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神様の箱庭  作者: 暁 栄二
プロローグ
4/13

第4話

「落ち着きましたか? 青木さん」

「うん、ごめんね…やっと会えたと思ったら何か泣けてきちゃって…」

「落ち着けたなら良かったです…」

先程やっとの事で抱擁から解放され、今はお茶を飲み、話せる程度には落ち着いてくれた。

「えぇ、未来も話が出来るようになりましたので、話を続けましょうか」

そう切り出したのは島崎さん。先程に中々の事があったというのに、その表情は動揺も焦りもなく、まるで何事も無かったのように淡々と話を始める。

「ここが20年後の世界だということは理解していただけましたので次の段階へと行かせていただきますね?」

「はい」

有難うございます、と島崎さんは答え、一枚の紙を取り出す。

「こちらを確認してください」

そう言われ渡された紙には契約書と書かれている。

その内容はー

「下の欄に氏名の記入欄がありますので、そこに記入をお願いします」

そう言い島崎さんはボールペンを渡してきた。そして俺はそのボールペンを受け取り名前を



書かなかった。

いや、書けなかった。


「これには同意できません」

「やはりそうですか」

断られたというのに島崎さんは、冷静だった。

「これまでの人達も皆同じように断られていたので予想はしていました」

「当たり前です!こんな内容受け入れられる訳がないですよ!」

契約の内容はこうだ。

『私は魔道省の意に沿い過去の世界への帰還を永久的に放棄することここに誓う』

「一応伝えておきますが、これに同意していただけないのなら、こちらもそれなりの対応をしなければいけませんが」

「はぁ? どう考えてもおかしいでしょ!?俺はただ事件に巻き込まれただけで、その挙句帰ることすら許されないなんて!」

「はい、全くもってその通りです。京介さんの感情も至極真っ当なものです。しかし、私達は私達の世界を守る義務があるんです」

悲しそうな…しかし決意ので満ちた目をし、島崎さんは手をかざす。すると俺の体に張り付くように白い円形の模様が現れる。

それはここに来るまでにも見たものと同じ形。自分の知っている限りではそれは魔法陣と呼ばれるものだった。

「恨んでもらって一向に構いません。それを行う権利をあなたは持ってますから…」

その魔法陣は段々と強く光り輝いていく。

それと同時に意識が薄れていくのを感じた。体にも力が入らなくなり、膝から崩れ落ちてしまう。

「な…なに……が…………」

光はさらに煌々と輝き、体を包み込んでいく。

それに反して俺の意識は闇の中へと進み、そして堕ちてい---



パキ


意識を無くす、その瞬間だった。

突然として意識が覚醒した。 先程までの内側から飲み込まれるような感覚も無くなり、体の自由も効くようになる。

「何をしてるんですか……未来」

「それはこっちのセリフですよ!」

そう叫ぶ青木さんは手を突き出し、その先には島崎さんと同じ魔法陣があった。青木さんもこの状況は予測していなかったのか、表情に余裕は全く無かった。

「これは規則であり、私情を挟んではいけない。前回も言ったはずですが?」

「だからと言って問答無用にも程があります! 説明も無しなんてやり過ぎです!!」

「だからそれが私情を挟んでいると言っているんです。 説明をしたとしても到底納得できるものじゃない、あなたも分かっているでしょ?」

「そうだとしても…」

「だから言ったんです、あなたにはここでやっていくのは無理だと。それでも辞めないと言ったのは未来、あなたですよね?」

「…………」

全く状況は掴めない…気を失いかけたと思ったら、次は修羅場に巻き込まれてしまった。 内容を聞く限りこの状況を青木さんは納得できないみたいだけど…

「この後にでも転属届けを書いてもいいんですよ? 上官に頼めば、すんなり変えてくれるでしょうし」

「そ、それは… 嫌です…!」

「ならば今すべきことしなさい、それは魔術師であるあなたの役目です」

「………」

「未来」

「……はい」

気持ちを抑えているであろう青木さんは、とても暗く、しかし落ち着いた様子で俺へ体を向ける。

向けられる手のひらには先程と同じ白い魔法陣が広がっていく。 避けないと!とは理解していても、分からないものを防ぐ術はない。 光は輝きだし、俺の体を包み込んでいく。

そして、俺の意識は闇へと堕ちていく。

意識が途切れるその瞬間、未来さんが何かを言ったような気がした。 それを聞き取れる余力は俺にはなかった。




目が覚めると、俺は見覚えのある天井が見えた。 ガンガンと痛む頭を抱えて何とか起き上がると、そこは気を失う前にいた部屋だった。 しかし、そこには自分以外人はおらず、時計の針がカチカチと鳴り響くだけだった。

