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Prologue: 私の運命を定めた人……私はあなたを許さない!

 私の運命を定めた人……私はあなたを許さない。


 私の体中に息が吹きかかる。息は湿っていないし、生暖かくもない。私の全身を燃え上がらせるほどに熱い。この世界のドラゴンはただの呼吸で人を焼き尽くすという伝説を前に聞いた。実際に対峙してみると、そこまでの熱さはない。


「『燃えろ』」

 私が剣に命じると火が燃え上がった。今までで最高に熱い火なのに、今までで一番儚い火だ。


 辺りは火の海だ。すべてドラゴンがやった。私のすべてを奪った。


 ドラゴンは私をじっと見る。

 私にドラゴンを見つめ返す余裕はない。


 私は両足に力を込め、龍の左目めがけて飛びかかる。目を殺れば先はあるはず。

 ドラゴンは素早く体を後ろに引き、口を大きく開ける。燃え盛った口の中から炎が顔を覗かせる。空中にいる私は方向転換できず、ただドラゴンが吹き出す炎を眺めるしかなかった。


 死の間際でさえ私は誓う。

 私の運命を定めた人……私はあなたを許さない。


----------


 2019年冬。

 俺は数学の授業を退屈に聞いていた。数学なのに英語みたいだなぁとか毎日思いながら受ける授業。当然楽しいはずもなく、ノートには落書きだけが増えていった。数学の原田先生にナイフを突き刺す絵だ。目の前の席に座る田中は、毎日毎時毎分毎秒一言違わず先生の言ったことをノートにとっている。それに引き換え俺はどうだろう。俺、なんもしてない……。来週のテストどうしよう。


 何なのかな。俺の人生。このまま退屈に年取って退屈に結婚して退屈に仕事して退屈に終わるのかな? 世界ってさ、もっとワクワクドキドキがあってもいいんじゃないの? ダメか。


 そんな現実から逃げるように俺は妄想を始める。原田センセーの言葉なんて全く聞こえてこない。馬の耳に念仏とはこのことだ。俺より馬のほうが頭がよいかもしれない。


 俺は隣の席のMy Lover、月島桜といい関係になるシチュエーションを考えていた。My Loverとはいうが俺と月島桜は恋愛関係にない。月島桜は寡黙で華奢、いつもすました表情で周りをみていた。たまに見せる笑顔が最高に可愛いのだがその表情を俺に見せてくれることはほぼない。ただ、最初に月島桜に会った時、つまり受験結果発表の日に笑顔の月島桜とすれ違った。それだけだ。


 俺は彼女の人生では最高に……モブだ。


 なんたる退屈。


 もし彼女が暴漢に襲われそうになったところを助けたらどうなるだろうか。感謝の表情をみせてくれるのだろうか。俺が颯爽と助けに現れ、そのままいい雰囲気に。どちらともなく手をつなぎ、実はお互いに好きあっていたことを確認。そのままホテルへGO。


 しかし現実はどうだろう。俺は月島桜と話すことなんてない。ただもの思いにひたるだけだ。


 恋愛経験なし、女性経験なし、勉強できない、デブ、キモオタ。背は低いし、すでに禿げはじめている。あー、なんで学校来てるんだろう、俺。っていうか生きていて楽しいのか、俺。そんなことをじっとり考えてしまう。


 全くもってつまらない日常だった。オタ仲間でさえオタ彼女がいるのに俺ときたら……。


 !!!


 そんな俺の日常は突然爆音とともに終わりを告げた。俺と月島桜と周囲数人を巻き込んで。


 熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。


 何が起こったのかわからなかった。周囲の様子を一切把握することができないまま俺は……



 ……



 ……



 気がつくと女神の御前だった。


 なぜ女神だとわかったのかはわからない。ただ、俺たちは直感した。この方は女神であると。俺「たち」と言ったのは俺と、月島桜とその回りにいた三人。上田、村上、佐藤。月島以外全員モブだから名前は覚えなくていい。全員制服姿で、男4人女1人。あぁ、女神様がいたか。


 女神様は美しい女性だった。長くて白い衣を羽織っている。この女性をなぜ神だと思ったのかはわからないが、誰がどう見ても神であった。説明ができない。この方が神であると俺達は認識しているのに、りくつがわからない。


 その場にいた俺たち、月島桜を除く全員が思わずひれ伏した。


 月島桜だけは立ったままきっと女神を見据えていた。


「かわいそうに。あなたがた5人はストーブの爆発によって若き命を断たれてしまいました」

 あの熱さの正体はストーブの爆発だったのか。ストーブってこんなに何人も殺せるものなのか?

