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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第四章 伝説の剣 Ⅱ
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竜の谷

「ペンダントのおかげで、モンスターを気にせずに野宿できるのは、ありがたいんだけど……」


 ケインは、山の合間を流れる川の水面(みなも)に映る、自分の顔をおそるおそる見た。


「うっ、……なんてひどい……!」


 両手で川の水を掬い、ばしゃばしゃと顔を洗う。

 彼の顔は、一晩で虫に刺され、あちこち赤く腫れ上がっていた。


「魔除けは、虫までは除けてくれないらしい。こんな顔、リディアには、とても見せられない!」


 皮の袋から、塗り薬を出し、顔中に塗りたくる。


「うわっ、しみるー! ううっ、大きな試練の前に、こんなことで出端(でばな)をくじかれるとは。とんだ誤算だったぜ。カッコ悪いなー」


 顔を真っ赤に腫らした彼は、ぶつぶつ言って立ち上がった。


 山の中腹辺りまで来ているはずだ。

 昨日のうちに一山越え、あとは二山で、やっと診療所の窓からいつも見えていた『竜の谷』に辿り着けるだろうと、予測する。


「よお、あんちゃん、いいモノ持ってんじゃねえか!」


 しばらく山の頂上に向けて歩いていた時、見るからに柄の悪い男たちが現れた。


「その首飾り、随分、珍しい石で出来てんじゃねえか。俺たちに、ちょっと見せてくんないかね?」


 頭をモヒカンに刈った男が、舌舐(したな)めずりをして、ずいっと進み出る。


 ケインは、溜め息混じりに、肩を(すく)めた。


「やれやれ、こんなに日の高いうちから野盗かよ」


「なんだと、小僧!」


「ここは、俺たちの縄張りなんでぇ! 通りたきゃ、カネか金目のモノを置いていきな!」


 山賊たちは、ケインの前に、待ってましたとばかりに立ち塞がる。


(ざっと十人か)


 賊のひとりが振り上げる鉄の棒を、さっと(かわ)すと、ケインは反撃に出ると見せかけ、一気に賊の間を駆け抜けていった。


「お前らの相手なんかしてるヒマは、ないんだよ」


 ケインは首だけ後ろに向け、からかうように言った。


「待ちゃあがれ、小僧!」

「おのれ、逃げ足の速いヤツめ!」


 賊たちは、しばらく追いかけて走っていたが、彼らよりも身の軽いケインは、ぐんぐん引き離し、すぐに見えなくなった。

 賊は、悔しがり、地団駄を踏んだ。


(あんな奴等、いちいち構ってられるか! 早くマスター・ソードを手に入れて、リディアに……そうだ、リディアに大事な一言を言うんだ!)


 走りながら、そこで、はっと気が付き、思い直す。


(それまでに、この顔、治るかな……?)


 現時点での、彼の心配事は、それだけのようであった。




「ここか? 『聖なる竜の谷』って……!」


 村を出て四日が経っていた。


 ケインの目の前には、巨大な絶壁と、流れる一筋の滝、ごつごつとした岩肌が一面に広がっていた。

 その滝が流れ込む川は、岩山と緑をまたぎ、長く続いている景色が、東洋龍を連想させるとして『竜の谷』と名付けられているのだと、せんせいの言葉を思い出していた。


 周りには、遠くから見ていた時と同じく、雲を突き抜けているような、真っ白いもやがかかっている。


 とうとう着いたのだ! 『竜の谷』に!


