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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第三章 伝説の剣 Ⅰ
8/21

バスター・ブレード(2)

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.14)

『おぬしか? 魔物斬りの剣を欲しいというのは』


 レオンは先に見下ろしていた丸い氷の建物の中のひとつに連れてこられていた。


 どうやら、目の前の、雪で出来たような白い椅子に座ったものが、モベット族の長老であるらしかった。その横には、彼をそこまで案内した巨人と全く区別のつかない、そっくりなものたちが、ずらっと並んで立っている。


 長老の巨人は、彼らよりも小柄で、白く長い髭を、地面に着くほど伸ばしていた。

 そして、同じくヒト離れした声で、彼に語りかけていたのだった。


「いかにも、俺は、あんたがたの秘宝の剣が欲しくて、ここまでやってきた!」


 レオンは堂々と言い放った。

 途端に、周りの巨人たちは、驚いたように、ざわめいた。


『何故か?』


 長老は、声からは動揺している様子は感じられない。


「武道家としての誇りと、……後はなんだかよくわかんねえが、それが俺の宿命だと思ったからだ!」


 白い巨人族は、一層ざわめき立った。

 それを、長老が、手を一振りして静める。


『ヒト族がここを訪れるのは、実に久しいこと。ヒトの世界の感覚でいえば、およそ四〇〇年ぶりということになるのだから』


「四〇〇年だと!?」


 驚くレオンに構わず、長老は、抑揚のない声で続けた。


『おぬしは運が良かった。たまたま出来ていた時空の(ひず)みの中に、偶然迷い込んでいたそうだからな。でなければ、あのまま野垂れ死んでいたことであろう』


 長老は一旦区切り、再び続ける。


『四〇〇年前も、ひとりの剣士が、ここを訪れた。おぬしと同じように運命に導かれてな。その時、ワシは、その男に魔物斬りの剣を渡してやったのだよ』


 長老は、驚いているレオンの顔を、満足そうに眺めていた。


『ヒトの一生など、我らにとってはささやかな時間にしか過ぎぬ。その一瞬の間くらい、ヒトに剣を貸していても、さほど困らぬ。


 ただし、剣が主の意志と関係なく他人に使われそうになった時は、回収させてもらう。


 おぬしにも、あの剣を貸してやることは容易(たやす)いが、それにふさわしいかどうか――魔物斬りの剣の持ち主にふさわしいかどうかを見極めてからじゃ』


 レオンは長老をすがるような目で見つめた。


「教えてくれ! どうすれば剣を頂ける?」


 長老は、ゆっくりと口を開いた。


『おぬしは、剣を手にしたら、何に使う?』


 レオンは(おもて)を引き締め、冷静に答えた。


「正義のため。自分にとって、大事なものたちを守るために使いたいと思っている」


 長老は表情のない真顔で『ほっほっほ』と声を上げた。笑っているようではあった。


『剣欲しさに、ヒトというものは、実にいろいろなことを言うものだな。四〇〇年前に現れた者は、「強くなりたい」と言っておったし、その前なぞは「世界を我がものにしたい」と言っておった。いずれも、剣を渡してやった』


「なに!?」


 再び、レオンが驚く。


「あんたは、そんな自分勝手なことを言うやつらにも、しかも世界を征服するなどと言ったやつにも、剣を渡してしまったというのか? そんなことを言うやつらの、どこに剣を持てる資格があるのだというんだ!」


