~ACT.1:人材~
遊んでるので、さらっと読み流していただければ……
改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.7)
斧を振り上げながら、いかにも野盗らしいモヒカン刈りの男たちが、逃げ惑う数人の男たちを追い回す。近くに荷馬車があり、積み荷の内容から、追われているのは商人と断定出来る。
「助けて下さい! どうか、命ばかりは……!」
男たちは懇願する。だが、それを聞き入れる耳と知能を、賊は合わせ持ってはいない。
「いや、てめえらも荷物をなくしちまえば怒られるだろう? 可哀相だから、怒られずに済ませてやるよ」
商人たちにしてみれば、当然、怒られる方がずっと良かったに違いない。
「そうら!」
「ひぃーっ!」
野盗の振り上げる斧に怯える男たちは、思わず、頭を抱える。
その時だった。
「待て! 悪者ども!」
野盗たちは、声の出所を探す。
「あっ、親分、あそこです!」
太った野盗の男が、リーダー格のモヒカン男に指を指して知らせる。彼らが、ゆっくりと振り向くと、小高い丘の上には、五人の戦士たちが並んでいたのだった。
「なんでえ、貴様らは?」
盗賊団のリーダーが、うさん臭そうな顔で問う。
「罪も無い人々を苦しめる悪しき者たちよ!」
中央に立つ、赤いスカーフを首に巻き、黒い長髪を後ろで束ねた厳格な顔つきの男が言い放った。
「余計なお世話と知りつつも!」
向かって右隣の、青いスカーフの、一番背の高い、細身の男が続く。
「心に愛と勇気を抱いて!」
左隣の、腕にピンクのスーフを括り付けた、長い黒髪の女戦士が、拳を胸に当てる。
「正義の神の名のもとに!」
その隣の、黄色いスカーフを腕に巻いた少年が、天を指差す。
「成敗させて頂きます!」
右端の、緑のスカーフを腰に下げている、太った、大柄な男が、野盗に向かい、ビシッと人差し指を向けた。
「五人揃って――!」
赤の男の声に合わせて、全員一斉に剣を抜き、空に掲げた。
「レジスタンスⅤ!」
五人は、声を揃えて剣先を野盗に向けた。
「『レジスタンスⅤ』だとぉ? なんだ、そりゃあ!?」
顔をしかめる盗賊の頭。
「親分、もしかして、あいつら、この間『黒い龍族』をやった奴等じゃないですかね? このところ、盗賊団を潰してまわってるっていう……」
痩せた、目の鋭い男が、首領に告げる。
「なにい? あの『黒い龍族』をだとお?」
首領は、疑い深い目で、彼ら五人を見回す。
「あんな奴等にやられたってのか? 情けねえ! 『黒い龍族』ともあろうものがか!?」
首領は、大きな斧を握り直した。
「相手はたったの五人じゃねえか! こっちは十三人いるんだ、負けるわけねえ! てめえら、いくぞ!」
首領の号令に、手下たちは従い、それぞれ斧を振り上げ、雄叫びを上げながら、
五人へと突進していった。
「『黒い龍族』は四〇人いたんですぜ、親分!」
痩せた男が、慌てて首領をとめようとしたが、既に遅かった。
五人の戦士たちと野盗との小競り合いは、疾うに始まっていた。
野盗たちの上げる悲鳴は、すぐに収まった。
勝負は、呆気なく着いていた。
野盗たちは、あっという間に、五人に倒されてた。
「殺しはしない。一度は失った命と思い、これからは、世のため、人のためとなり、今まで犯した罪を償うのだ」
腕や足を切りつけられ、その場に転がり、呻いている賊たちを見下ろし、そう淡々と言うと、赤の男は屈み込んでいる商人たちを向く。
「大丈夫か?」
その横では、黄の少年と、緑の男が、倒れている荷車を起こす。
「はああ、ありがとうございます……!」
