第二十話 茸のこんがりソテー ~石壁グリルでじっくり焼き上げました~
お腹空いたなぁ。
でもここ何もないね。
変な形の岩ばっかりだ。
風がビュービューって、ちょっと楽しいけどね。
ずっと歩いてるけど、ホントになーんもないや。
お腹減ったなぁ。
お日様があっちに沈んだし、ほうがくはあってるはず。
西の方へいけば良いんだよね。
お日様が沈んだ方だから、まっすぐ行けば西のはず。
あれ、お日様って西から上るんだっけ?
ま、いっか。
お腹空いたなぁ。
ずっと一人で歩いていると、なんだか寂しくなってくるね。
お婆さん、元気にしてるかな。
お風呂は気持ち良かったし、お布団もふわふわで暖かかったなぁ。
あとお婆さんのパイ、すごく美味しかった。
また食べたいなぁ。
本当はずっとあの家に居たかったけど、僕の頭はどんどん悪くなってるみたい。
きっとそのうち、お婆さんとパイの区別がつかなくなる。
だからその前に、行かないと。
あのお花、喜んでくれたかな。
ここはホントに誰もいないね。
僕の居た山とそっくりだ。
あの山は僕がみんな食べちゃったんだ。
何もいないのは、すごく寂しいね。
でもお腹減ったなぁ。
どうして僕は、食べるのを我慢できないんだろう。
我慢できたら、誰かといっしょに居られるのかな。
お日様はまだ上ってこない。
西はホントにこっちであってる?
そうだ、あの高い岩に登ってみよう。
上からだときっとお日様がみえるはず。
お腹が空いて、あんまり力がでないや。
よいしょっと、もうすぐ天辺だ。
あ、お日様が見えた。
今日もいい天気だね。
おや、下の方でなにかバタバタしてる。
なんだろう、すごく良い匂い。
あれは、キノコかな。
風に乗って飛んでるね。面白そう。
壁にぶつかったのを、焼いてるのかぁ。
お腹減ったなぁ。美味しそうだなぁ……じゅるり。
でも勝手に食べたら、怒られるかも。
ここは我慢しないとね。
我慢したら、仲良くなれるかもしれない。
我慢、我慢、が慢、がまん、がまん、がま――だめだぁ。
お腹空いた!
ちょっとくらいなら、食べてもばれないよね。
そっか、いいこと思いついた。
キノコの真似をして近付けば良いんだ。
このタオルを広げてと。
風むきよし! 風のつよさよし!
えいっと!
ふー完ぺきな、ぎそうだった。
早速一つ、キノコ捕まえてっと。
もぐもぐり………うんうん。
空っぽのお腹に染みわたってくるね。
歯ごたえがあって、すごい満足だよ。
噛んでると、じゅわっと口の中にうまみがひろがって。
これは……。
「うんま~~~~~い!!!!」
こっちの焼き立てのも、こうばしくて美味しい。
傘のところがぱりぱりしてて、最高だよ。
とれたてのキノコを、くち一杯にほおばる――おもわず叫んじゃうほどのいっ品だね。
あ、よく見たら、キノコ盛りだくさんに居るね。
なんだろう、キノコのお祭りなのかな。
こんだけ居るんだから、もうちょっと食べてもばれないよね。
△▼△▼△
今にも崩れ落ちそうな石壁を見上げて、キグロー団長は溜息を吐いた。
茸蟻の襲来を無事に退けることに成功はしたものの、その代償はそれなり高くつきそうだった。
壁の修理費用を頭の中で試算してみたが、かなりの額が必要だと出ている。
追加予算申請がすぐに通らず、たらい回しされる可能性は大いにありそうだ。
辺りを見渡しながら、キグローは今すぐ取り掛かるべき書類仕事に順位をつけていく。
まずは今回の報告書。
被害状況の確認と、備品の消耗もかなりあったはずだ。
だが何よりも兵士の損耗が、ほとんど無かったのは僥倖だった。
実際に起こった事柄については理解不能な出来事ばかりであったが、ありのままに報告するしか無い。
皆も今回の件は、認識の限界を超えてしまったようだ。
疲れもあるのだろうが、虚ろな眼差しが痛々しい。
キグローは先日の飛竜襲来事件を思い起こして、軽くこめかみを押さえた。
今の彼らの表情は、崩壊した駐屯地の瓦礫を片付けていた騎士団員たちとそっくりだった。
これは休暇申請の受理も急がなければ。
今回頑張った兵士には優先で取らせてやりたいところだが、病み上がりで本調子じゃない兵士ばかりでの警護も不安が残る。
