謎唄
新聞に載っている遺書といわれている唄は、こうだ。
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1.大きな泥だまり
沈む 沈む 助けなど来るはずもない、泥だまり。
底はない。
底は、私の身体となるだろう。
いや、泥は私の身体から溢れ出すものだ。
私は私の泥に溺れている。
2.煩い魚
水音も煩く、口もぱくぱくと開く酸欠気味の魚。
自分の姿を確認する事もせず、また口を開く事に夢中で、顔を赤くしながら、
さらに、顔を赤くする。
3.耳を垂れる兎
大きな真珠、橄欖石、金属の重みで長い耳は立つこともなく垂れ下がる。
自慢の白い毛並みは、赤く染まり台無しに。
垂れた耳は、大事な話すらも聞き取らない。
彼女に届く声はない。
何を訊いても、同じ言葉を繰り返す。
4.泥の中の人魚
ひらひらと揺れる尾鰭。
泥の中でも、解る虹色の輝きは天上の天使ですらも魅了する。
落ちた天使もまた、沈む。
天使はもう空を飛べない。
5.もう見れない空
明るい青空。
風に雲が流され、刻々とその表情をかえていく。
眩しい太陽は、優しく大地を照らしている。
……はずだ。
もう、見る事のない空を、記憶から思い起こすしかない。
もう、陽の光は届かない。
6.底に沈む金庫
重い 重い 私の身体に乗る金庫。
あぶくを出しながら、さらに重くなり、身体ごと沈んでいく。
中に入れていた物はなんだろう。
札束?宝石?名声か?
いずれにしても、沈んでいく私の助けなどにならない代物だ。
7.遠い水面
底には、音は無い。
いつの間にか、あぶくは止んだ。
泥の底は、私の身体。
もう、水面には届かず、私は独り、ずっとずっと沈んだまま。
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「どういう意味なんです?」
「さぁ?どう捉える事も出来るだろうね。
本当の作者にしか、本当の意味は知ることは出来ないだろうけど」
役者の言葉に、ジュードが首を振る。
とはいえ、劇作家である彼は何かしら感じ取っているのが、マーシアにはなんとなく解った。
ちらりと、マーシアが見上げると、ジュードと目が合った。
一番、気になっていた事を訊いてみる。
「この文章は、メイナード先生の物なんですか?」
「どうだろう?似てる気はします。けれど、本当にそうだとは僕には言い切れない」
「……似ては、いるのですね」
他の役者や、関係者が、この文章の考察をひそひそと話しているのが、聞こえた。
「きっと、今や町は再び先生の話とこの唄の考察でもちきりでしょうね。
さて、マーシアさん。
この噂であれば、弟子である僕の公演はいい意味でも悪い意味でも注目される。
今日の公演はどうしましょうか?」
ジュードが、マーシアに後援者としての意見を求めて来た。
背筋を伸ばして、マーシアは求められた立場として判断をする。
問題が起きる可能性は、あるが、公演を中止するのは、早計だ。
だが、もしもの時に備えは必要。
「……開場時間までに、劇場に警備の者を派遣しますわ。
本日は、それで開催しましょう」
「はい。レディ」
にこりと、微笑んだジュードに、マーシアは敵わない気がした。
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マーシアは、経営を任されている3店舗の指導と視察を終えた後、自室に戻った。
ジュードの劇場も気になったが、警備員に押しとどめられた。
「お嬢様が居ると余計、騒ぎになるから」と。
どういうことだと文句を言いそうになったが、母親にも止められてしまった。
警備員になっている社員の何人かは、マーシアと幼馴染である町の男衆だ。
マーシアが、短気な事を知っている。
仕方なく、仕事を早く切り上げたというのに、家に帰らされたのだ。
とはいえ、大人しい性分ではないマーシアは、自室の棚からスクラップブックを引っ張り出した。
去年の、メイナード=ウォルジーの事件を洗い出す為だ。
あの今日の、ジュードの笑顔は何か含みがあった気がするのだ。
そう、暗に「危ないから、早く帰りなさい」と言われていたも同然なのだ。
それは、子供扱いだ。
後援者としての、判断は仰いでくれたが、それでは対等ではない。
彼の助けとなる為にも、自分はもっとこの件に踏み込むべきだ。
去年は、ずっとジュードを巻き込んだメイナードに対して怒ってばかりいた。
怒りの為に、事件の情報がちゃんと頭に入っていなかった。
だが、今回はそうも言ってられない。
唄の形式とかは、何も考えていません。
ポエムとか、歌詞みたいな感じです。