第2話 「出会いと混乱」
「青木……未来……」
女性から渡された名刺には、京介の妹と同じ青木未来の文字が書かれていた。
「魔導省とか書かれててよく分からないと思うんだけど、とにかく君を助けに来たっていう誠意として信じてもらえないかなぁって………あれ?どうかした?」
「あ、いや。知ってる名前と同じだったので、少しびっくりして…」
「え、そうなの?結構珍しい名前なのに、すごい偶然………って、その話は置いておいて!とりあえず外にいくよ!」
謎の女性改めて、未来は京介を促すと廃墟の出口へと誘導する。京介としても今頼れる人が未来以外はいないため、多少疑念はありつつも、前を行く未来に続く。廃墟から出るとそこは鬱蒼と木々が生い茂る森の中だった。感覚としては、1時間足らずで市街地から森へと来た事実に驚き立ち尽くす京介に、外で待機していた女性から声がかかる。
「未来、保護対象発見の報告から連れてくるまでが遅いですよ。雑談は省いてください」
「雑談じゃなくて、被害者を安心させるために必要な会話ですよ!ここにはこの子しかいませんでしたし、厳しすぎませんか?玲奈さん」
「魔導省の魔術師として、それくらいのハードルは当然です。……そして、君が保護対象で間違いないですね」
「は、はい」
「君の身元確認等を行いますので、もう暫く一緒に行動してもらいます。では帰りましょうか」
玲奈と呼ばれた女性は、近くに停めていた車に2人を乗せると廃墟を後にする。
(多分、怜奈さんって人はあの人の上司みたい……なら色々詳しい事も知ってるかもだけど……怖くて聞けない……)
先程の少ない会話から、彼女が超のつく真面目で堅実であると判断したこと。そして、彼女の髪の色が薄い緑色という中々インパクトのある外見をしていたこと。それらに気圧された京介は特に何も聞くことが出来ず、1時間ほど荒れた山道を進むと車が停車する。
「私は車を停めてきますので、私の執務室で待っていてください。未来、よろしくお願いしますね」
そう言われ降ろされたのは、5階程の大きな木質ビルの前だった。突然洒落た建物が森の中に現れまたも唖然とする京介は、先を歩く未来に導かれるままビル内部へと入っていく。
内部は中央に吹き抜けがあり、ロの字型に部屋が置かれた開放感のある空間が広がる。吹き抜けには廊下やエスカレーターが交差し、各階を複雑に繋いでいる。
「京介くん、人が多いから離れないようにね」
「は、はい!」
周囲には未来と同じローブを着た人、白衣に身を包んだ人、堅苦しいスーツを着た人など様々な人が入り乱れていた。そんな人達のうち、スーツ姿の女性が近づいてくる。
「あっ!加藤さん!お疲れ様です!」
「あぁ、お疲れ。そいつが保護対象か。無事なようで何よりだ」
加藤と呼ばれた女性は京介を値踏みするように一瞥する。その鋭い目線に京介は自然と姿勢が伸びてしまう。
「はいっ!追跡班の方はどうでしたか?」
「あっちもおおよそ終わったよ。実行犯共は既に確保済みだ。実行犯はな」
「そうですか…」
(実行犯は……?)
