターという男は、ガランタの泉の水を使った名産品の開発についての資料を読んで頭を悩ますような男ではないからだ。


「ねえ、ボルター、聞こえてる?」


 大きなため息をついたボルターが、たった今気づいたとばかりにメフェナに声をかけた。

「ん? 何だよメフェナいたのか。なんか用か?」


「もお~、ボルターが心配で声かけてたのにぃ。なに難しい顔してんの? ボルターが悩むようなことって言ったら……。

 やだ……まさかとは思うけど、いくらひとつ屋根の下で暮らしてるからって、セリちゃんにやらしいことしちゃおうとか考えちゃったりしてたり……?

 え~! やだぁ!! ボルターはインディみたいに、女は若ければ若いほどいいとかって思ってるカス野郎とは違うと思ってたのにぃ!!」


「暴走すんな人妻。そんなんじゃねえよ。ロリコン犯罪野郎と一緒にすんな。

 俺はその点きっちり線引きができる男だ。まだ何もしねえよ。

 ただ――、なあ、メフェナ……。

 いや、やっぱなんでもねえ……。

 あ、いや――あのな……っ」


 逡巡した後に口をつぐみ、ボルターは髪を乱暴に掻き乱すと、荒々しく声をあげ席を立った。


「あー! やっぱダメだ! ちょっと出て、頭冷やしてくる。留守頼むわ」

「ちょっとぉ、ホントになんなのぉ? ねえ! もし実行するときはちゃんと事前に教えてよねぇ!? 絶対覗きに行くんだからぁ!!」


 メフェナの声は、別のことで頭がいっぱいのボルターの耳の中に入ることはなかった。



******



「奥さん!! オヤジさんいますか!? オヤジさんいるんならお願いします!! 今すぐ召喚してください!!」


 もうボルターは恥も外聞もすべて捨て、服屋のおかみさんにすがりついた。

 若干引き気味のおかみさんが奥の部屋から召喚した亭主は、いつも通りのそのそとした動作で店の奥から出てきた。


「ボルターさん、顔色が悪いな。何かあったのかい? 奥であったかいコーヒーでも淹れてやるよ。まあ、入んなって」


 気遣いにあふれた声と、労わるように肩を叩かれ、ボルターはふいに涙腺が緩んだ。

 抱えていたものが大きすぎて、一人では背負いきれなかったことに今更ながらに気づく。


「ああ、すまねえ。ありがとよオヤジさん。もう俺には相談できるのはあんたしか……頼むよ、助けてくれ」

 我ながらどうかしていると思いながらもボルターは、しおらしく亭主についていく。


「で、一体どうしたんだい。あんたほどの人がずいぶん取り乱してるようだが……」

 亭主の淹れてくれたコーヒーを黙って見つめたままのボルターへ、さすがに心配そうに亭主が声をかけた。


「オヤジさん。頼む、俺の口にしたことは絶対に他言はしないでほしい」

「おいおい、わしとボルターさんの仲じゃないか。言ってくれ、わしで良ければ力になろう」


 真剣そのものの表情のボルターに、亭主も真顔で答えた。


「その、なんだ、あのな……。

 なんつーか、こう、女王様の服的なものって、その……調達できたりすんのかなって……思ったり……」


 うつむきながらぼそぼそと早口でボルターは用件を伝えた。

 沈黙が訪れ、耐えきれなくなったボルターがそっと亭主の顔色をうかがう。


 亭主は眉をひそめ、無言でボルターを見つめていた。


 ――やっぱり言うんじゃなかった……!


 ボルターは顔を手で覆いながら後悔する。しかし――、


「おお、勇者ボルター、これしきのことでうろたえるとは情けない」

 荘厳な表情で亭主はボルターへ語りかけた。


「おいおい、今日は神官風か?」

 そういいつつも、ボルターの顔は期待に輝き始める。


「それほどまでに前妻の記憶を忘れられないとは愚かな男だ。

 女たちは所詮一つの道具袋しか持たず、その中身はいつだって最新の男とのメモリーである。過去の男であるお前との思い出はすでに馬の糞と共に捨てられているであろう。

 一方で男とは、女ごとに道具袋を用意して、いつまでもボロボロの道具袋を捨てられずにいる。

 だが、あんな若い娘さんにあの奥さんの面影を追うのは酷というものであろう。

 若い娘さんは若い娘さんなりの楽しみ方がある。

 ボルターがそのことに気づくまでの経験値はあと……」


「うるせえ! 余計なお告げをすんじゃねえよ! 前妻(アレ)は女帝! 女王様じゃねえから! 俺は別にあいつに未練なんて全っっ然!! これっっぽっっっちもねえんだよ!!」


