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神様の箱庭  作者: 暁 栄二
プロローグ
7/13

第7話

魔術学院への編入試験に不合格判定を受け、途方にくれている青木家のリビングに電話のコール音が鳴り響いた。

「あ、電話。はーい、今出ますね~」

机に突っ伏す3人に変わり、煎餅をかじっていた母が受話器を受け取りに行く。

「はい、青木です。………あぁ、島崎さん。どうかしたんですか?…………えぇ、いますよ?----」

どうやら相手は島崎さんらしい。

母さんはその後もある程度のやり取りを行った後、受話器を戻し電話を切る。やはり俺たちの誰かに要件だったのか、直ぐにこちらへ向き直す。

「京介~、あんたの将来なんとかなりそうよ~」

「え?どうにかなる?」

よく分からない朗報に困惑する。その一方、正面2人はため息を漏らしている。

「やっぱり、このやり方になったね」

「出来れば正規のルートで来て欲しかったんだがなぁ…」

「ごめん、全然状況が飲み込めないんだけど?」

明日になれば分かると言い聞かされ、その日は納得のいかないまま自室に戻る。結果は散々だったが、テスト自体をやり終えた安心感と疲労感に流され、ベットに横になるや否や眠りに落ちた。

そして、翌日。

最悪だ…考えうる中で最悪の展開だ。

そびえる山々に沈む太陽を眺めながら心の中で嘆く。

普段なら絶景だと感激しながら、写真でも撮っているほどに綺麗だっだろう。しかし今は、その赤い日差しから、それが生み出す長すぎるほどの影から、悲壮感を感じて止まない。

どうして自分はここに来てしまったのだろう。今朝感じていた布団への未練に従っていればこうはならなかっただろうか。

身体中から送られてくる痛み、疲労にふらつく意識の中でそんなことを考えていた。そんな時間も、目下まで迫る蹴りを前に終わりを迎える。

「今日はここまでとする。初日にしては上出来だ。」

「………それはどうも」

「明日からの朝練も忘れずに参加するように。」

軽々しく絶望的なことを最後に添え、訓練場には似合わないスーツ姿の教官は去っていく。その背中を見送ると、事切れたように倒れ込んだ。体に力が入らない。身体中、特にさっき受けた回し蹴りを防いだ腕から激痛が走る。

「素人相手に絶対やりすぎだ…楽しんでる節すらあったなあの人」

人工芝の上に大の字になり、忌々しくも恐ろしい加藤教官のことを思い出す。

あのスーツ姿からは想像もできない俊敏な動き、その上一撃一撃が意識が飛びそうなほど重い。分からないなりに必死に防御しても、ガードごと粉砕される。骨までは勘弁してやると言っていたところを見るとあれでも全力ではないのだろう。本当に恐ろしい人だ。出来ればもう相対したくない。

既に黒一色となった空を眺めていると、しなければならないことが、まだあったことを思い出す。

「あ、そうだ…買い出しに行かないと」

多少はマシになった体を起こし、訓練場から立ち去る。

宿舎が立ち並ぶ区間を抜け、事前に調べておいたコンビニに向かう。そこで必要なものをカゴに詰め、セルフレジを通す。

レジと言ってもお金は必要なかった。使った分は給与から自動的に落ちるらしい。決済アプリを出すことすら辛いと感じる自分に助かるシステムだ。

そこから10分程歩くと目的地である研究棟が見えてくる。

白い塗装で4階建て。一角がガラス張りになっており、デスクや会議室が見える。1番上にはカフェのような場所も見え、研究棟と言うよりは、施設のいいオフィスのようなイメージを受けた。

入口に向かうと警備員の人から社員証の提示を頼まれた。

おそらくは初めに島崎さんから渡されたカードのことだろう。

指示されたとおり、カードリーダに社員証をかざすと入口の扉が開く。

警備員に一礼し、中に入るとさらに扉が置かれている。こちらも自動ドアという訳ではないようで開かない。

どうすれば良いかと手をこまねいている自分に、機械音声が声をかける。

『職員様、お帰りなさいませ。お名前とIDをお願いします。』

「えっと、青木京介です。IDは……20300251b」

『京介様ですね。IDを認証しました。夢川室長がお待ちしておりますので、1階室長室へ早急に向かうことをお勧め致します。』

機械音声さんの話が終わると、正面の扉が開き、ようやく室内への侵入を許された。

ここまで厳重なシステムとは……やはり、テロなどへの対策なのだろうか。先日、未来さんが言っていた話をふと思い出す。

通されたエントランスは、外観からのイメージと同じ何処かのオフィスを思わせる内装だった。観葉植物に水をやる職員さんに一礼し、機械音声さんに言われたように室長室へ向かうため、館内地図を確認する。研究棟内はロの字に廊下が走っており、室長室はちょうど今いる位置の逆側のようだ。

