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【短編集】色恋の舞台裏  作者: 月子
大学生編
2/4

関係性の話(2014/10)

相澤と本田が自分たちの関係性を見直す話。

「あれ、本田クン?」


 大学構内の図書館にあるカフェテリア内。外に面したカウンター席で、本田は、講義で出された課題に勤しむ中、そこで聞く筈のない声を聞いた。キーボードを叩く手を止め、声の方を向く。そこに予想通りの人物が立っているのを確認すると、本田は半目でその人物に言葉を投げつけた。


「……相澤、なんでお前がうちの大学図書館にいるんだ?」


 茶色のニットカーディガンを羽織り、重そうなリュックを背負った相澤が、本田の斜め後ろに立っていた。その手には、今の肌寒い時期に飲むには随分と身体が冷えそうなドリンクが握られいる。

 本田の記憶が正しければ、高校からの仲である相澤香楽は、本田の通う大学の隣の大学に通っている。そんな相澤が何故ここに?と、本田が疑問に思うのは当然であった。


「他大学の人間でも、隣の大学(こっち)の図書館に来る用事があるんですー」


 相澤は不機嫌な口調でそう返すと、本田の隣の席に腰掛ける。


「本田クンはレポート?」


 本田の前に置かれたノートパソコンを片目に、相澤は本田に問いかける。


「そうだよ。お前は?」

「新作のフラペチーノを飲みに」

「ああ、そっちの用事ですか相澤さん…」


 本田の通う大学の図書館には、世界規模で有名な某コーヒーショップが入口前のスペースに併設されている。そのため、そこで期間限定で発売されるドリンクを目当てに、他大学の学生が、本田の通う大学図書館を訪れることは少なくなかった。


「卒業式以来だっけ? 本田クンと会うの」

「あー…、そうだな。大学入ってから顔合わせるのは、今日が初めてか」

「一応友人だっていうのに、お互い薄情者ですなー」

「別に、示し合わせて会うような仲でもなかったろ。そもそも僕たち友人だったのか。今初めて知った」


 本田は冷めた目でコーヒーを啜り、レポートに向き直る。

 相澤もフラペチーノを一口ストローで吸い込むと、上に乗った生クリームをスプーンでつつきながら、そういえばと口を開いた。


「つい最近の話なんだけど」

「何だ」

「相澤ちゃんと本田くんって付き合ってるの? って夏川さんに聞かれたんだよね」


 最後まで聞き終わる前に、本田は思わず飲んでいたコーヒーを吹き出した。咳き込みながらも、急いでテーブルの上のコーヒーをナプキンで拭いていく。うっわ汚ねと呟いた相澤に、抗議の目を向けることも忘れない。


「お前、それどう答えたんだ」

「ご想像にお任せするねって」

「ふざけんな今すぐにでも訂正してこい」

「うそうそ。じょーだんじょーだん。友達のような関係だよって言っといた」


 本田は、苛立つ心を鎮めるためにコーヒーを一口啜ると長い息を吐いた。その様子を相澤は横目で眺めると、口元に薄い笑みを浮かべる。


「言っとくけど、本田クンにも非はあるからね」

「は?」

「君、女子に対して基本塩対応でしょ。けど私には砕けた口調で接してるから、周りから勘違いされてんの」

「…………それは、」

「いいよー。分かってるから。私といれば気が楽だもんね。知り合い以上の関係に発展しないって分かってるし、いい女避けにもなる」


 図星を突かれでもしたのか、本田は黙る。


「ま、私も似たようなこと考えてるから、お互い様ではあるし、君と接する上で避けられないトラブルがあることも分かってはいるんだけどさ。ーーそういうの、なるべく減らして欲しい訳よ。私としてはね?」


 スッと目を細めた相澤とガラス越しに目が合い、本田は、彼女から目を逸らしたことを悟られないようにノートパソコンを閉じた。


「……実際に、そういうトラブルにあったことがあるみたいな口振りだな」

「そりゃあ何回もありますとも。君のその他人事みたいな口振りを見過ごせない程度にはね」

「何それ。初耳なんだけど」

「だって初めて言ったし」


 あっけらかんとした相澤の口振りに、本田は深く溜息を吐く。


「……何で言わなかったんだよ」

「一々言うのも言われるのも面倒でしょ」


 どうして言ってくれなかったという罪悪感がある半分、確かに面倒だなという気持ちがあるのも否定出来ないため、本田は黙るしかなかった。

 まあでも、と相澤は言葉を続ける。


「流石に我慢できなくなったから、もう言っちゃんうんだけどさ。

ここの大学に通ってるっていう女子が、うちの大学まで押しかけてきて、樹くんと付き合ってるってほんとですか? って、いきなり聞いてきたんだよ」


 遡ること数週間前。その日の講義を終え、帰ろうと荷物をまとめていた時、相澤はある女子学生に声を掛けられた。学年学部こそ同じではあるが、会話をしたこともなければ名前すら聞いたことがない女子学生。そんな彼女の後ろにはもう一人、困り顔で相澤を見据える、見知らぬ女性がいた。


