第二十五話 穴の奥の素敵な出会い
王国の西には、果てなく広がる麦畑がある。
その黄熟たる地を、南西より睥睨する山の名を"悪龍の火吹き山"と言う。
周囲を険しい森に囲まれたその頂きは呼び名の通り活火山であり、時折り気まぐれに火口や山肌から火煙を吐き出す。
もっとも大きな噴火の記録はここ数百年は無く、小康状態を保ったまま山は今日もくすぶり続けている。
冷えた溶岩が固まった傾斜は、ゴツゴツとして歩き難く人の立ち入りをたやすく許さない。
そもそもこんな草木一つ生えない山に、登ろうとする酔狂な輩などそうそう居ないが。
ただしこの山に登る人間は居ないが、代わりに下りてくる存在が居た。
山腹中央にぽっかりと開いた大きな亀裂。
"龍の大口"と言われるその穴は時折、武装した骸骨の一団が現れることで有名だった。
骸骨剣士たちは山を下りると王都目掛けて進軍を始め、立ちはだかる相手には問答無用で切りかかった。
たびたび穴から出てくる謎の骸骨兵に手を焼いた王国は、麓に砦を築き兵を配備して迎え撃つようになる。
これが南方辺境騎士団の始まりだと言われている。
そして五百年たった今も、山を下りてくる骸骨から王国を守る戦いは続いていた。
もちろんこの不毛な闘いを止めるために、過去に何度か調査部隊が穴に派遣されてはいる。
だが強者揃いであった彼らでも、溢れ出す骸骨たちを蹴散らして奥へ進むのは非常に困難であったらしく、最下層へ到達した報告は僅か一つしか残っていない。
ただ一人、辿り着いた隊長が残した言葉は、地の底には巨大な黒い龍が眠っていたという一言だけであった。
建国の祖である勇者と契約しこの地を守る守護の白龍マシロと対をなすような、その邪悪な黒龍はドロンコと名付けられた。
悪しき龍ドロンコが棲む地として、火吹き山は悪名を轟かせていく。
誰一人、龍の思惑に気づかぬまま――。
「俺、やっぱり再配属先は東方騎士団が良かったなぁ。キグロー副団長の下が一番安心できたよ」
「今更言っても仕方ないだろ。むしろ俺はこっちで良かったぜ。少なくともこの砦は簡単に落ちないしな」
南方辺境騎士団の砦の見張り塔で、哨戒任務中の男たちは言葉を交わしていた。
「そうだな。俺、こんなに太い丸太は見たことないぜ」
「この辺りの森は、なぜか樹がでっかく育つんだと。おかげでびくともしない要塞が完成したって話さ。それに毎日、骸骨どもと戦ってるせいで、ここの兵士の腕は王国一って評判だ。何が来ても安心できるってもんさ」
半分以上、己に言い聞かせているような相棒の姿に、もう一人の男は左右に首を振って声を潜めた。
「そうだと良いんだがな」
「おい、何が言いたいんだ?!」
「もうこの辺りまで近付いてるって噂だぜ……例の"魔王"とやらが」
その一言を聞いた男は、小さく悲鳴を上げて周りを見渡した。
「お、俺はもう、あんな目に遭うのは勘弁だぜ」
「落ち着けよ、相棒。その為にここの精鋭たちが、毎日特訓してたろ。アイツが現れたとしても、ちゃんとあの大穴まで囮になって誘導してくれるさ」
「ああ、そうだったな。ここは北方騎士団とは全然違う。化け物でも魔王でも何でも来やがれってんだ」
「うんうん、その意気だぜ。って、どうした?」
不意に相棒の顔から一切の表情が消えたことに気が付いて、男は焦った声を上げた。
返答もせず空の一点を見つめ続けるその姿に、見張りの兵士は恐る恐る振り向く。
仮面をかぶったかのように、男の顔からも表情が消えた。
二人の視線の先に浮かんでいたのは、空を飛ぶ巨大な何かであった。
見覚えのあるその異形の存在は、頭の上に赤い羽飾りのようなものを乗せて、黒いマントを風になびかせていた。
その両手両足には、複数の猫がしがみついている。
そして猫の体を掴んでいるのは、腕の部分に翼が生えた人か鳥かよく分からない者。
化け物の背後には、同じように鳥人間からぶら下がる猫の群れが続いていた。
パタパタと羽ばたく音を響かせながら、白昼夢のような光景が二人の視界を横切っていく。
見張り台の下では何やら大声で叫ぶ声や、慌ただしく走り回る音が聞こえてきたが、今の二人の耳には全く届いていなかった。
そのまま摩訶不思議な存在が、火吹き山の方角へ消えていくのを見守ったあと、男たちは無表情のまま呟いた。
