歩く広告塔の威力
マーシアの絶叫に驚いた両親が部屋に入ってくるほどだった。
「どうした!?」
「マーシアちゃん!?」
「おおおお、お父様、お母様!!これを見てくださいな……!!」
余りにもな狼狽っぷりは、マーシアを10歳ほど老けさせた。
が、マーシアを溺愛している両親には、いつもの可愛い可愛いマーシアでしかなかった。
その様子を、モリーは黙って観察した。
「は?『メイナード=ウォルジーの遺書が発見された!独占スクープ!』!?」
「マーシアちゃん、ウォルジーさんってあのウォルジーさんよねぇ?」
背が小さく、脂肪が多い体型に、マーシアと同じ濃い黄金色の艶々しい金髪の中年男性と、
ほっそりとした、茶色の髪をまとめた、マーシアと同じオリーブの瞳の中年女性だ。
言わずもがな、マーシアの両親である。
「あのウォルジー先生だわ。ジュードさんの先生の……」
「でも、亡くなったのは1年前ですよ!?」
すかさず、モリーが口を挟む。
それはそうだ。
当時も、過去人気があった彼の自殺は、大きな記事になった。
しかも、奇怪な死に方をしていたので、なおさらに。
その前から、息子、嫁、娘と死亡が相次いでおり、彼が殺したのではないかと、報道されていたのだ。
「そうね、この新聞には入手経路は書かれていないわね。ただ独自のルートで入手したとしかないわね」
「捏造ではないですか?書いたもん勝ちという事では?」
「この時期にわざわざ書く理由が思いつかないわ」
「1周忌って事では?」
「いえ、今日は11月8日。メイナード先生が亡くなったのは、2月20日よ」
「えー、なんなんでしょう??」
「でも、こんな記事が出たって事は……!!」
マーシアは眦を吊り上げる。
彼女の嫌な予感は的中した。
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「やめて下さい!!」
マーシアが、ジュードの劇場に駆け付けた際には、記者と野次馬が劇場の役者ともめていた。
ジュードは、メイナード=ウォルジーの弟子に当たる。
メイナードが家族を殺したのではと疑いが掛かっていた際も、
自殺した際も弟子であるジュードに記者や心無い野次馬達から、嫌がらせを受けていた。
その時も、マーシアが追い払ったのだ。
今回も、もちろん追い払う気である。
「退いて頂きませんこと?」
腹から力を込めて、高い声を辺り一面に響かせる。
(商人の声の大きさは、舐めてかかってもらっては困るんでしてよ!)
「マーシアさん!」
「げっ!マーシア=ベンソン……!」
歩く広告塔、マーシア=ベンソンは、この町では知らぬ人は居ない。
濃い黄金色の髪を肩越しで切り、小手でふんわりと巻いた町では、珍しい髪型。
長い髪を纏めた髪型が多い中、その姿は嫌でも目立つ。
オリーブ色の猫のような、興味心の強さが出るよく動く瞳。
そして、毎日違う、少々奇抜な服だ。
町の少女達よりも丈が短い。
とても目立つ少女だ。
そして、その分、影響力が非常に強い。
彼女の敵になると、この町の女性のほとんどが敵になるのだ。
町の生活を支えるベンソン商会のから物を買えないとなると、隣町まで行く必要がある。
だが、その隣町でも影響が強い。
そして、マーシア本人の度胸や行動力に憧れ、マーシアのファッションを真似をする女性も居るのだ。
現に、ベンソン商会で働く若い女性は、今までの慣習である長いまとめ髪をやめ、
マーシアのように、肩越しで髪を切って、髪飾りやコテで巻くなどアレンジを楽しんでいる。
モリーもマーシアが髪を切った次の日には同じ髪の長さにして来た。
国の一大事業として、鉄道が引かれ、交通網が発達した。
馬車で何日も掛かっていた道のりが、わずか一日で到着するのだ。
馬車もいずれ廃れていくのだ。
製造業も変わり始めている。
ベンソン商会もその流れを受け始めている。
だからこそ、マーシアは自分で動くのだ。
変わり始める時代にも、対応出来るように。
マーシアは、これからの時代の女なのだ。
マーシアが睨むと、新聞記者はすごすごと劇場を後にした。
けれど、マーシアの眼を盗んでジュードや役者に取材をするだろうと思うとマーシアは、
怒りが収まらない。
怒りの感情そのままに、両手で劇場の扉を閉めた。
大きな音となって、劇場に響き渡った。
「……マーシアさん、扉の扱いは気を付けて」
「っ!ジュードさん!ごめんなさい!」
「いえ、僕を気遣って来てくれたんでしょう?
感謝します」
「そんな、当然ですわ!」
怒りの感情に支配されていたが、今はジュードに会った嬉しさが勝っていた。
「そうだわ、記者や野次馬達にはひどい事をされませんでしたか?」
「僕は、……大丈夫です。
先ほども、役者さん達が僕を隠してくれていましたから。
それよりも、きっと、先生の弟子であった他の作家達が大変でしょうね」
ジュードのほっとしてるが、悲しそうな表情は、マーシアの心を激しく揺さぶった。
「わかりましたわ!!」
「マーシアさん?」
「私が、他の作家さん方も守って見せますわ!」
「……マーシアさん。無理はしないで下さい」
「もちろんですわ!私にお任せ下さい」
張り切るマーシアに、苦笑するジュード。
そんな中、役者達の会話が入ってくる。
「なぁ、俺、まだその新聞自体見てないんだけど、どんな内容なの?」
「あんた!知らないで扉護ってたわけ!?」
先ほど、記者や野次馬を通せんぼしていた男性役者だ。
女性役者に軽く叱られている。
「ファーノン先生が、危険になるって事しか知らね」
「それだったら、コレだよ。読んでみるかい?」
ジュードが、鞄の中から新聞を取り出した。
確かに、あと2刊鞄の中に入っていた。
「ファーノン先生、その新聞買ってたんですか?」
「うん、朝は適当に3社ほど新聞を買うんだ」
その習慣を知っているマーシアはうんうんと頷く。
早朝に、ジュードは一番朝早く開くベンソン商会の店舗で新聞を3刊ほど購入していくのだ。
ネタ集めの一環らしい。
ジュードは、役者に新聞を渡した。