第二十三話 ロリータ争奪ゲーム 前半戦
日干し砂漠は、二つの太陽が空を横切ることで有名である。
一つは熱々の陽射しをこれでもかとばかりに、降り注ぐお日様。
そしてもう一つの太陽には、羽根がついていた。
真紅の両翼が羽ばたくたびに、生み出された火の粉が舞い踊る。
金色の冠羽は煌々と光を放ち、眩い熱線を撒き散らす。
そして空色の尾羽根から生み出された灼熱の風は、熱く地を焦がす。
"生ける太陽"――不死鳥だ。
不死鳥の生態は未だ多くが謎に包まれているが、一際有名なのがその再生の力である。
燃え盛る翼で一撫でするだけで荒れ果てた大地からは生命が芽吹き、抜け落ちたたった一枚の尾羽根でさえ死にかけの病人を起き上がらせると言われている。
そのため古今東西、多くの権力者に狙われたり民の信奉の対象になったりと、その人気ぶりは枚挙に暇がない。
だが未だにかの鳥の全貌が明らかにされていないのは、過去に捕獲された例がほとんど無いからであった。
もちろん捕まえるのが、難しいのは仕方がない。
太陽の呼び名の通り不死鳥はその体から高熱を発するため、大抵の罠や檻は焼け落ちてしまう。
怪我を負わせて弱らせようとしても、その肉体はあっという間に元に戻る。
生半可な手段では、捕獲どころか仕留めることさえ困難な相手だった。
そして、さらに厄介な性質を不死鳥は備えていた。
それは生れた地に居付くという習性である。
不死鳥は死期が近づくと、人知れぬ場所に巣をつくり卵を一つ産み落とす。
そのあと最期の力を振り絞って巣を燃やし、その熱で卵を孵しながら燃え尽きて消えると言われている。
日干し砂漠をさらに南へ下ると、豊潤の谷と呼ばれる緑あふれる地がある。
そこはかつては嘆きの涸れ谷と呼ばれ、地虫や盗賊しか棲みつかない難所であった。
今から数百年前に、ここで不死鳥の巣作りが目撃されたと伝承に残っている。
親鳥の灰は風に乗って散らばり、そこを豊沃な地に変えてしまう。
生まれた若鳥もその地を離れず、再生の光で命を育んでいく。
そうやって不死鳥は、永い時をかけて不毛の地を蘇らせてきたのだ。
だから違う場所へ無理やり連れて行っても、不死鳥は決して居付こうとはしない。
もっともそれをどうにかする方法は、たった一つだけあったが。
そして今、この砂と岩山しかない地で、新たな命が産み落とされようとしていた。
「暑いね~、シリンちゃん」
「それはもう聞き飽きました、パイン姉さま」
寝っ転がって望遠筒を覗いていた王宮魔術士のシリンは、姉の問い掛けに冷たい声で返答する。
猛り狂う太陽の光を砂が容赦なく跳ね返し、日陰に居ても温度にほとんど変化が無いように思える。
噴き出した汗はすぐに乾いてしまうので不快感は薄いが、その分急速に体は乾いていく。
水筒の蓋を捻ったシリンは、温くなった水を口に含んで味わってから、ゆっくりと喉へ落とした。
「お風呂入りたいね~、シリンちゃん」
「それも聞き飽きました。同意はしますが」
すでにこの砂漠での張り込み作業は、一週間以上が経過している。
備蓄が少なくなってきたのもあるが、それ以上に文明的な生活への渇望の方が酷かった。
さっぱりと垢を落とせるお風呂。出来立ての美味しい食事に、清潔なベッド。
「飽きてきたね~、シリンちゃん」
「それは完全に同意です。でも手ぶらで帰ったら、師匠がガッカリしますよ。それに師匠だけじゃなくて、この作戦には――」
孤児だった姉妹の才能を見い出し、魔術を仕込んでくれた王宮筆頭魔術士の師匠には返せぬほどの恩がある。
あの柔和な顔が失望に曇るのを想像しただけで、シリンの小さい胸は締め付けられた。
無論、肩を落とすのは師匠だけではない。
原因は不明だが王国の農地は現在、急速に収穫量が減りつつある。
失われた地力を取り戻すために、不死鳥の力は是非とも必要であった。
「ねぇねぇ」
「さっきから何ですか? 姉さま」
「あ、やっとこっち向いた」
暢気に胸の谷間に溜まる汗をハンカチで拭っていたパインは、ウンザリ顔で振り返った妹に優しい笑みを浮かべる。