 女神の表情は不思議だった。


 笑うでもなく悲しむでもなく、ニュートラルでもない。あんまりかわいそうと思ってないんじゃないかな? などと俺は思った。


「ああ、かわいそうに……」


 わざとらしいほどオーバーな動きで俺達を憐れむ女神。


「死んでしまったものは仕方ない……そういうのは簡単です。でも、あなたがたの中に宿る、後悔、悲しみ、呪詛が見えます」


 俺そんな複雑なこと考えていたっけ?


「そ・こ・で。あなたたちは異世界で転生させてあげまーす♡。はーい拍手ー」

 突然調子が変わった。なんか調子がいいぞ! 女神感はバリバリあるけど、コレジャナイ感。でもなんというか、この女神になら来世を託してもいいかなって思わなくもないような。


「あなたたち好きでしょー。剣と魔法のセ・カ・イ。あなたたちには、剣と魔法の世界で英雄になる権利をあげます」


「おおっ」


 なんだろう、楽しい響きだ。俺の夢が叶った。この世への未練もないではないがファンタジーだ。俺は強い。この世界でなら月島桜と……。


「俺達は新しい世界で幸せに暮らせるのか?」

「死んだのも悪くねぇ」

「かっこよくいきるぜ」


 月島桜以外興奮している。

 非現実的な出来事だが、ワクワクしている俺達だ。


「そういうわけであなたたちにキャラシを作らせてあげまーす」

 キャラシ?

 この女神、TRPGやってんのか?

 キャラシとか言っても俺にしか通じねーよ。ほら、みんなキョトンとしてるだろ。


「えーと履歴書を作らせてあげます。勇者だろうが、ドラゴンキラーだろうが、ハーレムだろうが、王様だろうがあなたがたの思いのまま。書いたことがそのまま現実になります」


「うおー」俺たちは簡単の声を挙げる。月島桜以外。


「死ぬまでの人生を決めても楽しくないので、履歴書にかけるのは過去と、転生後一年間だけとします」


 まあ仕方あるまい。一年もあれば権力の基盤を固められる。

 俺は想像した。最強の剣を手に、数多の怪物を狩り、さっそうと駆け抜ける王を。


「ここからが今回のイベントの肝なんですが、その後に『ドキドキ♡履歴書交換ターイム』があります」

 なんだその嫌な予感のするイベント。


 女神は俺たちに構わず言葉を続けた。

「ドキドキ♡履歴書交換タイムでは、皆さんが作った理想の履歴書をランダムに交換します。そして、受け取った履歴書通りの人生を歩んで頂きます」


 目の前にいた野球部の上田が質問した。

「つまり、自分の書いた履歴書通りの人生を歩めるとは限らないということですか?」


 女神は答えた。

「そうなりますね。まあ、たかだか20%、ストーブが爆発する確率なんかよりはるかに高いですよ」

 ストーブをもちだしてきたか。不謹慎極まりない上に失礼ですよ、女神様。神様にも不謹慎とかいう概念通用するのだろうか。


「そ・れ・に、自分が歩めたかもしれない理想の人生を他人が歩むって、倒錯的に屈辱で見ていて興奮しません?」

 この女神絶対性格悪いわ。


「では、キャラクター作成ターイム行ってみましょう!」


 女神はどさどさっと、机の上に資料をおいた。「この資料全部使ってくださいねー」


 上だが俺達の方を見て言った。

「お前らわかってるよな?」

 俺達は頷く。

「できる限りいい人生を全員で書けば履歴書を交換したって全員ハッピーだ」

 俺達は頷いた。

 月島桜でさえ、頷いた。


 さて、どんな人物にするか。かっこいい英雄。うん、それがいい。世界に二振りとない愛剣を振るうとんでもなく強い騎士。

 そんな妄想全開の超かっこいいエリートイケメン最強剣士を作り上げた。名前は、アルフォンス・ド・フリードリヒ5世。一年間の間にドラゴンを始めとする神話的生き物を10体以上討伐して一国の王となり、ハーレムを作る。そんなストーリーだ。