防壁警備の勤務表を、一から組み直す必要があるな。
頭の中で山積みになっていく書類に、キグローは再度小さく溜息を漏らした。
休暇が欲しかった。
浜辺で麦酒をちびちび飲みながら、釣り竿を垂らす己の姿を想像する。
一瞬、海防騎士団に移転申請を出す誘惑が頭をよぎったが、頭を振って追い払った。
今、海軍に行けば大海妖に襲われるに違いない。なぜかそんな確信があった。
そもそもこんな妄想をしている暇はない。今は東方辺境騎士団の立て直しに集中しないと。
まずは皆の士気を取り戻したいところだが……。
妙案が浮かばず憂い顔のキグローの耳に、誰かの話し声が飛び込んでくる。
その声は沈んだ周囲の空気とは裏腹に、なぜか活気に満ちていた。
声の主を探し求めるキグローの目に、すぐ傍で崩れ落ちた石壁の破片を取り除いていた兵たちの顔が映る。
その二人は、互いに興奮した顔で声高に何かを言い合っていた。
「あれは絶対に、正義の味方だぜ! 俺には分かる」
「それはないだろ。どうみても化け物だったぞ」
「魔物がマントなんて着るか? わざわざ岩の上から登場するか?」
「それはそうだが…………」
「俺の推測だと、あれは呪いをかけられた勇者に違いないぜ」
「勇者が蟻を食うのか? ありえんだろ」
「勇者ちがう。あれは、風猿神」
頭上から降ってきた声に、キグローは思わず振り返った。
雑談をしていた兵士たちも、そんなキグローに気付き慌てて敬礼の姿勢を取る。
「白熱した議論だったね。ところでイグルー尊長、その風猿神とは何だい?」
二人に軽く手を振ったキグローは、いつの間にか背後に立っていた人馬族の長イグルーに、聞き慣れない響きを持つ言葉の意味を尋ねる。
「風猿神、この地の神。蟻が溢れたら風、乗って退治に現れる。俺の祖父の祖父の祖父の話」
「そうなのか。今朝のアレがそうだと?」
「間違いない。神でなければ、この偉業、起こせない」
そう言いながらイグルーは、防壁の前に広がる光景に腕を伸ばした。
いつもは茶と白の眺めのはずが、今日に限って言えば黒だった。
地平線の彼方まで延々と続く黒い点。
それらは全て、頭の茸をもがれた蟻の死骸だった。
「たしかに普通じゃないね」
「偉大なる風猿神、立ち会えた俺、名誉」
「おめでとう、尊長」
「ありがとう。俺たち宴、開く。団長、呼び来た。薬の礼もしたい」
その誘いにキグローの顔が、パッと明るくなる。
慰労の宴会とは素晴らしいアイデアだ。
それに人馬族と団員が、交流できる絶好の機会でもある。
「喜んで参加せてもらうよ。あ、良かったら皆で行ってもいいかな。酒樽を運ばせるよ」
「大歓迎だ」
「あの……良いですか」
声を掛けてきた兵士を、キグローは静かに目で制した。
だが余計な心配だったようだ。その青年の顔に浮かんでいたのは、紛れもない尊敬の念であった。
「今朝は助けて頂いて、ありがとうございました」
「来てくれてホント助かりました。俺たちもう、限界だったんです」
「気にするな。この地、助け合い、当たり前」
「あの弓、凄かったです。あんな距離から、しかも動いてる奴に」
「お前らも頑張った。よく耐えた」
「いえ、俺たちなんてまだまだですよ」
今回の事件で、亜人への偏見はかなり一掃されたようだ。
キグローは安堵の息を吐きながら、急いで頭のなかで算盤を弾く。
正直、懐事情はかなり厳しい。
あの風邪薬が経費申請に通れば良いのだが。一応、領収書は切ってもらってある。
そこで報告書に記すべき大事なことを思い出したキグローは、イグルー尊長に急いで声を掛けた。
「そうそう、その風猿神様は何処へ行ったか見届けてくれたかい?」
「神、とても脚速い。俺たち見失った、残念」
「最後に見た時、どっちの方角へ向かってた?」
その問い掛けに白髪の人馬族の男性は黙って、南を指差した。
「……魔獣の密林へ向かったか」
人馬族
不毛の大地に暮らす上半身が人で下半身が馬の種族。隊商の護衛をして、日々の糧を得ている。
彼らは護衛兼移動手段として引く手あまたなので、王国中を渡り歩く傭兵も多い。




