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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第六章 伝説の剣 Ⅳ マスターソードの主人
15/21

帰還

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.9.17)

「ケインが旅立ってから、一ヶ月以上経つわ。本当に大丈夫なのかしら」


 今日も、チュイルの村の、親のいない子供たちの施設では、リディアが溜め息混じりに、レオンと話をしていた。


「俺がバスターブレードを手に入れた時なんか、巨人族の村で過ごしたのは、たった一、二週間だってのに、人間界じゃ三年も経ってたぜ。伝説の剣を手に入れるのは、そう簡単にはいかないもんなのさ」


 レオンは、調理場の(かまど)に、薪をくべながら、軽い口調を装ってみせた

が、内心では、彼も心配には違いなかった。


「そう、そんなにかかったの」


 リディアが驚いて、レオンを見る。


「じゃあ、もしかしたら、ケインも……そのくらい、かかっちゃうかも知れないのかしら?」


 レオンは、慌てて、彼女を見直した。

 だが、彼の心配に反して、リディアは、それほど落ち込んではいないようだった。


「二年でも三年でも、私はケインを待ってるわ。だって、必ず帰ってきてくれるって、約束したんだもの」


 ケインがあげたというペンダントを握り締め、リディアは言った。


 レオンが施設を出て、診療所の仕事に向かうところだった。


「……!」


 診療所の外に立っている、見慣れた少年の姿が、そこにあった。


 二人は、互いの姿を認めると、硬直したように、しばらく口もきけず、立ち尽くしていた。


 やがて、少年が口を開く。


「……家に行ったらいなかったから、多分、こっちだと思って。……ほら、これ」


 少年が顔をほころばせて、手にしている剣を持ち上げてみせた。


 レオンは穏やかな笑顔で、ゆっくりと両手を広げると、そこへ少年が、駆け込んだ。


「よく戻ったな。ケイン……!」


「ただいま、レオン!」


 レオンは、ケインを強く抱きしめた。こみ上げてくるものを、必死で抑えながら。

 ケインの方も、彼の胸に顔を埋め、ようやく、ほっと出来たに違いなかった。


 しばらくの抱擁の後、レオンが口を開いた。


「伝説の剣は、後でゆっくり拝ませてもらうとして、……リディア! リディア!」


 レオンが大声を張り上げると、診療所から黒髪の少女が現れた。


「どうしたの? レオンたら、大声で――」


 彼女の足は、少年の姿をとらえた瞬間、止まってしまった。

 リディアのエメラルドのような瞳は、大きく見開かれた。


「ただいま、……リディア」


 レオンから離れたケインが、一歩ずつリディアに近付いていく。

 リディアは声も出せずに、両手を口に当て、ただ彼の顔を見つめるばかりであった。


「どうした? 俺のこと、忘れちゃったのか?」


 ケインは、彼女の前で見せていた親し気な微笑みを、彼女の記憶よりも、少し大人びたその顔に浮かべた。


「……ケイン……、本当に、ケインなのね!?」


 リディアの瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。

 ケインは、リディアを抱きしめた。


「戻ってきたんだ、リディア。マスター・ソードを手に入れて――!」


「……おかえりなさい、ケイン!」


 彼女は、それだけ言うのがやっとであった。後は言葉にはならず、ケインの腕の中で泣きじゃくっていた。

 彼もまた、彼女を抱きしめながら、群青色の瞳を潤ませていた。




「それでさ、そのマスターってのが、すげーヒトを食ったヤツでさー」


 チュイルの村は、もう日が沈みかけていた。

 美しい夕焼けを、ケインとリディアは、施設から少し離れた、見晴らしの良い大木の枝に腰掛け、眺めていた。


 彼女にとって、少々大人びたように見えた少年であったが、もう普段の彼の、少年らしい、あどけない調子に戻ったように思えた。


「これ、なんだかわかる?」


 皮の袋から、ケインが、両手に乗るほどの、卵形をした大きな塊を見せた。

 青い色の石に、ところどころ、オレンジ色のアラベスク模様が入っている。


「珍しい石ね」

「これ、ドラゴンの卵なんだって」

「ドラゴンの!?」


 リディアは、驚きと恐怖の混ざった顔になった。

 対するケインは、微笑んでいた。


「俺の受け継いだマスター・ソードはね、言ってみれば器で、ドラゴンの力を授かって、初めて本来の力を発揮出来るんだ。そのドラゴンたちの意志を、うまく引き出すためには、ドラゴンと心が通じ合い、信頼し合う必要があってさ。


 ドラゴンの卵を(かえ)して、巣立つまで約一年間育てることで、常におおらかな気持ちでいるようにって。俺の、たまに頭に血が上ってしまう面をなんとかするっていうか、自分を知り、コントロールする鍛錬にもなるって、マスターが最後に出した課題なんだ」


