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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第一章 戦士の炎
3/21

戦士の炎(3)

残酷描写があります。

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.7)

 太い革のバンドを巻き付けた大柄な男たちが、笑い声を立てて、町の隅々まで人々を追い回していた。新しく盗賊団『赤いオオカミ族』に加わった者もいるようで、ケインの村が襲われた時よりも、人数は、倍ほどにも膨れ上がっていた。


「お助けを……! どうか、命だけは……!」


 路地の行き止まりに追いつめられた、ひとりの中年の男が(ひざまず)き、モヒカン刈りの男に懇願する。


「へっへっへっ……」


 モヒカン男は、段平を舐めた。


「町のやつらは、みんな中央に集めろという命令だが、どうせ()るんなら同じこった! 俺は、この盗賊団に入れば、好きなだけ人を殺せるっつうから、入ったんだ。脱獄したばかりで、ずっと身体がなまっちまってたから、一暴れしてえとこなんだよ。わかるだろ? オヤジ」


 モヒカン男は、凶悪に笑うと、段平を勢いよく振り上げた。


「ひいっ!」

 町の男が両手で頭を抱え込み、身体を縮める。


 ガキッ! 


「な、なにぃ!?」


 賊は、剣を弾かれて、二、三歩後退(あとずさ)った。

 大振りな段平を受け、弾き返した者は、それよりも明らかに小さい剣を持つ、まだ年端もいかない少年だったのだ。


「な、なんだ小僧! てめえ、俺様の邪魔をする気か!?」


 町民の前に立ち、剣を構えたケインは、油断のない目をモヒカン男に注いでいる。


「へっ、小僧が! 子供だって、俺様は容赦はしないぜ!」


 馬鹿にしたような笑い声と共に、男は、大剣を目の前の少年に向かって、振り下ろした。


 大柄な男の次々繰り出す段平は、ことごとく、ケインに弾き返される。

 モヒカン頭の皮膚の部分に、うっすらと冷や汗が見え始め、ついに、大男の段平は弾き飛ばされた。


 すっかり動揺しているモヒカン男を見据え、剣を構えたままのケインは、じっと動かない。


「今だ、ケイン! ボーッとすんな!」


 どこからか聞こえて来たレオンの声に、はっと反応し、少年は、大男の両足に斬りつけた!


「うぎゃああああああああ!」


 噴き出す血をさっと()けると、ケインは上空を見上げた。

 賊のすぐ横の建物の上には、この様子を見ていたレオンの姿があった。

 レオンが、ひらりと、ケインの前に飛び降りる。


「よーし、よくやったぞ! この調子で、相手を殺さずに、動けないよう追い込むんだ。次、行くぞ!」


「うん!」


 追いつめられていた、おろおろしている町民の男を尻目に、二人は町の中央へと向かった。


 大勢の人々が集められた場所では、まもなく『処刑』が行われようとしていた。

 年寄りだけが立ち上がり、前方におびき出されている。今まさに、老人以外の村人たちに、死刑が宣告されるという、その時――


「待ちな!」


 野盗たちの(かしら)と思われる、ぼうぼうに伸ばした黒髪の大柄な男を始め、そこに集まっていた部下たちも、また、捕われている町民たちも、その声に振り向いた。


 現れたのは、すらっとした長身の、三〇代ほどの男と、剣を手にした小さな子供だった。


「数々の悪行、これ以上、黙って見過ごすことは出来ん! 貴様等には、本当の力とはどういうものか、思い知らせてやる!」


 男の顔には、不適な笑みが浮かんでいた。


「なんだあ、てめえは? 死にてえのか!」

「俺たちを、『赤いオオカミ族』と知ってて、のこのこ出てきやがったのか!?」


 野盗が口々に、男――レオンを(ののし)り、頭目の周りに、わらわらと集まった。


 レオンの切れ長の茶色い瞳が、細められた。


「やめときな。てめえらじゃ、俺には勝てねえよ」


「なんだと!?」


 レオンは、ケインに下がるよう手で合図した。

 ケインは黙って従う。


 凶悪な人相の集団は、一斉に、レオンに襲いかかった!


 突き出された何人もの武器は、レオンの剣ひとつに受け止められていた。


 ケインは、離れたところから、それを、じっと見つめている。


 賊の武器は、みるみる弾き飛んでいく。


 武器を飛ばされた者たちに、今度は、レオンの鉄拳が炸裂する。


「この野郎!」


 背後から、賊のひとりが、段平を振り上げる。


 見ていたケインは、はっとして、一瞬、身をこわばらせた。


 男の身体は、段平ごと吹っ飛んだ。

 レオンの蹴りを、まともにくらっていた。


 ほっとしたような溜め息が、ケインの口から漏れたが、すぐに顔を引き締め、戦況をじっと見守る。


 それは、まるで、疾風のようであった!


