5 お逆さん
俺の行ってる大学には、何やら変わったサークル活動をしているものが多くある。
その一つに、世にある怪異を探求し活動をしてるというサークルがあるそうな。
俺はそこを訪ねる事にした。毎日部屋で起こるおかしな事に、引く事はしないにしても、誰かに相談出来るならそうしたいという思いはあった。もしかしたら何か解決のアイデアをくれるかも知れない。平穏になれば、それに越した事はないからな。
只、それをするには普通の人間には無理だ。良くて鼻で笑われるか、引かれるかのどちらかだろう。
霊感的に、詳しい人物がいい。
そんな思いを元に、俺は藁にも縋る思いでそのサークルを探し始めた。
旧校舎の端っこの端っこ。噂のサークルはその辺りに部屋を構えているらしいけど。
「……なんでこんななんだよ」
どう言えばいいのか。ここ大学でいいんだよな。取り壊し間近の小学校とか、そんなんじゃない筈。
いや、本当にそれだ。この辺り、田舎とかのぼろっちい取り壊し間近の小学校みたいだった。如何にもな雰囲気なんだよ。木造だし。ここに来てから誰も見掛けないし。誰かの気配もしないし。がらんとしていて生活音もない。そうか、流石怪異サークルのアジト。それっぽい場所を選ぶセンスが素晴らしいな。ウチの曰くどもに是非とも引越し先として紹介したい。
……っていうか。
どこにあるんだ例のサークルは? どの扉がどの部屋だとか全然解らない。なんというか、ドアの前に掛ける表札、そういった類のものがまるでない。だからどこがどの部屋なのかが解らない。目的の部屋も当然解らない。
一つ一つ見て回るしかないのか。
……そして引き戸だよ。ガラス張りの。ここ、やっぱり元々小学校だったのかな。
取り敢えず、色々と中を見てみるしか。
がらがらがら。
……机が山積みにされている。
がらがらがら。
……普通に机が並んでいる。
がらがらがら。
……なんだか古めかしいっぽい和服が幾つも飾ってある。美術部?
がらがらがら。
……人体標本があった。どうやら理科室らしい。
さて、俺は意外にも――意外じゃないかも知れないけど、二番目の教室が一番不気味だったね今の所。生活感のない所なのに、生活感がある感じ、というのはな。例えば廃墟に魅せられるってこんなのかも。夜は怖いけど昼だと、……ああ、なんか、うん……って感じで。二言で言うとロスト・ノスタルジイ――ってところか。
衰退は好まれるのかも知れない。
だったら衰退の結果の、アレなのとか、幽霊だって好まれるのか?
違うだろうな。祇園精舎の――って和歌があるけど、それとはまるで別物だ。一旦衰退したものは、そのままフェードアウトしていって欲しい。世の中は全て有限なんだから、今あるものに力を入れていこうぜ。
――さて、
奥に続く廊下には、まだ幾つか引き戸がある。当たりの部屋はどこにあるのか。まさか、全部外れなんて事は――。
がらがらがら。
「こんにちはお客さん」
「うおっ」
教室に入ると、女の人が居た。机があって、椅子に座ってこっちを向いてた。そしてなぜか簡素な和服姿の人だった。
「人の顔見てうおって、いい反応だね新入生」
「あ、すみませ――ん? 新入生?」
鳩が豆鉄砲。多分俺そんな顔。だって、自己紹介なんてしてないのに、というか初対面なんだから、それを察するなんて出来よう筈が――。
「ふっふっふっ、簡単な推理だよワトソン君」
誰がワトソン君か。
「今は春、新入生の時期だからね」
「……推理でもなんでもない気がします」
思わず敬語。でも当たりだ。多分向こうは先輩だろう。
「でも当たりでしょう?」
思った事を言われた。
「それに、一年もこの学校に居る奴は、好き好んでここに来たりはしない」
「はあ……」
まあ解る。なにせまず不気味だものここ。
「後輩、今不気味だって思っただろ」
思ってた事を、すぐに当てられた。
「いえそんな事はございません」
「嘘吐きは政治屋の始まりだよ。なぜなら私も不気味だって思う」
「ですよね」
うーん。この先輩かなりやり手だ。相手を手玉に取るってのが上手そう。
「でもお客様はお客様。まあ、そこに座って、お一つ粗茶でもどうぞ」
掌で指す。対面出来るテーブルと椅子があって、
先輩はその場で後ろを向いて、
振り返ると、カップを二つ持っていた。湯気が出ている、お茶だ。
……用意してたのか?
「なんで、俺が来るって解って?」
座ってと言われた、そこに俺は座る。先輩はカップを手に、テーブルの前に座って、
……にやり、と笑みを浮かべた。
「ふ ふ ふ――」
いやふふふて。
「君がここに来るのは百年前からの定めなんだよ……」
「えーそっち系なのここ」
「とかだったら箔も付くんだけど」
おい先輩よ。
「そりゃあ、誰も居ない校舎内で、がらがらーって音がこっちに近付いて来たらそうでしょ」
「あ」
そりゃそうか。
「ですよね」
良かった。いわゆるビョーキの人かと思った。ちゅうにびょうって言うんだっけなそういうの。
先輩は自分のカップを持って、面白いものを見るみたいな、にやっている顔をしたままお茶を飲んだ。
「うん。うちの相方は出払ってるし、帰って来るなら一直線だからね。それ以外なら――って言わせないでよ恥ずかしい」
「すみません……」
なんで怒られたんだ。
「まあ大方妙な噂を聞いて面白半分で来たってとこでしょう。たまに来るけど、今まで全部外れなんだよねえ。迷惑してるよ正直」
「はあ」
「で?」
「え?」
「どういったご用件? 生半可なものだと許さないよ。つまらない用件だったらさっさとお引取り願うからね」
じっと見られる。
「つまらないかどうかは……」
解らんけど。スリリングではあるぜ。実体験的な意味で。
取り敢えず、まだ湯気のあるお茶を頂く。紅茶だ。詳しくはないけど、ちょっと周りを見てもティーパックの類がない。もしかして、いいお茶だったりするのかも、と妄想してみる。
喉の滑りが良くなった所で、事実ノンフィクションをありのまま、今まで起きた事を説明する。
――。
「……なあ後輩君」
少しながらの溜めを作って、先輩が言う。
「はい」
「君いっそそーいう物書きとかやってみたら? なかなかなお話だよそれ」
「本当だっつーに!!」
なんでだ! 俺は絶対に絶対に嘘なんか言ってない、ほんとの事なのに!
