男は思春期を過ぎると透視能力に目覚めることがある。
イリアストラム第14話の後日談です。
(――またか……)
視線を感じたセリは、すぐには振り返らず気配を探る。
しかし、どんなに意識を集中しても視線の主の気配は感じられない。
プレッシャーに耐えきれなくなり、辺りをさりげなく見回すが、家の中でボルターがレキサとロフェと一緒に遊んでいる以外は、何の異常もない。
もちろん窓にも誰もいない。
ここ最近、セリは毎日嫌な視線を感じるのだが、その一方で、視線の主の気配はまったく感じないのだ。
(……どこから見てる……?)
昔、キャラバンの仲間に、暗殺の直前まで恐怖を与え続けるために、意図的に自分が狙っていることを相手に悟らせている悪趣味なヤツがいると聞いたことがある。
もしかしたら、視線の主はそういう手合いなのかもしれない。
見ているぞと気づかせて、自分をなぶるつもりなのだろうか。
視線の主の距離も方角も位置も全くつかめない。
相当な手練れであることは間違いない。
まともに戦って、自分に勝てる相手ではないのかもしれない。
正体のわからない存在の気配で、セリは少しずつ憔悴し始めていた。
嫌な視線は相変わらず感じる。
外出時よりも、家にいるときに感じることが多い気がする。
嫌でも意識が研ぎ澄まされていく。
もしかして、キャラバンのみんなを殺したヤツが、生き残りの自分を始末しに来たのだろうか。
「最近、セリ姉の顔怖いね」とか「しぇり、おこっちゃやだ!」とか、レキサやロフェに言われるのだが、もし刺客が狙っているのであれば、警戒しないわけにはいかない。
セリの五感は、いまやキャラバンにいたとき並みに研ぎ澄まされていた。
そしてついに、セリはその視線の主の気配に辿り着いた。
不愉快極まりない視線。間違いない……!
「そこか!!」
セリは手に持っていた包丁を放った。
「うお! あぶねっ!」
その先にいたのは、何故かボルターだった。
ボルターは間一髪で包丁を避けた。
ドスっと重たい音をたてて、セリの投げた包丁は壁に突き刺さる。
「え? ……嘘。何で?」
立ちすくむセリへ、ボルターが怒鳴った。
「そりゃこっちの台詞だろうがよ! なんだよ! 俺が何かしたか!?」
セリはここ数日、感じていた嫌な視線についてボルターに打ち明けた。
「殺気ではないんだけど、なんかあまり気持ちのいいものじゃなくて、早く犯人仕留め……じゃなくて、見つけて捕まえて安心したいなって思ってたんだけど、……ごめん」
「あ、わりぃ。それ犯人やっぱ俺だわ」
「は?」
「いやあ、怖がらせるつもりはこれっぽっちもなかったんだわ。
つーか、気づかれるつもりもなかったんだが、お前すげえな。ちゃんと気づくんだもんな。すげえすげえ」
全く悪びれる様子もなく笑うボルターに、セリは数日にわたって蓄積した疲労が一気にのしかかってくるような気がした。
なんなの、この茶番は……。
まさか弟子にする予定の私の実力でも試そうとしていたってこと?
だとしてももう少しやり方ってもんがあると思う。こんなに長い間ネチネチと……趣味が悪すぎる。
セリが不満全開の目で睨んでいると、ボルターが経緯を説明するため口を開いた。
「ほら、前にお前がすげえ甘えて、俺にしなだれかかってきて、俺をベッド誘いたくて仕方なかったときがあったろ?
もう俺のエロスを爆発させる勢いで燃え上がらせてくれたアレだよ、アレ」
「なに言ってんのボルター。
誰の話? 気でも狂った? 変なキノコでも食べた? っていうか言いたくないけどボケが始まったんじゃないの? 私、介護とか本気で御免こうむりたいんだけど」
セリが摂氏マイナス100℃級の氷のまなざしをボルターに向ける。
「なんだよ、照れんなよ。素直じゃねえなあ。
まあ、とにかく。それで燃え上がるエロスを爆発させたら、まさかの第七感に目覚めちまってよ、急に新しいスキルを覚えちまってさ。
ついつい使っちまってたんだ、悪かったよ」
「え……? セブ……? 新しいスキル?
で、結局何してたの?」
セリにはボルターの言葉の意味がさっぱり理解できなかったが、とりあえず話を進めてもらうことにした。
「いやあ、それがよ。着ている服を透視する能力に目覚めちまってよ。
悪いなあとは思ってたんだけど、見れるって分かるとついつい、な」
頭をかきながら、白状するボルターの言葉が理解できず、しばらくセリは固まった。
少しずつ事態の理解が進むと、セリの顔はみるみるうちに真っ赤になっていった。
「……っなにそれ!? なにそのスキル!? バカなんじゃないの!!」
「落ち着けセリ! 前からは見てない! 後ろだけだ! 信じてくれ! 本当だ!