 だが、辺りをきょろきょろ見回してみても、神殿らしきものは見当たらない。


「あの滝の上にあるのかな? だとしても、こんな急斜面、登って行かれそうもないし……」


 反り立った岩の斜面は、とても人間が、道具もなしに登って行けるような高さではなく、滝の上は、さらなるもやで見通せない。


 ケインは困って、斜面のふもとを歩き始めた。

 やはり、何度見ても、この絶壁を上るのは無理である。


 途方に暮れていた彼は、別の道を探してみることにした。


「だめだ! どうしても、ここに戻ってきてしまう!」


 がくっと膝をついた。急斜面ではない道を通ると、なぜか、滝のあるもとの場所に戻ってしまうのだった。


「レオンならともかく、俺はちゃんと土地感覚あるんだし……おかしいな」


 ケインは、心身共に疲れ果てていた。


 既に、とっぷりと日が暮れていて、これ以上は動き回れないと判断すると、今夜はこの場所で野宿をすることに決めた。


「岩ばっかりで痛そうだけど、しょうがないか」


 大きめの岩の影に座り込むと、フード付きマントに包まり、腰に下げていたロングブレードをしっかりと抱え込み、目を閉じた。


 まだいくらも眠らないうちに、ケインは、うっすら目を開けた。


 何かとてつもなく大きなものが、近付いてくるような振動が、地面から伝わる。

 剣を握る手には、徐々に力が込められていった。


「クエーッ!」


 空から聞こえてきた奇声に、思わず顔を上げ、驚いて声を上げそうになった。


 空には、巨大な黒いトリが一羽飛んでいた。

 否、一頭と言った方が合っていただろう。


 その後を、同じようなトリたちが、大きな翼を羽ばたかせて、何十頭と続き、頂上を旋回し始めたのだった。


「な、なんだ!?」


 驚いている間にも、地響きは近付く。


 滝の中から正体をあらわにしたものは、全身を鉄の鎧に覆われた、四つ足の巨大な生き物であった!


「メタル・ビースト!」


 ケインは、自分の目を疑った。


 それは、伝説上でしか存在しないと思われていた、鉄の皮膚を持つ金属獣によく似ていたのだった。


 鉄色の獣は、赤く光る、つり上がった目を、ゆっくりと向ける。


 獣から目をそらさずに、ケインは静かにロングブレードを抜き、低く構えた。


「こんなものが現実に現れるなんて……。やっぱり、ここは、伝説の剣のあるところに違いない! もしかしたら、こいつを倒すのが、剣を手に入れるための試練……?」


 金属獣は、川の水を跳ね上がらせながら、ごつごつした川原へ上り、ケインの目の前で止まった。


 獅子を思わせる(たてがみ)をも鉄で出来た頭部、鎧で埋め尽くされた四本の四肢に、やはり鎧に覆われた太く長い尾。


 頭の位置が、ケインの背丈の三倍高くある巨大な動物は、赤く光る目で、彼を見下ろしていた。

 その目を見ているうちに、ケインは、両手に構えたロングブレードを、降ろしていく。


『どうした? なぜ、かかっていかない?』


 威厳をはらんだ男の声が、辺りに重々しく響き渡っていた。

 獣の口は開いてはいない。


「メタル・ビースト――伝説上の生き物ではあるけど、魔獣じゃない。俺に対しても危害を加えるようでもなかったから、剣を降ろしたんだ」


 どこから聞こえているかわからないその声に、ケインは答えた。


『さっそく見抜いたか。では、まず、上に来るが良い』


 声と同時に、旋回していた大きな黒いトリが、ばさっばさっと羽音を立て、獣の隣に舞い降りる。


 トリは翼竜といった方が合っていた。

 ケインの前まで歩いていくと、足を折り曲げ、背中を向けて、尾を地面につけた。


「このトリが運んでくれるのか?」


 その問いに答えは返ってこなかったが、彼の五倍はあろうという翼竜の背によじ登り、首にしっかりと捕まると、途端に大きく羽ばたき、滝の上を目指して舞い上がった。


「まだ上がるのか!」


 振り落とされまいと必死に翼竜に捕まっているケインは、滝が遥か下方になっていくのを見て驚いていた。


 そして、掴んでいる自分の手元を見て驚き、危うく手を離しそうになった。


 翼の色が、みるみる変わっているのだ。


 黒かったものが、透明になり、白くなり、また黒に戻る。


 翼竜の皮膚全体が、毛の色に合わせて変化しているようで、翼の先端から透明に移り変わると、身体も、まるで水晶で出来ているかのように、全身が透明になっていくのだった。


(なんだ、このトリは!? なんで、色が変わるんだ? いったい、俺をどこへ運んでいるんだ?)



 ばさっ……ばさっ……!


