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女体化1

「出来た!」

 出来上がったのは、試験管の半分ほどにしか満たない液体だった。

「これで綾瀬を見返せる……」

 大ざっぱに言えば惚れ薬だが、厳密には違う。これはなんと、対象に惚れているのが他の人にはばれないよう自制が働くのだ。二人きりの時だけ働く惚れ薬という感じだ。だから他の人には不自然さはあまり感じられないはずだ。多分。

効き目は三日間を想定している。綾瀬を見返せればいい程度にな。

 一応弁明しておくが、俺はこの薬でやましいことを働く気は無い。ただ…野々浦さんと三日間だけでも話が出来たなら、それだけでいい思い出になるだろう。

「とにかく実験してみるか。ラット……は無理か。適当な動物といえば……飼育小屋にうさぎがいたような……」

 実験室を出ようとしてふと手に持った試験管を見下ろす。これを持って歩いていたら怪し過ぎる。

「とりあえず、ジュースのボトルに入れておくか。動物たちも飲みやすいだろうしな」

 試験管の液体を半分ほどジュースに入れる。 そのとき携帯が鳴った。香住からだった。

「鉄、ヤバい」

「ああ?何がだよ」

「野々浦に殺されーー」

 電話が切れた。事は急を要するようだ。

 ジュースのボトルを実験室の机に置いて、とりあえず教室に向かおうとする。と、綾瀬の野郎が入ってきた。

「っす」

 なんで文山もいないのに当然のように入ってくるんですかねえ。

「文山に先行ってろって言われたんすよ」

 俺の疑問を分かっていたかのように、綾瀬は言った。文山がいつも使う扉近くの机に座る。

そういう察しのいいところが好かれるんでしょうねえ。俺は嫌いだがな。

「俺ちょっと出てくからな」

「うーす」

 こっちを見ずに手を挙げて、綾瀬は携帯をいじりはじめる。完全に舐めきられている。

 が、それももうしばらくまでだ。俺に彼女が出来たとなれば、こいつも少しは馬鹿にするのをやめるだろう。

 ジュースのボトルを手に持って実験室を出る。香住が死なないうちに、見つけ出せるだろうか。


 文山が化学室に入ってくる。椅子に座り机に伏していた綾瀬は顔を上げた。

「うーっす綾瀬」

「うーっす」

「あれ、黒沢先輩は?」

「ちょっと出てくって」

「ふーん」

「……あ。俺のジュースない。ここに置いといたのに」

「スプライト?あれは違うのか?」

 黒沢が使う机の上に、同じラベルのボトルがあった。

「…間違って俺の持って行ったのか」

 あからさまにため息をつく綾瀬に、文山はまあまあと言った。

「お前はぼろくそに言うけど、あれでもいいとこあるんだぜ黒沢先輩。正直黒沢先輩じゃなければ俺も科学部入部しなかったし」

「俺には分からないね。口だけ達者で行動が伴ってない奴のどこがいいって言うんだよ。つか喉乾いたんだけど。ふざけんな黒沢」

 文山はボトルを綾瀬に投げ渡した。

「飲んでいいんじゃねえの?中身一緒だし。まだ冷えてるぜ、これ」

「……なんか汚なそうだけど、まあいいか」

 綾瀬はキャップを外し、飲み口を唇につけた。


 異変に気づいたのは、しばらく廊下を歩いた辺りだった。

「(こんなに量あったか?)」

 スプライトのラベル越しに量をのぞき見る。そういえば、ボトルを取るとき。俺は、歩きながらボトルを取らなかったか。手元に置いたはずなのに。

「……まさか」

 まさか、綾瀬が机の上に置いていたものを間違って持ってきてしまったんじゃ。

 あわてて踵を返す。

 そして。扉を開けた先では、綾瀬がスプライトを飲み干していた。

 綾瀬はボトルに口を付けたまま、俺を見た。その俺を蔑む目つきが、少しずつやわらかく変化していく。

「……先、輩」

 あ。あああああ。

「あーーーーー!!」

 実験室が俺の叫びで揺れる。文山の肩が震えた。

「おい。出せ。今すぐ出せ。吐き出せ!それはお前が飲むもんじゃないんだよ!」

「先輩……無理に決まってるだろ。大体どれ飲んでも同じじゃねえかよ」

「違う!」

 と叫んでみて、そういえばまだ薬が半分残っていることに気がついた。実験動物が綾瀬になったと思えば、逆に都合がいいのかもしれない。

「用なくなったんならどいてくれます?あんまり先輩の顔近くで見たくないんで」

 目をそらしたまま言われる。どういう意味だ。ほんとに薬きいているんだろうか。…観察を続けよう。

 その後、綾瀬が俺に話しかけることはなく時間は過ぎていった。そして16時30分をまわったころ、文山の携帯が鳴った。文山は神妙そうに何度が受け答えした後立ち上がった。