 彼は、わなわなと拳を震わせて怒鳴った。


『彼らが強かったからじゃよ。それぞれ目的を果たせたかどうかは知らぬ。だが、ここへ来た時の彼らは、皆、自力で剣を手に入れていったのだ』


 淡々と、長老が答えていた。

 レオンは、まだ腑に落ちない顔をしている。

 それを、長老は満足気に眺め、幾分、声の調子を弾ませる。


『モベット族は力を好む。我々は強い力を信じる。剣が欲しければ、我らの戦士バルバルと勝負せよ!』


 その長老の言葉と同時に、巨人たちは歓声を上げ、拳を高く掲げた。




 氷で出来た町の広場には、白い毛皮の巨人たちが周りを取り囲み、ひしめき合っている。

 広場の中央では、レオンがひとり立つ。


 見渡すかぎり雪と氷でできている町だが、不思議と寒さは感じない。

 風もない。物音もすぐに吸収されてしまい、大勢の巨人が集まっている割には、さほど騒がしくは感じられなかった。


 向かい側から、地響きのような音が聞こえ始める。


 巨人たちの合間から現れたのは、彼らよりもさらに頭三つ分高い位置にある、さらなる巨人――戦士バルバルの登場であった。

 バルバルが広場の中央に現れると、周りから一斉に歓声が沸き起こる。

 『彼』は、レオンの身長をはるかに大きく上回っていた。


(勝てるか? こんなヤツに……。いや、過去に剣をもらった者がいたということは、ヤツと戦ったということだ。ヒトの身で勝てたということは、俺にだって出来ないことではない!)


 レオンは深く息を吸い、吐き出した。


 目の前のバルバルが他の巨人たちを上回っていたのは、背丈ばかりでなく、横幅もであった。

 彼ら二人分はあろうかという身体を包む白い毛皮の中の、ヒトらしい顔は例外ではなく、皆と同じように、レオンの住む人間界の動物のサルに似ていた。


『これより、ヒト族と、戦士バルバルとの戦いを始める。準備は良いか』


 仕切り役の巨人の後部では、長い背もたれの白い椅子に、長老がゆったりと腰掛けているのを、レオンの目がとらえる。


『戦い、始め!』


 審判役のその巨人が、腕を振り下ろす。


 レオンが先手を打った。

 右拳を巨人の腹へ向けて繰り出す。バルバルは、さっと飛び上がり、彼の後ろへ

回った。


(は、はやい――!)


 巨人は、外見よりも動きは敏捷だ。

 レオンはすぐに身体の向きを変え、巨人の繰り出す、毛に覆われた太い腕をよけ、新たに拳を打ち込むが、またしても巨人は、その巨体にもかかわらず、ひらりと(かわ)すのだった。


 さらに、レオンの顔の半分以上はあろうかという白い大きな拳が、横殴りに来たのを、レオンは左腕で防御した。

 彼の身体全体に、バルバルの拳の重みが伝わる。


(なんて力だ! 防御していなかったら、肋骨が折れていたに違いない!)


 拳は互いの身体に致命的な打撃を与えることなく、戦いは続く。

 レオンは、とにかくバルバルの身体に一発でも当てようと躍起になった。


 レオンの一撃が、とうとうバルバルの腹に食い込んだ!

 確かな手応えを感じる。


(入った! いけたか!?)


 巨人の動きがピタッと止まったかと思うと、大きな毛むくじゃらの手がレオンに向かって振り下ろされた!

 再び左腕で防御する。


 バルバルの右掌は、レオンを直撃していた!

 思わず、彼はよろめいたが、巨人から離れると、すぐに体勢を立て直した。


(くっ……! またしても、なんて衝撃だ! しかも、俺のあの一撃が全然効いてない!)


 レオンは、慎重に、巨人に向かって構えを取った。




「それで、レオンは、どうやって勝ったの?」


 吸い込まれるようにして話に夢中になっていたケインは、興味津々な目で、レオンの顔を覗き込む。


「いや、負けたんだ」


 彼は、あっさりと言った。ケインは驚き、思わず身を乗り出した。


「だって、モベット族との試合に勝ったから、その剣をもらえたんじゃないのか!?」


 レオンは苦笑しながら、話を続けた。


「幸い、試合は一度きりということはなく、三日後に、もう一度やらせてくれた。俺の傷付いた身体を、奴等の魔力みたいな不思議な力で、治療すらしてくれた。怪我が治ると、俺はすぐに三日後に備えて修行した。


 祖国から滅多に外に出たことはなかったのに、自分がこの世で一番強いと思っていたんだからな。今まで、武道の世界では負け知らずだった俺には、あの巨人に負けたことが相当ショックだった。


 ヒトの身で、あの巨人に勝ったヤツがいたってことは、そいつらは、俺よりも強かったことになる。今度こそ、必ず勝ってやる! ――そう思いながら、ひたすら特訓に明け暮れていた」


