1-4, 思い出した?あなたの人生は私の掌の上。希望も絶望も私の気まぐれで決まるの
「思い出した?あなたの人生は私の掌の上。希望も絶望も私の気まぐれで決まるの」
月島桜がそういった気がした。
私は恐怖で動けなかった。身を守るすべなんて一つもない……。私はか弱い。
フーリアはどう見ても死んでいる。
フーリア……私にとってもよくしてくれた。私もあんな風に死ぬのかな?
フーリアを切ったほうの黒服は、剣の血を近くにあった椅子で拭うと鞘に収めた。二人の顔はまっすぐに私の方を向いている。
ざっ、ざっ、ざっ。
規則正しい足音で私の方に近づいてくる。
私は動けなかった。動かないと私は死ぬ。動いても死ぬ。きっとそうだ。フーリアみたく一刀両断される。私の人生なんてしょせんそんなもの。軽いものだ。月島桜はきっとこれで満足だろう。
私がこの二人をどうこうできる可能性は万に一つもなさそうだ。
「【縛れ】」
フーリアを殺したほうの黒服が魔法語で何かを唱えた。どうやら男性のようだ。すると、私の両手は背中の後ろで固定された。動かそうとするも動く気配がない。
おそらく私を拘束する呪文だろう。こんなことになるんだったら魔法語を学んでおくのだった……。
「【来い】」
私は宙に浮き男の方へとゆっくり進んでいく。
真下にフーリアの首と胴体が見えた。血だらけだった。私が人生で見る最後の光景がフーリアの死体か……。とてもいい人生だったとは言えない。でも、人生なんてそんなものだ。世界はとても残酷。
「【隠せ】」
男が何か唱えると、周りの景色が歪んだ。私の周りを何かが取り囲んでいるようだ。
私は怖くて声が出せなかった。
ざっ、ざっ、ざっ
二人は家の外へと出ていく。外が暗いのが魔法越しにわかった。
馬車と思われる大きな黒い箱の近くに私を連れてくると二人は、その中に私を入れた。浮いた状態の私はするすると収まった。私は馬車の中でも浮いていなければならないようだ。
ぼうっと家の方が明るくなる。この色は……火? この二人はフーリアの家を燃やしたの? そんなことを考えていると、馬車が走り出した。
私はフーリアの家の周りがどうなっているかを知らない。フーリアが外に出ることを許してくれなかったからだ。外は意外ときれいな色をしていた。
なぜ? なぜ二人は私を殺さなかったの? フーリアを殺せる二人なら私を殺すことも容易いはず。それなのになぜ、私だけ連れ去ったの?
ああ、また売られるのかな?
私のステータスで突出しているのは魅力だけ。きっと奴隷としての価値が高いだろう。人らしい人生の夢を見られてよかった。そう思った。私はまた奴隷になるけど、今度はもう少しマシな環境がいいな。
フェニカって名前、大切にするね。
馬車はごとごとと先へ進んでいく。土地勘のない私にはどこへ向かうか見当もつかない。
ガタン、ガタン
しばらく揺られている。私の身体は恐怖で縮こまり、何もできない。怖い。
馬車の旅は唐突に終わりを告げた。
馬車はゆっくりと停止した。
外から声が聞こえる。
「フーリア・ガルバ殺害および少女誘拐の罪でお前たちを捕えに来た」
返事はない。
…………
ドゴン!
急に爆発があって、外が明るくなった。
キン、キン、キン。
外からは金属音。おそらく剣の音だろう。
私は……私はどうしたらいい? 手を縛られて宙に浮いている以上どうすることもできない。救出を待つのみか……
外の状況がわからない。音だけがどんどん激しくなっていき、こわい。
どさっ
唐突に私は落ちた。痛い。私は急いで起き上がる。外が見えるし、手も動かせる。魔法が溶けたようだ。一瞬の躊躇ののち私は扉を開けて外へ出た。
外には大量の死体。武装した兵士がたくさんと、黒服の片方が転がっていた。火は近くの木々に燃え移り夜なのに明るい。ベンジンともう片方の黒服が剣を交わしている。駆けつけてきたのはベンジンだったらしい。生き残っているのは……もしかして三人だけ? 私が外に出ると、二人同時に私に気づいた。
「なぜ出てきた!」ベンジンが叫ぶ。
その一瞬の隙をついて黒服がベンジンの胸を一突きにした。またも大量の血。すると、私が考えを巡らせる暇もなく、ベンジンが黒服の右手をつかんだ。
「【飛ばせ】」
ベンジンが何かを唱えたと思うや否や私は吹っ飛ばされた。何もわからないくらい早く、暗闇の中をどこまでも飛んでいく。意識がふっと遠のきそう。
……
どれくらいの時が流れたかわからないが、私は地面に落ちた。乱暴な落ち方ではない、非常にゆったりとした降り方だ。これも魔法の力だろうか。
私はきょろきょろとあたりを見回す。雪原の中に建物がたくさん立っている。これは、村の中かな? ベンジンは、黒服は、みんなどうなったんだろう? 自然と涙がぽろぽろこぼれた。
寒い……。
とても寒い……。
凍えそうななか私は部屋着一枚。凍えてしまう前にまずは建物に入らなければ……。
私は「酒場」と書いてある建物の扉をノックした。