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1-1, 私に名前はありません……。感情も……できればなくしてしまいたいです

 転生してからその日までの記憶がほとんどない。薬漬けの毎日だったので断片的な記憶がちょこっとあるだけだ。この世界のことなど何も知らず、昼も夜もなく、ただ……

 私は奴隷だった。


------


 目が覚める。ここは、知らない部屋? 何もない部屋だ。


 私の頭は珍しくクリアだ。久しぶりに自分を取り戻した気がする。一体何日目だ? 転生してから何日経ったかわからない。前世の記憶自体が夢だったんじゃないかと思うほど長い時間を過ごした気がする。


 私は昨日まで何をしていた? 恥ずかしい。なぜあんなことを?

 私は骨の髄まで女になった気がした。


 今この状況で確かなことは一つだけ、私が自分を取り戻したということ。これ以降、正気を手放してはいけない。心に誓う。


 私はきょろきょろとあたりを見回すが、シンプルな部屋だ。私が裸で寝ているベッドのほかは家具がない。

 ジャララン

 私の右足は鎖でつながれている。非力な私では、この鎖を外すことはできないだろう。


 私は、改めて自分の体を確認する。


 女だ。

 間違いなく女だ。


 小ぶりな胸、くびれた腰、そして股間、細い手足、どれをとっても私は女だ。どこからどう見ても女だとわかる。


 転生直前の皆の話から俺は美少女らしいが、今はそんなこと、どうだっていい。転生ってのはこういうことなのかな? 英雄になるなんて大層な夢はもはや私には残っていない。普通に生きたい。転生してから外の景色を見ていないのでこの世界がどんなところか私は知らない。

 でも、せめて、普通に生きたい。

 カチャリ、と音がしてドアが開く。冴えない顔をした男だ。


 「来い」

 男はそれだけ言うと私の両手に手錠をかけた。真っ裸だが恥ずかしがるほどの気持ちは今の私に残っていない。


 男がじっと私の体を眺める。

「恥じらいもしないのか。スレたもんだ」


「私はこれからどうなりますか? あの劇場はどうなりましたか?」

「お前が飼われてた劇場ならがさ入れが入ってなくなったよ。お前は奴隷として競りに出される。せいぜいいい主人に巡り合えることを願うんだな」


 私は、商品。私は奴隷。きっとこの世界では人間じゃないんだろう。


 競りの時間だ。私が舞台裏から顔を出すと会場がどよめいた。私、美人なのかな? なぜかはわからないがちょっとうれしい。こんな気持ち、まだ私に残ってたんだ。


 部隊中央に立つと競りが始まった。様々な人が私に入札していく。太った脂っこいおっさん、ローブを着たガリガリの人物、眼鏡をかけたインテリ、この3人が最後まで競る。競りの方式はよくわからないが、この3人が最後まで手を挙げているということは、そういうことだろう。これだけ何度も入札が入るということは、私はよっぽど魅力的らしい。ちょっとうれしい。


 三人はだんだんと値を釣り上げていき、そして……。


 ばん、と扉が開く。

 そこにいるのは甲冑姿のイケメンだ。


「全員、動くな」


「この場をベンジンの名のもとに取り押さえる」

「ベンジン様、どういった理由でしょうか? このオークションは正式な許可のもと行われております」

 舞台裏から駆け付けた偉そうな人、おそらく支配人がすぐさまベンジンと名乗るイケメンに取り繕う。

「このオークションには、例の組織が関わっているという嫌疑がかけられている。大人しく連行されろ」

 問答無用だった。そうとう偉いのだろう、このベンジンという人は。


------


「まっとうな服を持ってきてくれ。私と行動をともにするにふさわしいものをだ」


 裏から女性が服を持ってきた。素人目にわかるほどに上質な生地で作られた服だ。場を取り押さえた後にベンジンが私の方によってきて発した第一声がそれだ。


「ベンジン様、こちらでよろしいでしょうか?」

 逮捕されなかったオークション関係者の一人、派手な衣装のお姉さんがベンジンの顔色を伺う。

「それでいいだろう。裏で着せてこい」


 私は、裏に運ばれ、服を着せられる。着替え室には大きな鏡があり、転生して初めて私は自分を見た。転生前の私ならまぶしくて眺められないほどの美少女だった。オレンジ色の瞳が特徴的。ただ、ちょっと顔色が悪く、やせていた。胸も小さい。

 先ほどのお姉さんに服を着させてもらうと、鏡の中の美人さんの表情が少し明るくなる。

 私、きれいな服を着てうれしくなってる? 普通の少女みたいな気持ちだ。いや、そんな気持ちを抱いてもすぐに打ち砕かれるだけだ。


----------


 帰りの馬車の中、甲冑イケメンが私に話していた。


「きみの名前は?」

 冷たい声だったが、今日までの奴隷人生では一番まともな会話だった。


「私に名前はありません」

 私は素直に答えた。名もなき女奴隷。それが私。


 男は言った。

「名前がないのか。そうか。きみにはちょっと用がある」


----------


 私が初めて見るこの世界は、転生前の世界とあまり変わらない。社会科の授業でみた異国のマーケットのような光景だ。馬車の中は個室で、私一人しかいなかったので、思う存分外をきょろきょろと見られる。一人でいられるのは、人が怖い今の私にはありがたい話だ。