 ケインの瞳は、より一層輝く。


「それで、その時の試合には、勝てたんだね!」


 レオンは、笑いながら首を振る。


「いや、また負けたんだ。その三日後も、そのまた三日後も、更にそのまた三日後も――俺は、短期間のうちに自分でも随分鍛えられたつもりだったんだが、ヤツの方も最初の頃より、動きも一層素早くなってたし、なんだか、どんどん強くなっていってるように思えたんだ。


 ヤツとの戦いが、既に五回は越えていたという頃、次の試合のために、俺が基本から鍛え直していると、あの長老の声が、頭の中に響いてきたんだ――」




『まだ続けるのかね?』

「ああ! 当たり前だ!」


 若いレオンは手を止めて、どこへともなく叫んだ。


「勝つまでやっていいというのなら、何度でも挑んでやる!」


 姿は見えない長老の声だけが、返って来る。


『そんなにあの剣が欲しいのかね? 自分の信じる正義とやらのために――かね?』


「ああ、もちろんそうだ!」


 彼は答えた。

 長老の、ほっほっほという笑い声が響き渡った。


『ワシには、そうは見えんがね』

「なにぃ? どういうことだ!」


 心外な顔で、レオンは雪で固められたような天を見上げた。


『おぬしは今、自分のために戦っているだけじゃ。自分の大切な者たちのことや、

ましてや、正義のことなどは、考えてなどおらんのさ』


 キッと、レオンは天を見据えた。


「剣を手に入れた後、俺は最初に言った通り、正義のために、大切な者たちを守るために、その剣をふるうつもりでいるのは、今も変わらない。あんたは、バルバルに勝てば剣をくれると言った。そのバルバルを倒すために挑戦することは、俺の目的である正義を貫くことにつながるではないか!」


『「お前が剣を欲しい」というだけではないのかね?』


「何を言う! 確かに剣は欲しいが、それは、今も言ったように――」


 レオンの言葉を遮るように、長老の声が重なる。


『なぜ「剣が欲しいからくれ」と素直に言えんのだね? いろいろ理由をつけないと、おぬしは欲しいものも欲しいとは言えないのかね?」


 レオンの目が見開かれた。


「な……んだと?」


『おぬしは、いつもそうだった。自分の腕を鍛えるためだとか、師匠のためだとか、皆のためだとか言い、武道大会に出場していたが、それは、自分の強さを実感したい、見せ付けたいがためのものだったのだ。


 強い力を正義のためになどとは、自分の力に溺れておるだけのおぬしが言うには、偽善に聞こえて仕方がないわ』


 偽善ーーその時のレオンにしてみれば、非常に心外な言葉であった。


 長老は、まるで、今までレオンの人生を見て来たかのように、次々と、彼の心の中を鋭く言い当てていった。


 その度に、彼は屈辱的に空を睨むが、黙って聞いていた。


 それらの長老の言葉の中でも、特に、彼が引っ掛かったことがあった。


『女に対しても、そうであった。おぬしに想いを寄せている村娘たちに対し、実に曖昧(あいまい)に振る舞っていた。「今は修行中の身」だとか、「武道のことしか考えられない」だとか。


 「好きな女がいる」と、なぜそう言わなんだ? 断れば、女たちがショックを受けると思うが故の、それがおぬしの優しさであり、女たちをなるべく傷付けぬよう、そう言ったつもりであったのだろう?


 おぬしは、幼い頃から共に育った娘を、ひたすら想い続けていた。彼女しか有り得ないと、心に決めていたはずだ。


 そればかりではない。おぬしが不誠実だったのは、こともあろうに、その娘に対してもだったのだ!


 彼女は、おぬしの師匠の娘であった。師匠や弟子たちが認めるほどの実力を身に付ければ、彼女との仲も認めさせられる――おぬしを含め、誰もがそう思っていた。おぬしは、彼女にふさわしい強い男になりたいと、修行に望んでいた。そんなおぬしを、彼女は常に理解し、影で支えてきたが、彼女の本当の気持ちを考えてやったことがあるかね?


