ITN.6 お兄たんはしばり上手
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pt.5 自立できないハーフエルフ -Separation anxiety- ①
の続きです。
……寝たか?
ボルターはセリの寝息に注意深く聞き耳をたてながら、少しずつセリを拘束していた腕を緩める。
腕を緩めてもセリが逃げ出す気配はない。
セリはようやく力尽きたようだ。
まだ余裕はあるが、しびれてしまう前に腕枕もゆっくりとセリの頭の下から慎重に引き抜く。
ふとセリの寝顔が視界に入り、ボルターは思わず小さく吹き出した。
力尽きる寸前まで抵抗していたためか、セリの眉間に深いしわが寄っている。
そんなに嫌がんなくてもいいだろうよ、とは思いつつ、そんな寝顔も妙に愛くるしく、微笑ましいと思えてしまう。
まったく、下手するとロフェを寝かしつける方がまだ楽かもな。
ボルターはそっとベッドから抜け出ると、セリに毛布をかけ直し、固まった体を伸ばすため大きく伸びをした。
さすがに若い女を床で寝かせて自分だけベッドで寝るなんて真似ができるわけもなく、かといって夫婦でもないのに朝まで同じ布団で寝るような無粋なこともする気もなかった。
いつまでも寝顔を観察されるのも、セリとしては不本意だろう。久々に子供たちの寝顔でも見ながら寝るか、と自室を出ようとしかけた時――、
「――あ、嫌……っ」
妙に艶っぽいセリの声に体が硬直した。
やべえ、起きちまったか?
ボルターが振り返った先には、眠ったまま毛布の裾を握りしめているセリがいる、
「嫌……、お願いです、許して……」
寝言……なのか?
おそるおそる気配を殺してセリの顔をのぞき込むと、少し苦し気に顔をゆがめているが、眠っているらしい。怖い夢を見ているようなら起こした方がいいのだろうか。
「あ……っ、そんなにきつく縛ったら……っ、痛い、です……っ、お願い、もっと緩めて……っ」
今のセリの一言で、ボルターはセリの見ている夢の概要が一瞬で理解できた。
おいおいおいおいおい。ちょっと待て。お前なんつー夢見てんだよ。
これ、アレだろ。どう考えてもアレだよな。
アレっつったらコレはアレだろ?
セリが女王様キャラバンにいた頃の時代の、しかも特訓中の夢だろコレは。
おいおい、いいのか。そんなすげえレアな音声を俺なんかに聞かせちまってよ。
まあ、ありがたく聞かせてもらうけどな。
つまりコレはアレだろ? 俺は詳しくはわかんねえけど、そういう縄を使ったそういう縛り方のそういう練習の最中で、今まさにセリはそういう縛られ方をされてる真っ最中ってことだろ?
そうか、お前は鞭だけじゃなくて縄もイケるんだな。今度お願いするから覚悟しておけよ。
ボルターは息をするのも忘れ、セリの寝言を聞き漏らすまいと耳に全神経を集中した。
「あ! 待って! 嫌です! こんな……恥ずかしいままで置いていかないで! お願い、ほどいてえ!」
おいおいおいおいおいおいおいおいおい!
放置プレイ来たぞ放置プレイが!! 待ってました!!
でもちょっと待ってくれ! セリは今どういう体勢で固定されてるんだ?
どうした俺の想像力!! なんでその光景が浮かんでこないんだ!!
がんばれ俺の想像力!! セリのどこがどう縛られて、どんなポーズなのかを鮮明に思い浮かべるんだ!!
「――っ!? なんで? どうしてみんなをここに連れてくるんですか!?
嫌です! こんな格好、お願い見ないでえ!!」
なんだ!? 今度はどうした!? 今度はセリは何されてるんだ!? 何を始める気なんだ!?
「いやぁ! 見ないで下さい! いやぁ見ないでえ!」
おいおいおいおいおいおいおいおい!!! すごいぞコレはマジでやばいぞ!!
アレだろ? つまりコレはそういうやつだろ?