そして白い指を伸ばし、妹の眉間に出来た皺をぐりぐりと伸ばす。
「何ですか、もう」
「肩に力、入り過ぎてるかなって」
姉の指を邪険に払いのけたシリンに、パインは心配げな視線を向ける。
少しだけ唇を尖らせた妹は、その視線を受け止めながら言葉を返す。
「分かってますよ。気負い過ぎてるって」
「そうだよ~。気楽に行こうよ~シリンちゃん」
「もう、暑いですから、くっつかないでください!」
背中に豊満な二つの膨らみを押し付けられたシリンは、嫌そうに身をよじる。
同じ血を引いている筈なのに、姉妹のその部分は大きな格差が生じていた。
「って、来ましたよ! 姉さま」
望遠筒に目を当て直したシリンは、背中の姉を押し退けて起き上がる。
レンズには、赤い翼で風を切る大きな鳥の姿が浮かんでいた。
鳥の行き先には、木の枝や倒木が積み重なって出来た小高い山、不死鳥の巣がある。
上空をくるくると飛び回っていた不死鳥は、嘴に咥えていた小枝をその天辺に落とした。
その仕草に巣の周りに控えていた小さな影たちが、ギャオギャオと声を上げた。
弾むような足取りで踊りながら、両手の羽をパタパタと羽ばたかせる。
彼女たち妖鳥族は、不死鳥の信奉者であった。
貴重な孵化シーンを見守る為に、集まってきているのだ。
「騒ぎ方がいつもと違いますね。もしかして、そろそろですか。姉さま、準備してください」
「りょ~かい」
妹の声にパインはゆったりと胸を揺らしながら、魔力盤に指を這わせた。
空気を小さく震わせる音が響き、二人の上にパラパラと砂粒が落ちてくる。
同時に不死鳥の巣上でも、変化が起きていた。
最期の木片を集め終えた大鳥は、そのまま巣の頂上に座り込む。
そして再び彼女が飛び立ったあとには、真っ白な卵が一つ残されていた。
巣の上空に向かった不死鳥の身体のあちこちから、紅蓮の炎が噴き出して帯状に広がる。
それは余りにも神々しい姿であった。
興奮した妖鳥族も、後を追って矢継ぎ早に飛び立つ。
太陽に向かっていた不死鳥は、くるりと身を翻した。
そのまま真下の巣へ向かって、最後の飛び込みを決行する。
「今です!」
妹の合図で姉の指が動き、次の瞬間、二人が隠れていた岩山の天井が動いた。
それは砂で出来た巨大な人型であった。
擬装用の砂を振り落しながら、ゴーレムは雄々しく立ち上がる。
突然の出現に、不死鳥の注意が大きく逸れた。
そして現れたのは、その一体だけではなかった。
いつのまに潜んでいたのか、積み上がった巣の木枝に混じっていた木製の人形たちも、次々と起動する。
パペットたちは置き去りにされた卵を掴もうとして――つるんと滑らせた。
「ああ!」
「あら~」
勢いをつけて卵は巣から転がり落ちた。
シリンが慌てて左右の手を振って、見えない糸に繋がったパペットたちを操る。
その瞬間、ゴーレムに気を取られて卵が無いことに気づかないまま、不死鳥が巣に突っ込んだ。
激しく炎上を始めた巣から、人形どもが一斉に飛び下りる。
その隙に卵は勢いを増して、地面を転がっていく。
急いで追いかけるパペットだが、その行く手を遮ったのは妖鳥族たちであった。
神さまの大事な儀式を邪魔された妖鳥族たちは、怒りの声を上げてパペットに挑みかかる。
その攻撃を軽やかなステップで、人形たちは躱していく。
「私は卵を追うから、姉さまは火の確保を!」
「分かったわ~」
動き出したゴーレムが地面を揺らしながら、燃え上がる不死鳥の巣へ近付いていく。
そちらにも妖鳥族たちが果敢に飛び掛かるが、数倍以上の体格差のせいで全く歯が立たない。
あと少しで姉妹の作戦は、完遂できそうであった。
額に浮かぶ汗の玉を拭いながら、シリンは両手を高く持ち上げて十体の人形を一斉に操る。
妖鳥族の妨害を美しくすり抜けたパペットたちは、先を走る卵へ迫った。
そしてコロコロと転がり続ける卵は、誰かの足にぶつかって止まる。
「おや王様、美味しそうな卵が転がってきたのニャ」
聞こえてきたのは、猫のような声であった。




