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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第七章 伝説の剣 Ⅴ 最後の戦い
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旅立ち

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.9.17)

「お前の生まれ故郷はルーヴェイス。俺の出身地だ。お前の母の名は、ユリア・フェルミカルヴァ。違うか?」


「ユリア・フェルミ――! かあさんの……かあさんの名前だ!」


 老魔道士に連れられ、空間を移動して戻った二人は、診療所の別室で、リディアを伴っていた。

 ひとしきり、彼女との再会を堪能した後である。

 だが、ケインが抱きしめたリディアの表情には、僅かながら曇っていたことなどは、誰も気付かない。


「ユリア――俺の愛した、唯一人の女性だった……」


 ケインもリディアも、じっと聞き入っていた。

 レオンは、改めてケインの顔を見つめると、再び語り始めた。


「お前には、ユリアの面影がある。彼女もお前と同じ、深い青い色の、ちょっと目の端の上がった、ネコのような瞳に、明るい栗色の髪をしていた。お前が女だったら、さぞかし美しく、ユリアに生き写しだったことだろう」


「昔、かあさんが言ってた俺のとうさん――一流の剣士で武道家だったっていうのは……」


「俺だ。多分な」


 レオンが、にやっと笑ってみせた。


「……だって、レオンは……奥手だったんだろ? いつの間に……」


 じろっと、レオンがケインを睨むが、ふっと笑う。


「実はな、バスター・ブレードを取りに出かける前日、俺が無事戻ってこられたら式を挙げようと、俺たちは固く将来を誓い合った。


 だが、彼女は、俺が、もしかしたら、もう生きてこの村に帰って来ることはないのかも知れないと、ずっと心配し、不安を拭い切れないでいた。そんな彼女を、俺も放っておけない気になっていた。そして、その夜、……彼女と俺は、ずっと一緒だった。お前は、多分、……その時の子だろう」


