1-5, あの日も雪が降っていた
あの日も雪が降っていた。
暖炉の中のパチパチと燃える火が、丸太でできた家の中を明るく照らしていた。暖炉の中には串に刺さったマシュマロ。私の大好物だ。私は母が聞かせてくれる物語に耳を傾けていた。
「…………。ラルラ・ガルバは、マルル・マルルにこう言いました。『我らの力で、二つの世界に平和をもたらそう』。マルル・マルルは、答えました。『我らはもはや兄妹。血で染まった200年の歴史に別れを告げ、新たな時代を築こう。
こうして、ラルラ・ガルバ、マルル・マルルと5人の王はドラゴニア城の盟約を結び、この世界に平和をもたらしました」
私はこのお話が好きだった。仲が悪かった7つの種族が、ともに手を取り合って平和を築く。意味はよくわかってなかったが、力強さに憧れた。
「めでたしめでたし」
私はそう付け加えると、暖炉の方に歩いていった。特別に街から買ってきてもらったマシュマロを暖炉から一串とって頬ばった。温かくて溶けちゃいそう。
「 、このお話好きね」
「うん、一番好き」
マシュマロを頬張ったまま私は笑顔で返事をする。母はオレンジ色の瞳をこちらに向け、にっこりわらうと、
「ふふふ、 はどうしてこのお話が一番好きなの?」
「えっとねー」
ぶぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ、と角笛の音が聞こえた。この音は危ないときの音!
「 、あなたは家の中にいなさい!」
母は私にそう告げると、急いで立ち上がり弓と短剣を取る。
「 、決して家から出るんじゃないぞ」
武器を持った父は、私にこう伝えると家から出ていった。この時期になると時々狼の群れが家畜を襲いに来るのだ。父は、この村で一番の狩人。私の誇りだった。
「じっとしているのよ、 。すぐに戻るからね」
母は私を一撫ですると家から出ていった。
私は、狼の襲撃には慣れっこだった。昔はあんなに怖かったのに……、のんきなものだ、マシュマロを頬張っていた。一串ずつマシュマロは減っていった。外からは大した音も聞こえず、暖炉のパチパチという音だけが聞こえた。
どごぉん。
ビクッ。扉が大きな音を立てた。何?
どんっ、どごん、どかん。
音はだんだん大きくなっていく……そして……。
バン!
扉が急に開くと、斧を持った男性が入ってきた。
「ガキがいたぞ!」
そこで私の記憶は途切れる。
この記憶は私の人生最後の温かい記憶。そして、私の運命の始まり。大切な記憶だった……はずだった。
「お母さん……、お父さん……。私、なんで今まで忘れて……」
目が覚めた。
俺は……、泣いていた。今のは……夢? 本当に……夢なのか? いや……でも……。
ベッドから胴体を起こす。
その瞬間、思い出した。
フーリアの首が胴体と離れて、落下する様を。
「あ、あ、ああああぁああぁ」
俺は無意識に叫んでいた。
そうだ、昨日、フーリアが死んだ。ベンジンも。この世界の知り合いは全員死んだ。俺は……俺は……。
ゴンゴンゴン!
「うるせーぞ」
扉の外から声が聞こえた。ここは……どこ? 机、椅子、ベッド、鏡……、簡素な部屋だ。
私はベッドから起き出した。木の床が冷たいが裸足でドアの方へと向かう。俺の服は、フーリアの家で来ていた部屋着とは違った。
鍵のかかっていない扉を開けると、そこにはエプロンをしたおっさんが立っていた。かっこいい髭と短髪でかなり大柄だ。
「おはよう」
若干ムスッとした顔で、おじさんは私にあいさつする。ちょっと顔が陰り……。
「ん? お前さん泣いてるのか?」
言われて私は目に手をあてる。拭い忘れた目はまだ湿っていた。
「……」
「……」
私達は一瞬見つめ合う。
おじさんは目をそらすと言った。
「飯の用意があるぞ。準備ができたらこい。お前さんの話を聞かせてもらおう」
そう言うとくるりと踵を返す。
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私は机の上にあった服に着替える。シンプルな冬着だ。ふっと前を見ると、鏡があった。オレンジの目には涙の跡がある。私は鏡の中の自分と見つめ合うと不思議な気分になってきた。目の前にいるのが自分であるような、自分でないような、奇妙な違和感。
違和感は一瞬で通りすぎ、私は涙を拭う。
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食事をするところは案外広かった。6人用の机と椅子が6組並んでいる。そして10人以上の人。
「おぅ、嬢ちゃん、ここにすわりな」
さっきのおじさんが手を上げると部屋全体の注目がこちらに集まる。私はおじさんのいる一番奥のテーブルに向かった。周りの人たちは、私を見ていることを隠そうともしなかった。中には、動物の耳やごっつい角を持つ人もいた。
おじさんの向かいの席には料理が用意してあった。テーブルにいるのはおじさんだけ。わたしは、ぽすんとそこに座った。おじさんは読んでいた紙をたたんで俺の方に見せる。
「物騒な世の中になったもんだぜ、今日の朝刊を見ろよ」
朝刊の見出しには「フーリア・マルル=ガルバ殿下およびベンジン伯殺害される。組織的犯行か」とある。フーリア・マルル=ガルバ殿下……?
「犯人の尻尾はつかめてないらしい……。……。食べな。サービスだ」
「あの……。ここはどこですか?」
おじさんは私を見る。
「ここは、ウィリーの村。俺はガン、この酒場の店主だ。あんたはどうしてこの村にきたんだ? 名前は? 雪の中部屋着同然で何も持たずにこの酒場の扉を叩いて、そのまま倒れたときはびっくりしたぜ」
「私は……」