ううちくしょう。これだと俺だけがおかしいみたいじゃないか。お祓いの前に病院行けってか……。
「あー、はいはい泣かない泣かない」
「だって、だって」
落ち込むは涙出そうになるわ、俺の精神状態は最悪だ。
「解ったから。じゃあここは、一つそれっぽい方面で助言をしてあげようか」
それっぽい……助言?
「うん。君の話が本当だとして。それから察するに、その部屋はもう曰く付きっていう話じゃあ済まないね。最初にあった一つの曰くからどんどんくっついて来たか、霊脈、霊道の重ね合わせとかで異常に曰くが集まり易くなったか。どっちにしても超常になってるよ。部屋自体がね。だから周りにある曰く物だって遠慮なくやって来る。お祓いとかももう無理かな。十点満点評価にして九十七点辺りってとこだね。お坊さんに陰陽師に悪魔祓い(エクソシスト)とか何人もって集めでもしないと直りゃしないよ」
先輩は椅子から立ち上がって、辺りをうろつきながら持論を述べる。
「そんなに厄介な事になってるんですか」
うん。と一つ、先輩は頷いて、俺に寄って来る。
「それを踏まえて、君に言うアドバイスがあるなら――」
「どうすれば」
「諦めろ♪」ぽんっ。
「爽やかに明るく肩叩いて言わんで下さい!」
「そりゃあお手上げだもの。少なくとも私にはそこまでのものを解決する現実的方法は全く思い付かない」
「なんて事……」
救いはないのか。ないんですか。
「でもそんな所に今まで居座ってる君も、結構凄いよね」
「褒められても嬉しくないです」
「だけども、」
え?
「希望ゼロパーセントってのも可哀想だしね……そうね。面白そ――折角のお客様だし、お近付きの印にあれをあげよう」
こいつ面白って言ったぞおい。
その失言を全く気にする事なく、先輩は机の所まで行って、その引き出しをがさがさと漁って、
「ほれ」
と差し出される。
あげようと言われたので、それを受け取ってみる。
……これは。
「人形?」
それは等身の小さい、髭を生やした小人みたいな。民族衣装っぽいものを着ていて、なぜか葉っぱの傘を持っている。
「コロボックルさんだよ」
なんだよそれ。
「今は北海道、アイヌに伝えられている精霊の一種でね。根が陽気な子なんだ。人懐っこくもある」
「……だからなんです?」
「その子に怪異が取り憑いた、としたら。その怪異は陽気なものになる筈だよ」
陽気と言っても。人形に何か取り憑くとか、動くとか、まずそこが凄く嫌で困るんだけど。
「それと、正確に言うとそれは人形じゃあないんだ」
「え?」
人形じゃないって。人形みたいな何かって事? どう見てもこの人形は人形っぽいんだけど。
「人形は人形。言葉の通りに人の形として、模したものを指すんだよ。人の形だから、特定の人物を指したり、人の身代わりとして呪術的な意味合いを持つ――それが人形の起源だよ。厄除けだったり、逆に呪ったりね。雛人形とか呪いの藁人形とかも、どこかの誰かさんを見立てて作られてるんだ。
それは精霊さんを模しているから、精形とでも言うんだろうねえ。だから、同じ性質のものが宿り易かったりする」
「はあ……」
「まあ適当に言ってみたんだけど」
「おい」
「でも例えば、動物のなのに人の形って言うのもおかしいものでしょう」
「はあ」
「言葉の乱れよ」
俺に言われても。
「ともかく、このおにんぎょうさんは呪術的な意味合いの代物なんだよ。粗末に扱うと祟りがあるかもねー」
あるかもねーって。そんなもの渡されても。
「困ります」
突っ返す。
「大丈夫大丈夫。粗末に扱わなければいいんだよ。そもそもコロボックルさんは陽気で人懐っこい。さっきも言ったね。悪いものじゃあないんだ」
「そうなんですか」
「そういうものなんだよ。それにこれ自体は只の北海道土産なんだしね。まあ損はないだろうから、ちょっとの間でも持っておきなよ。五十がずっと続くより、一つ二つでも減った方がましでしょう」
先輩は、笑みを浮かべながら言った。
「じゃあ。私もまだ忙しいんだ。そろそろ帰ってくれていいよ? 相方ももうすぐ帰って来るだろうしさ」
――そうして、俺は部屋から追い出された。
――人形を貰ったけど。
貰ったけどどうなんだ。役に立つのか? 持っていると曰く付きがなくなるのか? ならいいんだけど……。
帰り道、鞄の中を、ちらっと見る。能天気っぽいなんにも考えてなさそうな顔がじっとこっちを見ていた。