 伸び放題の密生した草木の中を、一頭の雄ウマが駆け抜けていくように、ケインの目には映っていた。

 ウマの疾走の後には、踏み倒された草や、木々の道が出来ている――そんな光景だった。


 次々と、賊たちの武器は弾かれ、大柄なはずの男たちは、簡単に飛んでいく者もいれば、その場に(うずくま)っている者も増えていく。


 レオンは、時には、左手に剣を持ち替えていることもあった。

 それでも、別段なんの差し障りもないように、彼の戦力は、一向に衰えることはなかった。


 賊たちは、大柄が災いして、彼に、一度に襲いかかれる人数が限られていることに、ケインは気付いた。


 レオンで、あの人数なら、小柄な自分になら、もっと少ない人数でしか襲えないのではないだろうか? 

 それに、どうも、彼らは、大きくて力はあるのだが、無駄な動きが多く、あまり素早くもなさそうだ。


 少年の瞳は、レオンだけでなく、敵の姿も、じっくり観察していた。


 今なら見える!


 以前は、わからなかったことでも、こうして落ち着いて、戦況をじっくり見据えてみれば、レオンの動き、相手の動きが、幼いケインにも、見て取れるのだった。


 剣で、相手の武器を()わしながら、拳で攻撃する。時には、賊を斬りつけ、蹴り飛ばすが、相手の命に別状はない。

 のたうち回りながら、恐ろしい叫び声を、辺りに(とどろ)かせてはいるが、それは、斬り付けられたショックの方が大きいのだろう。致命的な怪我ではないはずなのに。


 ……そうか、やつらは、本当は、弱虫だからだ! 傷つけられるのが、怖いから、先に相手を傷付けようとするのだ!


 レオンの言った通りだ!


 そう考えると、ケインの腕にも、みるみる力が(みなぎ)っていったのだった。


「何をしている! 相手は、たったひとりじゃねえか! お前たち、それでも『赤いオオカミ族』の一員か!」


 振り乱した黒髪の首領が、部下たちに向かって(わめ)いた。


「ですが、お(かしら)、あいつ、ただの町民じゃないですぜ! 傭兵か、どっかの軍の脱走兵かなんかじゃないんすかね? ちゃんと、武道の心得もあるみてえだし、それに、あいつのあのデカい剣! あれは、ただモンじゃないっすよ! 段平や鉄棒ですらブチ砕いちまうんっすから!」


 隣の痩せたモヒカン男が答える。


「お頭、あいつっすよ! 俺たちが、いつか村の外でガキいたぶってたら、邪魔してきたのは!」


 禿げ頭の、太った男が、レオンを指さして言った。


「ああ、そう言やあ、そうだ、あいつですよ! そん時、俺のこの腕を斬り落としたのは!」


 短くなってしまった左手に布切れを巻き付けたモヒカン刈り男も、叫ぶ。


「なにい? そうか……」

 頭目は、腕を組んで、何かを考えていた。


 レオンは、敵の返り血と、汗にまみれたマントとシャツを、脱ぎ捨てていた。


 野盗たちの太い、贅肉つきの筋肉とは明らかに違う、無駄な部分のない、引き締まった筋肉が、彼らの中にいてこそ一層引き立ち、彼の浅黒く日焼けした肌を、最も美しく見せていた。


「待てい!」


 突然、首領が大声を上げた。


 野盗たちは戦うのを止め、レオンから離れる。


 レオンと首領の間を遮るものがなくなり、辺りは、静まり返った。


 首領とレオンの目がかち合う。


「ほう……、これだけの人数を相手に、たいして呼吸も乱さないとは、よほど訓練されているようだな。その身体つきといい――貴様、傭兵か?」


 首領が、レオンの全身を舐めまわすように見ながら、言った。


「だったら、何だ」


 剣を降ろしてはいても、レオンに隙はなかった。


 首領は、豪快に笑った。


「俺も、傭兵上がりなんでな。盗賊稼業に転向してからは、自ら戦うことが少なくなっちまってな。だが、貴様の戦いぶりを見ていたら、久しぶりに血が騒いできた。どうだ? ここで、俺と、一対一で勝負してみねえか?」


