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冬の向日葵

作者: 音風 楚輿華

深く深く雪が積もった1月の新潟県。

昨夜は一階がすっぽり床に埋もれてしまうほどの大雪だったのに、今日はまるで違う場所のように、太陽のあたたかな光が私を包んでくれる。


二重窓の内側に、私はいた。

何でこんな日に風邪をこじらせてしまったのだろう。

外はまるで天上の国のような美しい銀景色。

絵の具をこぼしたかのような美しい青と白が不規則に並んでいる。

まだどちらかというと東側に位置する太陽は、二重窓を超えて温もりをくれた。


私はひとつため息をこぼした。

きっと、この景色を描くことができるのならば、二ヵ月後の絵画コンクールでは良い結果が残せるのに。


家族は、病人の私が絵を描く事を許してくれない。

だから、風邪をこじらせたと知ると愛用の絵画道具をすべて物置にしまってしまった。

家族曰く、集中しすぎてまた熱が上がるらしい。


何かしたいとき、それができないとどうしても「できなかったこと」が現実よりも良くみえてくる。

私の場合だってそうだ。

でも、この景色をどうしても絵画に残したかった。風邪を治して創造でかくこともできないことはないが、それでは違うものになってしまう気がした。


私の夢はプロの画家になること。

だから、絵画のコンクールは私にとって一年に一度の大切な大切な行事。

去年は一次予選こそ通ったものの、それだけだった。



「あれ?」


二杯目のコーヒーを注ごうとしたとき、私は白の世界に、ひとつ違うものをみつけた。

遠くからなのでよく見えないが…黄色と茶色が混じった小さな点だ。


ただの点なのに、私はとてもそれが気になった。

無理にそれを忘れようとしても、どうしても視界にはいってくる。


こっそり外に出てみようかとも思ったが、外に出るには居間―つまり家族のいる空間を通らなければならない。もちろん、家族は私が突然雪の中に飛び込んで行こうとすれば止めるだろう。


しまいには寝て忘れてしまおうと布団を被っても、脳の半分をその点が支配しているかのようだった。


ついに私は風邪を引いているのも家族がそこにいるのも忘れ、二階のベランダから予備の汚い靴のかかとを踏んだまま外に出た。

家族が私に叫ぶ声が、耳の中に分厚いフィルターがあるのかのようにぼうっと聞こえた。気にもとめなかった。


小さな点は、思ったよりも遠くにあった。

はじめは取り付かれたのように走っていたが、突然自分が病人だということに気づき、息があがってきつくなる。


一分ほどしただろうか。

その点の形がはっきりわかるところに気付いたら私はいた。


それは、向日葵(ひまわり)だった。

極寒の雪景色には不似合いな鮮やかな黄だった。


やがて私はそれが造花であることに気づいた。

花びらの一枚一枚に、不自然な筋が何本も通り、鮮やかな色は逆に不自然だった。

そして、今自分が立っている場所は、一階建ての花屋が埋まっている場所だと確信した。

だが、だからといって向日葵がここにある原因が判明したというわけではない。


あたりを見回しても、自分の足跡以外は見つからない。

向日葵には雪がほとんど被っていないから、今日ここに置かれたとしか考えられない。


私はふと、この向日葵を持ち帰りたい、という衝動に駆られた。


この向日葵は、希望を感じさせた。

周りは一面の雪景色。自分の仲間は全く存在せず、あるのは冷たい感触だけ。

そこに咲く、ちいさなちいさな希望―。


花びらをさわると、硬く冷たい造花特有の感触がする。

そこは、雪が少し私の体温で解けているせいなのか、ほんのすこし濡れていた。


帰り着くと案の定家族に説教を受けたが、それを軽く流し、元いた部屋に何事も無かったかのように戻る。

太陽はさきほどよりも西に傾いていた。

造花があたたかな光をうけて、まるで本当の花のようにやわらかく光る。


ふと左をみると何もはいっていない花瓶が目にとまった。

かつては貰い物の紅い薔薇がさしてあったが、ついこのあいだ枯れてしまったので今は空だった。

私はなんとなく造花を花瓶にさした。何か意味があったわけではないが、置くべき場所がなかったからだ。

いまさら自分は何故こんなものを持って帰ったのか疑問に思った。

そして、熱のある中極寒の地に出てしまったせいだろう、突然寒気がおそった。

寒さから逃げるように私は布団の中にもぐり…眠ってしまった。



轟音で目がさめた。

もう夕方の五時だった。

二重窓越しに外をみると、まるで昨日のような大吹雪だった。ビュウビュウと大声をあげながら、雪を連れた北風が、走り去ってはやってくる。

すると、いつもの目覚めの時、存在しないものが今ここにあることに気づいた。

そしてそれが、さきほど自分が拾った造花の向日葵(ひまわり)だったことを思い出す。


起き上がるとあまり辛くないことが分かった。

側にある電子体温計で熱を測ると36度2分にまで下がっていた。

寝ることはやっぱり大切なのだな、と思いながらなんとなく造花に近づいた。


「あれ…?」


私は向日葵が、さきほどまでと違っていることがわかった。

恐る恐る指を伸ばしてみると、天然の植物の、柔らかい感触が指を擽った。鮮やかな…でも、自然な黄色い太陽の花びらが一枚、冷たい床に舞い落ちた。


「さっきまで、造花だったはず・・」


部屋の鍵はかかっているし、花瓶の角度は変わっていないから家族が入れ替えたわけはない。


熱であたまが変になっていたのだろうか。



私は頭を二度振り、鍵をあけ、家族に平熱に戻ったことを次げた。

そして、久しぶりに油彩絵の具を手にとった。








あれから三ヶ月の月日が流れた。もちろん、あの向日葵も枯れてしまった後だった。





私は美術館にいた。




「金賞受賞おめでとう。これからは絵できっと、十分に食べていけるよ」

裕福そうな太った中年の男性は優しく言った。




美術館の入り口近くには、金賞を受賞したある絵が大きく飾ってあった。


「この絵を見ていると元気になる気がする」

「絶望の中の希望ってかんじ?あたしもがんばる!」

修学旅行中だとおもわれる女子高生がキャアキャアといった。






―一面の美しい雪景色の中に、一厘の小さな向日葵が咲いている絵だった――。







END






初めての小説でしたが、いかがでしたか?

感想をいただけるととても嬉しく思います。

まだまだ素人ですが、よろしくおねがい致します。

「私」の性別や年齢は創造にお任せします♪

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんわかとしてとても落ち着く話でした。文章にもすんなり入っていけました。 ただ、細かいことを言うと、絵で一度金賞受賞した位で一生食べていくことはできないんじゃないかと思います。画家として生き…
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