 その娘は、お前と一緒にいたいとずっと思っていたが、それを言えば、おぬしに迷惑がかかると思い、ずっとひとりで耐えていたのだよ。おぬしが鍛えられ、強くなることが出来たのも、影で修行に協力していた、そんな彼女の犠牲があったからこそとは、思わないかね? 


 今回のことも、そうだ。結局は、彼女が、おぬしに理解を示してくれたおかげで、おぬしはここまで来ることができた。その時のあの娘の気持ちを、少しでも考えてやったことはあるのかね?』


 レオンは、屈辱的に、わなわなと全身を震わせていた。


「……何が言いたい?」


『そこを見るがよい』


 長老の声と同時に、氷の地面には、おぼろげに何かが映し出される。


 おぼろげだったものは、徐々にはっきりと形を表す。そこには、見覚えのある村が映っていたのだった。

 彼は、足を屈め、中を覗き込んだ。


 村のある一角だけが拡大される。

 そこには、ひとりの娘の姿があった。


 ネコのような目の端が僅かに上がった、大きな深い青い瞳の、ふんわりとした長い栗色の髪の娘であった。


 レオンにとって懐かしく、愛おしいその姿は、彼の記憶にあるよりも、いくらか、やつれているように見える。


 やさしく、少々おっとりとしてはいたが、芯は強い娘であった。

 常に明るく、朗らかな笑顔をたたえていたが、今の彼女のその表情は、陰っていた。


 そこへ、ひとりの青年がやってきた。

 同じ師匠の門下である仲間内のひとりで、レオンも知る男だ。


「いい加減、ヤツのことは諦めたらどうだ?」


 男のそう話す声が、どこからともなくレオンに聞こえてくる。

 確かに、聞き覚えのあるその人物の声であった。


 娘は、無理に笑顔を作り、首を振る。


「いいえ。私、レオンと約束したんですもの。彼は、きっと帰ってくるって、はっきり言ってくれたんだもの」


「それも、一年て話だったんだろ? もう二年以上も経つ。あいつは、もしかしたら、もう……」


「変なこと言わないで!」


 男の言葉を、娘が、強い口調で遮った。


「おい、長老! 今のは、何だ!?」


 地面に映し出された映像から顔を上げ、レオンは、天に向かって鋭く問いかけた。


『今現在、おぬしの村で行われているやりとりだ』


 レオンの身体に、衝撃が走る。


「今現在って――じゃあ、俺は、ジョンの言った通り、二年も村を空けているのか? 村を出てからまだ半年も経っていないじゃないか!」


『ワシらは、ヒトよりも、ゆったりした時間の中で生きておる。そのため、ヒトよりも寿命は長い。おぬしがここへ来て、数週間暮らしている間、ヒトの世界では、既に二年が経過しておったのだ』


 レオンは震える拳を強く握り締めた。


「そんなことは早く言えよ! こうしちゃいられねえ! 俺は帰る! 一刻も早く村へ帰らせてもらうからな!」


 長老の声が響く。


『魔物斬りの剣は、どうするのだ? いらないのかね?』


「今はそれどころじゃない! さあ、早く、俺を、俺の世界へ返してくれ!」


 だが、レオンの焦る気持ちとは対照的に、長老ののんびりと笑う声が、しばらく聞こえていた。


『それは出来ぬ。ここに迷い込んだ人間が、外の世界に戻るには、魔物斬りの剣で、空間を切り裂かねばならぬのだ』


 レオンは、茫然と、その場に立ち尽くした。


「あんたは、俺に、散々なんだかんだずけずけ言っておいて、結局は、俺がバルバルを倒す為に、強くなるよう仕向けてるんじゃないか!」


『おやおや、またそうして人のせいにするのかね? 強くなるのがお前の望みなのではなかったか? そのために、最強の剣を手に入れに、ここまでやって来たのではなかったのかね? 