 最初に気づいたのは、文字が違うこと。あれ、もしかして私、文字すら読めない無学者かな? なんてことに気づく。転生してから文字なんて見る機会なかったからなぁ。

 直後、羽の生えた馬が目の前を横切り、思考をそちらに奪われる。屋台のエリアのそばを通ったがおいてある食べ物に見たことのあるものがない。生野菜を見た感じ、前世と同じ食材はいくつかあるようだ。ただ、雰囲気だけは、転生前の世界と変わらない。


----------


 初めて見たお屋敷は立派だった。

 学のない私には説明しがたいけれど、馬車から見たお屋敷は広くて、四角くて、きれいで、大きかった。


 馬車から降りる騎士をメイドたちが出迎える。

 メイドたちはきれいな同じ服を着ており、全員同じタイミングでお辞儀をした。

 美しかった。

 私もあのメイドのようになるのだろうか。


 リーダー格と思われる女性が、一歩前に出て挨拶をした。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「ご苦労。例の娘を連れてきた。ミラ、手筈通りに面倒をみてくれ」

「かしこまりました。ご主人様」


 騎士は私の方を振り替えると、言った。


「私は、フィン・ドル・ベンジン。今日から君を保護する者だ。ミラが今日からしばらく君の面倒を見る」

 先ほどのミラというメイドがきれいにお辞儀をする。

「君は不安だと思うが、私の保護下にある間は安全だ。詳細は私の執務室で話そう」


 ベンジンは、私への話を終えると、

「では頼んだ」

 とメイドたちに一言掛けてから屋敷の中へ入っていった。


「お嬢様、こちらへいらっしゃいませ」

 ミラが私を先導する。


 そのあとは、大きな浴室で体を洗われ、見たこともないほど高級そうな服を着せられた。

 私は、おとなしくミラの行動を見ていた。



 コンコン


「ミラか?入ってくれ」

「失礼します。例の少女を連れて参りました」


 思いのほか質素な部屋だった。


 ベンジンは私の方を見た。

 きれいに着飾った私は、緊張してしまった。

「あ、よ、よろしくお願いします」

 私の声が、か細い、消え入るような声だったことで、私が不安を感じているのだと自覚した。


「ミラ、下がってくれ」


 私とベンジンは二人きりになった。


 男の人と二人きり。

 前の奴隷生活の恐怖が戻る。怖い。


「怖がらなくていい。私は君が今まで相手をしていた客とは違う」


 怖がらなくていい、とはいうものの、ベンジンは私の恐怖を積極的に取り払おうという気はないらしい。

 何事もないように話し始めた。


「君が今までいた売春宿……、実態は売春宿ではなかったが……、あれは我々が壊滅させた。君は晴れて日の当たる世界に戻ってきたわけだ」


 私はただじっとベンジンを見つめる。

 いつ手を出してくるかと恐れながら。

 口を開いたら罰を受ける。それがあの場所でのルールだった。


「さて、君をなぜ私が落札したか……だが、友人に頼まれて君を購入した。友人も君に危害を加えるつもりはない……はずだ」


 私は姿勢を崩さない。

 危害を加えないという人からひどい目にあわされることが何度もあったからだ。


「警戒心が強いな……。まあいい。君を明日友人のもとに連れていく」


「そのまえにちょっとしたテストを受けてもらおう」


 テスト?


「この紙を知っているかい?」


 彼がどこからともなく取り出したのは、厚めの紙で、ちょっとした表がかかれている。

 何のテストだろう?私は首をかしげる。


「知らないか……。全国民が6歳以降定期的に受ける試験のはずだが……」


「あの」

 私は初めて口を開いた。

「なんのテストでしょうか」


「簡単な話だ。この紙を両手で持ってリラックスするんだ。それだけでいい」


 そういってベンジンは紙を渡した。前世でのテストとだいぶ違う。私はベンジンを見たまま、できるかぎり言われたとおりにした。

 リラックスとは程遠い。


----------

名前:なし

種族:人間

状態:猛毒


力:2

丈夫さ:2

器用さ:2

素早さ:2

知力:2

魔力:0

運:0

魅力:30


スキル:定められた運命、魅了

----------


 読めない。

 私、この世界の字、読めないじゃん。

 何しているのかまるでわからん。


「これは……」

 ベンジンは私の結果をみて悩みこむ。

 え、何?どうなるの?私放り出される?


「どうしましたか?」

 私はできるだけ刺激しないように聞いた。


「いや、説明は明日、私の友人に任せよう。今日はもう休むといい」


「ミラ」

 少し大きな声でベンジンはメイドを呼ぶ。


 カチャリ


「はいご主人様」

「この子を寝室へ」

「承知いたしましました」


 そのあとのことはよく覚えていない。

 いつもよりましな眠りだったことだけは確かだ。

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