 翼竜が再び地面に舞い降りた時、羽の色は、完全に白くなっていた。


「……ここは……?」


 ケインは、おそるおそる翼竜の背から降り立った。


 そこは、岩山とは打って変わり、緑の草木が一面に広がっていた。


「ここが、竜の谷の頂上だ」


 重々しい声に振り向くと、全身が古めかしい甲冑ずくめのものが、そこに立っていた。


 背丈は、ケインよりも少し高いくらいだ。メタル・ビーストや、背に乗ってきた大きな翼のある竜に比べればヒトに近かったので、いくらかほっとするが、不思議なことに、その『彼』ですら、ヒトらしい感じはない。

 ケインの戦士としての勘が、そう告げていた。


「あなたは、さっきの声の人だな?」


 まったく警戒心を解いたわけではなかったが、剣には手をかけずに、ケインは尋ねた。


 甲冑を着たものは、兜を被った頭で、頷いてみせた。


「私は『ここ』の門番で、グレンリヴァーという。お前の名は?」


 兜の中から、ゆっくりと、声は語りかけた。


「ケイン・ランドール」


 兜の目のあたりを見据えて、ケインは答えた。


「では、ケイン・ランドール、こちらだ」


 甲冑の騎士が手にした、尖った棒のような剣を、進行方向に向け、ゆっくりと歩き出した。


「あなたには、俺がどうしてここに来たか、わかってるのか?」


 慌てて隣に並んだケインが、尋ねた。


「マスター・ソードであろう? ついてくるがよい」


 甲冑の騎士は振り返りもせずにそう答えると、()びた鎧を(きし)ませ、歩き続けた。ケインも後を追う。


(伝説の剣と、いよいよご対面か! だけど、こんなに簡単に案内してくれるとは思わなかったな。何か、とてつもない試練があるようなつもりでいたけど……)


 心の中でそう思いながらも、辺りを油断なく見回しながら進むが、どこにも生き物の気配というものは感じられなかった。

 隣に並んでいる騎士でさえも――。


 建物らしいものも、何も見えてはこない。

 周りの景色も、草や木ばかりで代わり映えしない上、こう沈黙を保ったまま進んでいくのは、彼としては落ち着かなかったため、何でもいいからと、甲冑の騎士に話しかけてみることにした。


「そう言えば、さっきのトリ、色が変わっていったけど、ここでは、そういうのものなのか?」


「あれは、マスター・ソードの象徴だ」


 ケインには、まったく意味がわからなかった。


「あのメタル・ビーストは? あれだけで、出番は終わりなのか?」


 騎士との会話を、再び試みる。


「『彼』の姿を見ただけで、大抵の人間は恐怖のあまり逆上し、襲いかかっていくものだ。真の正義に生きる者は、どのような場合でも動じず、いつでも相手を見極められる必要がある。それがわかれば、『彼』の役目も終わる」


 淡々とした答えが返ってきた。


「メタル・ビーストにしては、おとなしかったな。伝説では、ゴールド・メタル・ビーストほどではないにしろ、戦闘的な獣だって聞くのに」


「『彼』は、ヒトの間に伝わる想像上のものとは、少し違う。常に我らが主人マスターの意志に忠実なのだ。お前に、少しも攻撃をしかけなかったのは、マスターの御意思であるのかも知れないと判断し、私はお前をここへ招いたのだ」


 それから、少しの間、鎧の軋む音だけが流れた。


「主人『マスター』って、ヒトの拝む神のこと?」


 沈黙に耐えられず、ケインが問う。

 騎士は、やはり横を振り向くことすらなく、答える。


「おそらく、それとは違う。我らのマスターとは、人間界において言えば、『すべての魔力を支配する者』のことだ」


「すべての魔力を支配――!」


 思わず、ケインは騎士の言葉を繰り返す。


「あの、俺、……全然魔力ないんだけど、……大丈夫かな?」


 途端に不安になったケインが、おそるおそる騎士を見る。


「それは、条件のうちだ。歴代の剣の持ち主たちも、そうであった。案ずることはない」


「そ、そう? 良かった……」


 少しだけ安心した彼だが、生粋の武人であると自負しているが故に、『魔力』と名のつくものには、何となく苦手さを感じてもいた。


「それにしても、悪者も、魔力のある魔道士も、持つことが許されない剣なんて――俺なんかに、そんなもの持てる資格なんて、あるんだろうか?」


 ぽそりと呟いた彼に、騎士はまたしても淡々と答える。


「もちろん、ここまで来ておきながら、追い返される場合も、多々あった」


「……やっぱり?」


 既に、気が重くなっていたケインであった。




「少年よ、あれが、お前に抜けるか?」


 甲冑の騎士グレンリヴァーは、ずっと隣を歩いてきた少年戦士ケインに問いかける。


 辺りには、何もない。これまで生えていた草や木さえも見られず、でこぼこした荒れた地面が広がっている。


 そして、騎士の指し示した方向には、(うずたか)くなっている土に、剣の柄の

ようなものが突き出ているのが見えた。


「もしかして、……あれが、マスター・ソード!?」


 ケインは騎士を急いで振り返るが、騎士は身動きひとつせず、言葉さえも発しは

しなかった。


 伝説の剣がいよいよ目の前に――!


