第五話 大鰻の踊り食い ~せせらぎの涼風の中で~
私は猛烈に反省していた。
飼育された犬を勝手に食べてしまったのは不味かったが、その後も少しやらかしてしまったのです。
久々の腹八分目に満足して森の中をスキップしてたら、なんと丸太小屋を見つけまして。
随分と控えめな住居でしたが、大変に感動しました。
初めて出会えた文化的な建築物に嬉しさが溢れて、私は少しばかり張り切ってノックした訳です。
そしたらバラバラに。
欠陥住宅というものでしょうか。もしくはまだ建築途中の仮組みだった可能性も否めませんね。
まあ幸い中には誰もいなくて、木材を加工した炭といわれるものが山積みになっていただけでしたが。
今考えると、只の物置小屋だった気がします。
まあそれでですが、山を降りてから私はかなり浮かれているのではないかと考えまして。
もう少し落ち着かないと、色々迷惑を掛けてしまうのではと心配になったわけです。
それで話は少し逸れますが、束になった炭を見てちょっと思い付いたことがあります。
炭といえば大変効率のいい燃料ですが、他にも様々な用途があります。
そのうちの一つが、脱臭効果。つまるところ私、かなり臭うのではとの疑惑が。
大変残念なことですが、私が居た山には入浴の習慣がなく、かれこれ数十年近くお風呂に入る機会がなかったのです。
自分の臭いって、鼻が慣れてしまって気付けないものなんですね。
先ほどのエルフの方々が倒れたのは、私が臭すぎたせいかもと考えた訳です。
流石に人の顔を見ただけで、いきなり気絶されるのはあり得ませんしね。
で、お風呂を探しまして。
まあ直ぐにはないですね。森の中ですし。
でも水の匂いがしたので行ってみたら、川がありまして。大変綺麗な小川です。
嬉しくなって、私はつい踊ったんです。ええ、また少しはしゃぎすぎました。
そしたら何か音が聞こえるんですよ。
はい、勿論見に行きました。
そしたら今度は中々の滝がありまして。
そこで私は悟った訳です。
これは滝に打たれて精神修養のパターンではと。
気持ちを落ち着ける絶好のチャンス到来だと。
ついでに体も洗えますし。
この発想はあれですね。石を投げたら兎が二匹逃げたって諺ですね。
自分の知能の高さに、恐ろしさまで感じましたよ。
躊躇なく川に飛び込んでみたら、ちょっとした驚きが。
私って、水に浮かないんですね。
もしかして食べ過ぎて太った?
仕方ないので、川底とか歩いてみました。
幸い肺活量はそれなりにあったようで、全然息苦しくはないですね。
それでまあ、そのまま川底で座禅組んじゃったりしてまして。
気がつくと随分と長い間、瞑想していたようです。
なんだか小腹が空いてきました。
でも川なのに魚介類がまったく見当たりません。
で、ふと水面見上げたら、ウネウネって何か動いているのが見えまして。
そこでまた直感が。
これは滋養強壮で名高い鰻でしょうと。
躊躇なく行きました。
流石は鰻、生でも随分と美味しいです。
ぬめりと小骨の多さが多少気になりますが、淡泊ながら締まった肉の感触が堪りません。
噛むたびに旨みが口の中へ、ぎゅわわわんと広がって行きます。
それでいて、皮の下にみっちりと詰まった脂質の美味いこと。
いやほんと、これは良く脂が乗った鰻ですね。さすが天然物です。
冷たい水の中で涼しさを存分に感じながら、豪快に鰻を丸呑みする――なんと素晴らしい逸品でしょう。
夢中になって食べてたら、いつの間にか水面まで行けてたりと。
食欲は人を変えますね。これは研究の余地ありです。
立泳ぎしつつ鰻を食してましたが、そこでいさかか違和感が。
半分食べてから言うのも何ですけど。
鰻に鱗ってありましたっけ?