「何が起こったんだ? 俺は青木さんに魔法みたいな物をかけられて…」

記憶ははっきりしている。体も頭痛はするが、動けないということはなかった。

「本当に何のために俺は眠らされたんだ?」

至極真っ当な疑問の回答を考えていると、出入口の扉が開く。 先程のこともあり警戒してその方向を見ると、そこに居たのは配膳盤を持っている青木さんだった。

「あ! 良かった、起きてくれて!!」

目を覚ました俺を見て、青木さんは心底嬉しそうに言った。

起きてくれて、という言葉が引っかかったが考えないことにした。青木さんは配膳盤から水の入ったコップと何やら薬らしきものを手渡してきた。

「はい、痛み止めの薬ね。即効性だからすぐに聞いてくるはず」

「あ、ありがとうございます…」

手渡されたそれは、俺の時代の物と同じようなカプセル型の痛み止めのようだ。 20年も経っているのだから、多少は近未来的なものなのかな? とか思っていたがそんなことは無いようだ。

「本当にごめんね、先輩結構強引な人だから…本当なら事前に私が手を打っておくはずだったんだけど、まさかあんなすぐに先輩に見つけられるなんて…」

「あの、全然状況が分からないんですけど…俺はどうして眠らされたんですか?」

「あぁ、それね…本当はさっきかけた魔術はお兄ちゃんの記憶を消すものなんだよね」

「っ!///」

「えぇ!!どうしたの!?」

「いや、だって…お、お兄ちゃんって…」

「え、だって青木京介は私の兄だし、普通じゃない?お兄ちゃんこそ私に敬語だし」

「いや、それは…だって」

こんな年上の綺麗な人を妹だって言われてすぐに順応出来るわけないじゃない…! しかもそんな人からお兄ちゃんって呼ばれて…冷静でいられるわけがない!!

「まぁ、その話はおいおいするとして…今は状況の整理を早く済ませないと」

「あ、あぁ…そうですね」

「さっきも言ったけど、さっきの魔術は記憶処理のためにお兄ちゃんにかけられたの、本来ならそのまま過去から来たという記憶を無くして、そのまま別の人として生きてもらう…これが一連の流れ」

別人って…青木さんがもし止めてくれなかったら…

それを考えるだけで恐ろしかった。

「そこで私はお兄ちゃんに別の魔術をかけたの、記憶処理じゃなくて、ただ気を失うだけのを偽装してね」

「な、なるほど…」

それにしては頭がめちゃ痛かった気がするんですが、という言葉を俺はグッとこらえた。

「それで今は記憶を消したと言うことで話は進んでる。だからあとはお兄ちゃんが話を合わせてくれれば、このまま外に」

「出す訳にはいきませんよ」

2人しか居ない部屋に別の声がかかる。 声のする方向へ顔を向けるとそこには島崎さんの姿があった。 確かにそこには誰もいなかったはずの場所にだ。

「な、なんで先輩が…」

「簡単な光彩魔術ですよ。それよりも未来、よくもここまで勝手な真似ができましたね?」

「いや、これは……」

「これは明らかな規律違反ですよ? しかも事案が事案です。普通なら即刻重罰になってもおかしくないほどのです」

「はい…わかっています」

「でしょうね、それが分からないほど私はあなたを甘く教えてはいませんから。で、どうするんですか? 早々に諦めますか?」

「それは…嫌です!」

「ならどうしますか?」

「ここで私が時間を稼ぎます!!!」

瞬間、青木さんの纏う空気が一変し、とてつもないプレッシャーと迫力に俺はその場にへたり込んでしまう。

「なるほど、確かにこの狭い室内ならあなたに分がありますね。ただ、私1人の場合ですが。ここは魔導省の本部ですよ? 多くの魔術師が今日も出勤してるでしょうね、そんな彼らが暴れている魔術師と記憶処理対象者が逃げる姿を見て放置するわけがないでしょ?」

「うっ……それでも私は家族を選びます!」

決意に満ちた表情で青木さんは構えをとる。

「そうですか、ならばお望み通りに!」

それに答えるように島崎さんの手元には緑色の魔法陣が現れ、室内に風が吹き荒れる。 そして、2人の緊張が限界に達しようした時に俺の限界が先に来た。

「ちょっと待ってください!!!!!」

1本踏み込もうとした青木さんはそれに驚きハッとしているのに対し、島崎さんの方は既に魔法陣は消えており落ち着いた様子だった。

「やっぱり兄妹ですね。ほら未来はいつまでボーッとしているんですか? 貴方の弟が勇気を出したというのに」

「ちょっと、お兄ちゃん!何してるの!?」

「いや、このままじゃやばそうだったから…」

「そうだとしても、魔術師でもないお兄ちゃんが仲裁に入るなんて危なすぎるよ!!」

「違反行為をしたあなたにそんなこと言う資格があるんですか? 未来」

「そ、それはそうですけど…!」

「まぁ、いいでしょう。それより京介さん、この状況に突っ込んで来るですから、なにか言いたいことがあるんですよね?」

不服そうに頬を膨らます青木さんを流し、島崎さんは話を切り出してきた。

「は、はい! 島崎さんが僕たちを捕らえたりするつもりがなさそうだったので」

「え?」

後ろの青木さんは何もわかっていなかったようで、目を丸くして島崎さんを見つめている。

「それはどうして?」

「最初に現れた時に不思議に思いました。 光彩魔術というものは何か分かりませんが、僕達を拘束するつもりならわざわざ姿を見せる理由がないです。それにその後も未来さんへの投げかけも何処か回りくどかったですし、そもそも記憶を最初から消すつもりなら何故僕にここが未来の世界であると説明する必要がないですから」

