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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第二章 ヒーローの条件
6/21

~ACT.3:エンディング~

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.10)

 数日後――


「おお、ケイン、今日も自主トレか。精が出るなあ!」

「おう!」


 テントの外では、ハッカイが干した肉をかじりながら、酒のツボを傾けていた。

 ケインは傷だらけの顔で、彼に無邪気に笑ってみせ、隣に、どかっと腰を下ろした。


「そう言やあ、さっき伝令が来て、今回の遠征は中止になったそうだぞ」

「え、そうなの?」


 ケインも酒のツボを手に取った。


「いくさは、中止だってさ。敵国との間に、平和条約を結んじまったんだと」


「……てことは、俺たち、……撤退するのか?」


「ああ。伝令を聞いた途端、さっさと引き上げちまったやつらもいたぜ。あ~あ、今回は、稼ぎゼロかよ。今度やるときゃあ、前金払ってくれるところにしてえもんだぜ! なあ?」


 呑気な声でそう言い、ハッカイは面白くもなさそうに笑った。

 ケインも、仕方のなさそうに笑い、酒のツボを傾けた。


 そこへ、テントから出て来たリョウとミリーが、仲むつまじく通り過ぎていく。

 今までとは違う雰囲気の二人を、ケインは驚いたように見つめた。


「なあ、ハッカイ、……ミリーって、レオンのことが好きだったんじゃなかったっけ?」


 ケインが、ハッカイの耳に口を寄せて、囁くように尋ねると、ハッカイも、小声で答える。


「それがさ、ここを引き上げたら、二人で、どこかの町へ行って結婚式を挙げるんだと」


「へー! リョウとミリーが!?」


 驚き、見開かれたケインの瞳を確認すると、ハッカイは小声のまま続けた。


「……まあ、あれだな。なかなか振り向いてくれそうにないレオンに、(しび)れを切らしたミリーが、前から言い寄ってきていたリョウにキメたんだろう」


「そうなのか!? リョウって、ミリーが好きだったんだ?」


 またしても、ケインは驚いていた。


「でも、……諦めてリョウにした割には、さっきのミリー、とっても幸せそうに見えたけどなあ」


「ああ見えても、リョウのヤツは、結構気が回るからな。不器用なレオンに比べて、察しのいいリョウの方が、だんだん良く思えていったんだろう。それに、あいつ、ひねくれてはいるけど、案外やさしいところもあるからな。ミリーは、それに、コロッといっちまったのかも知れねえなあ」


 ケインは、ある尊敬の意を込めて、ハッカイを見つめる。


「すげえな、ハッカイって! よくそんなことわかるなあ!」


 ハッカイは、豪快に笑った。


「だけど、自分の時は、うまく行かないんだよ。変なところ人が()いっていうか……。いざって時に、譲っちゃったりするんだよなあ」


 はっとして、ケインがハッカイを見つめ直す。


「……まさか、ハッカイも、……ミリーのことを……?」


 ハッカイは、照れたように笑う。


「ま、歴代のヒーローの逸話でもあるように、俺たちのような『デブ』と『チビ』は、ヒロインとは無縁なものなのよ」


 ハッカイは、同意したケインの背中をぱんぱんと叩きながら笑った。


 ケインも一頻(ひとしき)り笑った後、ふいに真面目な顔になり、小声になった。


「あの二人のこと、レオンは知ってるの?」


 少し離れたところに座り、遠くを見ながら酒を啜っているレオンの背を、心配そうにケインは見つめた。


「報告に来た二人に、祝いの言葉を述べてたぜ。それ以来、な~んか無口になっちまったような気がするんだが、それは、俺の気のせいかなあ」


 そうは言うものの、明らかに確信した様子のハッカイである。


「な~んか、レオンて、前から女に対してだけは奥手なんだよなあ。不器用過ぎるのかなあ。ま、これも、もれなく歴代のヒーローの(さが)ってやつなのかも知れねえけどな。『ヒーローは常に孤独』――ってねえ」


 一瞬、レオンの後ろを風が通ったのか、彼は、ぶるっと身体を震わせた。

 見てはいけないものを見てしまった、とでもいうように、それから慌てて目を反らしたケインであった。




「俺、明日ここを()つんだ。いくさがなくなったから、ここにいる理由は、もうないんだ」


 いつもの特訓の森で、仰向けに寝転がり、両手を頭の下に敷いた姿で、ケインが言った。言葉は、すべて通じているものなのかどうか――その表情から読み取るのは、彼にとって至難の業であった東方の少女は、隣で足を伸ばして座り、何も語っていないような黒い瞳で、彼を見下ろしていた。


「きみは、いつまでここにいるの?」


 ケインは、顔だけ少女の方を向いた。少女は、相変わらず表情のない瞳で、彼を見つめているままだった。


(……この子、俺といて楽しいのかな?)


