巻きこまれたくなかったので傍観しようと思っていたら、親友の生傷が増えていく一方でブチ切れた
サラッと読んでもらえると助かります。
中途半端な時期の転入生・マリモヘアー・ビン底眼鏡・天真爛漫で能天気な思考。カツラと眼鏡を外せは白銀の髪と翠の瞳を持つ美しい容姿。その容姿に生徒会の面々は惚れたと聞く。
(人は見た目より、中身だろ。中身!)
極めつけが理事長の甥っ子という“王道”少年が転入して来てからというもの、統率の取れた静かな学園は変わってしまった。
日本屈指のボンボンたちが通う中高一貫の全寮制男子校は、静かな学び舎から一転、喧噪と破壊音が日常の騒々しい学園に成り下がった。窓ガラスが割れる音が聴こえる度『やかましい!』と内心で毒づき深い溜め息を吐く日々。
唯一の救いといえば元凶の転入生と別クラスで、特別待遇のマリモとは別の寮である事ぐらいだ。
騒がしいのは嫌い。勘違い野郎はお近づきになりたくない。人の価値観全否定で自分の価値観を押し付けられた日には、学園の屋上から紐無しバンジーに挑んでもらおう。
とはいえ、ここまで接点のない俺が自分から元凶に近づきさえしなければ巻きこまれずにすむ話しなんだが……
共有スペースのダイニングで救急箱を片付けながら深い溜め息ひとつ。面倒事に巻きこまれたくない俺とは違い、同室者は完全に巻きこまれてしまっている。
しかも、一番面倒臭い立ち位置でだ。
今日も今日とて薄汚れ、体のあちこちに擦り傷・打身をこしらえた同室者が私室に引っこむ前にとっ捕まえた俺は、風呂場に押し入れ、汚れた衣服を洗濯し、風呂上りでさっぱりしている同室者の怪我の手当てに勤しむ。
消毒液が沁みるー! と半泣きで叫ぶ声はスルー。手当が終われば姉から手ほどきを受けた栄養満点の晩御飯を同室者に腹いっぱい食べさせ、寝室に押しこんだ。ドアが閉まる瞬間「……宿題」と訴えてきたが無視だ。無視。
今はすり減った体力と精神力を元に戻せ。
「結構、減ってるな」
救急箱へ仕舞う消毒液等の薬品の減り方が異常だ。
元凶が転入して来て暫くはそんな減りもしなかったが、最近はどうだ。同室者の味方だった者の半数が今では敵に回っているらしい。
マリモ(名前を覚える気がなかったので)が生徒会役員共に気に入られてからというもの、役員の親衛隊は殺気立っていた。同室者は会長の親衛隊副隊長。要は幹部。
俺はこの学園の親衛隊活動しかしらないが、敬愛する生徒会役員が快適に学園生活を満喫出来るようにお手伝いする。をコンセプトに動いている。
姉から聞いた話では全校生徒が集合する場や食堂、廊下で見かける度に黄色(?)い悲鳴が所構わず響き、親衛隊持ちの気は休まらないと教えられていたが、違うようだ。
見かけても会釈や仕事の手伝いを申し込む以外、必要以上に騒ぎ立てる行動は見かけた事がない。まぁ、ざわつく事はあっても基本、食堂でも盗み見はすれど騒ぎ立てる言動は見た事がないなあ。
―――体育祭や文化祭は耳栓が必要になるほど、うるさいが……
マリモが来るまではな!
マリモが来てからというもの煩い!! の一言に尽きる。
親衛隊が苦労して役員共の過ごしやすい快適な学園生活を提供しようとしても、マリモがそれをぶち壊す。そして壊されても怒らない役員共。
デレッデレの笑みを浮かべて「怪我はないか? ここの片付けは親衛隊に任せればいい。お前にもしもの事があったら……」な現場にバッタリ遭遇し、胃の中の物すべて吐きそうになるほどの気持ち悪さだった。
面倒な仕事(主にマリモが壊した物の片付け、掃除)を押し付けられてもイヤな顔ひとつ浮かべず黙々と働く親衛隊。
俺なら確実に見捨てる! つーか同じ男に恋心を抱く事はありえん!! 俺はノーマルなんでな! だからと言って親友が同性に恋しているのを知ったからと離れて行く事はない。
好きになった人が同性だったって話しだろ? 気持ち悪いとも思わない。頑張れと応援しているくらいだ。
補充する薬品を紙に書き出し、救急箱を元の位置に直す。マリモが転入してからというもの180°変わってしまった学園。親衛隊の働き。まともな親衛隊は早々に除隊するか、改善に走り回る。
親友は改善に走り回り転入生に目をつけられ、尊敬する生徒会長に邪険にされた。
はぁ、と何度目か忘れた溜め息が出る。
「助けたいが何もしないでほしいと言われたから見守ってはいるが……俺にも我慢の限界はあるんだぞ」
親友の私室の扉へ向けて、ポツリと呟いた。
そんな甘っちょろい考えを今すぐ! 底なし沼に投げ捨て、当時の自分を金づちで殴りつけたい!!