「なんとお礼を申し上げてよいやら……!」
商人たちは、口々に礼の言葉を述べ、荷物の中から、食料を取り出し、赤の男に渡した。
「いやあ、今日はラクだったなあ!」
太った男は、緑色のスカーフを解き、丁寧にたたみながら言った。
ところ変わって、あちこちに張られた傭兵たちのテントの一角で、わいわい話している五人の姿が、そこにあった。
「それよりも、私は食料なんかじゃなくて、お金の方が良かったわ。そろそろ新しい化粧品が欲しいのよねぇ」
ピンク色のスカーフを腕に巻いたまま、女傭兵は、肩にかかった長いウェーブを、はねあげた。
「これは、あの人達の気持ちなんだ。そんなことを言うもんじゃないぞ」
赤の男も、スカーフを取る。
「おい、小僧、お前の分だぞ」
青いスカーフを巻いていた男が、食料の入った包みを、黄色の少年に放った。
大きな群青色の瞳を持つ、栗色の髪の少年は、そのかわいらしい顔立ちを、不機嫌に歪ませていた。
「おい、レオン、いつまで、こんなこと続ける気だ?」
声変わりしかけている声で、赤いスカーフだった男に、仏頂面を向ける。
「いつまでって――今回の遠征が、はっきり決まりまでは、わからねえよ」
野盗に対しての真面目くさった口調とは違い、砕けたものの言い方で、男は返した。
「いいトシして、みんな恥ずかしくないのか!? 俺は、恥ずかしいよ!」
少年が立ち上がって抗議するが、全員、けろっとした顔だ。
「俺は、もういやだ! あんな恥ずかしいことは、二度とやるもんか!」
「おい、ケイン、そうは言ってもな、今回の遠征の途中で、相手の国が、一時休戦を言い渡してきたんだぜ。もしかしたら、こっちを欺くための罠かも知れないからって、将軍が慎重になって、一時待機を命じてるんだ。交渉の場が、ここからちょっと遠いこともあるし、話し合いに時間がかかるかも知れないから、はっきりするには一〇日くらいかかるだろうってよ。その間、身体がなまっちまわないように、こうして、俺たちは、常に訓練してるんじゃないか」
太った男が、気さくに少年に言った。
「だからって、何も、変な正義の味方になんか、ならなくたっていいじゃないか!」
少年は、頬を上気させて喚いた。
「ねえ、いつも思うんだけど、あんたのセリフ、ちょっとおかしいわよ」
日焼けした肌の女傭兵が、青いスカーフを巻いていた、細身の長髪の男に向かって言う。
「『余計なお世話と知りつつも』なんて、変よ」
男は、けろっとしたまま言った。
「だって、ほんとじゃないか」
「だからって、そのまま言うことないじゃないの。何か他のセリフに変えてよ」
「ちぇっ、わかったよ。だけどよお、最後のハッカイのセリフ、『成敗させて頂きます』ってのだって、悪党に対して、随分へりくだってやしねえか?」
男は、大柄な男に向かって言った。
「野盗なんかと違って、正義の味方は礼儀正しいんだってところを見せようと思ったんだよ。それより、『レジスタンスⅤ』って名前は、野盗どもには、難し過ぎないか? いつも、必ず『なんだそりゃあ!?』って、聞き返されるし」
「そうかあ? やつらの知能に、いちいち付き合ってやる必要はねえと思うけどな」
「それに、語呂が悪くて言いにくいだろ?」
男たちは、食料をかじりながら、わいわい話し合っていた。
「とにかく、もう少し改善してみるから、もうちょっと待っててくれない?」
女戦士は、にこにこして、少年に微笑みかけた。
少年は、拳をぷるぷる震わせた。
「そーゆー問題じゃなーい!」
一言叫ぶと、ぷいっとテントの裏へ、消えてしまった。
「……反抗期か……」
レオンが呟いた。