 レオンは、油断のない目を向けたまま、黙っていた。


「俺の方も、これ以上、部下をやられるとまずいんでな。貴様が勝ったら、この町からは、手を引いてやろうじゃねえか」


 首領は、寛大な笑みを浮かべているつもりだったが、凶悪な人相でそれを相手に伝えるのは無理であった。


「いいだろう」


 レオンは、手にしていた大剣を背に戻した。


 賊たちは、それを見て驚いていた。


「こいつ、お頭とサシでやるってのに、剣をしまいやがったぜ!」


 野盗たちは、そのようなことを口にして、小馬鹿にしたように笑う。


「ほう! この俺と素手で勝負しようというのか? だが、こっちは、手加減しねえぞ!」


 首領も笑い、手下たちも、途端に(はや)し立て、レオンに向かい、嘲笑を浴びせていた。


「そんなに喜んでいただけるとは、思ってもみなかったぜ。ついでに、てめえらを、もっと喜ばせてやる。てめえらのボスのお相手をするのは……あのお方だ!」


 レオンの指さした先を、野盗たち始め、町民たちも一斉に見つめる。


 その先には、剣を持った幼い少年――つまり、ケインの姿があったのだった! 


「なっ……なんで、ぼくが……!」


 ケインの顔から、血の気が引いていった。

 いきなり首領相手とは、レオンは、気でも狂ってしまったのではないだろうかと思うと同時に、頭が痛くなる。


「こりゃあいいや! なあ、野郎ども!」


 首領が一際大きな笑い声を立て、部下たちもそれを受け、大声で笑い出した。


「おい、あんた! いい加減なこと言わないでくれよ! あんな子供に、何が出来るっていうんだよ!」

「こんな時に、冗談はやめてくれ!」


 町民の中からは、レオンに向かって、そう叫ぶ者もいる。


 彼は、それを気にも留めてはいない様子で、ケインを手招きする。

 ケインが、青ざめた顔で、おずおずとやってきた。


「レオン、なんで、ぼくなの? レオンなら、あいつにだって勝てるかも知れないけど、ぼくじゃ……!」


 明らかに、不安そうな瞳で訴えるケインの肩に、レオンは、ぽんと手を乗せ、微笑んでみせた。


「大丈夫だ。お前なら出来る! やる前からそんなんじゃ勝てるモンにも勝てないぜ? 気合いだ、気合い!」


 気合いだけで、本当に勝てるのだろうか。ケインの瞳は、そう言っていた。


 レオンは、真面目な表情になった。


「お前、何のために、今まで修行してきた?」


 ケインは、はっとレオンを見上げた。


 そうなのだ。やつらは、自分の大切な人々を、無惨に虐殺していったのだ! 


 その後の、焼け焦げた(むご)たらしい光景を焼き付けたケインの瞳は、首領の顔に向けられると、身体に強い衝撃が走った。

 そして、子供ながらに、凄まじい殺気を、身にまとっていったのだった。


「もう、これは、訓練じゃない。思いっきり行け!」


 レオンが背中を押した。

 ケインは、ゆっくりと、前に進み出ていった。


「これは、これは、たいした剣士さんだぜ!」

「おお、立派な剣をお持ちじゃねえか!」

「そんな重いモン持って、転ばねえように気を付けな!」


 野盗たちが冷やかすが、ケインには聞こえていなかった。

 ただひたすら、見つめているのは、首領のみ。


 ケインの足がピタッと止まり、普通の子供が凝視すれば、恐怖のあまり泣き出してしまうほどの、形相の大男と、視線を交えた。


「待ちな、ぼうず!」


 鉄棒を持った、ケインの見覚えのある大男が、出て来た。


「坊ちゃんごときに、盗賊団の首領様が、わざわざ取り合うわけないだろう? おじさんで充分だ。そうだろ?」


 男はあ、禿げ頭を、自慢気にさすって、言った。


「ま、悪いが、ぼうず、そういうことだ」


 首領も、大袈裟に肩を竦めてみせた。


 盗賊たちは、再び、大声で笑った。

 町民の前で、腕を組んで、その様子を見ているレオンに、ケインが振り返る。


「好きにしろ」

 一言だけ、レオンは口にした。


「ひゃあーっはっはっはっ! いくぜ、小僧!」


 禿げ頭は、軽く、鉄のこん棒を振り上げた!


 がん! 