 他の皆も似たような超絶な人生を描いていることだろう。この分なら誰のに当たっても楽しい人生が待ってそうだ。


「さてさてー、みなさん書き上がりましたか?」


 女神様が聞いてきた。


「回収に移りますよー」


 一度集めた履歴書に女神が目を通す。


「ふーんなるほどなるほど……」


 とても楽しそうだ。一瞬この女神様が悪魔に見えた。


「結果発表ターイム」

 女神様が楽しそうに履歴書を配り始めた。

「あ、適当に配ってるように見えて、女神的力で完全にランダムなんでそこんんとこ勘違いしないよーに」

 俺としては女神様が恣意的に配っていると言われても信じるね。

 そんな表情だ。


「じゃあ、一人ずつオープンしていきましょう。まずは君」

 そう言って指名されたのは野球部の上田だった。上田の人生は俺のアルフォンス。

 一番いいところを取られてしまった……。


 残り二人もめくっていくが、アルフォンスほど強い設定は今のところない。

 上田のことを恨むぞちくしょう。


 残るは俺と月島桜。履歴書は二枚。

 俺と比べると貧相な想像力な奴らだが、まあ、そんなに悪い人生にはならないだろう。

 気楽なもんだ。


 月島桜は……、心持ちか緊張していた。


 女神は楽しそうに俺たちが一喜一憂する様を眺めている。

「最後の二人は同時に発表しましょうか。行きまーす。せーのっ」


 月島桜に向けて「最強の竜騎士、グライスター」


 最後は俺。


 ぞくっ。

 女神の笑顔が突然恐ろしいものに見えた。

 一瞬女神様の神性を疑いかけたが、次の一言でおれのすべてが吹き込んだ。


「あなたの次の人生……それは」


「名もなき女奴隷」



 ……… は?



 ……… は?



「俺、名もなき女奴隷?」

 女神はいい笑顔でニッコリ微笑むと言った。

「はい」

「誰だ、こんなこと書いたの」

 俺は泣きたいのを必死にこらえた。俺の人生を返せ。

「私よ」と言ったのは月島桜だった。「私の人生はこの事故でめちゃくちゃになったわ。パパとママにも二度と会えない。彼氏にも。私を待っていた輝かしい将来も。それに、この雰囲気だと8割の確率で女も失う」

 死んだ人間は、月島桜以外男だった。

「異世界が何? それに浮かれているあなたたちが許せなかった。死んでなお楽しそうに馬鹿笑いしているあなたたちが。だから考えたの。80パーセントの確率で自分が書いたのに当たらないなら、悪い人生を書けば良いと。あなたたちの誰かが酷い人生を歩めば良い、と」

 月島桜は俺の方に近づき、言った。

「残念だったわね。あなたの分も私が人生、私が楽しんどいてあげるわ。あなたは一生性でも売ってなさい。そう、冥土のみやげに教えてあげると、私はこの人生、あなたに当たることを望んでいたわ。いつも私に性的な目を向けていたあなたにね」


「さてさてーそれでは新しい体に作り変えますよー。ぼんっ」

 ぼんっと音がして俺たちは変身した。4人はイケメン騎士に。そして俺は……。

「胸がある。下は、ない。俺の…俺の…」涙が出てきた。出てくる声は可愛らしかった。その声を聞きながらさらに泣いた。

「おいおいそう嘆くなよ。美少女になれたのは、月島さんのおかげだろ」と上田が言った。

 残りの二人も続く。

「デブでキモオタだったお前が一生触れないような美少女に触れることができてよかったじゃないか。これからは揉み放題だな。月島さんに感謝しないとな」

「お前の人生は月島さんのおかげなんだから、月島さんに御礼言っとけよ」


 月島桜に言った。

「月島桜、覚えていろ」

「自分の名前さえ知らないあなたの何を覚えていればいいの? じゃあね。あなたのこと、私はもう覚えてない」


「言い残したことはありませんか?」


……


「では新たな人生へーレッツゴー!」

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