含みのある加藤の発言に京介は頭をひねる。実行犯以外にも背後に別の人たちがいるのか、そうであるのなら何故京介が狙われたのか。普通の学生でしかない京介には心当たりなどなかった。
「で、そいつの身元は分かったのか?」
「いえ、まだ。これから確認する所です」
「何が手掛かりになるか分からない。些細な事象も全て確認しておけ」
「はい、分かりました!」
加藤が十分に離れたのを確認し、彼女からの威圧感から解放され京介は緊張の糸を解いた。
「………さっきの方は?」
「あの人は加藤静香さん。他部署の室長で、君の救出任務に協力してくれたんだよ」
「そうだったんですね」
「じゃ私達もやる事終わらせに行こうか。君をずっと拘束する訳にもいかないからね」
建物のロビーを抜け数分歩くと、目的地に到着する。扉上には『特別対策室 執務』と書かれている。中に入ると、京介は部屋中央にあるソファーに通される。
「早速だけど、色々確認したいことがあるから質問に答えてもらうね」
未来は部屋の棚から書類を取りだし、机を挟んで正面のソファーに腰を下ろす。
「まずは名前と年齢、あと実家の住所を教えて貰える?」
京介は指示された通り答え、未来はそれを書類に書き込んでいく。
「青木くんね……え?青木?同じ苗字なんだね」
「そうみたいですね。名刺をいただいた時は僕も驚きました」
「うん、そうだね……」
笑いながら返す京介に対して、未来は余程驚いたのか目を白黒させる。
「じゃあ次の質問ね。誘拐された当時の状況を教えてくれる?」
「はい、あの時は--」
京介は、自分が高校の入学式に向かっていたこと、突然背後襲われ気がつけばあの場にいたことを、可能な限り具体的に説明した。その最中、未来はメモを取ってはいるが、別の事を考えるのかブツブツとうわ言を言っていた。
「こんなところですかね」
「名前に年齢、住所もよく考えればおかしい……それに状況も凡そ聞いた話通り……まさかね……?」
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫……大丈夫なんだけど……」
突然挙動不審になる未来に、何か良くないことを言ってしまったのかと、京介は不安を積もらせる。自身の書いた書類に再度目を通し、未来は恐る恐る京介に視線を向け、質問する。
「あのさ……その、意味のわからない事を聞いてるとは思うんだけど……君ってもしかして---」
そのとき、未来の言葉を遮るように部屋の扉が勢いよく開く。2人は反射的に入口に目をやると、そこには車を停めに行っていた玲奈が立っていた。
「玲奈さん、思ってたよりも早かったですね」
「未来、あなたは今すぐに静香さんのところに行ってください。確認したいことがあるそうです」
「えっ?? 加藤さんですか?さっき会いましたけどそんな話は……それに私青木くんに確認したいことが」
「彼への尋問は私が交代し行います。これは命令です、今すぐに加藤室長の元に向かいなさい」
「わ、わかりました!ごめん、青木くん!後でまた話そうね!」
玲奈に追い出されるように未来は部屋を後にする。その後、玲奈は扉を閉め鍵をかける。
「えっ?なんで鍵を……」
「青木くんと言いましたね。申し訳ありませんが、ここからは私が尋問を担当させていただきます。島崎玲奈といいます、よろしくお願いします」
京介の質問には答えず、対面に座ると、未来が渡したものと同じ名刺を京介の前に差し出した。もとより何処か圧のある人だったが、今はそれ以上に重い圧に京介に質問する権利がないことを物語っている。
「君の名前は青木京介くん……住所は千葉県の……はい、確認しました。では、私からの質問に答えて頂きます」
「は、はいっ」
「君の生年月日を答えていただけますか?」
「えっ、生年月日…ですか?」
「はい、西暦で答えていただけると幸いです」
「えっと、2006年の3月9日です……」
既に年齢を答えた筈なのに、何故か生年月日を再度確認される。疑問符を浮かべる京介には当然説明はなく、島崎はたんたんとメモをとる。
「なるほど。では次に、ここ数年以内で起こった大きな事件と言われて、何か思いつきますか?」
「え、事件ですか?ニュースはそんなに見なくて……ごめんなさい、具体的なものは思いつかないです…」