 ケインの剣が、弾き返す。

 大男は、思った以上の手応えに、思わずバランスを崩し、ひっくり返った。


「はっはっはっ! なにやってんだ、てめえ!」

「ガキに、ちょっと跳ね返されただけで、転ぶんじゃ、みっともねえぞ!」

「それとも、そりゃあ、わざとかぁ?」


 野盗たちは、ゲラゲラ笑った。

 尻餅をついて、目を白黒させていた男は、棒に重心をかけ、杖代わりにして、立ち上がった。


「小僧、少しは、出来るようになったみたいだな。だがな、ちょっとやそっと(きた)えただけじゃあ、そう簡単に、オトナにゃあ(かな)うもんじゃねえぜ!」


 今度は、鉄棒にしっかり力を込め、振り下ろす!

 それを、ケインは左へ飛び退(すさ)って、避けた。


「はーっはっはっはっ! バカめ!」


 賊は、それを計算していたというように、そのまま棒を横に振った。


 それよりも早く、ケインの身体が、地を蹴って宙に舞い上がった! 


 ザクッ! 


「ぎゃああああああああ!」


 大男は、肩から血を噴き出し、がくっと膝をついた。急いで押さえた指の間からは、血が噴き出し、だらだらと流れていく。


 ケインの剣が、男の肩に斬りつけたのだった。


「い、いてえ……! 骨まで、食い込みやがった!」


 禿げ頭は、大袈裟に声を上げ、ごろごろと、のたうち回った。


「おじさんのことは殺さない。おじさんは、あの時、ぼくを襲っていたから、村には手を出していなかった。だけど、……お前だけは――!」


 ケインは、血にまみれた剣先を、首領に向けて、止めた。


「お前みたいな悪いヤツは、許せない! なにもしていない村の人を、切り裂き、焼き殺した、お前だけは!」


 ケインの大きな青い瞳からは、涙の粒が零れ落ちた。


 首領の目が、ぎらっと光る。


「それほどまでに、この俺を憎んでいるのなら、いいだろう。特別に、相手をしてやる!」


 首領は、腰に下げた太く大きな段平を抜き取り、構えてみせた。


 ケインは、油断なく、剣を構え直した。


 先手を打ったのは、ケインの方だった。

 盗賊団の首領目掛けて、一気に駆け出す!


 ガキィーン! 


 首領の剣が返す。

 すぐに、ケインは跳びすさり、そのまま走りながら、首領の脇へと回り込む。


 そこでも、首領の剣が、彼の剣を浮け止め、返した。


 方向を変えながら、何度も剣を繰り出してみるが、ケインの剣は、なかなか首領の身体には、触れられない。


(やつめ、傭兵だと言っていたが、手下のゴロツキどもとはレベルが違う! ちょっと、まだケインには、早かったかな……?)


 顔にこそ出さなかったが、レオンも、内心では焦り始めていた。


「小僧にしては、なかなかやるが、その程度では、俺は、倒せんぞ!」


 首領は、にやっと笑い、段平を押し返すようにして、ケインの剣を突いた!


 勢い余って転がったケインは、すぐに体勢を立て直し、剣を構える。


「なんだ、小僧? 意外に呆気ないぞ」


 首領は、肩を竦めてみせた。


(強い……! あいつは、ぼくが思っていたよりも!)


 ケインは、ちらっと、師匠に目をやる。

 レオンの態度は、依然として変わっていない。腕を組み、静かに、彼を見下ろしている。


(……そうだよね。気合いだよね? レオン――!)


 レオンの瞳をそのように解釈したケインは、静かに息を吸い込み、剣を構え、首領に突進していった。


「まだやるか?」


 首領が面倒臭そうに、段平を持ち上げる。


 だが、ケインの目標は、彼の中心からは、外れていた。


 剣を交える直前に、大きく、首領の右側へと、斜めに跳ぶ。 

 不意をつかれた首領が、右を向こうとするが、間に合わない! 


 ごとっ……


 重い物が、地面に落ちる音だった。

 その場に居たすべての者が、自らの眼を疑いたくなった。レオンでさえも――! 


「ぅぎょおおおおぇええ!」


 首領が右手を抑えて絶叫していた。

 地面に落ちた物は、大きな段平を握ったままの、首領の右腕であった!


