10分後
「つまり、扉を開けたら、あのような状況で亡くなっていたということですか?」
「……は、はい、そ、その通りです」
場面は変わり、先ほどの部屋とどこか似た別の場所に全ての人が集められていた。皆、顔には不安、焦燥、色濃い疲れが見えた。
衣服を真っ赤に染めた青年は部屋の隅、椅子の上にがっくりと肩を落として座り込み、その後ろに心配した様子で上品そうなひげをを蓄えた紳士が一人立ち尽くし、そこから離れた場所に少しガラの悪い服を着た中年の男女は肩を寄せ合って部屋の中央に立っていた。
メイドは部屋の中央に置かれたソファに座り、それまでいなかった一人の男と向かい合って座っていた。
「もう一度お聞きしますが、なぜ、扉を開けに行ったのですか?」
黄土色のトレンチコートとソフト帽かぶった男は決して強い口調ではなかったが、少し横柄に聞こえるしゃべり方で目の前に座るメイドに詰問した。
「お、お食事の用意ができたので、よ、呼びに、」
「普段は呼びにいかないんですよね?」
「い、いつ、いえ、普段は、奥様は決まった時間に目を覚まされて自分で降りてきますから、」
「そうですか。起きてこないから、呼びに行ったということですか」
「は、はい。奥様の寝室に鍵がかかっていて、犬養さん、いえ、私の先輩のメイドさんならば鍵を持っているんですが、私は鍵を持っていなかったので、若様をお呼びして、」
「結構。つらいことでしたが、よく話してくれました。ありがとうございます」
トレンチコートの男は若いメイドに対して軽く頭を下げ、謝意を表した。そしてそのまま、今度は顔を伏せている青年とその後ろの紳士の方に顔を向け、口を開いた。
「ご家族を失って、おつらいでしょうが、お話をよろしいですか?」
「……はい」
「本当にそう思っているなら、日を改めるべきではないのかね? 警察というのは死んだ人間の家族まで苦しめるのか?」
「お義父さん」
トレンチコートの男は丁寧に、しかし不思議な迫力をもって話し始めた。
力なく下を向いていた青年がそれに小さくうなずき返事を返すと、ほぼ同時に、青年の後ろにいた紳士が口を開いた。
その言葉は強い不満と不平が込められていた。完全に目の前に座る男を標的とした言葉は警告なしに打ち込まれ、顔を伏せていた青年が慌ててそれを制した。
「失礼。しかし、我々警察の領分はつらいお気持ちを察することではなく、犯人を捕まえることです。どうぞご理解ください」
「……ふん」
「ふふ、刑事さん、それで聞きたいことは?」
打ち込まれた言葉に明確な敵意があることをトレンチコートの男は気にもせず真正面から受け止めた。
その態度に、打ち込んだ本人の方が気持ちを萎縮してしまった。自分が小物であると自ら喧伝するようにちいさく鼻を鳴らして、紳士らしからぬ態度で横を向いた。
青年は少し驚いた表情で二人を眺めた後、勝者であるトレンチコートの男、刑事だという男に話しかけた。
「ええ、まず、殺されたお母さま、世界的な女優、草木 静さんの昨日までの行動をお聞きしたいのですが? よろしいですか、ええっと、忠さん?」
「ええ、だいじょうぶですよ」
名前を呼ばれた青年は真っ赤に汚れた服のまま、返事を返して刑事と向かい合った。
「まずは、昨日、何かお母さま、静さん行動で不審なことはありませんでしたか?」
「とくには何も、いつも通りの母で、いつも通りの一日でしたよ」
「そうですか、ほかの方にもお聞きしたいのですが、朝方、何か物音、不審なもの、人を見たという人はいませんか?」
刑事は忠という青年に聞いた質問をほかの人たちにも広げて尋ねた。しかし誰も、それに答えない。
それは分からないということなのか、それとも別の意味があるのか、集められたその関係者たちの動きはどこまでも自然で不自然に見えた。
「一ついいかい? 刑事さん?」
「ええどうぞ? 洋介さんでしたか? 静さんの弟さんに当たる方ですよね?」
ガラの悪い服装の男が恐る恐るという様子で手を上げ、刑事に発言の許可を求めた。刑事が何か確認するように言ううと男は首をぶんぶんと音がするような勢いで動かし、しゃべり始めた。
「ああ、そうだ。姉貴の弟の洋介だ。あんた、さっき犯人を見つけると言っているよな?」
「はい。警察として、」
「ああ、そんなんことはどうだっていいんだ。犯人を見つけるていうんだったら、さっさと探せよ! 犯人が逃げちまうだろう? 検問とか、検閲とかなんでもいいから、犯人が遠くに逃げないようにしてくれないと、」
洋介という男は、見た目に反して至極まっとうなことを口にした。
人が死んでいた。それも、到底自殺とは言えない方法で死んでいた。つまり、それは他殺である。他殺ならば、被害者がいる以上は加害者が発生するという公式がきちんと成り立つ。
洋介が言う通り、犯人がどこか遠くに行く時間を与えるということは、非常にまずい。
しかし、洋介の言葉に刑事はどこか余裕がある表情を浮かべた。
「大丈夫ですよ」
「いけ、……大丈夫? あんた、今、大丈夫って言ったのか?」
「ええ、静さん遺体は死後硬直が一切発生しておりませんでした」
「え? そ、それは、つまり、どういうことなんだ?」
刑事は一同をゆっくりと見渡して、さらに言葉をつづけた。
「犯人は皆様が扉を開ける直前に静さんを殺したんです」
ざわざわと建物中が騒ぎ立ち始めた。
「犯人はまだこの館の中にいます」
刑事ははっきりと言い切った。