それでよくよく見たら、実は食べてたの蛇だったんですよ。
思わず絶叫ですよ。
「蛇じゃないですか!!」
って。
ちょっと驚いたので、勢いのあまり真っ二つに引き千切っちゃいました。
捨てるの勿体ないから、後で全部食べましたけどね。
つい大声を上げてしまったのが、恥ずかしくて周りを見たんです
すると仔犬が逃げていくのが見えたのですよ。
また犬ちゃんですかって思いつつ、よく見たら服を着てまして。
そう、衣服ですよ。
どうやら毛皮や頑丈な外皮があっても、衣服をまとうのが文化というものらしいですね。
私が驚かれた理由がやっと判明しました。
全裸がまずかったんですよ。
幸いにもここに、青い布地が大量に置いてあります。
数枚ほど拝借させて頂きますね。
腰回りに巻きつけて、ばっちりです。
お礼に残りの布を干してさし上げましょう。
さてと、犬さんの走っていった方向に人家があると良いのですが。
取り敢えず、向かってみますか。
△▼△▼△
コボルトの村は大騒ぎとなっていた。
染布の濯ぎ作業に行っていた女衆たちが、先祖返りを起こして四つ足で村に駆け込んできた為だ。
犬人にとって二足で歩くことは、獣だった昔との決別を意味する非常に重要なことであった。
余程のことがあったのではと、四人はすぐさま村長の所へと連れて行かれた。
そこで明らかになったことは、滝壺の主が真っ昼間から現れたこと。
そして川から現れた化け物が、その主を退治したことであった。
目撃した四人は、キヌが主に噛まれて少し血を流したものの、幸い大きな怪我はなかった。
問題の大きさから急いで今後を決める合議が開かれ、村人たちは慌てて集まった。
周囲にわずかな農地しか持てないコボルトの村の主産業は、衣服の"青染め"だ。
北の山の鬼人族から鉱物顔料を仕入れ、小鬼の行商人から買い入れた布地を染めて町へ卸す。
染め物には濯ぎの水が大量に要るのだが、村を流れる川は使えない。
下流に住む人族の村から、青い水を流すなと何度も苦情が来ていた。
亜人であるコボルトたちは、それに逆らうことは許されていない。
西の森の境目にある今の場所から追い出されたら、あとは恐ろしい狼が棲む森に居場所を作るしかなくなる。
そのため青染めの濯ぎは、森の中でも比較的安全な滝の傍で行われて来た。
ただ、その滝壺には巨大な水蛇が主として棲みついてはいたが。
もっとも蛟とよばれるその大蛇は、太陽が照りつける日中は全く滝壺からは出てこようとはしない。
なので昼前から夕刻時は安全に作業ができ、これまで支障は殆どなかった。
だがそれは新たな化け物が現れたことで、全て過去の話となった。
滝壺の洗い場が使えないとなれば、コボルト村の染色業は大きな痛手を受けることとなる。
このところ鬼人族からの仕入れが滞る問題も有り、村は今まさに存亡の危機にあった。
しかしながら合議では特に良案もでず、結局のところ一日ほど待って調査隊を出すくらいしか決まらなかった。
調査隊のメンバーを決めるくじ引きで、皆が悲喜こもごもに騒いでたところ、一人のコボルトが駆け込んでくる。
「皆、大変だべ! あの化け物がまた出たでよ!」
「それならもう知ってるべ」
「滝壺で女衆が襲われそうになった話だべ?」
村人の呆れた視線に囲まれながら、木こりのゴルザは大きく首を捻った。
「あら? おらが見たのは化け物が、北の山目指してまっすぐ走っていった姿だべよ」
※鰻には皮膚の下に埋まっている小さな鱗があるそうです。
犬人族
垂れ耳系と立ち耳系の長い種族内抗争を経た後、和解への道のりが実現する。
だが垂れ尾系と巻き尾系、さらに短尾系との間に争いの火種はいまもくすぶり続けている。