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小枝と小鳥

作者: 升悠陽

おはようございます。


おはよう。


今日はとても気持ちのいい日ですね。


そうだね。










それはとてもささやかな、人間には見えない物語。




始まりは半年前の春の嵐の次の日。




小枝と小鳥が出会って、ふたりは小さな恋に落ちた。










「ねえそこの君、ちょっと悪いんだけど降りてくれないかな」


「あ、ごめんなさい」




小鳥は驚いた。枝に降りてくれと言われたのは初めてだったからだ。


そして足元を見て後悔した。すぐに隣の枝に飛び移る。




「ごめんね、僕は枝なのに君をとめてやることができなくて」


「いいえ…もしかして、お怪我なさってるんですか?」




昨日は風が強かったから。


ここは森の中の、少し開けた空間に面した松の木。


嵐の影響を強く受けるのはこの辺りだったのだろう。




「昨日の一件で、僕みたいなのは傷ついてしまったんだ。ずっと、小枝という形になる何十年も前からずっとここにいたけれど、もうじき僕も頃合かなって」


「そう、なんですね…」




今は裸になってしまったけれど、夏になれば葉も茂るだろう。


この枝のように、他のものにあたるべき陽の光を遮ってしまうものは、伐採される。




「僕、誰かとお話するのはとても久しぶりなんだ。みんな、心を閉ざしてしまったから」


「どうして?」


「伐採される時に怖い思いをするくらいなら、心を閉ざして何も考えなくなってしまったほうがマシだってみんな思っているから。それに僕たちは動けないから、ずっと同じような景色を見続ける。それが退屈なんだろうね。心を持っているのは、この木にはもう僕しかいないんだ」






それはとても悲しいことなような気がした。


小鳥の仲間は、誰もそんな思いをしていない。


心を閉ざしてしまうと、生きていけないから。


でも小枝たちにはそれができてしまう。心があっても、自分を守れないから。






「あなたたちも、自由に動ければいいのに」


そんな叶わないことを言う。言ってから、これは傲慢だったかと悔いる。




「僕もそう思ったことはあるよ。でも、僕は木として生まれてきたんだ。悔いはないよ」




それに、と、小枝は続ける。




「伐採されたら、こことは違う場所で誰かの為に生きることになるんだ。それってちょっと楽しみじゃない?」




小鳥は、それはとても怖いことだと思った。


人間は危険なもの。


森に悪いものを持って入ってくるのは人間だ。


たくさんの仲間達が、人間の持って入ってきたゴミと呼ばれるものを食べて命を落とした。




「素敵な姿になれるように、お願いしておきますね」


「ありがとう。僕もその時が来るまで、毎日お願いするよ」








それから二人は毎日、朝が来ると一緒にお願いをした。


小枝が素敵な姿に変われますように。




でも小鳥は秘密で、もう一つ余分にお願いをしていた。


小枝とお別れする「その時」が、いつまでも来ませんように。


私が飛べなくなって、この小枝の下でうずくまるときまで、一緒にいれますように。






それでも「その時」はやってきた。突然だった。






「さよならだね」






小枝がなんでもないことのように言うから、小鳥は涙を流してしまった。




「お願い」


小鳥は、自慢の声が初めてつまった。




「お願いしたから」




だから大丈夫です。あなたは、素敵な姿に生まれ変われる。


嗚咽しながら、どんな言葉をかければいいのかもわからなくて。








「じゃあね」








そんなありきたりな言葉が欲しいんじゃないの。




「何十年も、生きてきた。でも、君に出会えた何ヶ月かはすごく楽しかった。


僕のためにたくさん、お願いをしてくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう」




「私、たくさん、お願いしました。ずっと一緒にいたいって、たくさんたくさん、毎日、お願いしました」


嗚咽しながらヤケのように言葉をぶつけた。




「わかってたよ。だから生まれ変わるんだ」




小枝の声は、とてもとても、優しくて、小鳥はそれでまた泣いた。


人間が立ち去ってからも、泣いて泣いて、気がついたら日が暮れて、朝が来ていた。


でも、そこには小枝はもういなかった。いつまで待っても、小枝は帰ってこなかった。


そんな当然が悲しくて。認めたくなくて。また朝が来たら、ずっと一緒にいれますようにって、お願いできるような気がして。


そうして小鳥は毎日涙を流した。








それから何ヶ月かが経って、小鳥はその小さな命を終えた。


人間が持ち込んだ「ゴミ」を食べて、体の中がだめになってしまったのだ。










それでも小鳥は、そのとき、優しい気持ちだった。


「帰ってきて、くれたんですね」




「だって、君が毎日お願いするから」






そのとき、


小鳥の中には小枝がいた。


紙という形になった小枝は、小鳥に呼びかけた。






「僕は今ね、とてもたくさんいるんだ。いろんな僕がいろんな所で、いろんな世界を見てる。


いつか君と一緒に土になって、何百年もかけて同じ木になろう。


それで、ずーーっと一緒にいよう。同じ世界をたくさん見よう」






小鳥は小さな目を閉じた。


それでもまた、小さな涙の玉がぽろりと落ちた。






「ずーーーっと、一緒、です」


「ずーーーっと、一緒だ」






それは、人間も知ることのない、小さな小さな、そしてとても大きな物語。

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