「素晴らしいですね、未来の弟とは思えないほど立派な子です。 私の部下を未来から変えたいくらいです」

「ちょ、ちょっと! それはないですよ!」

反応から見るに俺の考えは間違ってはいなかったようだ。結構、賭けだったので本当に良かった。

「その通りです。私は貴方の記憶を消すつもりはありません。 今回は未来がやっていましたが、いつもは私がやっていましたから」

「え、先輩! いつもってことは、今までの人達も」

「はい、誰一人として記憶処理なんてしてませんよ?」

「ならなんで言ってくれないんですか!! それなら私は!」

「だって、あなた隠し事できないじゃないですか。すぐに顔に出るし、予想外のことが起きるとすぐに感情的に動きますし」

図星だったのか青木さんはそれ以上食い下がりはしなかった。

「まぁ、それは置いといて」と話を区切って島崎さんは今回の本題に入った。

「京介さん、私が記憶を消すというのは嘘でしたが、過去に戻れないということは事実です」

「え…」

「これについては本当に納得してもらうしかありません…本当に申し訳ございません」

そう言って島崎さんは深く頭を下げた。 戻れないというのは予想外だった。 てっきり戻れない理由は上層部のいざこざ的な問題だと思っていたので、島崎さんは裏道から逃がしてくれる、そんなことを思っていたが現実はそこまで甘くはなかった。

「理由は聞いてもいいんですか?」

「少し前に言いましたが、聞いたとしても納得はできない内容です、それでも聞きますか?」

「はい、何も知らないよりはずっといいですから」

島崎さんは少し考えて、ゆっくりと口を開いた。

「タイムパラドックスって知ってますか?」

「え、タイムパラドックス、ですか?」

突然SF作品のような単語が出てくるとは思っていなかったので少し動揺してしまった。

「まぁ、ふわっとなら…過去が変わったせいで未来が別の形になるってやつですよね」

「はい、それで大丈夫です。 その過去と未来との矛盾が元の世界に帰すことの出来ない理由です。 未来に来たという事実を持っている京介さんを過去に返すとこの世界がどう変わってしまうか、私たちには把握できません。 ここでの記憶を消したとしても、連れ去られた時の京介さんと全く同じ状態にはできません」

つまり、俺を過去に帰すと今いる世界が変わっちゃうから無理です、ということらしい…確かにそっちの問題といえばそうかもしれない。

「これが理由です。 納得できましたか?」

「1つ、聞いてもいいですか?」

「もちろん」

「ここにいる人達は僕のいた過去の世界と同じなんですか?」

「え?」

予想だにしない質問だったのか島崎さんは初めて表情を崩した。

「えぇと、つまり…この世界は平行世界的なもので僕のいた世界とは別物なんですか?」

「え、えっと、その辺は結構グレーな話なんですが…現代階では平行世界的の可能性はないと決定付けるられています。もし平行世界が存在すると仮定しても、現在の技術では理論的に干渉するのは不可能と言われています」

「なるほど」

「どうです? やっぱり納得できませんでしたか?普通に考えたらその通りです。 理不尽にも未来に連れてこられて、その挙句帰還は許さないなんで到底納得出来るわけが」

「わかりました、帰ることは諦めます」

「そうですよね、諦めるなんて………今なんと?」

「ですから、帰ることは諦めます」

「え、いいんですか? ここは20年後の世界なんですよ? 京介さんが送るはずだった時間はもう戻って来ないんですよ? それでもいいと、納得出来るんですか?」

「確かに1人友人はいたので高校生活は少し楽しみだったんですけど、この世界にいる人が俺の知っている人達だっでわかったので、問題ないですよ。時間は違っても家族、友人は変わりませんから」

「前向きというかなんと言うか、本当に兄妹なんですね」

結構良いことを言ったつもりだったんだけど、何故か呆れられてしまった。青木さんはめちゃ目に涙貯めてるし…俺の妹ながら涙腺緩くないだろうか?

「納得していただけたなら良かったです。これで面倒な感情を弄らなくてすみますから」

ん………今、感情を弄るって言わなかったか?

「ちょっと先輩!! 感情を弄るって…!」

「え? そのままの意味ですよ? 記憶の方を弄るとなると別人になるくらいにやることになりますけど、現在の『帰りたい!』という感情を消すだけならその人を保ったままでいけますからね」

青木さんは絶句。当然俺も絶句。

この人すごく真面でいい人だと思ってたけど……評価を見直す必要がありそうだ。

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