1-10, この世界で天涯孤独の身になるのは何度目だろう
宿に入ると、私は強い感情にまかせて、ひとしきり泣いて、泣いて、泣いて、いつの間にか寝た。夢のない眠りだった。
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ガンガンガン。
大きなノックの音でハッと飛び起きる。
「フェニカさん、おはようございます」
私は下着姿でベッドに転がっていた。昨日の夜、服を脱いでそのまま寝てしまったようだ。枕元は涙のあとがある。上半身を起こして返事をする。
「昨晩の件でご報告があります。至急いらしてください」
「すぐに準備をします」
私がしゃっきりしなければ、スミさんに合わせる顔がない。そう、スミさんは生きているに決まっている。だって私より遥かに強いもの。そう言い聞かせる。そして……。
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「ウィリー村、生存者ゼロです」
絶望。
この世界はいつだって私に牙を向いてきた。残酷。私は目に涙を浮かべながら尋ねた。
「あの……私の師は……、金髪、碧眼、スラリとして背が高くて胸が大きな女性の姿はありませんでしたか……」
死体は見つからないでくれ。私は心底願った。しかし、目の前にいる偵察を勤めた男は……、
「残念ながら……、死んでいた」
事実は冷酷だ。いつだって。
「記録してきたんだが画像を見て確認するかい?」
「お、お願いします……」
私は泣きながらお願いした。彼は慣れているのだろう。こともなげに画像を探した。
「えーっと、金髪、碧眼、背が高くて、巨乳……、ああ、これかな」
スミさん……、私は……私は……。
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宿への帰り道は覚えていない。それから二日間私は宿で泣き続けた。
また、私はこの世界で孤独だ。
何度目だろう。
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三日目の朝に、思い立った。ソーサルの街へ行こう。スミさん、スオウ・スミ、の遺言を果たすべきときだ。
私が宿に併設された酒場へと降りると、宿屋のおばちゃんが声をかける。
「あんた、ウィリーの生き残りなんだって? つらかったねぇ」
私は目に涙を浮かべながらおばちゃんを見る。おばちゃんはちょっとビクッとする。
「ソーサルという街をご存知ですか?」
「ソーサル? スミ・ソーサル王国かい?」
スミ・ソーサル王国……。前にスミさんが親に王様の名前をつけられた、と言っていたのを思い出した。
「そこに、ソーサルの街があるのですか?」
「あんた、詳しいことを知らないのかい? ソーサル……、スミ・ソーサル国ってのは、スミ王家の家系のもと、600年続く古い都市国家さ。何も知らないのに、なんであんなところに?」
「私の師の遺言で、ソーサルの街へ行けと」
スミという名前は出さないほうが良さそうだ。ややこしくなる。
「ふむ……、地図なら売ってあげられるけど、ちょっと遠いよ?」
私は言われるがままに地図を買った。おばちゃんはおまけとばかりに行き方を優しく教えてくれた。
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帝国領の中でベンジントンは北西の外れにある。一方、スミ・ソーサル国は、南東で国境を接しているようだ。つまり、わたしは、帝国を斜めに横切ることになる。
「いってみないとわからない……か」
次の日、私は宿を、ベンジントンの街をあとにする。
私の奴隷としての半生は、ここ、ベンジントンの街で暮らした。良い思い出などまったくないが、この一帯を離れるのは私にとっては、思い切りがいることだった。
「スミさん、行ってきます」
そう言うと私は、街道を走る定期便に飛び乗った。