 首を傾げたくなるような気持ちを抑え、気を取り直して、彼はまた切り出した。


「俺は傭兵だから、どこかまたいくさのあるところへ向かう。きみも、公演が終わったら、またどこか別の場所へ行くんだろ? どこへ行くかは、もう決まってるの?」


 少女は、頷きもしなかった。

 彼は、溜め息をついて、身体を起こした。


「『武遊浮術』、教えてくれてありがとう。またどこかで会えるといいね……」


 彼女の、への字口は、一向に開く気配はない。


「そう言えば、俺、きみの名前、まだ聞いてなかったよね。何て言うの?」


 少女は、への字口を、余計に固く結んでしまっている。


「……ああ、わかったよ。いいよ、答えてくれなくても……」


 疲れたようにケインは笑うと、立ち上がり、身体についた草を払い落とした。


「じゃあ、俺、もう行くね。……元気で……」


 少女に手を振ってみせると、彼女の口が、やっと開く。


「お前、変!」


 がくっと、ケインは脱力した。


(……まだ言うか……)


「お前、変! お前、変!」


 彼女は、抑揚のない、片言の言葉を、彼にぶつけるばかりだった。


 しょっちゅう言われてきた、この『変』という言葉は、何か他の言葉と彼女が取り違えているのではないかと、想い直してみたことも、ケインには何度かあった。


 だが、何度考えようと、やはり、『変』は『変』でしかないのだろうと、彼は解釈してきたのだった。


「ああ、もうわかったよ。そんなに俺のこと嫌ってたのに、今まで付き合わせちゃって、悪かったな」


 彼は、もう腹さえ立たなかった。疲れたように少女に微笑みかけると、じっと、彼女の目を見据えて言った。


「……じゃあね」


 少女は、相変わらず、ぶすっとした顔で、彼を見ている。


「……あのさあ、どんなに俺のこと嫌っててもさ、もう最後なんだから、……ちょっとくらい笑った顔見せてくれてもいいんじゃないか?」


「……」


 東方の少女は、どうしても無愛想だった。


「……じゃあ、俺、もう行くよ」


 何度目かのセリフで、やっと決心がつき、彼は彼女に背を向け、歩き出した。


(……なんなんだよ、まったく。わけわかんねー)


 ケインは、口の中で、ぶつぶつ言っていた。


「……シャオ・チエ……!」


 後ろから、聞き慣れない発音が聞こえた。ケインは、思わず足を止める。


「……シャオ・チエ!」


 振り返ると、少女がもう一度叫んだ。


「……シャオ・チエ……?」


 ケインは、彼女の発音をまねてみた。


「……もしかして、それが、きみの名前か!?」


 驚いているケインに、少女は、こくんと頷いた。


「シャオ・チエ……!」


 ケインの(おもて)が輝いていき、少女に走っていった。彼女は、その場に立ち尽くしている。


「シャオ・チエかあ……」


 彼は、ほっとしたように彼女を見下ろして、にっこり笑うと、すぐに、じろっと睨んだ。


「はやく言えよ!」こつんと少女の頭を小突く。


「何する……! ケイン、変! ケイン、変!」


 少女は、またしても細い目をつり上げて、への字口をぱくぱくさせた。


「なんだよー! 変なのは、シャオ・チエの方じゃないかー!」


 彼らは、しばらく、あまり実りのない言い合いをしていた。


「おーい、ケイン、こっちかあ?」


 ハッカイの声が、二人の言い争いを遮った。


「ああ、いたいた。ん? 何だ? その子、友達か?」


 ハッカイが、彼らの前に姿を現した。


「レオンがもう行くってさ。あいつ、お前を捜しに、また反対方向に行こうとしてたから、俺が急いで止めておいたんだ。早く行ってやれよ。その辺で待たせてあるんだ」


 面倒見のいいハッカイは、ふーっと安心して息を吐きながら、腕で額の汗を拭った。


「しょうがないなー、レオンのヤツ。やっぱり、俺がいないとだめなんだから」


 ケインはぶつぶつ言うと、シャオ・チエを振り返って、手を上げた。


「じゃあな、シャオ・チエ! ……元気で!」


 少女の固く結んだへの字口を見届けると、ハッカイが連れてきたウマに、ひらりと飛び乗り、後はもう振り返らずに、ウマを走らせた。


(……さよなら、シャオ・チエ……!)


 不思議な気持ちにかられながら、ケインはウマを駆り出していく。

 彼女の仏頂面を思い出すと、なぜだか少しだけ微笑ましいような気持ちになれた。


 それが、淡い恋心であったことに彼が気付くには、まだまだ数年の歳月が必要だった。


 ケインとレオンの旅は、続いていく――。


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