「………俺、やっぱり東方騎士団に転属願いをだすよ」
「………俺もそうするわ」
△▼△▼△
「やっと着きましたニャ、王様。鳥さんたちもご苦労様ニャ」
「ギャウ、ギャウギャウ」
火吹き山の大穴に無事辿り着けた妖精猫の黒猫隊長は、皆の様子を確認して満足げに頷いた。
日干し砂漠で不死鳥の生誕に付き合ったトロールと猫たちだが、そこで思わぬ問題が生じた。
生まれた不死鳥のヒヨコが、なぜか王様の頭から離れようとしないのだ。
どうも生まれ立ての不死鳥は、王様の頭に"居付いて"しまったらしい。
引きはがすとピィピィと鳴いて、すぐに頭のもじゃもじゃに戻ってしまう。
仕方がないので一行は、そのまま進むことにした。
当然のごとく、妖鳥族たちもついてくる。
それならいっそと言うことで、黒猫が考案したのが先ほどの空中飛行であった。
まず重さをある程度打ち消せる妖精猫たちが、協力して王様の身体を持ち上げる。
その猫たちをハーピーがそれぞれ持ち上げる。
小柄なハーピーでも、猫一匹くらいなら余裕で運べるという寸法である。
空の旅は、非常に快適であった。
「ニャッ、何か出てきたニャ!」
瞳孔を開いて暗がりを窺っていたチャトラ猫が、声を上げて注意を促す。
洞穴の奥から現れたのは、剣と盾を手にした骸骨の姿だった。
背中の毛を逆立てる猫と、首回りの羽毛を膨らませるハーピー。
皆を守るようにトロールが、ずいっと前に進み出た。
「王様まってニィ。この人たち怒ってないニィ」
「邪魔しないでほしいみたいニィ」
子猫たちの言葉に、一行は警戒を解いて脇へ移動をする。
骸骨たちは何事もなかったかのように、その横を通り過ぎて山を下り始めた。
「こっちから手を出さないと、襲ってこないのかニャ」
「そうみたいなニャ。気にせずどんどん進むニャ」
王様の頭のヒヨコがふんわりした光を放ち、足元がぼんやりと照らし出される。
一行はズンズンと穴の底へと下りていった。
溶岩が流れたあとのツルツルの壁や、天井から氷柱にように岩が垂れ下がる光景を楽しみながら進んでいくと、通路は徐々に広がり始める。
途中何度か骸骨たちと出会ったが、軽く頭を下げてすれ違うだけで済んだ。
かなり歩いたと思えた頃、急に天井が高くなる。
そこは地の底に広がる巨大な空洞だった。
「ウニャ! なんか広いとこで出たニャ」
「声が響いて楽しいニャ!」
暗闇でも平気な妖精猫たちが、大声を上げてはしゃぎだした。
空洞の中央にあった小高い山に登って、ぴょんぴょんと跳ね回る。
逆に夜目が効かない妖鳥族たちは、怖がってトロールに群がってくる。
その有り様に赤いヒヨコが、ピヨっと鳴き声を上げた。
ヒヨコの身体から強い光が迸り、空洞の中を照らし出していく。
隅々まで光が行き届き、闇に埋もれていたあらゆるモノが輪郭を取り戻す。
「眩しいニャ。でもよく見えるニャ」
岩に登ったまま、黒猫は周りをキョロキョロと見渡す。
「王様の知り合いはどこに居るニャ? 悪い龍がいるって聞いたけど、そんなのどこにも居ないニャ」
そこで誰かの視線を感じた黒猫は、慌てて背後を振り返る。
「誰も居ないニャ。気のせいかニャ……いや、やっぱり誰か見てるニャ!」
見られている気配に、黒猫は左右に首を回すが誰も居ない。
「やっぱり居ないニャ。うん? ジッタ、どうしたニャ。後ろニャ? 何もいないニャ」
小山の下に居たジッタが、黒猫に大きく手を振って合図してくる。
「だから後ろには何も居ないニャ」
しつこく後ろを指差すジッタに、黒猫は肩を竦めてみせる。
と見せかけて――。
くるりと振り向いた黒猫の目に飛び込んできたのは、巨大な真ん丸の輝きだった。
円形の中央部分には縦に黒い亀裂が走り、他の部分は青水晶の如く透き通る。
どこか見覚えのある形にパチパチとまばたきしながら、黒猫はじっと身の丈の倍はありそうなソレを見つめる。
不意にせり上がってきた黒い皮のようなものに覆われて、輝きは一瞬で消え去り岩と同化した。
そこでようやく黒猫は理解する。
自分が見つめていたものは、誰かの巨大な瞳孔だったと。
可愛い悲鳴を上げて、猫たちが一斉に小山から飛び降りる。
同時に小山も、ゆっくりと頭を持ち上げた。
気が付けば両の眼を見開いた巨大な龍が、トロールたちを見下ろしていた。




