商家のお嬢様はパトロンです
小さな劇場に、拍手が響き渡る。
その中でも、興奮しきりで熱心に拍手を送る女がいる。
彼女は、マーシア=ベンソン。
今しがた行われた演目の劇作家の資金援助をしている商家の娘である。
観客が帰り支度をはじめ、座席から人が居なくなる。
劇場が小さく、警備員なども居ない為、座席と舞台は非常に近い。
劇団員達が衣装もそのままに、身内の観客とそのまま話し出す。
マーシアも、一番後ろの席から、舞台まで近づく。
その姿に気付いた、青年が舞台袖から駆け出してくる。
「マーシアさん!今回の舞台、どうでしたか?」
「今回も素晴らしかったです!
前にも増して、主人公の心情がとても胸に刺さりました。
観た人皆、もちろん私も、あんな出会いをしてみたいと思うはずですわ!」
熱っぽく語るマーシアに、気恥ずかしそうな青年。
ジュード=ファーノンは、この舞台の劇作家である。
マーシアは、資金援助をするパトロンであり、ジュードの熱狂的なファンであった。
「マーシアさんには、いつもお世話になっているのに、
そんな熱い感想を頂いてしまって……とても感謝しきれない」
「何をおっしゃっているのです!
私は、ジュードさんの作品が大好きなのですから、少しでもお手伝いがしたいだけですわ!」
「そんな、少しでもなんて。
この公演のチケット販売で半分以上はベンソン商会での購入なのに」
「ふふ、私の商会で管理する商品ですもの。
事業主にも商店にもお客様にも、損は絶対にさせませんわ」
マーシアの実家、ベンソン家は卸売りを生業としている、この町の一番の卸売りだ。
小売りの商店も経営しており、それらもまとめてベンソン商会と呼ばれている。
そして、そこの一人娘のマーシアも商才を遺憾なく発揮している。
まず、このベンソン商会の芸術支援制度を導入したのも彼女である。
商会で、芸術家を支援する為に、劇場や美術館などの使用料の経費をある程度負担し、
公演の入場料を、ベンソン商会で購入する際にのみ安くし、さらにベンソン商会のお得意様には、
招待という形で無料でプレゼント。
さらに、チケット購入者しか現地で購入できないベンソン商会作成の特製グッズや飲食物が購入できる権利がある。
そして、ベンソン商会で支援している公演などでマナー違反をした客は、
今後、ベンソン商会には入店禁止となる。
その制度のプレゼンを、両親の前で行い、マーシアはこの通り実現させたのだ。
ただし、ベンソン商会側の利益が出なければ、早々に打ち切られてしまう。
そうならない為にも、宣伝活動や、他の芸術家の選定なども行っている。
(とはいえ、今回も小さいながら劇場は満員でしたし。
今のが初日の休日昼公演、夜公演もチケットは売り切れましたし、ジュードさんの支援制度は成功でしょう。
いえ、なんたって、この制度はジュードさんの為のものなのですから!!)
マーシアがジュードに入れ込んでいる事は、町の全員もジュード本人も知っている事なのだが。
当のマーシアは、ジュード本人が知っているとは思っていない。
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次の日、太陽が昇った直後、秋の朝の冷たくなってきた気温にも負けず、マーシアは上機嫌で朝の準備を進めていた。
洗顔が終り、口の中に歯ブラシを入れた直後だった。
「お嬢様!!!」
「っ!?」
危うく、口の中の泡を飲み込みそうになった。
慌てて、口を濯いで、ノックもせずに入ってきた従業員を振り向く。
マーシアと同じ年の女性従業員のモリーだ。
一昨年田舎から出てきて、ベンソン商会に入社した。
すぐに仲良くなったが、未だに彼女からの呼び名は「お嬢様」のままだった。
「新聞を見てください!!」
「新聞?何、何かうちの商会に事が載っているの?」
せかすモリーから新聞を受け取り、マーシアは朝からとんでもない声を上げた。
緩いミステリーですが、お付き合いください。