「やはり、男手ひとつで育てるには、無理があったのだろうか……」
顎に手を添えて、ひとり考え深気である。
「そうじゃねーっ!」
ケインが、息を荒げて、戻った。
「まあまあ、そう怒るなよ。俺たちは、ただでさえ戦場で張りつめた空気の中、気ィ張って、命張って、いつ死ぬかわからない身なんだぜ。戦闘のない時くらい、気楽にやらないと、身が持たないじゃないか」
太った男は、はははと笑いながら言った。
「それに、このような人材が集まることなど、滅多にないんだぞ。暇な時は、野盗に苦しめられている人々を救う――そう神が思し召したとしか、思えないではないか!」
レオンが、強い意志を込めて、そのダーク・ブラウンの瞳に正義の炎を燃やして言った。
「リーダー格レオンに、ニヒルなイケメンのこの俺『青い流星』のリョウ、美人傭兵ミリー、『デブ』ハッカイ、『チビ』ケイン――どうだ? 超派ハマリ役ばかりだとは思わねえか?」
細身の男リョウは、それをれを指差しながら、自慢気に語る。
「思わないよ! だいたい、なーんで、俺が『チビ』なんだよ! 俺は、もうガキじゃないんだぜ!」
ケインは、ますます仏頂面で怒鳴った。
「そうよねえ、十三の割には、身体もできてきてるしねえ、……そろそろ、おねえさまのお相手でも、してもらおうかしら」
女傭兵ミリーは、肩にかかった髪を、ゆったりとした仕草で払い、ケインに流し目を送った。
「そっ、そうじゃ……そうじゃないんだーっ!」
少年は、カーッと真っ赤になると、一気に駆け出していった。
「待て、ケイン!」
レオンが、立ち上がり、真剣な顔で、呼び止めた。ケインの足が、ぴたっと止まる。
「夕食の時間までには、帰ってこいよ。今日は、お前の好きな肉団子のスープが配給されるらしいぞ」
「……うわーん! バカやろー!」
彼は、再び一気に駆け出していった。
レオンは座ると、溜め息をついた。
「一体どうしたというんだ。昔は、あんなに喜んでいたのに……」
「そうよねえ。私たち、ケインを喜ばせるために、暇な時に、こうして遊んであげてたのに」
ミリーが、レオンに続く。
「単なる反抗期だよ。自立心てやつが芽生えてきたんじゃないか?」
大柄なハッカイが、酒のツボを傾けながら、気楽に言った。
「そうか。……じゃあ、大人として認めてやる証拠に、今度はあいつをリーダーにしてやったらどうだろう?」
ニヒルな笑いを浮かべたリョウが、人差し指をたてた。
「……」
「……」
「……」
彼らは、一斉に吹き出した。
ミリーが、片腹を押さえながら、言った。
「ちょっと冗談が過ぎたかしらね」
「いやあ、それにしても、ケインも成長したんだなあ」
ハッカイも笑う。
「まったくだ。おい、レオン、正義の味方ごっこは、そろそろやめにしてやろうか?」
リョウが片目を瞑ったまま、レオンに尋ねる。
「そうだな。あいつは、どうも真面目過ぎていかん。今度は、『お笑いⅤ』で行くか?」
「あんたも、バカね」
ミリーが、くすっと笑った。
(レオンのバカ! みんなのバカ!)
少年は、走っていた。
(みんなで俺のこと子供扱いして! 俺は、既に報酬をもらってる、ちゃんとした傭兵なんだ! なのに、みんなは……)
「……!」
突然、ケインは足を止めた。
「お嬢ちゃん、どこへ行きなさるんだね?」
「おじさんたちも、連れてってくれないかい?」
森の中では、見るからに、野盗そのものの身なりをした男三人が、一人の、小柄な少女らしい者を、大木に追いつめていた。
「へっへっへっ……」
野盗たちは、品のない笑い声を立てて、少女に近付いていった、その時、ケインの飛び蹴りが、一番端の男の首筋に直撃した!