 ケインは、ゆっくりと歩き出し、深く土に埋もれている剣の持ち手に、手をかける。


 掴みやすい曲線が、既に彼の手に馴染んでいるようだ。


 自分の剣なのだ! という確信が、彼の中に涌き起こり、ドキドキと鼓動が速まるのを感じる。


 ――が、


「……抜けない!?」


 再び、両手でありったけの力を込めて引き抜こうとすると、剣の刃が少しだけ見えて来た。


「よし、もうちょっとか!?」


 半ばほど抜けてきた時、渾身の力を込める。


 その様子を見守っているのかどうか、甲冑の騎士は、まるで飾り物の甲冑になってしまったかのように、沈黙し続けている。


「……!」


 剣先に何かが引っかかっているように、なかなか抜けそうになかったが、ケインの両腕にかかっていた負担が一気に感じられなくなったと同時に、すんなりと動いた。

 彼は、もうそれほど力を入れることなく、剣を引き上げられた!


 とうとう、剣は全身を(あらわ)にした!


 伝説の剣は、彼の想像とは違っていた。


 ただのロングソードのような、スマートな剣が、ケインの手に握られている。

 それだけでも意外であったが、ただひとつ、それが剣には似つかわしくないところがある。


 剣先が、平たく大きく曲がっていたのであった。


「これは、なに!?」


 ケインが騎士に問いかけるが、騎士は沈黙したままである。


「これがマスター・ソードか? なんか意外な形してるなー。(くわ)みたいじゃないか。こんなんで戦えるのか? いや、だけど、東方のどこかには、先の曲がった剣があるって聞いたことがあるぞ。それなのかなぁ?」


 剣を見つめたまま、首を(ひね)る。


「それで、この辺り一帯を耕し、この地を豊かにしてみせよ」


 もう動かなくなってしまったと思っていた甲冑の騎士の言葉に驚き、ケインが振り返った。


「……これで耕す……?」


「それがお前の課題だ。それができなければ、伝説の剣は手に入らぬ」


 淡々と、騎士は告げた。


「ちょ、ちょっと待てよ! だって、これがマスター・ソードなんじゃ――!」


 困惑している彼に、あくまでも淡々と、グレンリヴァーは言い放つ。


「それがマスターソードだとは、私は一言も言っていない」


 鍬のような剣を手にしたケインは、がくっと両膝をついた。


「……この辺り一帯って、どこまで?」


「土の見えている辺り一帯だ」


 見渡すと、微かに遠くに木があり、草も生えている。そこまでは、この禿げた地面が続いている。


「こんな広いところを、ひとりで? 一体、何日かかるんだ」


 放心して、ケインが呟いた。


「しかも、何を育てるんだ? 芋か? 草花か?」


「何が育つかはわからぬ。種子はない。お前の『心』で育てるのだ。お前の人格が畑の作物として現れる。それを、我がマスターがご覧になり、お前がマスター・ソードの持ち主にふさわしいかどうかをお決めになる」


 口頭でやりとりするよりは、本人の内面が現れるその方法は、包み隠せず、ごまかしの利くものではないと言えた。


 ケインは、何も生えていない地面を再び見つめ、そのうち肩を震わせ、くっくっと笑い出した。


「上等じゃないか。こんな思わせぶりの変な剣なんか、わざわざ作りやがって、あんたのマスターとやらは、さぞかしお茶目なヤツらしいな! やってやる! 畑でも何でも耕してやるぜー!」


 ケインは剣をもっていない方の手を握り締め、不適とも、はたまた自棄(やけ)

起こしているとでもとれる笑みを浮かべた。


「では、幸運を祈る。せいぜい頑張るのだ」


「ご親切に、どうもありがとうよ!」


 ケインが甲冑の騎士を睨みつけるが、騎士は構うことなく背を向け、もと来た方へと、また鎧を軋ませながら帰っていった。


 正義の心を試す試練は、ケインの想像と随分違っていた。


 途方に暮れたように(たたず)む彼だったが、やがて、意を決したように足元の土を、先の曲がった剣で掘り返し始めたのだった。


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