樹とスライム
久々に更新しようと思ったら4年経ってました。
「――ぁぁあああああ……」
スカイダイビングの様に両手足を広げ、私とステラは未だ落ち続けていた。
落ち始めてからどれぐらいたったかは覚えていない。初めての落下経験で冷静になれるはずもなく……。
「――でさぁ、グルメな私としてはこっちのアジの開きがイチオシで」
最初は叫びっぱなしの私に大丈夫と声をかけ続けてくれたのに、今じゃ飽きてきたのか関係ない話をしている。
なんとか視線を下に向ける。先は変わらず暗く、地面すら見えもしない。
「ステラ、ちゃんはどんな食べ物が好き?」
「食べられる物ならなんでも好きだよ!!」
浮遊感にもいい加減慣れてしまった。私の方から話を振る余裕も生まれている。
ステラの名前をまともに呼んだことがないと気づいた私は、呼び捨ては悪いかなと思ってしまいちゃんを後から付け足した。
不器用な笑い顔を作る私にステラは、呼び捨てでいいよと言ってくれた。
周りの景色を見る余裕も当然ある。
壁伝いに変わらず階段が続いており、ある程度の間隔をあけて扉が設置されている。扉の作りはバラバラみたいで、素材も石や鉄っぽいのから木製っぽいのまであった。
「もうすぐだよ!!」
眠気を感じてまどろんでいる時だ。ステラの声でハッキリと起きたが、声が聞こえた次の瞬間とてつもない衝撃が体を襲う。それと同時に聞いたこともないような大きな音が響き渡る。
「思ってたよりすぐだった!」
たははと笑いながら地面から立ち上がったステラが私の方に近寄ってくる。
理解が追い付いていないが、どうやら私は無意識のうちに着地できていたみたいだ。
今の姿勢は両手両足を地面についた状態だ。猫さながら上手いこと着地できたのだろう……。
「も、もー!! びっくりしたよ!」
なんとか立ち上がり、まくれ上がったワンピースを直し抗議の声を上げる。
衝撃で死ぬかと思った。
「ごめんね! でももう外だよ!」
軽く謝られる。そこまで重く捉えていないのは、れぐらいじゃ死なないって分かっているからだろうか。
ステラの言葉につられ、ステラの指さす方を見る。そこには木製の扉が付いていた。
後ろを振り返ると階段の初めの段があった。本当に最下層まで落ちたんだ……。
扉に向かって先に歩くステラの後を追う。
ステラが扉に手をかけ、扉を開ける。
扉の先は見覚えのある光景であった。私が死ぬ前にいた場所、ここは世界樹の根本だ。私とステラは大きな木の根に立っている。
気配というか何かを背後に察して振り返る。ある筈の扉は消えており、背後には樹の幹しか見当たらない。
「ん? なんでだろね? 扉消えちゃうんだよね!」
首を傾げていると、ステラが話しかけてきた。どうやら彼女も答えを知らないみたいだ。
まぁ、でもこれで今までいた場所が世界樹の中だったってことになるのかな? だとすると世界樹の中って縦に広すぎない? 思いっきり階段とか扉とか人工物っぽいものもあったけど……。
顎に手を当てて毛の感触を楽しみながら考えこんでしまう。
「――危ない!!」
視線を下に向けた時だ。ステラの叫ぶような声が聞こえた。
すぐさま顔を上げると、あの時のピンク色した物体が落ちてくるのが見えた。
体が動かずただ物体が私めがけて落ちてくるのを見ていることしかできない。
パンっと小気味いい音を立ててピンクの物体が弾け飛んだ。
ステラだ。ピンクの物体が私にあたる寸前に跳びかかり、ピンクの物体を殴り飛ばした。
パンチの力でピンクの物体は液体の様に散っていった。
「早く殴れば大丈夫だよ?」
ステラを見たまま呆けている私に、自分が無事であると教えてくれる。が、そんなことで済むのか……。
なんとなくだけども、エンジの口ぶりからしてアレは生前の私を溶かしたやつと同じものだろう。
スライムというかなんというか。粘性のありそうでなさそうな液体みたいなもの。
ステラの言う通り、アレに触れてから溶かされる前に離れれば害はないのだろう。でもそんなに早く動けるものなのか……。
「よく上から降ってくるんだよね」
「はー……」
感嘆の声しか出ない。
エンジの言っていたステラが一緒なら大丈夫って意味はこういうことなのか。何かに襲われる可能性があると。
「ね、もう戻ろう」
こんな危ないところに居られない。早急に結論を出した私はステラにせがむ様に、ステラ腕に抱きつく。
といっても出てきた扉は消えてしまった。どこから戻るんだろうか。
「いいけど、ちゃんとついてきてね!」
ステラは二つ返事で了承してくれた。首を縦に振った後、私の手を剥がして樹の幹に向かって跳んだ。
幹に足をかけそのまま駆け上がるように上へ上へと跳んでいってしまった。
「こ、これをやれって?」
小さくなるステラの姿を見ながら呟いてしまう。
流石にこんなこと出来るわけがない。どうしよう……。
途方に暮れかけたところで、何か上に気配を感じた。
反射的に横に跳ぶ。今まで私が立っていた場所にピンクの物体がビシャっと音を立てて落ちてきた。
ピンクの物体がビクビクと蠢いた後、私の方に近寄ってきた。
背中に悪寒が走る。ゾクゾクと身震いしてしまう。このままじゃまた……。
物体の動きはゆっくりだが確実にこちらに近寄ってきている。
よく見ると動きが気持ち悪い。ぐちゅぐちゅと嫌な音も聞こえる。
「ムリむり無理無理!!」
危機感もそうだけど、嫌悪感がより勝ってきた。嫌いな虫を見たときみたいな感じ……。
私は樹の幹に跳びつき、手足を必死に動かして樹を登っていく。
「お、おかえり~!!」
枝の上でゴロンと寝っ転がって休んでいるステラに追いついた。
枝の上と言っても根っこの様に太いため、ステラが寝っ転がっていても折れる気配はない。
「た、ただいま」
息も絶え絶えな状態だけども、なんとか返事をする。
自分もステラの横に寝っ転がる。少し休みたい。
上を見ると大きな葉っぱが天井を覆っている。静かにしていると葉っぱのさざめく音が聞こえてくる。
「もう少しでてっぺんだよ! 上ね~綺麗なんだよ!」
少しの沈黙。それに耐えられなくなったのか、ステラが話し出した。
上、ということは樹の上だよね? 樹の上なら太陽があるよね? どんな感じか見てみたいな。
「よ~し行こう! すぐ行こう!」
さっきのことを忘れたい気持ちもあるが、内心興奮している。わくわくした気持ちが溢れそうだ。
勢いよく立ち上がり、寝っ転がったままのステラに手を伸ばす。
ステラは私の手を握り返し、優しそうに笑いながら立ち上がってくれる。