「き、貴様――! 俺の剣を狙っていたのか!?」


 さすがの首領は、のたうち回りこそしなかったが、右腕の切り口を押さえて、立ち尽くしている彼の顔は、みるみるどす黒く、土気色になり、汗が吹き出していった。


「お(かしら)!」

「お頭!」

「……!!」


 野盗たちの上げる声と引き換えに、町民たちも立ち上がり、歓声を上げた。


「てめぇ、このガキ! よくも、俺たちのお頭に――!」

「覚悟しろよ!」


 賊たちが武器を手に、ケインへと怒りも(あらわ)な形相で、集まろうというところ、大剣を片手にしたレオンが、ケインと賊との間に、立ち塞がった。


「おっと、手出しすんじゃねえ! これは、タイマンだぜ! 男同士の一騎打ちなんだ! 邪魔するヤツは、俺が相手になってやる!」


 賊たちは、途端におろおろとざわめいた。


「何してる、ケイン! 早く決めろ!」


 振り向きもせず、レオンが言った。


 ケインは、はっと我に返り、キッと、首領を睨み据えた。


「言っとくがなあ、そいつは、まだガキだ。オトナのように感情のセーブが出来ねえ。加減を知らねえから、お前さんのこと、()っちまうかも知れねえぜ? なにしろ、そいつは、てめえらに、母親殺されて、村を壊滅状態にまで追い込まれたんだからなぁ!」


 レオンが、わざと意地悪く、賊と町民に、聞こえよがしに、声を張り上げた。


 途端に、首領の額の汗が、完全に冷や汗となった。


 首領は、その時、既に、ケインを、もう子供だとは、思わなかった。


 小さな少年の姿を、今まで、何のためらいもなく、簡単に殺してきた弱いはずの存在に、この巨体を持つ自分が、恐怖を感じるなどとは、今まで考えてみたこともなかったのだった。


「ま、たまには、いいんじゃねえの? 殺される側の恐怖を味わうってのも。オトナなんだから、自分のやったことには、ちゃんと責任取んなきゃな」


 淡々と、レオンが言った。

 その言葉を、最後まで待つことなく、ケインは首領に突進していた。 


 首領は、唸って、尻餅をついた。

 ケインの剣が、彼の両足を、一薙ぎしたのだ。


 そこへ、間髪入れずに、巨体にのしかかる。

 振り払おうと、首領の血の付いた拳が、彼に振り上げられた。


「うぎゃあああっ!」


 斬り落とされることすらなかったが、首領は、無事な方の腕さえも、深く斬りつけられ、だらりと、身体の横に落とした。


「母さんの仇!」


 大きな男の身体に跨がり、剣を持ち替え、炎のような瞳で、首領を見下ろしたケインは、男の喉元目掛けて、思いっきり両腕を振り下ろした!


「おわああああ!」


 手で避けることもままならぬ男を、死の恐怖が襲う!


 がつっ! 


 首領の首から、勢いよく血が噴き出し、少年の顔にかかった。 

 はあはあと、ケインは、肩で息をしながら、やたら緩慢な動作で、地面に突き刺さった剣を握ったまま、引き抜いた。


 野盗も、町民も、目を見張った。


 少年は、もう一度剣を構えるが、その両手はぶるぶると震えて、手元がなかなか定まらない。


「……できない……、どうして? かあさんや、村の人の仇なのに……!  今やっと、恨みがはらせる時なのに――!」 


 ケインの涙が、首領の顔に、ぽたぽたと落ちた。


 彼の剣は、首領の喉元を、突き抜けるはずだった。

 だが、僅かに反れ、首を少し斬りつけただけで、剣は、地面に刺さっていた。


 ケインは、男の身体から下りると、剣が手から滑り落ちる。

 ふらふらと歩き、崩れるように、レオンに(もた)れ掛かった。


「憎かったのに――! 殺してやりたいと思ってた相手なのに、あの人の顔を見たら――死ぬのをこわがっていたんだ! ……そうしたら、……できなかったんだ! あんなに残酷なことをやってきた人でも、死ぬのはこわいんだって――そう思ったら……!


 レオンに言われたとおり、悪いヤツにも情けはかけなくちゃって、思ったわけじゃないんだ。……こわかったんだよ! 人を殺してしまうのが! 母さんの仇ですら、殺すのがこわくなったんだ! ぼくは、臆病者だ! 仇を打つこともできない、臆病者なんだ!」


 レオンは、静かに、彼を見下ろしていた。


「それでいいんだ。それは、臆病者とは違う。何も、急いで『汚れる』ことはない。お前は、よくやった!」


 レオンが、少年の身体を、やさしく包み込んだ。小さな頭をうずめて、ケインは、泣きじゃくった。


「おどかしやがって……! よくも、やりやがったな! 覚悟しろ!」


 怒り狂った首領の声に驚いて、ケインが振り向くが、剣が無い!

