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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第六章 伝説の剣 Ⅳ マスターソードの主人
16/21

ドラゴン・マスター

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.9.17)

 本来、ドラゴン以外のものが卵を孵化(ふか)させるには、二、三年必要だと言われていたが、マスターから与えられたのは、孵化間近の卵で、それが孵ってから育てることがケインの最終課題であった。


 人間界のトリたちが卵を温めるのと同じく、ドラゴンの卵も温めるが、ヒトの体温では不十分だ。

 ケインは暖炉の火を燃やし続け、そこに卵を入れた。


「ドラゴンたちは、時々卵に炎を吹きかけてるくらいだから、このくらいの火で燃えちゃうことはないんだって」


 ケインはしゃがみこみ、暖炉の中の卵を、キラキラとした目で見つめながら言った。

 レオンとリディアは、目を丸くしている。


「それはわかったが、ケイン、今は暑い季節だぞ。それでも、その暖炉は燃やしてなきゃならんのか?」


「卵が(かえ)るまでの辛抱だよ、レオン。無理だったら、せんせいのところにでも泊まらせてもらってよ」


 レオンは咳払いをした。


「い、いや、俺も付き合おう」


 レオンの心配には及ばず、それから数日後に、卵に亀裂が入った。

 ケインは、物置小屋からハンマーを持って来ると、亀裂に向かって叩き始めた。


「おいおい、ケイン! そんなことしたら、ヒナが……!」


「大丈夫だよ、これくらい。これでも、殻が壊れるわけじゃないから。ヒナが自力で出て来られるように、殻を破れやすくしておくんだ」


 出来た亀裂にハンマーを数回打ち下ろし、殻のあちこちを観察するケインを、レオンが黙って見守る。


「俺がマスターに教わったのは、ここまでだ。後は、ドラゴンが生まれてみないとな」


 ケインは、卵を見つめ、呟いた。




「レオン! ドラゴンが生まれたよ!」


 朝早く、ケインに起こされたレオンは、眠い目をこすりながら、ベッドから起き上がった。


「……!?」


 ケインの両手に抱えているものに目をやると、もう一度目をこする。


「なっ? 意外とカワイイだろー? ミニドラゴンて感じでさー」


 ケインは、すっかりはしゃいでいるが、レオンの目は、ケインのてのひらに釘付けになっていた。


 その日の午後、施設の手伝いを終えたリディアが、やってきた。


「な? リディアもカワイイと思うよな?」


 リディアは、声も出せず、立ち尽くしていた。


「こいつ、何の種類かなぁ? コウモリみたいな翼があるから、飛べるんだろうな。そのうち、飛ぶのかなぁ。……おいおい、そっちに回るなよ、くすぐったいじゃないか!」


 首の後ろを押さえて、ケインが笑う。

 レオンとリディアは、無言で目を凝らすばかりだった。


「……なあ、リディア、あのドラゴン、……見えたか?」


 リディアを送るついでに家を出たレオンが尋ねた。その前を、ケインがドラゴンを肩や腕に止まらせて、楽し気に語りかけながら歩いている。


「レオンも、見えてなかったの?」

「……やっぱり、そうか。俺の目がおかしいのかと思ったが……」


 行く先々で、ケインがドラゴンを連れ歩くも、その姿を見ることが出来たものはいなかったのだった。


「ねえねえ、ちょっとちょっとレオン」


 肉屋のおかみが、レオンの腕を引った。


「いったい、どうしちゃったんだい、ケインは? ドラゴンがなんとかって言ってるけど、あたしにゃあ、ムシの一匹も見えやしないよ」


「あ、ああ、やっぱり、そうかい?」


「あんたにも見えないのかい?」


 おかみは、小声になった。


「こう言っちゃあなんだけど……、ケインは、頭がおかしくなっちまったんじゃないだろうねぇ?」


「いやあ、そんなことはねえと思うけど……」


 このようなやり取りは、その後もしばらく続いた。




「お前は、こんなにカワイイのに、どうやらみんなには見えないみたいなんだ。残念だよな」


 窓辺で、ミニドラゴンの相手をしながら、ケインは語りかけていた。

 彼にしか見えない小さなドラゴンは、大きな瞳をくりくりと動かして、一声鳴いた。


「この可愛い声も、皆には聞こえてないんだろうな」


 ケインは溜め息をつき、ドラゴンの頭の上の、まだ生えたての、丸みのある二本の角に触れ、そのまま頭を、背から尾にかけて連なる背びれのような三角のとげを、指でなぞっていき、(やじり)のような尾を、愛おしそうに、やさしく撫でていった。