そういう縛り方をしただけじゃ飽き足らず、いったん放置プレイを挟んで泣かせた挙げ句に、さらにその姿を大衆公開羞恥プレイまでしちまうっていうスペシャルフルコースってわけだろ!?
マジかよ!! どんだけ上級者なんだよ!!
さすがは伝説の女王様たちだ!! 敵う気がしねえぜ!!
あー! それにしてもセリはどういうポーズで縛られてんだよ!! 全っ然分かんねえ!!
くそ! 世界は広いなあ! この俺の妄想が全く鮮明に浮かばねえぞ!! くそ! セリの夢の中に入りてえなあ!
なあ頼むよセリ! ほんのちょっとだけでいいから入れさせてくれよ!! 全部入れろなんて言わねえから!! ほんのちょっとだけだって!! ほんの先っぽだけでいいから!!
「お願い兄さま、もう許してください。こんなの、ひどいですぅ……っ」
そうだ! ひどすぎる!! こんなに生々しい音声が間近で聞けてるのに映像がないなんてひどすぎるぜ!!
――ん? っていうか、兄さま?
ボルターは瞬時に興奮が冷めていくのを感じた。
なんだよ。女王様のキャラバンだからてっきり女しかいないキャラバンかと思ってたけど、男もいんのかよ。
おいおいおい。てことは今の今までやそれ以外でも、セリの女王様の修行という名の調教は、みんなその『兄さま』ってやつがやってたってことか?
ちょっと待てよ。つーことは俺が思い描いていたイメージが根本的に崩れるじゃねえかよ。
俺は乱れに乱れた女王様たちが女王様見習いのセリにありとあらゆる女王様の乱れ技を乱れまくって乱れたセリに伝授していく乱れまくりの光景を想像していたんだ!!
それがなんだよ! なに男に縛られてんだよセリ。全然面白くねえじゃねえかよ!
だいたいなんなんだよその『兄さま』ってのは。
エチゾウの時といい、なんでこいつが男を様づけ呼びすると、こういう訳の分からない引き出しが開いてとんでもない破壊力のキャラになるんだよ。おかしいだろ。
「兄さま、ほどいてください。なんでも言うこと聞きますっ、何でもしますから……!」
なんでもするとか言うんじゃねえーーーーー!!!
そんな手合いの男にそんなこと言ったらホントにとんでもねえことさせられるに決まってんだろーがーーー!!! バカかお前はーーー!!!
ボルターは込み上げてくる激しい感情を抑えることができず、心の中で絶叫すると、思わず部屋を飛び出した。
そのままの勢いで家すらも飛び出す。
嫌だ!! 聞きたくない!! あんなこと言うやつは俺の知ってるセリじゃねえ!!
――俺は! 俺は……っ!!
ボルターは無我夢中で塔まで走った。
さらに全力で最上階へと駆け上がる。
激しい息づかいで膝をつくと、塔の最上階の窓から細い月が見えた。
ここなら誰もいない。ここなら誰も聞いていない。
ここにいるのは月だけだ。
「俺は……っ、俺は……っ」
激しく床を拳で殴りつける。冷たい床の感触でもボルターの感情を冷ますことはできなかった。
悔しさとも怒りとも思えぬ激情がボルターの胸を激しく突き動かす。
ボルターはこの場に誰もいないのをいいことに、感情の赴くまま激しく吼えた。
しかしどれだけ叫んでも、ボルターの胸の閊えはとれそうにない。
俺は、どエスな男にエムられてるセリの過去なんて、知りたくなかった!!!
俺のセリは、あのすっげえ冷めた目で俺のことをバカバカ罵ってくれる、あのセリなんだ!!
だってそうだろ!? セリのSはどエスのSだろ?
「Mのセリなんて……っ、そんなの、そんなの、セリじゃねえよおおおお!!」
深夜にボルターの慟哭が響く。
彼の苦悩する姿を知るのは、今宵の月のみであった。
セリの夢の詳細は
pt.5 自立できないハーフエルフ -Separation anxiety- ②
の冒頭にあります。