男は、叫び声を上げて倒れた。
「なっ、なんだ、小僧!」
「てめえ、やりやがったな!?」
残りの二人が、物凄い表層で、少年ににじり寄っていく。
ケインは、少女を後ろへ庇い、剣を抜き、賊たちに向かって突きつけた。
「か弱き者を嬲る悪党ども! 今こそ、正義の刃を受けるがいい!」
その悪党どもは、一瞬わけのわからない顔をした。
言ってしまってから、はっとしたように、少年は野盗を見回す。
(しまった! ……つい癖で……)
途端に、彼は赤面したが、構わず剣を構える。
「なんだ、小僧? 何言ってやがる?」
「ふざけた野郎だ! ブッ殺してやる!」
野盗は、大きな段平を振りかざした。
「ふう……」
剣を鞘にしまい、手を叩きながら、気絶している野盗三人を見下ろすケインであった。
「もう大丈夫だぜ」
後ろの少女を振り返ると、彼は「あっ!」と思わず声を上げそうになった。
少女は、黒髪を二つに上の方に引っ詰め、浅黒い肌をしていた。
短い赤い上着に、膨らんで足首のところを絞った赤い長いパンツ――その身なりだけでも、充分に見慣れないものであったが、その少女は、今までケインの見たことのない風貌であった。
黒く細いつり上がった目は、眉とともに平行につり上がり、淡いピンク色をした小さな唇は、への字に曲がっている。お世辞にも美人とは言い難い様子で、年齢もすぐには見当も付かないが、一〇歳くらいであろうと、彼は思った。
それは、今までケインが出会ったことのない、明らかに異国の、人種の違う女の子であった。
「……あ、あの……きみは……?」
おそるおそる、彼は口を開いてみたのだが、少女は、その細いつり上がった目で、じっとケインを見据えているだけで、何も喋らない。
「言葉が通じないのかな? ……きみ、どこから来たの? 連れの人は、いないの?」
ゆっくりと区切りながら、はっきりと発音して語りかけてみるものの、彼女は、ただ黒曜石のように黒い瞳で、じーっと彼を見ているばかりだった。
「困ったな。もしかしたら、口が利けないのかな……?」
ケインが首を傾げていると、突然彼女が彼を指さした。
「……お前、……変!」
少女は、大きな声で、はっきりと言い切った。
がくっと、ケインは膝を付く。その彼を、少女の人差し指が追う。
「お前、変!」
再び、彼女は言う。
ケインは、ピクピク拳を震わせ、キッと、彼女を見据えた。
「お前こそヘンじゃないかー! だいたい、助けてもらっといて、その態度はなんだよー!」
少女は手を下ろす。
「余計な、世話。私、ひとり、大丈夫」
とぎれとぎれ話すところを見ると、やはり異国の者なのだろうと、ケインは思った。
「とにかく、仲間のいるところに帰ろうな」
気を取り直して、ケインが彼女の腕を掴む。
途端に、彼女が、その腕を振り上げると、ケインの身体は、簡単に宙に浮かんだのだった!
「……えっ!?」
次の瞬間、彼は、草の地面に、振り落とされていた。
「いきなり、なにするんだよ!」
すぐに起き上がり、ケインは、食ってかかるように、彼女を見上げた。
「お前、変! お前、弱い!」
相変わらず無愛想に、彼女は言い放っている。
ケインは、握り締めた拳を、ぷるぷる震わせた。
「……『変』までは許せるが、『弱い』ってのは、聞き捨てならねえな……!」
ケインが、フッと無理に笑ってみせると、彼の鉄拳は、少女の後ろの大木に、めり込んでいた!
彼女にぶつけるつもりはなかった。
ただ、脅かすために、彼女の顔の、すぐ横に拳を打ち込んだだけだった。
だが、彼女の姿は、そこから失せていた。
大木に打ち込んだケインの拳、正確には、手首の位置あたりに、少女は、片足で乗っていた!
「……!?」
信じられないものを見た彼は、硬直し、口を半開きにして、少女を見上げていた。
少女の、もう片方の脚が、ケインの顔を踏み付けていた。
「遅かったな、ケイン。夕食前には帰って来いって言っといたのに。でも、ちゃんと取っておいたぞ、肉団子スープ」
テントに戻ると、レオンがスープの器を取り出したが、改めてケインの顔に注目し、ぎょっとしていた。
「どうしたんだ、その顔!?」
ケインの顔には、靴底の形が、斜めについていたのだった。
「なんでもねえよ」
昼間よりも、さらに不機嫌な顔で、ケインは答えていた。