※ ※ ※
ポタポタと髪から水滴を落とす親友が呆然と会長を見上げていた。
全身がぐっしょり濡れているのは、壁のように眼前に立つ会長が持つバケツの水を被されたからか?!
ざわめく生徒を押しのけ、顔色を無くし立ち尽くす親友の許へ急ぐ。
同じ会長の親衛隊から嫌がらせを受けている事は知っていた。真面目に活動していたのは親友を含めてたったの十数名。それでも一所懸命元の学園に戻るように努力している生徒を、学園の頂点が人前で堂々と断罪してもいいのか? 否、よくない!
「ちぃ!!」
「……つ、司……」
野次馬の生徒を押しのけ漸くたどりつけば、俺の姿を見て親友――千鶴、ちぃの大きな瞳に水の膜が張る。どんなに嫌がらせを受けても泣かなかった千鶴が、泣いた。
その姿にカッ! となる。腸が煮えくりかえるほどの熱く強い怒りがふつふつと湧き上がる。
『司は好きな事をたくさんして、伸び伸びと過ごしてほしい』
(姉ちゃん、ごめん)
入寮前の姉とのやり取り。微笑んで見送ってくれた姉に心の中で謝罪する。姉が現在目立つ事で俺の存在は世間にまったく知られていない。矢面に立つ事が苦手な姉が俺の為を思って頑張る姿を見る度に涙が出そうになる。
姉の想いを知っているからこそ、今から俺が行おうとしている事に罪悪感を持つが、やられっぱなしの親友を助けない事を姉が知れば確実に怒られる。
『そんな風に育ててない!』と涙を溜めて怒る事間違いなし! 俺は好きな事をする!!
俺の姿が目に入り足に力が入らなくなったのか、フラフラと揺れる千鶴を素早く支える。抱え込む様に腕の中に抱きこめば、カタカタと全身を震わせていた。
手から伝わる千鶴の恐怖心に、さらなる怒りが湧いた。
「公衆の面前で真面目に働く親衛隊員を断罪するとは何事ですか!!」
「そいつは俺の大切なアズサを陰からイジメていた。だから俺の親衛隊から除籍させた」
「ちぃは、千鶴は人をイジメたりしません! 転入生をイジメていたと言いますが、誰が証言したんですか!?」
「アズサが泣きながら俺に言ってきたが?」
「確証が持てねぇ証言者だなっ!」
糊のきいたハンカチで千鶴の濡れた髪を拭きつつ、生徒会長を睨む。
千鶴がイジメ? 道端に咲く野花を気付かずに踏んでしまっただけで罪悪感を持つ千鶴がイジメだって?! バカバカしい!
恋は盲目と言うが、盲目過ぎやしないか? 噂では転入生と生徒会長は幼少期に出逢い、会長の一目惚れだと聞く。
だが、転入生は会長を覚えていないと言っていたらしい。
幼少期の思い出を何度語っても転入生は首を傾げるばかりで一向に思い出そうとせず、揚句「まぁいっか!」なノリで現在進行形で好き勝手している。
今も会長の後で隠しきれない愉悦感に浸っていた。腹立つ!! 親衛隊も親衛隊で誰も会長の行った制裁を、止めるどころか褒めてやがる! 恋狂いの馬鹿ばっかだな!!
今にも倒れそうな千鶴を両手で支え、此方を睨み続ける会長の視線を真正面から受けて立つ。
敬語なんか止めだ! 止め!! 恋に狂って周囲が見えなくなった男に、敬語を使うなんて莫迦らしい。ハッキリ言えば格下の男を持ち上げる趣味はねえ。
再度、心中で姉に謝罪し、一人の男の名を呼ぶ。
「真砂」
「はっ!」
短い返事の後に周囲を取り囲む野次馬を退かし、配下の者を従え颯爽と現れた精悍な男に周囲はおろか会長は目を見開いた。俺は内心で嗤う。
当たり前だ。俺が呼んだ人物は生徒会長と人気を二分する風紀委員長なのだから。周囲がざわつき、会長が驚くのも仕方がない。
俺に呼ばれた真砂風紀委員長は俺が何かを言う前に、配下の風紀委員が千鶴にタオルを被せ俺の腕からそっと移動させる。
このまま千鶴を保健室へ連れて行ってくれるだろう。
きちんと屈強な風紀委員を選出しているあたり、気が利く。安心してこのバカバカしい出来事を片付けられる。
舌なめずりしそうな勢いの俺の前に真砂と、副会長と並ぶ美しい(笑っちまう)風紀副委員長の笠松が俺の前に並び立つ。
2人とも俺より身長が高い所為で会長が全く見えない。ちくしょう!