「綾瀬、俺もう帰るわ。お前は?」

「俺は… もう少しいようかな」

 綾瀬の視線が一瞬俺に向いた。気づかない振りをして実験を進める。やがて文山は帰って行った。

「……先輩」

 文山が行ってしまうと、綾瀬は俺の所にやぅてきた。その目は、とろけきっていた。

「大好き」

 どうやら俺の薬は成功していたらしい。抱きついてこようとする綾瀬をの頭を手で押し止めながら結論づける。

「どこか具合悪いとことかないか?体の調子は?」

「先輩を見ていると、良い意味で心臓が痛いってくらいです。どうしていきなり、俺……」

 綾瀬が俺をじろじろとみる。

「ぼさぼさの髪はワイルドだし、汚れた眼鏡はふいてあげたいし、話し相手が全くいないのが逆に嬉しいなんて……」

「話し相手くらいいるわ!女子と話せないだけだ!」

 惚れ薬くらいじゃやはりこいつのねじ曲がった根性は治らないか。恋は盲目状態になっただけだな。メモっておこう。

 鉛筆を手に取り走り書きをする。手の甲に何かが当たったがすぐには見なかった。

「……先輩。なんか倒れてる」

 何気なく顔を上げたそこには。

「あああああ!俺の五万円が!」 

 試験管立てに入れておいた液体が、試験管立てごと倒れて床へと滴っていた。試験管を起こし元に戻しても、もう一滴も中身が入っていなかった。

「あ、あ、あ、あ」

 言葉にならない。かなり高い薬品を何種類もつかっていたのだ。すぐにはとても作り直せない。

「元はと言えばお前が勝手に俺のジュースを飲むからだ!あれは野々浦さんのための惚れ薬で、お前なんかのものじゃなかったんだよ!」

「野々浦先輩に?惚れ薬?」

 綾瀬の目が細められていく。

「先輩、女子落とすのに薬頼りって、最低」

「俺だってそう思ったさ!だが、お前が言ったんだ。悔しかったら彼女作れって。普通に生きてて俺が彼女作れるわけないだろ!」

「……うわっ」

 口を手で覆い完全に引いた格好で、綾瀬が一歩後ずさる。

「普通に生きてれば彼女くらい普通に作れると思うんですけど。簡単じゃないすか。ああ、先輩は見た目からして人生ハードモードだった」

「殴り倒すぞこの野郎!薬返せ!」

「やだ」

「やだじゃねえ!」

「事故とはいえ、野々浦先輩が薬を飲めなかったってことは、今先輩のこと好きなのは俺だけってことだろ?」

「断定するな」

「先輩大好き……薬切れるまででいいから、俺を恋人にしてよ」

「断る。俺はホモじゃないし、第一野々浦さんがすきなんだ」

「人をホモの中でもアブノーマルにしといてそれはないだろ。なあ、お願いだよ先輩」

「寄るな気持ち悪い」

「……もし俺が女の子だったら、恋人にしてくれた?もう少し優しくしてくれた?」

「優しくしてほしいだと?お前自分の言動顧みてみろ」

「胸生えねえかな」

「もし生えてもお前なんて……待てよ」

 実験記録ノートをめくる。確か、惚れ薬を作る過程で出た副産物の中に、女性ホルモンを過剰に分泌する働きがあるものがあったような。

「あった。これだ」

 構造式を見て、冷蔵庫に保存しておいた液体を取り出す。

「それなに?」

「女体になれるかもしれない薬だ。まだ使ったことがないから仮定だが……飲んでみるか?」

「うん」

 即答に額を押さえる。

「副作用とかあるかもしれないし、効果もどの位あるのか分からないんだぞ」

「でも先輩使ってみたいんだろ?」

 ……確かに、使ってみたいが。

「いいよ俺。その代わり、今日一緒に帰ってくれる?」

 男にねだられても全く嬉しくないが。

「まあそれくらいなら」

 綾瀬はにっこりと笑った。が、野々浦さんのまばゆさには全く適わない。

「じゃあ飲むな」

 ごくりと綾瀬の喉が動いた。









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