目的地へのルートもわかったので、エントラスを抜け廊下に出る。廊下の左右には研究室であろう部屋が数多く並ぶ。プレートに書かれている部屋名には、魔道具の単語がちらほら見られた。漫画や小説の世界の概念が実在していることに今更ながら興奮を覚える。それ故に自分はそれらに直接関われないことを少し残念に思いながら歩を進めると目的の部屋を見つける。

ノックをし、入室の許可をとる。

が、中から反応がない。

想像通りの反応だ。

「……失礼しますよ」

再度ノックを行い反応がないことを確かめ、入室する。

内装は紛う事無き、『汚部屋』だった。

ゴミ屋敷とは言わずとも、そこら中に服やインスタント商品の空き容器が散乱しており、部屋の中央にあるソファーと机を占領していた。掃除も全くしていないのだろう、テレビとその台には遠くからでも分かるほどホコリが積もっている。それに対して、キッチンは不自然な程綺麗なままだった。おそらく料理など殆どしていないのが理由だろうが、箸が置いてある程度で済んでいる。

部屋を見渡すが、この惨状を放置する主は見当たらない。

だが、どこにいるかは分かる。先程から騒音を鳴らす奥の部屋だろう。ここまで来る時の部屋割りからして、何か魔道具でも作っているのだろうか。

部屋へ訪れたのだ、まずは主に挨拶するのが礼儀だろう。

しかし、この汚部屋を前にして放置することは出来ず、掃除をして待つことにした。

時刻は21時をとうに過ぎている。

2時間は経っただろうか。汚部屋はだいぶ原型を取り戻しつつある。部屋の収納に新品の掃除道具が一式用意してあったおかげで予想よりも早く終わることができた。部屋の主にこれを渡した、名も知らぬ世話焼きさんには感謝するしかない。

ソファーに座り、達成感に浸っていると奥の部屋への扉が開く。

「………やっぱり来たな、青木の息子」

奥から現れたのは、この部屋の主であり、研究棟の最高責任者である室長、夢川さんだ。先程まで開発でもしていたのか、綺麗かつ珍しい白髪がボサボサになっている。さらに言えば自分の到着が相当嫌なのだろう、その表情・言葉にはトゲがいくつもある。