 ビクッと身体を震わせたケインの頬が、微かに赤らんでいく。


「ケインがもうちょっと若かったら、違うやつの子供かも知れんかったのう」


「ああ、そうだな。だけど、彼女も一途な娘だったからなあ」


 老魔道士とレオンは、陽気に笑っていた。




「大魔道士様! 大魔道士様!」

「なんじゃ、騒々しい!」


 小柄な青年新米魔道士が、その異様な空間に現れた。

 天地もなく、壁もない、異様なうねりと(ゆが)みの生じた空間の狭間。


 一見して魔道士とわかる黒いフード付きマント姿の連中が、黙々とたむろしている。

 その中のひとり、特別に威厳のある、青いフードを被った白髪の老人が、眉間に皺を寄せ、転がりこんできた男を見下ろした。


「ザンドロス様が、倒されました! マスター・ソードを持った少年に!」


 男は(ひざまず)き、泣き叫ばんばかりに報告する。


「わかっておる。今し方知った」


 白髪の老魔道士は、青いマントを(ひるがえ)し、男に背を向けた。

 男は、すがりつくように続けた。


「その少年だけではなく、一緒にいた男も、『魔物斬りの剣』を持っておりました! 確か、……バスター・ブレードとかなんとか……」


 老魔道士の眉が動く。


「バスター・ブレードじゃと……?」


 白髪の魔道士は、顔だけ振り向いた。目だけが、ぎらっと、鋭く光を放っている。


「その男の名は?」


 更に頭を低くして、新米魔道士が答える。


「はっ、確か、どちらかがケイン・ランドールで、どちらかがレオン・ランドールだったと思います」


「ちゃんと覚えておかんかーっ!」


「アウウッ!」


 老魔道士が指を鳴らしただけで、小柄な新米魔道士の身体はよじれ、苦しさに悲鳴を上げた。


「すみません! どちらも似たような名前だったもので!」


 よじれから解放され、ぜいぜいと乱れた呼吸を整えながら、新米魔道士が懸命に言い訳をした。


「もうよい! ワシは、それどころではなくなった、貴様は、マスター・ソードの少年の名前を、はっきりと調べよ! それが出来なければ、今度こそ命はないと思え!」


「は、ははあ!」


 新人魔道士は、地面と思われる場所に頭をこすりつけるようにして、伏せた。


「ベアトリクス王国の様子はどうじゃ」


 近くにいる背の高い魔道士に、老魔道士が尋ねた。


「は。依然として、例の大魔道士は、姿を現しません」


「ちっ、ゴールダヌスの奴は、まだ見つからんのか! セルフィス王子の様子は、どうじゃ?」


「は。それが、最近、強い結界によって、様子を探るのも難しくなっております」


 老魔道士の眼に、怪訝そうな光が浮かんだ。


「結界じゃと? 護衛だったマリスとかいう小娘は、魔力は高くとも、魔法は使えないと聞いておったが、違うというのか!」


「いいえ、彼女ではないと――。ベアトリクスが、優秀な魔道士を王子の護衛につけたものと思われます」


 老魔道士の青いフードの中で、皺深い額には、一層深く皺が刻まれた。


「ということは、正規の魔道士の分際で、そこまで力を持つというのか……。いずれ、何かしら手を打つとしよう。貴様らは、そのまま王子を見張れ」


 老魔道士は、青いマントを翻すと、その異様な空間のうねりの中に、消えていった。




「俺、旅に出ようと思うんだ」


 村の施設を見下ろせる大木に寄りかかり、ケインが口を開いた。


「いつかは、そう言うんじゃないかって、思ってた」


 同じ木を挟んで寄りかかるリディアが返し、ぽつんと付け加えた。

「思っていたよりも早く、その言葉を聞くことになるとはね……」


「世の中には、魔物や悪いヤツもたくさんいる。ローダンの山なんて、ほんとに魔物の巣だったよ。正直言って、帰りもあの山道を通らなくちゃいけないなんて、ぞっとしたっていうか、うんざりしたよ。だけど、俺が旅に出る理由は、それだけじゃないんだ」


 ケインは、言葉を区切ってから、リディアを振り向いた。

 彼女も微笑もうとするが、どうしても、淋し気な笑顔になってしまうようだった。


「今回のあの魔道士だけじゃなく、マスター・ソードに目を付けるものは、他にもたくさんいるかも知れない。その度に、この村を巻き込みたくないんだ。リディアのいるこの村を。もしかしたら、俺がいることで、村に災いをもたらしちゃうのかも知れない。それもあって、旅に出ようと思ったんだ」


「あなたは、そういう人よ。前から、ひとつのところに落ち着く人じゃなかったもの。やすらぎとか、平和な世界よりも、波瀾万丈な冒険の中に、自ら飛び込んでいく人なんだわ」


「厄介な性質だな」


 ケインが苦笑いをした。


「でも、……私は、そんなあなたを好きになったわ。だから、止めない。ケインは、冒険を続けて」


 潤んだエメラルドの瞳で、彼女は、彼を見つめた。


 その瞳を見つめてから、ケインは、思い切って、切り出した。


「旅に出ようって思った時から考えてたんだけど、……リディア、一緒に行かないか?」


「えっ……」


 彼は、リディアの手を取った。


「一緒に行こう! 一緒に、旅に出よう!」


「ケイン……」


 彼女は戸惑ったように彼を見ていたが、やがて、首を横に振った。


「……気持ちは嬉しいけど……、私、あなたと一緒には行けない」


 ケインの表情に、困惑の色が浮かぶ。


「なんでさ!? 悪い奴らや恐ろしい魔物からも、絶対に守ってみせるから! それとも、俺が嫌になったの?」


 リディアは、首を横に振るばかりだった。


「それなら、一緒に行こうよ! 俺が守るから、絶対に守り通すから!」


 彼女は、そう言い続けるケインから、拒むように離れると、背を向け、俯いた。


「リディア……?」


「私は、あなたの運命の(ひと)ではないの!」


 突然の強い口調に、近付こうとする彼の足は止められた。


「……運命の(ひと)だよ、俺にとって、リディアは、運命の女なんだよ」


 その時、ケインは、リディアの言う『運命の(ひと)』の意味を、完全に理解してはいなかった。

 それも、彼女には、わかっていた。


 リディアがケインを再び振り返った時、ケインは、はっと息を飲んだ。

 彼女の両方の瞳からは、ぽろぽろと涙があふれていたのだった。


「違うの……違うのよ! ……どんなに愛し合っても、私たちは、一緒にはなれない運命なのよ!」


 叫ぶように絞り出す彼女の言葉は、彼の全身に、強い衝撃を浴びせた。


「……リディア、……まさか……未来を――?」


 リディアは両手で顔を覆い、嗚咽していた。


 放心していたように、黙ったまま、ケインは彼女を見つめていた。




エピローグ


「レオン、本当に行かないのか?」


「ああ、俺は、この村が気に入っている。それに、戦士としての自分の限界も、よくわかってるしな」


 二年近く住み慣れた家を離れ、ウマを連れたケインを、レオンと老魔道士が、村の門まで見送りに来ていた。


「引退するには、まだ早いんじゃないの?」


「そんなことはねえよ」


 レオンはバスター・ブレードを右手で握る。

 剣は、しばらくして彼の手から滑り落ち、それを彼は左手で持ち替えてみせた。


「……いつからだ」


 ケインが睨む。


「もう一年以上も前からだ。なあに、日常生活には支障はねえから、大丈夫だ」


「なんで黙ってたんだよ!」


 食ってかかりそうになるケインを、老魔道士が押さえた。


「とにかく、もう戦場で剣は振れねえ。魔物を倒すのだって、この右手を(かば)いながら戦い続けるには、いずれお前の足を引っ張ることにもなるだろう。この辺が、潮時なんじゃねえかって、俺も思っていたところなんだよ」