「友人にも満たない関係ですって答えたら、まじめに答えてくださいって言われるし。挙げ句の果てには、樹くんに二度と近付かないで欲しいって唾吐かれるし。何様のつもりだっての」

「……とんだご迷惑をお掛けしたようで」


 本田は一応の謝罪を入れるが、相澤の言う女子学生にまるで心当たりがなかった。


「自分に降りかかる火の粉は自分で振り払えるからいいんだけどさ。今後もこんなことが続くと流石に面倒だし、自分のところの女の面倒は、ちゃんと自分で見てほしいんだよね? 本田クン」


 そうして、相澤はにっこりと音が付きそうな笑みを本田に向ける。それを見た本田は、顔を引きつらせ、再び相澤から顔を背けた。

 自分にまつわる女性問題にどう対処するべきか。本田は頭を抱えていたが、しばらくして考えがまとまったのか、うん、と頷くと、


「善処させていただきます」


と、うわべだけの笑みを相澤に向けた。


「善処じゃなくてー、ちゃんと対応して欲しいんだけどなー?」

「よその大学に特攻かますような、見ず知らずの人間の面倒なんてみれるかっての」


そりゃそうだ、相澤は呟くと、腹いせと言わんばかりに残ったフラペチーノを勢いよく啜る。


「あーあ、本田クンとの関係続けるのも難しいかなあ」


 相澤は、はあと溜息を吐くと、つんのめってテーブルの上に倒れこむ。本田は、その様子を横目で見ながら、先程の相澤の発言から気になったことを問いかける。


「ーー高校の時もあったのか? 僕がらみの、そういうの」

「嫌がらせみたいなやつが何度かね。まあ、内々に処理はしてたけど」

「処理とは」

「証拠集めて、これ以上続けるなら先生にチクるけど? って」

「脅しかよ」

「自己防衛の一種でーす」


 方法はともかくとして、有効なやり方ではあるなと、本田は感心する。問題は、相手を黙らせる程の証拠をどうやって集めるかだが、そこは相澤のことだ。自らの情報網を駆使して集めていったのだろう。

 嫌がらせをしたことが教師に伝われば、教師からの信用をなくすだろうし、最悪内申点に響く。やられた方は堪ったものではないだろうが、自業自得だ。

 だが、知らなかったとはいえ、自分に関係する問題を相澤に解決させていたというのは、本田にとっていささか気分が悪いものがあった。


「ーー今回の件だけどな」


 本田が重々しく口を開くと、相澤はテーブルに寝そべったまま本田に目を向ける。


「僕の方で対処してみるよ。本人に会って、直接忠告する」


 お互いに何も気負わず、ただとりとめのない会話をする。友人とも恋人ともつかぬそんな関係に、本田は居心地の良さを感じていた。本田とて、相澤との交友関係を失いたい訳ではない。

 事前の対応は難しいとしても、事後の対処であれば動くことができる。

 それが、先程の相澤の要求に対する、本田の出した答えだった。


「一度忠告して、分からないような頭を持ってる奴は、この大学には流石にいないだろうしな」

「……ちなみに、万が一分かってくれなかったらどうするつもり?」

「見ず知らずの女性が恋人面してきて困ってるんですって、どこにとは言わないけど駆け込むけど?って言う」

「脅しじゃん」

「自己防衛の一種なんだろ?」


 相澤はしばらく呆れの表情を浮かべていたが、愉悦を堪え切れずに声を押し殺して笑い出した。

 相澤が落ち着いた時を見計らって、本田は溜息と共に釘をさす。


「これからは何かあったら連絡しろよ」

「そういうんなら遠慮なくするけど、良いの?」

「嫌じゃないって言ったら嘘になる。けど、元々こっちの問題なんだから、僕が対処するのが筋ってもんだろ」

「……本田クンって、意外と義理堅いよね」

「意外は余計だ」


 へーへー、と軽い口調で流す相澤を横目に、本田は、それにと言葉を続ける。


「僕だって、お前との付き合いを終わらせるのは惜しいからな」


 本田からの思わぬ本音に、相澤は目を丸くしたが、すぐに愉快げに口角を上げる。


「ーーじゃ、これからも「仲良く」しましょうか。本田クン」


 そう言いながら、相澤は左手の拳を本田へと突き出してくる。本田はそれを右手の拳で受けとめると、静かに口元に笑みを浮かべた。


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