「ここしか来れる場所ありませんからね」

「はぁ………で、これはお前がやったのか?」

部屋を見渡し、夢川さんは問いかける。

「はい、目にあまりましたから」

「悪かったな」

「あ、いや!自分がしたくてしただけですから!」

夢川さんは、ふんと機嫌悪く鼻を鳴らす。

不味い、流石にストレートすぎた。なんとか機嫌を直して貰わなければならない。

なんせ、自分は夢川さんの所に()()することになるのだから。

自分と反対側のソファーに座る夢川さんに対して、恐る恐る同居の話題を話す。

「えっと、同居の件なんですけど…」

「絶対いや!………と言いたいが、断れば私も教官からどんな目に合わさせるか分からないしな」

「で、では…」

「だがそれでも嫌だ」

「えぇ…」

見た目が低身長であるためか、完全に我儘を言う子供である。まぁ夢川さんの方が歳上なのだが。

しかしこうなると自分に出来ることは多くは無い。なんとか許可が降りる方法はないかと思考を巡らせる。

「悩んでいるな」

「野宿はしたくありませんからね…」

「ならひとつ提案なんだが…今から出す条件を満たせば、許可してやってもいいぞ?」

ここに来ての条件の提示。

間違いなく最初からこうするつもりだったな、この人。

しかし今の自分には条件を受け入れる以外の選択肢はない。

静かに頷くと夢川さんはにやりと笑う。

「1つ目は、掃除・洗濯はお前が全て行うこと」

「まぁそれくらいなら」

「2つ目は、奥の部屋へは死んでも入らないこと」

「なるほど」

「そして最後3つ目が…お前を受け入れるメリットを今ここで示すことだ!」

「メリット、ですか?」

メリット、つまり夢川さんへの利益のことだろう。しかし、突然そんなことを言われても出てくるものでもない。強いて言えば家事だが。

「あ、もちろん掃除とかは無しだからな」

「う…」

先手を打たれてしまった。となると家事系ではあるが料理などはどうだろうか。しかし、ただ食事を用意するだけでいいのだろうか。何かもう一押し。

なにかないかと考える中、ふと夢川さんを見る。

「あ」

「え…ま、まさか何か思いついたのか?」

「いや、気に入るかは分かりませんが……少し時間を頂けますか?」

「あぁ…」

夢川さんから許可を取ると、先程コンビニの袋に手をかける。

中身が全て揃っていることを再確認し、キッチンへと向かう。

「お前、料理出来たのか?」

「はい、多少でしたら」

「そ、そうか…」

自分が料理ができることが全くの想定外であったのだろう、その表情には焦りが見て取れる。おそらくは、3つ目の条件でギブアップを狙う腹積もりだったようだ。

料理という選択は図らずとも相手の意表をつくことが出来た。

あとは主の舌を満足させるものを提供できるか否かである。

「くそ……こうなったら条件を追加して……いや、それじゃあ言い訳のための体裁が……あぁ…」

ソファーで何やら思考し、頭を悩ませている夢川さん。彼女が新しい案を出す前に早く仕上げてしまうことにする。

つい先日(まぁ、今となっては20年ほど前になるが…)、作ったため工程自体はつつがなく進む。一人暮らしのことを考え、色々やっていたのがこんな形で役に立つとは思わなかった。

気づけば、思案していた夢川さんは匂いに釣られたのか、視線をこちらに向けていた。先程までの威嚇する小動物のような表情とは違い、口元を緩ませ、瞳は楽しみにしてくれているのかキラキラと輝いている。そんな可愛らしい反応を見るに、レシピの選択も間違いなさそうだ。

完成させたものを皿に盛り付け、審査員の前に提供する。

「お、おお…!!」

反応は良すぎるほどに良い。喜んでもらえないと当然困るのだが、ここまでの反響は此方も想定外だ。

「こ、これはなんなんだ!」

「フレンチトーストです。ご存知ありませんでしたか?」

「ふれんちとーすと…名前だけでも美味しいそうじゃないか!」

本当に初めて見るようで、フォークで生地を押してはその柔らかさに興奮している。ポプュラーな料理だと思っていたが、研究員達にまでは広まっていないのかもしれない。

「上にかかっているのは…蜂蜜か!」

「冷蔵庫にありましたのでお借りしました」

「そのままでも美味いこれを合わせるなんて……た、食べていいんだな!」

「ど、どうぞ」

反応が良すぎたため楽観視していたが、本番はここからだ。

結局味が満足でなければ、料理は失敗。

つまるところ、今日はキャンプとなってしまう。

夢川さんはゆるゆるの口元に切り分けたトーストを近づける。

液の染み具合、焼き加減ともに自分の出せる最高を用意した…はず。これでダメなら自分に他のメリットは無い。

夢川さんはゆっくりと咀嚼し、口の中で味わう。

「…………」

が、何も言わない。 全く反応がない。

それどこらか下を向いてしまう。

「………終わった」

つい、心の声が漏れてしまった。

予期していた最悪の展開である。反応を見るにお気に召さなかったのだろう。こちらの不手際か、そもそもフレンチトーストの味が気に入らなかったかは分からないがとにかく、本日のキャンプが確定した。

近くでテントを買える店があるかどうかに思考をシフトしていると、ようやく審査員からの反応があった。

「おい、京介」

「え、名前…」

突然の名前呼び。

初めて会った時ですら呼んでもらえなかったのに。

すると夢川さんは立ち上がり、こちらに近づいてくる。

不振な行動に警戒態勢をとる。

が次の瞬間、何故が手を握られた。

「え、あのどうしました?」

だいぶ遅れて到着した思考が追いついてくる。

「頼む、毎日とは言わない。たまにでも構わないから、ふれんちとーすと?を私のために作ってくれないか!無論、金は出す!頼む!!」

「え、はい、いいですけど」

「本当か!!!!」

此方はいまいち状況を呑み込めていないが、夢川さんのテンションは最高潮だ。料理中のキラキラした顔で、ぴょんぴょんとはね喜んでいる。

えーと、つまりこれは…この人甘味で懐柔されたってことか?あれだけ嫌がってたのに? ……本当にこの人が20歳なのか…

「よし、ならば条件は満たしたのだからお前がここに住むことを許可しよう!」

「あ、ありがとうございます……」

まぁとにかく念願の居住権を手に入れ、胸を撫で下す。

どっと来た疲労感からソファーに横になる。

時刻は10時前。明日からは朝練が始まることを考えるとそろそろ眠りたい時間だ。お風呂にも入らなければならない。だが、そんな思考を最後に意識は闇に落ちていく。

研修生初日にしては慌ただしすぎる1日はこうして幕を下ろした。


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