幕間その一 手紙
聞こえていますか、愛しき子よ。
この言葉は、今から半周期前に貴方に投与した月光薔薇の結晶を通じて送り込んでいます。
結晶振動交信の周波数を確認するために時間が掛かってしまいましたが、ようやく繋がったようですね。
貴方が元気そうで何よりです。
紫外線の影響による色素細胞の硬化症状は、きちんと不活性化できているようで安心しました。
陽の光を存分に浴びて楽しそうな貴方を見てると、私の心も弾みます。
それに何にも増して嬉しいことは、摂食中枢への信号調整による制御のおかげで、貴方が知性を取り戻せたことです。
こうやって貴方と言葉を交わせる日が訪れた成果に、私は研究者としての誇りを取り戻すことが出来ました。
改めて感謝の言葉を記しておきます。
今の貴方は見る物、出会う者、すべてが新鮮で楽しい日々でしょうね。
どうか何時までも、そんな毎日を楽しんでほしいと願わずにはいられません。
ただ貴方も、薄々気付いているのでしょう。
月光薔薇の結晶の効果が切れかかっている事実に。
現在、結晶は貴方の胃腔に留まっています。
そして貴方が摂食するたびに結晶の消化が進み、最終的に溶けて吸収されてしまいます。
そうなれば貴方の過食衝動を止める術がなくなり、折角取り戻した知能も本能に呑み込まれて消えてしまうでしょう。
現に貴方の理解力には、すでに低下が始まった兆候が顕れています。
それに度々起こる過剰な睡眠欲求も、貴方の脳組織に無理な負担が掛かっている証左でもあります。
でも食べるのに夢中になり過ぎて、周りを忘れているのはパパにそっくりだから、そこは関係無さそうね。
私の予想では、一周期の終わりには貴方は元の症状に戻ってしまうと想定しています。
だからその前に南西の地を尋ねなさい。
そこに私たちの古い知己がいるはずです。
彼がきっと力を貸してくれるわ。
私も引き続き、月光薔薇の育種を進めていく予定です。
だけどこの薔薇は、この地ではなかなか綺麗に咲いてはくれません。
原種が手元に残っていれば良かったんだけど、無いものねだりをしても仕方ありませんね。
でもきっと何とかしてみせるわ。
だから私の愛しき子、どうか最期まで希望を投げ捨てないで。
追伸。
あの愛らしい踊りはとても素晴らしかったわ。
花丸を上げても良いくらい。
でも腰の捻りが今一つね。まだまだ研究の余地があるわ。




