プロローグ
ここはとある施設の一室。その部屋の中で、一人の少年が携帯電話で誰と会話していた。
「おう。こっちは終わったから早く合流しようぜ。うんうんそう! さっきのとこだから。じゃな」
どうやら会話が終わったようだ。少年は携帯電話を耳から離し大きく欠伸をした。
少年の年齢は十代後半くらいで体型はやや細身ですらっとしている。無造作に伸びた黒髪普通なら汚らしく思うだろうが少年の髪はまるで夜空のように透き通っている。瞳は髪と同じで黒く、顔立ちはどこか男らしさがある。ここまで聞くと普通の美少年と感じるだろう。しかし彼は確実に異様だった。
服装だが黒色のジャケットと同じように黒いズボンを纏っているが、その服にはなぜか所々に血が付着していた。そして片手に先端に血が付いた大振りのナイフを携えている。
そして彼の付近にはおびただしい血だまりの中に沈んでいる人がいる。一人や二人ではない。部屋を血で埋め尽くす程の人が同じように横たわっている。その誰もがピクリとも動かず生気がない。おそらく生きている者はいないたろう。いや、生きている者はいた。部屋の隅に数人の女性が全裸で横たわっている。しかし、その者たちの瞳には明らかに光がなく、最低な行為をされた後がある。
その光景を創り出した少年はまるで悪びれる様子もなく、携帯電話を弄っている。彼にとってはこんな事は気にする事でも、悲観する事でもない。
「遅いよ! 遅刻だよ! 厳禁だよ!!」
突然少年は、コンクリートの壁に向かって喚き散らす。一見何をしているかよく分からないだろう。しかし、少年の目線の先の変哲もない壁から突然小さな女の子が現れた。その驚くべき光景を見ても少年は全く動じない。そう彼はこれが分かっていたのだ。
その少女は、小さく可愛らしい姿をしていた。誰が見ても小学生にしか見えないがその少女が纏う雰囲気は明らかに異質である。髪は黒くショートカット、瞳は黒くトロンとしていて物静かそうである。腰に綺麗な装飾をされた短剣をさしている。少女は一見地味に見えるが美少女に分類されるだろう。
その少女は、不機嫌な顔をして少年に近づいて来た。少女にも部屋の光景は目に入っているはずだがやはりこの少女にとっても取るに足らない事なのだろう。
しかし少女はその途中で無残な女性たちの姿を見てさらに表情が険しくなる。
「別に遅くない。それよりマヤこういう行為を戦場でするのはやめろ」
マヤと呼ばれた少年は、軽く首をすくめると、
「だってストレスが溜まるんだよ。やっぱ溜まってる物は出さないとね。だから勘弁してホタル」
「やるのはいいが戦場ではするなと言っている。死にたいのか?」
「ん? 死なないよ俺は」
ホタルと呼ばれた少女が責め立てるがマヤはまるで気にしない。
「はぁ……もういい気を付けておけよ」
ホタルが溜息を吐いて言った。
「溜息を吐くと幸せが逃げちゃうよ」
「誰のせいだと思っている……」
「やっぱ俺のせいか……失敬失敬。まあそれは置いといて。どう脱出経路は?」
ホタルの表情が突然真剣なものになった。
「この施設にはもう人が居ない 。監視カメラやトラップも壊したから脱出は堂々と出来るよ」
「本当に〜〜? 心配だな」
マヤが巫山戯たような口調で言う。しかし、ホタルは全く気にする様子もない。
「問題無し。ボクの魔法の精密さは真夜が一番知ってるでしょう?」
そうこの世界には魔法がある。今からずっと昔に不思議な力を使える人々が徐々に現れ出した。世界中の研究者達はこれを『魔法』と認識し研究した。そしてこの『魔法』を扱える人間を『魔術師』と称した。
研究によると魔法が使える人間には全員『魔臓器』と言う物があり、これが魔法を使う力『魔力』を創り出す物だと分かった。この『魔力』を燃料にする事で『魔法』が使える。
『魔法』は世界の技術を向上させたりしていった。そして世界は『魔法』を認めるようになっていき、『魔術師』はどんどん増えていった。
しかし、そんな奇跡の力はこの世界に混乱を招いた。世界中で『魔術師』によるテロが多発した。これにより世界中で『魔法』を厳重に取り締まる事になった。対魔術師の警察や魔法を正しく使う為の学校などが配備された。その取り組みで確かに治安は良くなったが、まだまだテログループや犯罪グループなどは残っていて問題となっている。
「しかし、上手くいったな。上手くいき過ぎて逆に怖いわ」
「作戦が単純だったからね。外部との連絡手段を破壊してからの殲滅。まあボクの【聖域】があれば余裕」
【聖域】は結界魔法。線や印で囲った指定範囲と外部の繋がりを完璧に絶つ魔法だ。術者が指定範囲内に入って居なければいけないのと、術者に攻撃を一発でも受けると結界が解けてしまうという効果があるが自分の任意で解く事もでき、とても汎用性は高い。
「まあ、確かにね。じゃあ仕上げに入りますか!」
そう言ってマヤは上を向き口を大きく開けた。そして掃除機のように空気中に浮いていた何かをたくさん吸い込みだした。
そうそれはここで横たわって死んでいる彼らの魂や魔力だ。吸い込み始めだして直ぐに吸い終わったのかマヤは口を閉じハンカチをポケットから取り出し口を拭いた。部屋の隅に居た女性も死んでいた。
「んーー! ごちそうさまぁぁ!」
「相変わらず人間離れしてるね。その魔法」
呆れた顔でホタルが言った。
さっきのマヤの行為も魔法である。【魔喰】と言う魔法で、マヤが創り出した魔法の一つ。マヤしか使えず、効果は見たとおり魔力や魂などの不可視の物を喰らい自分の物にしてしまう魔法だ。
「そうかぁ……かっこいいと思うんだけど?」
「かっこいいかはさておき。さっさと帰ろ」
「ちょっと待って! あれするから」
そう言うとマヤは無造作に血だまりに手を突っ込み、その血でコンクリートの壁に絵を描きだした。
「あぁ……そういえば、忘れてたね」
そい言ってホタルは微笑んで、マヤと一緒に血で壁に絵を描いた。
しばらくしてそれが出来上がった。
空に大きな禍々しい月から光が発せられている。その光に照らされた人々が苦しんでいるという図だ。血で描かれているところが不気味さを際立たせている。この絵の感想を誰に求めても悪い答えが返ってくるだろう。
「いやーー この絵も上手く描けるようになったね」
「確かに昔は凄く下手だったけど。今では短時間で上手く描けるね」
その絵をしばらく見てから、二人は部屋から出て行った。二人が描いた絵は犯罪組織【月光ファミリー】のトレードマーク。
そして二人は他でもない【月光ファミリー】の
ファミリーマスター『月光 真夜』と
サブファミリーマスター『月光 蛍』だ。
これはこの犯罪組織のリーダーの月光真夜の話。