「一年も!? ドラゴンて、凶暴で凶悪で、とても人間じゃ太刀打ち出来ないじゃない? そんなものが生まれてしまったら、手がつけられないんじゃないの?」


「う~ん、どうだろうなぁ。ただ、こうして、持っていると、そんなに悪いヤツじゃない気がするんだ」


 リディアには半信半疑であったが、ケインは、わくわくしているように、瞳を輝かせていた。


「何か、私にも手伝えることがあったら、言って」

「大丈夫だよ。俺ひとりで世話しなきゃいけないらしいし」

「そう……」


 リディアは、ほっとした反面、少し淋しさも覚えていた。


「……それで、そのマスターって、私たちとそれほど年の変わらない少年だったの?」


 気を取り直して尋ねたリディアの頬は、夕日に照らされ、オレンジ色に染まる。眩しそうな目で、隣の少年を見つめていた。


「それは、どうも仮の姿らしいんだ。グレンリヴァーの話だと、マスターは、気分で、姿をころころ変えるらしい。厳格な老人だったかと思うと、まだ年端も行かない子供にもなったりらしくて」


「急用が出来たっていうのは、何だったのかしら?」


「さあな。どっかの国を見に行くとかなんとか、よくわかんないこと言ってたけど、それも俺を混乱させて、面白がるために、わざとそう言ったのかも知れないし、課題を出すのに飽きちゃったのかも知れないしな。とにかく、変なヤツだったよ。そう言えば、マスターのヤツ、最後に何か変なこと言ってたな。『そのうち、僕の遣いの者と会うだろう』……とかなんとか」


 ケインは、木の枝から葉をむしり取り、口にくわえた。


「そのグレンリヴァーさんていう甲冑の騎士は、一体、何者だったのかしら?」


 ケインの話に興味を示すリディアは、瞳を輝かせていく。


「ケインは、その人のこと、『ヒトらしい』とは思えなかったんでしょう? 確かに、マスター・ソードのあったところは、並の人間は住めないところなのでしょうけど」


「初代のマスター・ソードの持ち主だったらしい。もっとも、剣が代々受け継がれていって、一代がすごく長かった人もいれば、そうでない人もいたっていうし、一代ずつの間隔がかなり空いてたらしいから、……俺で十五代目とは言っても、彼は、多分、二~三〇〇〇年以上前の人だったかも」


「……もしかして、……亡霊……?」


 夕日を見据えながら話していたケインが、ちらっと、リディアを見た。


「……多分な」


 リディアは、大きく目を見開いた。恐怖というよりも、かなり興味を引かれたようだった。


「それで、その大きな黒いトリのような翼竜は――」

「おいおい、リディア」


 次々と繰り出される質問を、ケインが、笑いながら打ち切った。


「マスター・ソードの話は、もういいじゃないか。せっかく帰って来たのに、俺のことなんかより、そっちの方に関心あるの? そりゃあ、ちょっと淋しいな」


「そ、そんなこと……」


 リディアの顔が、一気に紅潮した。


 彼女を見つめるケインは、真面目な表情になった。


「出発の朝に、俺が、きみに言おうとしていたこと、何だかわかる?」


 吸い込まれるように、その深く青い瞳を、彼女は見つめ続けている。


(ケイン……なんだか別人のように、大人びたっていうか……)


 見慣れていたはずの少年であるのに、彼女の瞳には、以前よりも大人び、更に、たくましくも映っている。


 そんな彼を、眩しく感じているうちに、彼女は、自分の鼓動が、だんだんと速まっていくことに戸惑いながらも、またどこかでそれを心地よく思っていることに、気が付いた。


「リディア、……俺……」


 ケインが、彼女に向き直った時だった。


 バキバキバキ……!


 重みに耐え切れず、二人の腰掛けていた枝が、とうとう悲鳴を上げた。


「きゃあああ!」


 二人の身体は、今まで座っていた枝と共に、真っ逆様に地面へと落ちていった。


 ケインはとっさに左手でリディアを抱え込み、ドラゴンの卵の入った鞄の紐を掴んでいた右手を、持ち上げた。


 二人は、どさっと、背から、草むらに落ちた。


「大丈夫!?」


 リディアは、自分の下敷きとなったケインから急いで降りると、膝をつき、必死に彼の顔を覗き込んだ。


「大丈夫だよ、これくらい。ちゃんと、ドラゴンの卵も守れたし、たいした高さじゃなかったから」


 卵の入った鞄を、そうっと草の上に置き、ケインは、それでも「いてて」と苦笑いしながら、起き上がろうとした。


「大丈夫なわけないじゃない! 私、結構重いのよ! 今、治すから――!」


 治療の呪文を唱えようと、リディアが両手をケインに翳したのを、ケインの手が掴んで止めた。

 彼女も、ハッとしたように、彼を見つめ直した。


「……好きだ、リディア。……ずっと前から……」


「……ケイン……」


 見つめ合っていた二人の顔は、吸い寄せられるようにして近付いていき、そうっと重ね合っていった。


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