 剣を手に入れ、ここから出られることが出来たならば、お前の言う正義とやらを貫き、大切なものたちを守ってやるがいい。


 だが、「剣がなくては守れない」というのでは、「剣さえあっても守れない」のだぞ。


 魔物斬りの剣に、すべてを託してはならぬ。己の力に溺れてはならぬ。すべては、おぬしの意志によるのだ』


 長老の声は、そこで途絶えた。




「その後も、俺は鍛え続けたが、内心では、ひどく焦っていた。彼女を二年も待たせてしまった、早く帰らなければ、というのはもちろんだが、長老の言った『偽善』という言葉も、ずっと引っ掛かっていたんだ。


 言われてみると、確かに、俺のそれまでの言動や行動は偽善――つまり、いいカッコしていたのかも知れない。


 剣を手に入れ、正義を振り翳しても、彼女がいなかったらと考えると、途端に気持ちが萎えてしまいそうだった。


 村の様子を見せられて以来、俺は彼女のことが心配でしょうがなくなった。今までの自分勝手な行動を呪いたくなった。彼女が側にいてくれるだけで良かったのに、なぜ――またその思いが俺の中に沸き出していた。


 俺は、英雄なんかではない。

 こんなにも彼女のことで一杯になってしまう俺など、英雄からはほど遠い人間なのだと、その時はっきり思った。


 いや、真の英雄というものは、それさえも、うまく手に入れることが出来るものなのかも知れない。だが、俺には出来ないということがわかった。


 そう思えた時、俺は、彼女のところに戻りたいために、彼女に会いたいためだけに、あの剣を手に入れたい――そう思うようになり、ひたすらバルバルに勝負を挑むようになっていった。


 そして、最後の勝負という時、俺の中では不思議と焦りは消え、落ち着いて試合に臨めるようにはなったのだが、相変わらずヤツも一段と強くなっていたんだ」


「……それで……!?」


 ケインの期待のこもった目に、レオンは苦笑して答えてみせた。


「結局、俺はヤツに勝つことはできなかった。極限まで自分を鍛えたつもりだったのに、最後まであいつには勝てなかった。絶望にうちひしがれ、雪の地面に膝を付く俺に、長老は言った。


 『自分が何者かわかった時、自分よりも上の実力のものに出会った時、剣を手にする資格が与えられるのだ』――と」


 レオンは酒を啜り、続けた。


「長老が両手を前に突き出すと、そこには、あちこちから一斉に光が集まってきて、それがそのうち大きな剣の形になっていった――それが、こいつさ」


 彼はもう一度、剣を持ち上げてみせた。ケインは、まじまじと剣に見入る。


「『己の信じる道はもう決まったはずだ。その道をひたすら真っ直ぐに進むが良い』――長老はそう言い残して、ある方向を指さし、俺の前から消えていった。


 俺は、すぐさま、彼の指さした空間(ところ)をこの剣で切り裂いた。今度こそ、彼女を幸せにするために戻ろうと誓った。そうやって、自分のいた世界に戻って来られたわけだが、村に戻るには、それから一ヶ月以上かかっちまったんだ」


「ああ、レオン、方向オンチだもんね」


 ケインがからかうような瞳を彼に向ける。


「それもあったが、それだけじゃない。思わぬ邪魔が入ったんだよ」


「えっ?」


「俺が最初に泊まった家のじいさん――あいつ、ヤミ魔道士だったんだ。ヤミ魔道士ってのは、正規の魔道士じゃないやつらのことだが、俺を伝説の地へ行かせまいと、いろいろ手を打っていたらしい。


 雪が降ったように見えたのも、ヤツの魔法だったし、スープに眠り薬を入れて、翌朝、俺がなかなか目覚めないように仕向けたのも、南の村へ行けと言ったのも時間稼ぎだったらしい。


 だが、俺が、例の如く間違って西に行ってしまい、防寒服まで揃え、今度はどうやらちゃんと北を目指していたようだったから、慌てて出てきたんだ。またもとの場所に戻ってきたように見せかけてな」


 ケインは目を丸くした。


「へー、魔道士って、そんなことまで……」


「二度目にヤツに会った時、どうも気分が落ち込んだと思ったら、ヤツが俺に催眠術みたいなモンをかけて、故郷へ帰らせようと仕向けたんだと。念のために、毒を含ませたパンを手渡してな。


 ヤツは、バスター・ブレードがこの世に存在することを知っていた。それを手に入れた人間が、魔道士の野望を阻止してきたとの言い伝えが、ヤミ魔道士たちの間に流れていたのだと」