 言い終わると、レオンはバスター・ブレードをケインに放った。

 剣は、ずっしりと、ケインの腕に重みを与える。

 彼は、顔を上げ、レオンを見つめた。


「俺にはそれしかない。戦士レオンは、もう死んだものと思って、それを引き継いでくれ。俺の意志はお前の意志だ。多分、巨人族も、剣を取り返しに来たりはしないだろう」


 穏やかな笑みを浮かべたレオンは、言った。


「だって、これがなかったら、これからどうやって、レオンは自分の身を守るんだよ!」


「その剣は、俺には重過ぎる。鍛冶屋で適当な剣を、護身用に作ってもらうさ」


 レオンの決心は固いことがわかり、説得を試みるのは無駄だと、ケインは悟った。


「淋しくなったら、いつでも戻ってこい。化け物の巣ん中叩き込んで、発破(はっぱ)かけてやるからさ」


「ひどいな! ほんとに父親の言葉か?」


 二人はじゃれ合い、いつもの様子を装ってみせた。ふと、ケインが診療所の二階、リディアの部屋を見上げる。

 窓は、固く閉ざされたままであった。


「あれを許してやってくれんかね、ケイン」


 老魔道士が、悲しげな表情で言った。


「ワシが、お前たちのところに行っている間に、リディアのやつは、自分や特定の人間の未来を覗いてはならぬという魔道士の誓いを破り、あの水晶球で、お前の少し先の未来を覗いてしまったようなのじゃ。お前が生きて戻ってこられるかが、よほど、心配だったんじゃろう。


 すると、お前の隣にいるのが自分ではなく、別の知らない者のようじゃったので、ショックを受けておるのじゃ。お前を想うが故にしてしまったことなんじゃ。あの愚かな娘を、どうか許してやっておくれ」


 ()る瀬ない想いを瞳に浮かべていたケインは、ふっと微笑んだ。


「せんせい、俺はリディアを恨んじゃいないよ。自分の好きになった(ひと)を、嫌いになんかなれるわけないじゃないか。


 俺にとって、彼女が運命の(ひと)じゃなかったんなら、彼女にとっても、俺が運命の(ひと)じゃなかったってことだろ? だったら、いつか迎えに行くとか、そういう約束もしないで、このまま行くことにするよ。


 リディアの運命のヤツが、これから現れるんだとしたら、それは、それで、祝福してあげたいと……今は、まだちょっと無理だけど、いつかは、そう想えるように、努力するつもりだよ」


 ケインは大きく手を振り、ウマを連れ、村を出て行った。

 レオンと老魔道士も、彼の姿が見えなくなっても、ずっと見送り続けていた。


(リディアは、魔道士を目指していたから、人一倍、占いや、運命だとかを気にしたのかも知れない……)


(だけど、あの時、未来さえ覗いていなければ、俺と一緒に、村を出て来てくれたんじゃないのか? そして、俺たちは、いつか一緒になったかも知れない)


(旅立たなくては、(かな)うものも叶わない。彼女は、そうは思わなかったんだろうか?)


(淋しい想いをさせていたり、リディアに対して配慮が足りなかった俺も、もちろん悪かった。だけど、……運命なんかに惑わされずに、……むしろ、運命なんか変えてみせる! って……それを彼女に言って欲しかったと望むことは、俺のわがままでしかないのか……?)


 冷たくなってきた風に、馬上でマントに包まった彼の心の中で、その想いは、次第に、深いところに沈められていった。


 伝説の剣を手に入れることは、大事な何かと引き換えであるのかも知れない――そんなことを、ケインは考えていた。


 バスター・ブレードを手に入れたレオンは、最愛の恋人を亡くした上に、彼女の死に目にも会えず、ドラゴン・マスター・ソードを手にした自分にも、父親と恋人との別れが、一遍にやって来た。


 運命と言えば、マスター・ソードを目指して旅立ったあの日、既に、彼の運命は決まってしまっていたのかも知れない。


 だが、彼の父親は、知らなかったとはいえ、彼の息子と十年も一緒に過ごしてこられた。


 悪いことばかりではない。


 ケインは、そう思うようにして、ウマの歩を、一歩ずつ、前へ、前へと進めていった。


 運命的な仲間たちと、出会う日まで――。


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