表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

紅の空の下


紅―KURENAI―という作品で作詞した内容が、初期のセリっぽかったので、曲を聴いてイメージした短編を追加しました。


イリアストラムの第一話よりも前の話になります。


「おいレキサ、あいつ見なかったか?」


 妹のロフェをあやしていたレキサは、ボルターの問いかけに、不安そうに首を横に振る。


 ボルターが、身元も素性も分からない行き倒れの少女を拾ってきてしまってから、まだ数日あまり。


 ようやく回復し始め、やっと歩けるようになった途端の、さっそくの行方不明騒ぎだった。


 見ず知らずの他人を家に入れることへの抵抗感もあったが、まだ幼い少女が傷だらけで行き倒れているのを放置することの方が無理だった。


「まさか、出て行っちまったかな……」


 ぼそっと呟いたボルターに、レキサが悲しそうな顔をする。


「まだ怪我だって、ちゃんと治ってないのに……」


 またどこかで行き倒れたなんて考えるだけでも気が滅入る。ボルターは帰宅して早々、もう一度上着を羽織って玄関に向かう。


「ちょっとその辺、探してくるわ。遅くならないうちに戻る。レキサ、一人で不安なら隣ん家にいさせてもらえ」


「ううん、大丈夫。家でロフェと待ってる」


 心細そうな顔で送り出すレキサに、後ろ髪を引かれながら、ボルターは勝手に家から出ていったお騒がせな居候を探し始めた。


・・・



「おい、探したぞ。傷も塞がってねえのに黙って出ていくな。心配するだろうが」


 ようやく見かけた少女の後ろ姿に、ボルターはいらだち混じりに声をかけた。


 だが当の少女は夕日を見つめたまま、こちらを振り返る様子もない。


「おいセリ! 家に帰るぞ!」


 名前を呼ばれて、ようやく自分に声をかけられていたことに気づいた少女が振り返る。


 空虚な瞳。

 何の感情も宿さない表情。

 真っ赤な夕日に染まっているのに、血の気を感じさせない、まるで死人のような少女。


 あきらかに町の住人とは異なる世界で生きてきたことが、その姿からはありありとにじみ出ていた。


(……同情はする。生半可な生き方はしてこれないようなところにいたんだろうな……)


 向こうがこっちに、深く関わりを持つ気がないことは伝わっていた。

 おそらく、怪我が治ればすぐにでもいなくなるのだろう。


(……だけどな)


「ハンバーグが食べたい」


 ボルターが開口一番に発した言葉に、セリは眉を寄せて困惑した。


「……は……?」


「ハンバーグが食べたいっつってんだよ。

急いで帰るぞ。みんなで作ればすぐできる。腹が減ったんだよ俺は」


 まだ戸惑っているセリの手を強引につかむと、ボルターは家路へと急いだ。


「ハンバーグ……って何? どんな食べ物なの?」


 ボルターが振り返ると、さっきよりも興味津々な表情を浮かべたセリが自分を見上げていた。


「ひき肉を練って、適当に固めて焼くんだよ」


「それって普通の塊肉を焼いた方が楽じゃないの?」


「バカお前、そういうのは高級な肉なんだよ。ひき肉っつうのはな、どこの切れっ端か分からんような肉をみんな細かく挽いてまぜこぜで売ってるから安く手に入るんだよ。ひき肉は庶民の味方ってやつだ」


「へー、すごく手間がかかってるのに、そっちの方が安いんだぁ……なんか変なの」


 ほんの少しだけ表情を緩めてセリが笑う。


 笑えば年相応。もしくは実際の歳よりも幼くも見える。

 どこにでもいる普通の少女だ。


「お前にも当然手伝ってもらうからな。ハンバーグ道は奥が深いんだぞ。極められるもんなら極めてみろ」


「なにそれ。捏ねて固めて焼くだけなんでしょ? 誰でもできるじゃん、そんなの」


「ほう……言ったな? なら誰のハンバーグが一番うまくできたか選手権だな。

 最下位のやつは1週間晩飯担当だ、いいな?」


 セリは完全に勝つ気でいるようだが、ハンバーグはボルターの十八番料理だ。

 ハンバーグを初めて耳にしたようなセリに勝ち目はない。


 結局、力加減が分からないセリが作ったハンバーグはボロボロに焼け崩れ、ボルターが優勝した。


 セリはよほど悔しかったのか、崩れないハンバーグの成形の仕方をこっそりレキサに教えてもらっていた。

 どうやらリベンジする気らしい。


(なら、ハンバーグ選手権は当分おあずけだな)


 自分に隠れて作戦会議をしているセリの後ろ姿を眺めながら、しばらく口にすることのなかった酒をグラスに注ぐ。


 家族が増えれば、会話が増える。


 会話が増えれば、家の中が明るくなる。


 家の中が明るくなれば、家族の笑顔が増える。


 自分一人で子ども二人を立派に育てなければと気負っていた時には気づけなかったことに、セリが来てから気づくことができた。


 レキサもロフェも、セリのことを気に入っているようだし、セリ自身も子どもが好きらしい。


 ボルターは心の中でセリに語りかけた。


 きっと今伝えたとしても、セリには受け止めるような余裕はないだろうから――。



(なあセリ、お前がどう思ってんのか、まだ分かんねえけどさ。

 俺はお前を拾ったときから、お前のことは、もう家族だと思ってるんだ。

 だから……いつか、お前の表情が空っぽじゃなくなるように……。

 俺たちが、家族として満たしてやれたらって……俺は本気で思ってるからな)




Youtubeの方の感想欄で、紅―KURENAI―に救いをのぞむコメントをいただきました。

ありがとうございます。


少しでも救いが感じられたらと思い、こんな形で表現してみました。


もしこの物語が届いて、救いを感じていただけたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