真正面に立つ2人の間に両手を突き入れ、軽く左右に横へ動かせば、察しの良い2人はヒト一人分のスペースを空ける。そこに体を滑りこませ睨み合いを再開させた。
会長の背後に隠れるように立つマリモは、一触即発の雰囲気に怯えつつも、マリモを避け続けていた風紀の二大トップの美貌に赤く頬を染めている。どんだけ惚れやすいんだよ。
ここでマリモの訳が分からん主張が始まれば話が進まなくなる事は分かりきっていたので、奴が口を開く前に髪を掻くように見せかけ止めていたヘアピンを外していく。
長時間使用すると蒸し暑く、頭が締め付ける感覚は未だに慣れない。
染めてやろうかと何度も思ったが、周囲が泣いて止めるから(うざすぎて)諦めていたモノが初めて役に立つ瞬間。
常日頃、側近たちから耳にタコが出来るほど約束事を今から破る。
コレは本来の身分を隠す為の重要なアイテム。争い毎に巻きこまれたくない俺はその忠告を守っていたのだが、破らせてもらう!!
頭部に被らせた偽の髪の毛――所謂カツラを外そうと、軽く掴んだ時だった。
「傍迷惑騒音マリモとあなたは、何所で知り合ったのですか?」
見た目は儚い系美人顔なのに、それを裏切る毒舌の笠松の台詞に俺は動きを止めた。傍迷惑騒音マリモって…的を射ているだけに腹筋が崩壊しそうだ。
今日の天気はどうですか? のようなサラリとした流れで述べられた台詞に、会長とマリモの思考は数秒停止し、脳が意味を把握したとたん会長の表情は怒りに変わった。背後のマリモは顔を赤く染め、上目遣いで睨んでいるが怖くはない。
会長の背後に隠れて強がっても、誰も怖がらないだろう。会長親衛隊も風紀委員が手出し出来ないように威圧しているので何も仕掛けてこない。手を出されれば倍返しでお返しするけどな! 千鶴の分もまだ返せていないしなっ!!
「もう一度伺います。あなた方は何処で知り合ったのですか?」
「……ローズウィル家本邸の奥庭だ」
会長の言葉に俺は目を見開いた。ローズウィル家とは、北欧貴族の血が流れる大財閥。
現当主は日本へ留学中に、興味本位で立ち寄った居酒屋でアルバイトをしていた少女に一目惚れし、猛アタックの末、貴族にしては珍しい恋愛結婚である。
まぁ、子供が生まれて5年後。夫の愛情が重すぎ、己の夢が諦めきれなかった母は置手紙も残さず子供たちを連れて日本へ帰ってしまったんだけどね。
少し話しがそれたが、この学園で一番の金持ちは会長だ。日本一か二と言っても申し分ないほど。
だが相手がローズウィル家だと話しが変わってくる。国内屈指が世界規模で影響力を持つ大財閥に敵うはずがない。まして本邸の奥庭はプライベート空間。身内以外が足を踏み入れて良い場所ではない。
大切にしているプライベート空間を父が簡単に開放するだろうか? 否、しない。
仕事とプライベートは別! とハッキリ言う人だ。どんなに親しい者でも奥庭には通さない。本邸で働く者たちでさえ、特定の者以外の立ち入りを禁止しているほど大切な場所なのだから。
(そんな場所で知り合った?)
「司。彼に覚えはありますか?」
普段の俺なら返事はしなかった。
謎すぎる事に頭を悩ませていたからこそ、笠松の質問に何も考えずに答えてしまった。
「ないな。大切なプライベート空間である奥庭に、家族以外を案内する事はないからな。親バカ全開のヤバい父親でも、アレでローズウィル家の当主だ。そう簡単に案内しな・・・」
声に出し、思い出した。
親しい者でさえ案内しない大切な奥庭に居た見知らぬ少年の事を。
確か、あれはーーー
「ところで会長。ローズウィル家の特長はご存知ですよね」
「あたり前だ」
当時の事を思い出したのか、ほんのり頬を赤く染めてバ会長が語り出す。
それと時を同じくして俺の背後に近付く不埒な者。
「一族特有の赤みがかった銀髪、直系のみに継がれる桃色の瞳。ローズウィル家の色は人工的作る事は不可能だっ!?」
言い切ったあと勢いよくマリモの顔を覗き込む。瓶底メガネから覗き見える瞳の色は碧。わしっとむしり取るカツラの下からは陽光を反射して輝く白金髪。
ローズウィル家直系にその色を持つ者はいない。
転入生のカツラを掴んだまま会長は動きを止めている。その顔色は相当悪い。
人違いに加え、献身的に働いていた親衛隊を蔑ろにし、しかも犯人扱いしたのだ。
己の過ちに気付いても、もう遅い。ちぃは毎日泣いていた!! 誰が許すものか!!
(あの時知り合った男の子だとしても、ちぃを泣かせた事は許さない!!)
怒りに震える俺の背後に立った男は、手首のスナップを活かし俺の後頭部をスパンと叩く。
「いてっ」
勢いがありすぎてコンタクトが瞳からポロリと剥がれ落ちた。
痛がる俺を無視し、背後に立つ真砂はカツラを掴み、
「会長が一目惚れした方の容姿は、こちらですか?」
スポンと被っていたカツラを剥ぎ取られた。被り物が無くなって清々しい。
「ローズウィル家当主の長男、司・アッシュ・ローズウィル様です」
真砂と笠松に守られている俺に、会長の目が見開かれていった。
初恋が同室者だった。
PC壊れているので携帯からポチポチ作成しています。
意欲が出れば別視点書きたい。