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曰くより、愛を込め  作者: 真代あと


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24/26

F-2

 ぽんぽん。

「ん?」

 ある時、ちゃぶ台の前で座椅子に居る俺の腰を、コロすけが叩いた。

 コロすけは動いている。曰くは曰くでも、もしかしたらこいつは違うものなのかも。だって、こいつ自体は別の所で生まれたんだ。この部屋が発祥じゃない。

「……なあ、お前は」

 ちょんちょん。あれあれ。

 仰向けの里香さんを指差す。

「そうだよ……なんとかならないかよ」

 ……。

 ……。

 見ていて、見ている。

 人形の黒い目が、何か凄く、俺に伝える事があるんだ、と言ってる気がした。

 ……、とことこ。

 歩く。里香さんの傍に。

 そして里香さんに手を乗せた。俺を見た。

 訴えかけてる気がした。

 ……言ってる事を、解りたかった。こんな曰く付きでも、何かを伝えようとする心はある。それが解った。

 だからそっちに寄る。

 コロすけが俺に手を伸ばして。

 俺はその手を掴んだ――。



・ ――


 大山貴里香は全てを嘆いていた。

 どうして誰も解ってくれない。

 どうして主は、これ程の試練をお与えになるのか。

 そして、嘆いて嘆いて、絶望に陥った彼女は――。


 私が一体何をしたのです。

 私達が、一体なんの罪を背負ったというのですか。

 信じる事が罪とされるなら、なぜそんな教えを、主はお与えになられたのですか。

 信じる者は救われる。

 主は、必ず我らを神の国へと導いてくれましょう。

 ……今全てを失った、これでも信じろとおっしゃるのですか。

 それで本当に救われるのですか。

 あの子達は救われたと言うのですか。

 主の教えに準じた皆は、素晴らしい天国へと導かれたというのでしょうか。

 主は絶えざる光を照らして下さったのでしょうか。

 皆の苦しみを、慈しみを以て癒す事が出来たのでしょうか。

 天国とは、こんな地獄の苦しみを受けてでも行く価値があるというのですか。

 この世が試練だとお教えになられるのであれば、なぜそれは平等ではないのですか。

 辱めを受け、炎に焼かれ、炭のようになって苦悶の表情をしたままの妹達が、本当に等しく安らぎを得られたのだと、おっしゃるのですか。

 主に祈りを捧げる場も失われ、縋るお姿さえも奪われた今、主は私の声を、今ここで聞いて下さるのですか。

 私が今まで祈り続けた、その結果がこの仕打ちとおっしゃるのですか。

 まだ足りないのだとおっしゃるのですか。

 解らない。

 私はもう、主を信じる事がとても出来ません。

 お許し下さい。もうお許し下さい――。




 ――遠い。

 遠い夢だった気がする。

 頭がとてもぼやけていた。俺はあんな古めかしい教会に行った事があったか?

 目の前に、里香さんとコロすけが居る。里香さんはまだちゃぶ台の上で寝ていて、コロすけが寄り添うように立っていた。

「……今のは」

 コロすけが?

 答えはない。何も言えない。喋れないもの。

 でも解った。今のはコロすけが見せてくれたんだ。それが里香さんの――。

「里香さんは……」

 最初からこんな人形姿だった筈がない。その前に、ちゃんと人として生きていた時があった筈。

 人間の体で、笑ったり泣いたり、ずっと昔でも、確かに鼓動を持っていた時があった。

 そりゃあ観覧車でだって喜ぶだろ。百年前にあんなに高く上れる乗り物があるものか。

 その時に里香さんが、かつての自分を思い出していたんだとしたら――。

 くいくい。うえうえ。

 上を指差してる。

 上……。

 天井?

 ふんっ。とーーう。

 ジャンプした。2メートル以上。

 すげえ。身長の何倍もジャンプした。天井にまで届く程。とん。と天井に手を付く音がした。

 でも、頂点まで行ったら、あとは重力に体を引かれて落ちる。物体である以上、それは絶対に。

 ひゅるひゅる、ぽてっ。

 床に落ちて、大の字になる。

 ……何をやってるんだろ。

 しーん……。

 あれ。

 しーん……。

 動かない。コロすけが、床に寝そべったまま。

 しーん……。

「……おい」

 しーん……。

「コロすけー」

 ぽんぽんと、体を叩いてみる。

 しーん……。

「おい……」

 嘘だろ。まさか――。


 すくっ。

「うわっ」

 立った。

「なんだ、びっくりさせるなよ……」

 とは言え。内心凄く安堵している。里香さんだけじゃなくて、このコロすけまで――って思うと。

 きょろきょろ。見回す。

 下。俯いてる……いや、何か見てる?

 顔を上げた。ぱっぱっと、服を払って。

 ……。じーっ。こっちをじーっと見て。

 うん。頷いた。

 何がしたいんだろう。よく解らない。

 でもまあ、

「あんまり心配させるなよ?」

 うん。頷く。


 今がぎりぎりのライン、と姉ちゃんは言った。

 それは、もしここから曰くの側に思い入れをする事があったら、常識や現実、それが根本から揺らいでしまうのだと。非常識だったものを、常識と認めてしまう事だと。視点や思想、それが曰く寄りになってしまうと――それはとてもおかしな事になる。

 ……情が移った。それは確かにある。

 でも曰く付き、その大元の意味を考えると。

 里香さんは、少しは幸せに戻ったんだと思いたい。

 つらい事は、もう充分癒されたんだと。

 それくらいならいい筈だ。

 でないと。

 癒えた筈だと、俺だけでも思ってないと、とてもつらい――。


 ……でも、解った気がした。里香さんは、あの時手を離せる事に気付いてしまったんだって。それが多分、里香さんにとって一番いい事なんだろうと、そう思うしかないんだと――。

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