何でか知らんがエプロンだけは透視できないんだ!! 嘘じゃない!!」
「だからいつも背後から見てたって言うの!? 最低!! 信じらんない!」
セリはボルターの顔をこれ以上見たくなくて背を向けた。が、慌てて振り返る。
「今!! また見てるでしょ!!?」
どこかに身を隠す場所を探して、セリは慌てふためいた。
「しょうがねえだろ! 夢の裸エプロンが拝めるんだから見ちまうのが男だろ!!
それにほら……お前の尻……俺の大好物だし♡」
台詞の後半のボルターは、恥じらう乙女の仕草で、全く乙女らしくない下品な告白をする。
「大好物とかゆーな!! もうヤダ!! 変態!! もうさっさと目を閉じなさいよ!!」
とりあえず2本の腕で体を隠そうとはするが、変態の前ではあまりにも防御力が低すぎた。
「セリ姉!! これを!!」
騒ぎを聞きつけたレキサが、セリに向かって布を放り投げた。
受け取ったセリは瞬時に理解し、速やかに装備した。
「ふっ、無駄だ! 所詮何枚羽織ったところで、俺の第七感の透視能力の前では素肌に同じ!! 無駄だ! 無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」
そしてボルターは魔王を彷彿とさせる高笑いをはじめた。
「うるっさい! これを見てもまだそんな強気が言えるかしら!」
女勇者さながらの凛々しさで、セリが堂々と立ち上がった。魔王ボルターの顔色が変わる。
「……お前!! それは卑怯だぞ!!」
前と後ろにそれぞれ魔王の透視能力無効化エプロンを装着したセリは、自信に満ちあふれた表情だ。
これで尻を狙われることはない。ギリギリのラインではあるが。
「こら! 防具を重ねづけなんて、そんな設定どこのRPGにもないだろ!
しかも、前と後ろで一枚ずつなんて! かっこわる!! はずかしくねえのか! 卑怯だぞ!
だいたいな! 旅人の服の上に皮の鎧は着れねえルールなんだぞ! ズルだ! 一枚脱げ!」
「うるっさい! いくわよ、レキサ! ロフェ! 今こそ変態エロ大魔王の悪しき瞳を封印するのよ!!」
魔王を封印するための伝説の布を手にした三人は変態魔王ボルターに襲いかかった。
「お前! 勇者のくせに子供たちをけしかけるなんて卑怯だぞ!
俺が本気で抵抗できないって分かってて本気で仕掛けてんだろ!!」
子供に甘い父親である魔王は、あっという間に子供たちに制圧された。
「うるさい変態! 大人しくその危険な目玉を封印されなさい!」
レキサとロフェに抱きつかれて、身動きがとれなくなっているボルターにセリは目隠しをする。
しかし魔王は余裕の表情だ。
「ふはは、甘いな! 勇者セリよ。そんなもので俺の目を封印したつもりか!
言っただろう、俺の目はエプロン以外なら透視できると!
――あれ? なんだ? 見えねえぞ?」
「あなたの負けよ、変態エロ大魔王。
自分が私に買ったエプロンの枚数を覚えていなかったことが運のつきね!」
「あ! まさかお前! 俺のイチオシのスケスケエプロンを目隠しに使いやがったな!
全然装備してくれないくせに!! こんな時に使うなんて!! もったいない使い方すんな! あとで覚えてろよ!」
「あーもーうるっさいなあ。レキサ、ロフェ! ついでに口も封印しといて。
じゃ、私これから夕飯つくるからね! 今日はレキサとロフェの大好きなハンバーグだよ!」
「はーい!」
ボルター家の平和で変態な一日は今日もいつもと変わらず、にぎやかに過ぎていくのであった。
・・・・・・・・・
次回予告
てけてけてけてけてーん♪(BGM)
卑怯な勇者セリによって目と口を封印されてしまった俺は、ついに己の小宇宙を爆発させ、立体異性体のドM‐ボルターへと進化する!
もう誰も俺を苦しめることなんてできないぜ!
苦痛は俺の最高の糧になるのさ!!
え? ジアステレオマーはS型とR型しかないだって?
そんなことないさ! いつだってSと対になるのはMだろ?
次回! 聖闘士ボルター!
チートで無双なSMライフはじめました。~俺をただの変態だと思って侮っていたようだがもう遅い。真正ドMを解放した俺は、女王さまを下僕にして、嫌がる女王さまに無理矢理尻をぶたせる最強の豚野郎になり今日も官能的なスローSМセカンドライフを満喫する~
君は、小宇宙を感じたことがあるか!?
続く!(嘘)