「わかったわかった、そういうことにしといてやる。

 どっちにしろあんたはMなんだろ? それはもう分かったし、そんな客の性癖のことなんかこっちはいちいち言いふらしたりしないから安心してくれ。商売は信用が第一だ」


「俺はMじゃねえ! ん? あれ……実はMなのか? ちょっと待て、なんか自信なくなってきた。

 おかしいな、俺は今までどっちかっつーとS寄りキャラだったはずだ。

 おいおい……マジかよ、やっぱりガチでその気のねえやつをMにしちまうってのか、恐ろしい技だな」


「何をぶつぶつ言ってるんだ。まあまずは落ち着いてコーヒーでも飲んでくれ。今お望みのを出してやるから」

「――あんのかっ!?」

 勢いよく席を立ち、ボルターが椅子をひっくり返す。


「ものはない。徹底した採寸が命の受注生産品だ。まあ落ち着け」

 亭主は書棚から『冒険の書16』と書かれた冊子を手にするとボルターの前に置いた。


「本来ならこの冒険の書は1~10までの冒険を五つ以上クリアしないと渡せないことになっているんだが、あんたはお得意様だからな、特別だ。ただし刺激が強いぞ」


 コーヒーに口をつけながらボルターはなんとなく冊子のページをパラパラとめくり、――むせた。


「ぶっは! おいおいおいおいおい、これ!?

 なんだこれ!? すっっっげえぞ!!」


 その本の中にはボルターが想像していたよりもさらに上をいく女王様たちの乱れまくったお召し物がオンパレードだった。


「前半は衣装で、中盤は装飾品や武器の類い、後半は部屋を女王の間に相応しくするための調度品が掲載されてる。貸し出し禁止だからここで読んでけ。

 これぞというものが決まったら注文してやろう」


「おいおいおい、すげーなマジで。なあ、このすっげえ生々しい黒い裸みたいなやつ何て防具だ?」


「ああ、これか? これはキャットスーツ、もしくはラバースーツという。

 語源は猫じゃなくてナマズの方だ。表面がヌメヌメしててな、絡みつかれると気持ちいいぞ。着るのもたまらんがな。

 こいつを選ぶとはさすがボルターは根っからのむっつりスケベだのう!」

「お、おいおいおいおいおい。やめろよ。想像しちまうだろ」


 しかし、すでにボルターの脳内では黒い光沢を帯びた全身スーツのセリがボルターを(ひざまず)かせ、その背中に細長いピンヒールを食い込ませている。


「この変態め。私のこと嫌らしい目で見たお仕置きしてあげる。うーんと痛くしてあげるんだから」

 セリの手に持った鞭が激しくしなって床を打った。


「お、お、おなっっしゃーーーっす!!!」


 思い切り頭を下げたボルターはテーブルに激しくおでこを打ち付けた。

「いって! ――はっ! ここはどこだ!? セリ様は!? 俺のセリ様はいずこに!?」


「やはりお前さんには早かったかの。この本の幻惑(エロ・マヌーサ)にかかりおって」


 亭主がボルターの手から冒険の書を取り上げようとしたのを、ボルターが制した。


「……ダメだ。まだ読み始めたばかりだろ? 俺は……まだやれる。まだ戦えるんだ。

 まだまだ勝負は終わっちゃいねえ。気遣いは無用だぜオヤジさん。

 俺は数々の危険な冒険をクリアしてきたベテランだぜ。俺を信じてくれ!」


 服屋の亭主はふっと(わず)かに笑うと、黙ってボルターの肩に手を置いた。しょうがないやつだ、とその温かい瞳が語っていた。


「あー、やべえ、迷う。どれ選べばいいんだ。どれも着せたい!

 ピンヒールは絶対外せねえし」

「縄とか手錠もいるな。トゲトゲつきの首輪はどうだ?」

「あーくそ、待て待て、俺の所持金と相談だ」




「ボルター、何してんの?」


 まさかのセリの声がして、ボルターはとっさに冒険の書を閉じた。その拍子にマグカップを倒し、コーヒーがこぼれる。

 しかし、ボルターは目にも止まらぬ速さで冒険の書をコーヒーの津波から救出した。この間、わずか一秒に満たない。


「――セリ!? お前こそなんでこんなとこにいんだよ!?

 え? 俺か!? 俺はだな……か、会議だ!!

 オヤジさんと、この冬の気温と降雪量の変動についてをだな……っ」



*****



 結局、亭主秘蔵の冒険の書は、セリがいなくなった後、すぐにレヴァーミが現れ、ギルドに連れ戻されてしまったので、続きを見ることができなくなってしまった。


 セリを女王様にするための準備金もおかみさんにふわもこコートを買わされ、すっからかんになってしまった。


 しかし、ボルターの胸の中は温かかった。


 また、時間を作って冒険の書を読みに行こう。


 そして自分の知らない世界へ旅に出よう。


 世の中にはまだ自分の知らない世界があふれているのだから――。


 世界はいつだって輝きと希望にあふれている。


ラバースーツは脱ぎ着が大変なので、着たままいろんなことができるようにあ~んなところやこ~んなところにチャックがあるそうですよ、奥さん。


え? そんな情報いらないって。


それは失礼いたしました。


こんな下ネタが続く気がします。

お好きな方はどうぞお付き合いください。

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