「で、そいつは?」


「このバスター・ブレードの切れ味を、最初に試すには、もってこいのヤツだったな」


 レオンが笑いながら酒を啜る。


「バルバルと戦っていて気付いたことだったが、『彼』は、俺よりも圧倒的に強かったのが、いつも俺を殺すまではいかなかった。俺の方は殺す気でかかっていったってのにさ。


 その戦いを通して思った。圧倒的な強さを持つものは、相手に合わせて手加減が出来るものなのだと。相手を追いつめ、恐怖を味わわせるやり方は、実力もない弱いヤツが強ぶってやることなんじゃないかってな。


 その時の自分を振り返ると、そう思えてしょうがねえ。俺も野盗のことは言えねえな」


 彼は、少し恥ずかしそうに笑っていた。


「……それで、村に着いた時は? その(ひと)は……?」


 遠慮がちに、ケインが尋ねた。


 レオンは笑うのをやめ、苦いものでも口に入れたように目を歪め、沈黙の後に、答えた。


「やっとのことで村に辿り着いた時には、もぬけの殻だった。野盗の集団が村を襲うって、村の魔道士のじいさんが予言し、皆バラバラに逃げたんだと。一番近くの村に逃げ込んだヤツに会えて、そう聞くことが出来た。そいつの話だと、彼女は俺の帰りを待つと言い張っていたんだが、村の他のやつらに連れていかれ、避難させられたらしい」


「ちょっと待てよ。レオンの村には、武道の達人がいっぱいいたんだろ? なんで野盗たちと戦わなかったんだよ」


「その野盗は、戦争が終わった後の傭兵の集まりだったらしい。純粋に武道だけをやっていたあいつらじゃ――武道大会にしょっちゅう参加はしていても、所詮は命を賭けた戦場で生き抜いてきた集団には敵わなかったんだろう。


 しかも、野盗たちは手加減しない。武器を使い、卑劣な手を使う。逃げなかったやつらは皆やられちまったらしい。


 故郷を野盗に潰されたのを知って茫然とした俺は、以来、傭兵となって転々とし、生きてきたわけだが、一時も、彼女の手掛かりを集めることを忘れなかった。


 だが、昔のやつらに会えても、曖昧な情報しか入ってこなかった。『ジョンと一緒に逃げた』と聞き、当のジョンに会えたと思えば、『タリウと一緒だった』と言うし、◯◯村のばあさんと一緒にくらしてるとか、どっかのじいさんの世話をしてるとか、南の方へ行ったとか東だったとか。


 中には、彼女が、小さな赤ん坊を抱いているのを見たなんてヤツもいて、彼女の子だとか、そうでないとか、そんな噂まであった……」


 ケインは、口をあんぐりと開けて聞いていた。


「そんなにとりとめもない噂まで……なんでさ? その(ひと)、よっぽど遠くに逃げちゃったの?」


「大分、村もごたごたしていたらしいからな。皆、人のことまでは構っちゃいなかったんだろう。一番悪いのは、出て行っちまった俺なわけだから、いい加減なこと言ってるやつらを責める資格もねえしな。


 だが、ガセネタでもなんでも、彼女の目撃情報があったのは最初の一、二年くらいだった。あれから十年以上経つ。本当は、どこかで……既に……ってことも――そう考えてからは、野盗に虐殺された村も、注意してみることにもしていたんだが、彼女の遺体らしいものは、未だに見つけられていない」


「それは、そうだよ! その人は、生きてるんだよ、きっと! 今でもずっと、レオンのこと待ってるんだよ! 俺も探すのを手伝うからさ、だから諦めるなよ!」


 ケインが真剣な表情になっている。レオンは、ふっと笑うと、改めてケインの顔を見つめ直した。


(……気のせいか? 最初に出会った時から、そうだったが、……時々、驚くほど……似ている時がある。彼女に……ユリアに……! 顔だけじゃない。性格までも……)


 だが、そう思えてしまうのは、彼の彼女への想いが未だに強いせいだと、だから、彼に彼女の姿を重ねてしまっているだけだと、そう自分に言い聞かせてきた。


 ケインの大きな瞳の中の、強く浮かぶ光に魅せられたように、レオンはしばらく、それから目を反らせなかった。


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