 ドラゴンが、もう一声鳴いた時だった。


 ケインとドラゴンの周りだけが、突然暗くなった。

 驚いたケインは立ち上がり、辺りを見回した。


 家の中も外もなく、上も下も横もなく、そこは、無限に広く感じられた。

 暗い中にも、ところどころ、点のような灯りも見え始めた。

 宙に浮いているのか、そうでないのかもわからず、まるで、星空の中に、ぽつんとひとりでいるようだった。


 その、星だと思っていたものの一つが、徐々に近付いてくる。

 それが、翼を広げたトリのような姿だとわかると、ケインは叫んだ。


「ギガロス!?」


 ギガロスのように、黒くもなく、白くもなく、透明でもない。

 羽毛のない、茶褐色の皮膚をした、トリのような(くちばし)の、ギガロスそっくりなものは、二本の足を揃え、地面があるかのように止まると、コウモリのような翼をたたむ。


「ギガロス……じゃないのか? でも、よく似てる。翼竜とか飛竜とか、言うのかな?」


 ケインは、おそるおそる、巨大なトリに近付いた。


「……始祖鳥……そうか、ギガロスは始祖鳥っていう種類だったんだな!」


 ケインは、すぐ後ろに飛んで来たミニドラゴンを振り返った。

 ミニドラゴンが、教えてくれたと思ったのだ。


「そうか、ドラゴンの先祖かも知れないんだな」


 ケインは、「触れてもいいか?」と様子を伺いながら、始祖鳥の足、腹、翼に触れる。

 ケインのすぐ横では、ミニドラゴンが肩の高さで浮かんでいる。


 始祖鳥が消えると、別のものが、別の方向から現れる。

 翼に爪のある、大きなカギ爪の二本足で、尾が長い。ヒトの世界で言い伝えられている西洋竜に近い形をしている。


「ワイバーン。デカくて、気の荒いドラゴンか!」


 ケインはミニドラゴンを見て、頷いた。


「カオはコワいけど……でも、カッコいいよな!」


 そうっと、巨大なワイバーンにも触れているうちに、なんだか徐々に、ドラゴンと気持ちが通じ合っているような気になってきていた。


 その後も、ケインが一人きりの時に、窓辺に座り、ミニドラゴンをあやしていると、度々、部屋は星空の中となり、そうして、数種類のドラゴンが現れるのだった。


 時には、ドラゴンの姿そのものではなく、別の形で登場することもあった。

 手に乗る程度の水球に思えるような、丸くても、ぷるぷると形が定まっていないような、まるで水を閉じ込めたかのようなものが、ケインのてのひらで浮き、その中には、水色の(うろこ)のドラゴンが存在していた。


「これは、この間見たリヴァイアサンみたいに、海にいるアクア・ドラゴンか。

サーペントタイプかな? でも、よく見ると、小さい翼があるな。飛べるのかな?」


 また別の機会に現れたものも、尖った氷のような結晶の上半分が、揺らめいた炎のように原形を留めず、ケインの手の上に浮かんでいても温度を感じない、そのようなものの中にいる数種類のドラゴンを見ることもあった。


「これは、地中に眠る生命の力――みたいなものを感じるな。氷みたいなクリスタルっぽいところも綺麗だし、この赤い炎もキラキラしてて、これも石なのかな? 綺麗だなぁ」


 赤い炎のような部分の中にいるドラゴンは、じっとしている。


「この炎の中にいるのは、レッド・ドラゴン? その更に上が、フレア・ドラゴンか。ほとんど炎で出来てるみたいに見えるな。それで、こっちのクリスタルのところにいるのが、アイス・ドラゴン、ブリザード・ドラゴンか。雪とか氷で出来てるみたいに、綺麗だなぁ! 


 クリスタルと炎の間にいる、これは? ……ふうん、グランド・ドラゴンとか、アース・ドラゴンとかいうのか」


 そして、剣に魔石の力を解放した時に感じた、ダーク・ドラゴン、ホワイト・ドラゴンはもちろん、西洋竜の仲間で他のドラゴンたちを見ることもあったのだった。




 一〇ヶ月が経ったある日、ケインがテーブルで羊皮紙に書き物をしているところへ、リディアが訪ねてきた。


「ごめん、リディア、これ、もうすぐ仕上げないといけないんだ。そこに座って待っててくれる?」


 今度は何を始めたのかと、リディアが覗き込むが、何も書かれていない。


「何を書いているの? そのペン、ちゃんとインクを付けてるの?」

「えっ? これも見えないのか?」


 ケインが顔を上げる。


「ああ、そういえば、マスターが言ってたんだった。このインクは、俺とマスターにしか見えないんだって。時々ミニドラゴンの見せるいろんなドラゴンを観察して、どれがどんなドラゴンか、どんな性質か、どう感じ取ったかとかを、書いて渡せば終了さ」


