三太黒臼は読者の後ろに(||゜Д゜)ヒィィィ!
『ずるりずるりと。
『真っ暗闇な外から何かが姿を現した。
『其れはまん丸く肥え太った何かで、赤い服に身を包み、蛇のような息苦しそうな音を吐き出す。彼の者は透明な窓にぶくぶくと太った短い指達を貼り付けると、からからと音を立てて窓を開けていく。そして、もさりとした真っ白な髭を靡かせて、蜥蜴のようにするりと部屋に這入った。
『ここは、幼子の部屋。
『赤い服を着た肉塊が忍び入った場所はそのような可愛らしい場所で、それはベッドの中で健やかに眠る可愛らしい少女が証明している。彼の者は手慣れた足取りでゆっくりと少女が眠るベッドまで近づき、蛇のような息苦しさを強くする。そして、にちゃりと笑みを浮かべると、ベッドの傍にかけ吊るされていた靴下に手を伸ばし、何かから何かを取り出した。
『――可愛いドールをください。ありす。
『そう、今日は十二月二十四日。
『良い子の所に三太黒臼がやってくる日である。
『彼の肉塊は誰もが知っている三太黒臼であり、彼は笑みをこぼしながら靴下に何かを詰め込むと、這入ってきた同様の静けさで窓の外へと向かう。
『だが、その時悲劇は起こってしまった。
『「だれー? ままなのー?」』
『ありすは、むにゃむにゃと寝惚け眼をぐしぐしと手で掻きながら起き始め、ゆっくりと視線を彷徨わせた。
『「目を開けてこちらを見ては駄目だよ、お嬢さん」』
『「えー?」』
『「もし私を見てしまったなら、私は君を何処にもない国へと連れて行かなくちゃならないからね。だから――」』
× ×
『――めでたしめでたし。どうだった、キノ。この本がいかに人間の悍ましさを語っているかこれで理解できただろう?』
ガラクタが山々と積もるその一角にて、壊れたブリキの豚はぼろぼろの本から目を離し、隣にいるこれまた壊れた木の人形へと呼びかけた。呼び掛けられた人形――キノは、身震いしたかのようにからんころんと全身を鳴らす。
『とんでない! ブーギー、ぼくはコレを読んで余計に人間になりたくなったよっ』
『おお。なんてことだ。まさかこの僕がキノに火をつけてしまうとは。板につき過ぎた君の事だ、最早その燃え盛った炎を止める事はきっと出来ないんだろうね」
『当然だよ、ブーギー。ぼくもあの伝説の●●ッ●●みたいに人間になるんだから。たとえ親友の君でも無理さ』
『そうかい。しかし実に惜しいね。君ほどの木屑っぷりをみせている木偶人形も珍しいのに。どうして人間になりたいんだい? こう言っては何だけれど、人間なんてロクでもないよ? ほらあのガラクタの山にいる彼女を見なよ。彼女は人間によって弄ばれ、ぼろぼろになって捨てられたのさ。君はそれでも人間になりたいって言うのかい?』
金髪のお人形さんは、色々と捻じ曲がり、壊れ、そしてしくしくと泣いている。それはきっと凄惨なモノだったのだろうという事は容易に分かる。
彼女――ありすと名乗った人形は、ここに来てから毎日泣いている。
正直、彼女の境遇には同情しか湧かない。
けど、彼女を助ける事はブーギーには出来ないし、そもそもココ――何処にもない国では大概そのようなモノしかない。ブーギーは、早くこの場所に慣れてほしいと切に願う。
なのに、彼――キノはからんころんと身体を鳴らして言った。
『ああ、彼女? 毎日毎日煩いよね。どんなに願ったところで帰れやしないのに』
『君はまず人間になる前に良心を探すべきなんじゃないかな?』
『両親?』
『……いや、いい。それで、君はどうしてそこまで人間になりたいんだい?』
『それはね、ブーギー。なんとなくだよ』
『なんとなくなのかい?』
『うん。なんとなくだ。なんとなく人間にならなくちゃって思ってるんだよ』
『そうかい。とても曖昧だね』
『まあね。でも、曖昧でも別にいいさ。だってそんなのは後からでも考えられるからね』
『後からかい?』
『うん。だって人間になる方法はもう分かってるからね。ここには妖精さんがいるだろう? 彼女はぼくにこう言ったんだ、「コオロギを見つけなよ。そしたら人間にしてやるさ」ってね』
『なんてことだ。君はそれを真に受けたのかい? あの悪戯妖精ティンクの戯言に』
ああ、とブーギーは空を仰ぎ見る。
彼が見た先にあるのは曇天の空。
常にあるその空は、この世界の万物を悉く暗く照らしている。
『……キノ』
『なんだい、ブーギー』
『一度火をつけてしまった君に後戻りは出来ないし、火をつけた僕が言うのもなんだけれど、気をつけてね』
『ははっ。何を今更言ってるんだい、ブーギー。コオロギを見つける事なんて、クジラに飲み込まれる冒険に比べれば楽勝だよ』
『そうかい。けれど、油断しちゃ駄目だよ。きっとあの回収屋を君を追いかけて回収し、修理し、人間の下へと連れて行ってしまうはずだから』
『勿論さ。なに、あの赤服の肉塊に捕まるほどぼくの足は柔じゃないよ、木だけに』
『……結構傷んでぼろぼろに見えるけどね』
ブーギーは、彼を見送る。
ぼろぼろで欠損のある身体を引きずるようにしてガラクタ小道を歩くキノを見送る。
願わくば、彼が燃え尽きる前に事を成し遂げん事を。
そして、このガラクタの山々に火の手を挙げんことを。
× ×
「こうしてキノは、コオロギを探して様々な瓦礫の山を越えて行きました。その一つ一つが冒険といえるモノで、魔法使いぬいぐるみや人の痛みが分かる藁人形、平和な瓦礫や自由報道を語るラジオと出遭ったりしました。そして、途中赤服の肉塊に追われたり、お喋りな三輪車とともに旅をしたりと、コオロギを探す旅はとても苛烈を極めました。はたしてキノはコオロギを見つけられるのでしょうか? もしかしたら青い鳥のようにごく身近にいるのかもしれませんね。めでたしめでたし」
女性は、開いた絵本をそう締めくくると、自分の膝元で大人しくしていた娘――金髪の可愛らしい幼女に促しました。幼女は、「ふぉー」と目をキラキラと輝かせ、満面の笑みをママである女性と青空に向けました。
「ねえ、まま。キノはどうなったの? キノは無事コオロギを見つけられたの?」
「そうね。きっと無事に見つけられたと思うわ」
「そうなの? じゃあ人間になれた?」
「きっとなれたと思うわ、ブギーちゃん」
「そうなんだ。じゃあ、わたし、ちょっと探してくる!」
「ふふっ。あまり遠くに行っちゃだめよ?」
はーい、とブギーちゃんは元気よく返事すると、とてとて走って自分のおもちゃ箱に走りました。その箱の中にあるのは、幼女が好きそうなモノばかりだった。
けれど、その中にあるのは全部壊れている。
お人形さんもラジオもぬいぐるみも絵本も。
みんなぼろぼろで壊れている。
ブギーちゃんはその中からハンマーを取り出すとお外に出ました。
「あ、コオロギさんだ。潰さなくちゃ」
ブギーちゃんは、満面の笑みでハンマーを振り下ろしました。
× ×
これは連綿と続く本の物語。
次の主役は読者たるあなた――いえ、あなたになっているのかもしれない。
ほら、あなたの後ろに肥え太った赤服が――