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【短編集】色恋の舞台裏  作者: 月子
大学生編
3/4

女の心男知らず(2012/2→2015/2)

「ばっかみたい」


 ある日の休日。名古屋駅近くにある全国チェーンの喫茶店。通りに面しているカウンター席で、相澤は頬杖をつきながら忌々しそうに呟いた。


「どうしたの香楽。街中でカップルが人目もはばからずにいちゃついてるのを見つけた時みたいな声出して」

「休みの日に人をわざわざ呼び出しておいて一番最初にかける声がそれ?」

「待ち合わせの時間には遅れてないんだから、それくらいは許してくれない?」


 十勝は相澤の隣の席に座ると、トレーで運んできた紅茶を一口すする。

 季節は冬。年が明け、また一段と寒さが増した二月の初頭。

 名古屋駅には平日休日を問わず、普段から多くの人がいるが、今日はいつにも増して買い物袋を下げた女性が多くいるようだった。

 相澤は普段休日に出かけようとはしないタチで、今日もいつものように自室でのんべんだらりと過ごしていたのだが、十勝から突然呼び出され、人で溢れかえっている名古屋駅を訪れていた。


「で、何の用よ」

「名古屋古本屋巡りしようと思って。前話したとき興味持ってたでしょ」

「……そういうまともな用事は事前に言っておいてほしいんだけど」

「それだと面白くないじゃない」

「友人の反応を面白がるな」


 相澤はそう言うと、はあ、と短く溜息を吐く。


「で、何が馬鹿みたいなの?」

「え? ……ああ、さっきのか。今が何の季節か、あんたも知らない訳じゃないでしょ」

「ああ、節分? 豆まきするのはいいけど、意外と消費するのに苦労するわよねえ」

「そうだけど違う。バレンタインよ! バレンタイン!!」


 チョコレートの紙袋を持った女性たちを、相澤はガラス越しに指差す。


「そういやもうすぐバレンタインか。いいねえ、恋する乙女たちには夢があって」

「待って、あんたバレンタイン肯定派なの? 日本のバレンタインなんて、キリスト教の行事にあやかってチョコレートを売りつけようとする、製菓会社の陰謀に踊らされてるだけのハリボテの行事よ? ただのチョコレート即売会よ?」

「肯定している訳ではないけど、別にいいじゃない。美味しいチョコレートいっぱい買えるし、後で安くなるし」

「そんな理由って……」


 呆れを隠しもせずに表情に出す相澤に、十勝は、だってと言葉を続ける。


「実際のところ、聖バレンタインがどういう経緯で生まれた行事か知ってる日本人なんてそういないでしょ。特定の神を信仰してる訳でもないから、宗教絡みのいざこざは理解もしづらいだろうし。意味や成り立ちを知っていようが知らなかろうが、ようはどれだけ一つのイベントとして消化できるかなんだから、いちいちめくじら立てるようなことじゃないわよ」

「……………」

「それに、その年の人気ブランドや人気商品の動向みるの楽しいしね」

「それどう考えても後半が本音だろ」

「ん? ふふふふ」


 笑って誤魔化した十勝は、ふと何かに気付いたように相澤を見つめる。


「てことは、香楽は毎年やってるチョコレートの催事に行ったことがない?」

「ある訳ないでしょ。チョコを渡す相手がいる訳でもなし、あんな人混みにわざわざ突っ込みにいく理由がないもの」

「……成る程ねえ」

「……叶、ちょっと待って」


 十勝の物言いから嫌な予感を持った相澤が思わず待ったをかけるが、十勝は気にすることなく笑顔で地獄のような提案を告げた。


「じゃあ、今日は予定を変更して、今から名古屋のチョコレート催事巡りといきましょうか」

「ふざけんな! 行かないっつってんでしょ!」

「だーいじょうぶ。ようは人が少ないところならいいんでしょ。だったら穴場知ってるから。見識広めるためにも、一度くらいは行かなきゃねー」


 相澤にとって不幸なことに、先に会計を済ませるタイプの店だったため、逃げようとする相澤の腕を掴んだ十勝は何の障害もなく店の出口へと進んでいく。相澤の抵抗の声も虚しく、彼女は地下鉄のホームまでずっと引き摺られていくのだった。


***


「てなことがあってから毎年行くようになったのよね、チョコレートの催事」

「なるほど。だけどその話と、僕が今日そのチョコの買い物に付き合わされたのには何か関係があるのか?」

「ああ、ないね」

「コーヒーぶっかけてやろうか自称快楽主義者」

「それやった途端に近くの駅の交番に駆け込むから。暴行罪でしょっ引かれたいのならお好きにどうぞ?」


 時は過ぎ、大学生になった相澤は、三年前に十勝と過ごした喫茶店で、今度は本田とお茶の時間を過ごしていた。二人が座るカウンター席の真下には百貨店の紙袋が二つ置かれており、その中にはいくつものチョコレートの箱が詰められていた。


「ただの荷物持ち要員として呼びやがって。十勝とか他の奴誘えばよかっただろ」

「叶は県外の大学行ってるから、気軽に誘えないのよ。こんなことに誘える友人なんて他にいないし」

「あのな。バレンタインチョコの催事に男女二人で行ったら、それこそ勘違いの元だろうが。僕が言うのもなんだけど、もうちょっと交友関係を広げろよ」

「言われなくても友人くらい何人かいるっつーの。自分の趣味を開けっ広げにしてもいい友好関係って意外と限られるのよ」


 相澤は足元の袋から小ぶりの紙袋を一つ取り出すと、本田の目の前にそれを置く。


「……何だよ、これ」

「チョコよ、チョコ。今日付き合ってくれたお礼。言っておくけど、本命では決してないから勘違いしないように」

「お前から本命渡されるとか心臓に悪いから一生しないでくれ。――まあ、お礼は言っとく。ありがと」

「どーいたしまして。ちなみにそれ、一箱4粒で2500円くらいするやつだから。ちゃんと味わって食べるように」

「――――は?」

「チョコレートの催事を周りまくって、一つ分かったことがあるのよね」


 本田の困惑の声を無視して、相澤は蕩々と語り出す。


「私はわざわざデパートの催事にチョコレートを買いにいく女ではあるけれど、現代のバレンタインの風潮を決して肯定してる訳じゃあない。それでもチョコに罪はないし、チョコを作るショコラティエの情熱は素晴らしい。――だけどね? チョコレートの価値を分かろうともしない男には、罪があると思うのよ。自分が知らないブランドのチョコを渡されたからって、「分かってない」みたいな言い方をしてくる奴とか。出来合いだから心がこもってないとか文句言うような奴とか。チョコの値段や価値も分からずにスナック菓子感覚でポイポイ食う奴とか」


 本田は柄にもなく相澤の言葉に静かに耳を傾けるが、その顔は若干引きつっていた。


「世の中にそういう男どもが増え続けるのは、ほんっとうに勘弁ならないから。ーーだから本田クン、そういうクソくだらない男にはならないように。これは、友人としての、君へのアドバイス」


 普段であれば、お前に言われる筋合いはないというような反論を返しているところだが、相澤の冷えた空気を感じとった本田は、空気を読んでこう言った。いや、こう言うしかなかった。


「……ショウジンシマス」


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