「そう、やっとその試練が終わるのね? もう他に課題はないの?」


「うん。もうないはずだよ」


 ケインも、晴れ晴れとした笑顔で答えた。

 リディアの表情が明るくなる。


「どうやって、渡すの?」


「ミニドラゴンが巣立つと同時に、運んでいくんだ」


 少し淋しそうな顔になったケインだが、リディアの方は、ホッとした様子だ。


「いろんなドラゴンを見たけど、結局、お前は何の種類なのか、全然わかんなかったな。お前は、幻のドラゴン……なのかな?」


 ペンを置き、テーブルの上をひょこひょこ歩いていたミニドラゴンを、ケインが持ち上げる。

 一声鳴いたことも、相変わらず、リディアには聞こえていない。


「ねえ、それを書き終えてからでいいんだけど、ピクニックに行かない? トリの薫製で作ったスモークサンド持ってきたの」


 リディアがバスケットを手にしていることに、ケインは今気が付いた。




 二人で出かけるのは、ドラゴンの卵が孵って、数ヶ月ぶりであった。


「なんだか、久しぶりね。こうして、二人で出かけたの」

「ああ、そうだな」


 ケインの家から近い、見晴らしの良い丘に、二人は来ていた。

 リディアの持って来た敷物の上で、ケインは足を投げ出して座った。リディアは、長いスカートで足を隠すように、ふわりと座っている。


「ドラゴンの研究は、どう?」


「ああ、いろんなタイプがいて面白いよ」


「怖くはないの?」


「怖くなんかないよ。そりゃあ、カオはちょっと怖いけど、見慣れれば、可愛いのだっていたぜ。時々ミニドラゴンの見せる幻影みたいなものを見てるうちに、ドラゴンの壮絶な生き方を知ったよ。絶滅したものなんかもいたし、当然、俺の知らないことばかりだった。


 人間からは悪者扱いされるドラゴンだけど、東洋とか、地域によっては神のように扱われることもわかった。人間界にもいるって言われてるけど、ドラゴンは妖精族の一種でもあって、それぞれのドラゴンの棲むエリアもあるんだ。


 彼らの物語の壮大さに、俺は、ただただ圧倒されるばかりだった。ドラゴンの歴史に比べたら、人間界で起きていることなんか、小さなことに思えて。わかってはいたけど、俺なんて、まだまだだよなぁ」


 リディアは、ふと淋しそうな表情になった。


「なんだか、ケインが、私の知らないところに行ってしまったみたい……」


 ケインは、意外そうに、リディアを見つめた。


「ドラゴンのヒナだって、私たちには見えないし、もちろん、いろんなドラゴンだって見れないし……。


 伝説の剣を手に入れたということは、やっぱりすごいことなんだ、って実感していくと同時に、あなただけが、どんどん特別になっていってしまうように思えてならなかったの。


 もちろん、その特別なことも、マスター・ソードを持つために必要なことなんだって、割り切ってるけど……なんていうか……、一緒に共有出来ないのが悔しいっていうのかしら。私にも、せめてミニドラゴンだけでも見えたらいいのに、そうしたら、ケインと一緒に、喜びを分かち合うことも出来たのになぁ、って思って……」


「リディア……」


 ケインは座り直すと、リディアの肩を抱き寄せた。

 リディアが伏せ目がちにケインを見上げる。


 二人の瞳が閉じられ、どちらともなく顔を近付けていった時、


 バリバリバリッ!


 突如、敷物の上にあったバスケットが、勝手に壊れていった。


「きゃあっ!」


 リディアが悲鳴を上げ、ケインの後ろに隠れた。


「あっ! こら!」


 ケインが慌ててバスケットを取り上げたが、中にあった食べ物は、食い散らかされていた。


「ミニドラゴン、お前、いつの間に来たんだ? あーあ、せっかくのスモークサンドが! まだ一口も食ってなかったのにー!」


 怯えるリディアが目を凝らしても、やはり、ミニドラゴンの姿は見えない。


「ごっ、ごめん、リディア。ミニドラゴンのヤツが、全部食っちゃったみたいで……」


 ケインがドギマギした顔で謝ると、リディアは、引きつった笑顔で応えた。


「い、いいのよ、今度また作って来るから」


「ホントにごめん! バスケットも、後で買って届けるから」


「いいのよ、気にしないで」


 リディアは、さっさと敷物をたたむと、言った。


「やっぱり、ちゃんと課題が終わるまでは、会わない方がいいみたいね。私、ケインの邪魔してたみたい」


 ケインが、ホッとした表情になったのを、彼女は見逃さなかった。


「そ、そう? リディア、ごめんな。俺も、なるべく早く課題終わらせるようにするからさ。全部終わったら、またデートしような!」


 慌ててケインは、リディアの頬に口付けると、見えないドラゴンを脇に抱え込み、そそくさと逃げるように、丘を駆け下りていった。


「……そう、あなたにとっては、デートの方が後回しなのね?」


 引き留める気もないのか、課題の合間にも自分と会う気はないのかと、静かな怒りにも似た思いをぶつけるよう、ケインの後ろ姿をにらんでいたリディアであったが、そのうち、仕方のなさそうに、溜め息をついた。


「……だから、コドモだっつうの」


 溜め息と同時に、そんな言葉がもれていた。


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