第1話 「誘拐」
「とうとう高校生か………はぁ~」
晴れ渡った青空とは対照的に、心底憂鬱そうなため息をつき、青木京介は今日から入学する高校への通学路を進む。
「まぁまぁ、そう言わないで」
「安定した居場所を捨てて、また1から……はぁ、面倒くさい」
顔を曇らせる京介の隣を歩く星宮紗夜が、空かさずフォローを入れる。
「悪いことばかりじゃないと思うよ?私は高校生活ワクワクするけどなぁ」
「俺も紗夜くらいノー天気になれたら楽なんだろうな」
「わたしがノー天気なんかじゃなくて、京介がひねくれてるだけだから!」
これから始まる高校生活に心を躍らせる星宮に対して、新たな環境への不安に頭を悩ませる京介。共通点の見当たらない2人は同じ町で育った幼馴染であり、それなりに長く友人をやっている。なぜ星宮が京介と居てくれているのか、京介自身も理解はできていない。
「こんな捻くれ者が兄だなんて、未来ちゃんが可愛そうでならないよ」
「ウッ……なかなか痛いところを突いてくるな……」
京介には妹がおり、名前は青木未来で歳は4才。最近は「なんでなんで?」が流行りであり、もしも10以上も下の妹から「なんで友達いないの?」なんて言われようものなら、その心的ダメージは計り知れない。
「それなら少しはその面倒くさがりな性格どうにかしなよ。また1匹狼みたいになるつもり?」
「1匹狼ではなかっただろ。クラスで孤立したり浮いたりしてなかったし、嫌われてもなかっただろ?」
「それはそうなんだけど…」
京介は中学でぼっちだったということは無い。班決めで余るような事もなく、必要最低限のコミュニケーションはとれていた。しかし学校外となると、紗夜を除いて交流を取っていた人はおらず、知り合い以上友人以下の関係値の人がばかりだった。
「俺は今まで通りでいいんだよ。紗夜もいるし」
「っ! そういうさ、ちょっと嬉しい言い方はズルいと思う。将来、未来ちゃんに呆れられても知らないからね」
「妹をダシにする方がよっぽど狡いだろ」
その後も他愛のない会話をしていると、通学路に2人と同じ制服を着た生徒がチラチラと目立ち始める。
「あ、そろそろ学校だね」
「とうとう着いてしまうのか……はぁ~~」
「もぉ~、最後の最後までやめてよね」
これから始まる新生活の気配に、より一層の憂鬱な気持ちを込めて京介がため息をつきながら、校門をくぐる。
しかし京介は何者かに肩を引かれ、引き止められる。
「うぉっ!?な、なに??」
危うく転びそうになった京介が驚きながら振り返る。そこに居たのは黒い帽子にボロボロのジャージを着た中年の男性だった。
「青木京介で間違いないな?」
「え、そうですけど。あなた誰ですか??」
その男性は京介の質問には答えず、
京介に抱きつくように肩に腕を回す。
「ちょッ!?なになになに!?!?」
「ちょっと!京介から離れなさいよッ!!」
流石にこの男性の異常性に気づき、星宮は拘束を解こうと京介に手を伸ばす。しかし、その手が届くことはなく、京介とその男性は文字通りにその場から姿を消した。
校門前から姿を消した京介は、何処かの廃墟に拘束されていた。謎の男性に肩に腕を回されたあと、視界が白一色に染まったかと思えば、気がつけばこの廃墟に到着していた。そして、男に腕と足を縛られ今に至る。
(一瞬のことだったけど、どうやって俺はここまで連連れてこられたんだ……?いやそれよりも、俺なんで拐われたんだ?定番だと身代金?うち別にお金持ちとかじゃないから負担かけたくないんだけど……)
誘拐にあってから体幹で1時間は経過しており、動揺していた頭は大分落ち着いてきており、この後の事を色々想像していると、奥の部屋から足音が近づいてくることに気づく。
(さっきの誘拐犯が戻ってきた……………ん?)
「お、いたいた!お待たせしてしまってごめんね?」
現れたのはあの中年男性ではなく、別の小柄な青年だった。くせっ毛の長髪で顔の半分は隠れているが、除く顔は幼い童顔でジト目な点を除けば平均的な好青年だった。
(さっきの奴の仲間……なのか?)
謎の青年はオーバーサイズのパーカーに身を包み、陽気に笑みを浮かべながら横たわる京介へと近づいてくる。
「いやぁ、後始末に時間がかかってしまってね。まぁそれはいいとして、こうして顔を合わせることができて何よりだよ!苦労した甲斐があったよ本当に」
「…………」
まるで旧知の関係かのように接してくる青年に、ふし京介はより不信感を募らせ、一層警戒レベルを押し上げる。そんな京介の前を見て、青年はしゃがみこみ視線を合わせてくる。
「おや?思ってたよりも冷静だね。しっかり僕のことを警戒してるね。可能であれば君と話がしたいんだけど……聞きたいことは沢山あるんじゃないかい?」
「…………目的は何なんですか」
「目的かい?そうだなぁ~………今話しても理解してもらえないと思うんだけど。まぁ君のファンとでも思ってくれればいいよ!」
(いや答えになってないんだけど……)
青年の曖昧な回答に真意をつかめず、京介はより頭を悩ます。
「納得できてないみたいだねぇ~、その内ちゃんと話せる機会もあるだろうから、そのときにでも………おや、もうご到着か…流石に仕事が早いね。じゃあ僕はもう行くよ。また会おうね、京介くん」
青年は急に立ち上がると、京介に背を向け笑顔で手を振りながら部屋を後にしてしまう。
「な、なんだったんだ……?」
状況を理解出来ず唖然とする京介は、またも1人部屋に取り残されてしまう。先程の青年は誰だったのか。そもそもアイツらが自分を誘拐した理由は。何一つ謎が解決しないまま、またも10数分放置される。
そうして、そろそろ体が痛くなってきた頃、コツコツコツと走りよってくる足音が響いてくる。
次は誰だ、と京介が入口に目を向けると、またも知らない女性が走り込んできた。
「あっ!いたッ!! 保護対象発見しました!」
京介を見つけるや否や、おそらくインカム越しに報告し、即座に駆け寄り拘束を解いてくれる。黒いローブに身を包む女性は、今までの人とは違い心から心配して声をかける。
「君大丈夫?怪我とかしてない?」
「は、はい。怪我とかは大丈夫です…助けてくれてありがとうございます」
「そっか良かった……! はぁ~~~~、本当に無事良かった~!!」
京介の無事に涙すら流しそうな勢いの女性は、心底安心したのか深い息をつく。もちろん京介はこの女性と面識などない。しかし、話し方や表情に見覚えを覚える。
「あ、あの……」
「ん?あ、ごめん!こんな所早く出たいよね!すぐに外に連れていくから」
「いや、それよりも……あなたは?」
「え?あれ私達のこと知らない? えぇと……申し訳ないんだけど、細かい説明は外に出てからするから、今はこれで納得してもらえないかな…?」
そういうと、女性は1枚の名刺を取り出すと京介に手渡す。そこには女性の所属等が色々と書かれいる。
「は、はい分かりました……え」
しかし名刺の下に書かれた文字を見た瞬間、京介は言葉を失う。
「青木……未来……」