 地面に落ちたままの剣は、今、首領の手の中だ!


「小僧! 自分の剣にかかって死ぬがよい!」


 目を血走らせ、額に太い血管を浮き上がらせた、狂った大男の傷付いた腕に握られた剣は、今、渾身の力を込めて、少年に向かって、振り下ろされる!


 ケインの瞳が、恐怖で大きく見開いた!


 そこにいる誰もが、その光景に、息を飲んだ。


 首領だったものは、悲鳴を上げる間もなく、ただの肉塊と化し、どしゃっと地面に崩れ落ちた。


 少年を脇に抱えたまま、黒髪の男は、手にしている剣を、一振りした。

 大剣についた、どす黒い液体は、振り落とされ、地面に染み付いた。


 レオンの剣が、野盗の首領を、頭から、一刀両断していたのだった!


「そ、そんな……! 人間を剣一本で……しかも、片手で真っ二つに割るなんて……! そんなこたあ、有り得ねえよ!」


 賊のひとりの口から、思わず漏れた言葉を、レオンは、聞き逃さなかった。


「そりゃあ、まあ、『普通の剣と普通のヒト』との話ならな」


 剣を担ぎ、峰で肩を叩きながら、野盗に、にやっと笑ってみせる。


 途端に、彼らに、現実がやってきた。 


「ひえっ! お頭が……!」

「お頭がやられた!」


 野盗たちは、頭目を失うと、慌てふためき、方々へと散り散りに逃げ去っていった。


 頭目でさえ敵わなかった――レオンたちの実力は、それだけで、野盗たちには伝わっていた。仇を討とうなどとは、誰一人として思い付かなかった。


 逃げ惑う賊たちとは反対に、晴れて自由の身となった町民たちは、身内や知人の無事を確かめ、喜びの声を上げた。


 ケインは、大きな手で頭を撫でられて、はっと見上げた。

 レオンの満足そうな微笑みが、彼の頭上にあった。


「殺しちゃいけないって、言ったくせに」


 ケインが横目で、だが、ほっとしたように言った。


 レオンは、肩を竦めて、笑ってみせた。


「ま、例外もあるってことだ。バカと根性の腐ったヤツは、死ななきゃ治らねえっての」


 死んでしまっては、治った確認ができないではないか――そう心の中で、ケインは、悪態を吐いてみたが、そんなことは、すぐに、どうでもよくなってしまった。


「やっと、仇を取れたんだね……」


 安心したケインは、レオンに寄りかかった。


「ああ、そうだ。お前は、奴等に勝った。立派に仇を取ったんだ」


 レオンの腕が、少年の小さな肩を抱いた。


「これで、お前は、目的を果たしたことになるな。これから、どうする? またお前の家を探してやろうか?」


 ケインは、意外そうな目で、レオンを見上げた。


「付いて行っちゃだめなの?」


 そのすがるような少年の目に、レオンは思わず微笑み、彼を抱き寄せた。


「俺は旅を続ける。ゆく先々には、『赤いオオカミ族』なんかよりも、もっと凶悪な連中が待っているかも知れないし、化け物だっているかも知れない。それでも、お前は、ついてくるか?」


 ケインは、瞳を輝かせた。


「悪いヤツをやっつける旅なんでしょ? ぼくも、もっともっと強くなって、レオンと一緒に、そいつらをやっつける!」


 レオンは、笑いながら、ケインを肩に担いだ。


「よーし! じゃあ、これからは、俺とお前は親子だ! 今日から、お前も『ケイン・ランドール』と名乗り、正義の親子戦士として、世の中の悪を倒して行こうぜー!」


 レオンは、ケインを担いだまま、ウマへと走っていく。ケインも、彼の頭の上で、はしゃいでいた。


「よーし、じゃあ、さっそく、隣町のミルガウへ向かって、出発だー!」

「おーっ!」


 ケインも、彼にならって、一緒に拳を振り上げた。


 レオンとケインを乗せたウマは、西の方向へ、ゆっくりと歩き出した。


「そっちじゃないよ、レオン」


 ケインが、振り向いて、訴える。


「そ、そうか」


 彼は、慌てて、ケインの指した東の方角へと、方向転換した。


「レオンは方向オンチだからなあ。ぼくがいてよかったでしょ?」


「……うるせえな!」


 調子を狂わされ、面白くなさそうに、ぶつぶつ言っているレオンに、少年の可愛らしい笑顔は、いつまでも輝いていた。

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