「そうですか、それならそれで構いませんよ。では最後に、魔術について何か知っていることはありますか?」
「えっ…ま、魔術……??オカルトとかのことですか?詳しい歴史とかは知らないですけど…」
「………確定ですね」
島崎はペンを机に置き、正面の京介に向き直る。そういう京介と言えば、意図の汲み取れない質問ばかりで困惑を隠せずにいた。
「すみません、今の質問はどう言う………」
「それについては今から説明します。犯人の証言や曖昧な現場証拠しかなく、確定的な事は伝えられないのですが……落ち着いて聞いてください」
「は、はい……」
「青木京介くん、君は20年前の住人である可能性が高いです」
島崎は至極真面目な表情でそんなことを告げた。
「20年前……すみません、何を言ってるんですか?」島崎が言うには、今この瞬間は京介が高校入学をする年から20年後経っているようだ。当然、そんな話を素直に飲み込めるほど、京介の頭は空っぽではなかった。
「ここが20年後って事ですか?つい数時間前まで高校の入学式に向かってたんですよ?冗談にしても無理があります」
「非現実的な話に聞こえることは重々承知しています。しかし、現在が西暦2042年なのは事実です」
島崎は真面目な表情を崩さず淡々と言葉を返す。その姿勢が京介をより混乱に落としていく。嘘を言っているように見えないと理性が判断する一方で、感情がそんなわけが無いと否定を繰り返す。そんな葛藤を見抜いた島崎は、話を次に進める。
「今は無理に飲み込まなくて結構です。ですが、今後のあなたへの対応については説明させていただきます。先程伝えた通り、あなたは過去からの住人である可能性が非常に高い。そんなあなたを私達としては野放しにする訳にはいきません」
「…………じゃあ、僕はどうなるんですか」
「私達の組織に所属する、それが最もあなたの自由を保証できると思います。もちろんこれは強制でありませんが」
(実質強制と言ってるのと同じじゃないか……)
「私達も君が現在にどのような影響を与えるのかを把握できていません。最悪この世界が消える、なんて可能性も完全に否定できません。ご理解してもらえると幸いです」
島崎は深々と頭を下げる。一貫して真面目な態度、そして誠意のある行動を見せられ京介も揺さぶらていた。勿論自分が過去から来たことを心から信じれている訳でもない。しかし今はこの女性を信じたいと言う気持ちに従い、京介は首を縦に振る。
「わかりました……全てを信じた訳ではないですけど」
「ご理解頂きありがとうございます。私達も青木くんを最大限サポートしますので、今後ともよろしくお願いします。では書類にサインだけいただきますか?」
「はい、わかりました」
京介が渡された書類の一番下に自身の名前を書き込むと、島崎の表情が少し緩む。
「はい、確認しました。今後のことについては明日、ここでお話しますので、今日は帰宅していただいて結構です。お疲れ様でした」
「は、はぁ」
(帰れと言われても、まずここ何処なのかすら分からないんだけど……)
「迎えならこちらで用意しますのでご安心を。ご実家の場所も変わっていますので」
「え?引っ越してるんですか?」
「まぁ、そんなところです。今説明してもより混乱するでしょうから、ご家族に会って諸々を飲み込んでから確認してみてください」
「わ、わかりました」
「では、そろそろ未来を呼び戻すとしますか」
そう言って島崎は入口へと向かい、扉を開く。
「えっ、ちょっ!!」
扉を開くと同時に、おそらく聞き耳を立てていた未来が部屋に倒れ込んできた。
「……何をしているんですか?未来」
「アッ、アハハハハ……何の話してるのかなぁって気になりまして……」
「全くあなたという人は……。実の兄妹の前なんですから、情けないところを見せてあげないでください」
「す、すみません…!」
(…………ん?今、とんでもない事言わなかったか?)
さらっと告げた島崎の言葉に、またも困惑する京介。島崎の説明を受けてから、ずっと心のどこかで気にしていた、自分の妹と同姓同名の女性。
「えっと……ひ、久しぶり?兄さん」
「まじ、ですか……」
青木京介の実の妹出ある青木未来は地面に座ったまま、ぎこちない笑顔を返す。そうして青木京介は、一方通行であるが20年越しの妹との再会を果たす結果となったのだった。