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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第四章 伝説の剣 Ⅱ
10/21

伝説の剣を目指して

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.15)

 緑の山間(やまあい)に囲まれた、長閑(のどか)な田園風景が一帯に広がる。


 水田で苗を植えている人、黒いウシを使い、畑を耕している人、大きな荷物を頭の上に乗せ、出会った人と挨拶を交わしている人――そこで見られるものの何もかもが、まさに平和を象徴する風景であった。


 その村の中心街は、もう少し開けており、商人の店が並ぶ奥には、魔道士の医師のいる診療所や、いくさや野盗などの被害に遭い、親を亡くした子供たちを引き取っている施設などがあった。


 施設には、まだ幼い子供たちがほとんどだったが、十歳になる頃には皆、里親を見つけるか、奉公に出るなどして、施設を離れていく。

 そこは、現在の領主の前の代から建てられたもので、噂を聞きつけ、孤児を拾った者が、その村まで連れていくということも多かった。


 近隣の町や、村からは、その施設のあるところとして、ここチュイルの村は知られているのだった。


「リディアおねえちゃん、タルが転んで泣いてるよ」


 施設の庭で遊んでいた幼女が、キッチンで調理を手伝っている少女の衣服を引っ張った。


「もう、しょうがないな、タルは、いっつもどこか怪我するんだから」


 少女はそう言いながら笑うと、幼女に手を引っ張られ、施設の庭に出て行く。


 庭では、ひとりの男児が座り込み、わあわあ泣いていた。それを、四、五人の、同じような年格好の子供たちが集まり、しゃがんで見ている。


「タル、おねえちゃん連れてきたよ」


 泣いていた男の子は、顔を上げた。

 肩まで伸びた艶やかな黒い髪と、鮮やかな緑色の瞳の、求めていた少女の姿がそこにあるのを認めると、すぐに泣き止んだ。


 もう大丈夫だと、子供たちは、安心したように、少女と男児とを、交互に見た。


「ほら、どうしたの、タル。ああ、膝を擦りむいたのね。今、治してあげるから、もう泣かないのよ」


 少女は、片方の手のひらを子供の膝に(かざ)す。みるみる傷が塞がり、痛みの方も消えてきたのか、男児は泣くのを完全にやめていた。


「さあ、治ったわ。血を見てびっくりしちゃっただけなのよね? タルは男の子なんだから、それくらいで泣いたりしちゃおかしいわよ」


 少女はタルを立たせ、服に付いた砂をぱんぱんと払いのけながら、やさしく微笑んで言い聞かせた。怪我が治ると、タルはまた周りの子供たちと走り回って、遊び始めた。

 少女は、微笑みながら、その様子を眺めていた。


「よっ!」


 聞き慣れた声に、少女が振り向くと、木の陰から、ひょいっと顔を覗かせた少年の姿をとらえた。深い青い大きな瞳を持つ、明るい栗色の髪をした少年だった。


「ケイン」


 少女は、少年を親しみのこもった目で見つめ、微笑んだ。


 彼は木の陰から全身を表し、施設の庭を仕切っている丸太の柵の上に、ひらりと飛び乗った。彼女も、彼の横に並び、柵に寄りかかった。


「どうだ、タルの様子は?」


「ええ、もうみんなと打ち解けてるわ。ケインが連れてきた時と違って、大分明るくなったわ」


 ほっとしたように、ケインは少し離れたところで走り回っているタルを見つめた。


「あいつの両親が魔物に襲われ、レオンが助けてからもう半年かぁ。あの時は、両親を殺されたショックで、しばらく口が()けなかったからな。元気になって、ほんと良かったよ」


「元気が良くなったのはいいんだけど、しょっちゅう怪我をしては泣いてるわ。まったく、誰かさんみたい」


 少女の瞳が、からかうようにケインに注がれている。


「おいおい、俺は泣いてなんかいないじゃないか。ガキと一緒にするなよ。タルにしたってなあ、あれは痛くて泣いてるんじゃないんだ。リディアに甘えてるだけなんだよ」


 慌てて取り繕うケインに、なおも少女の目がきらりと輝く。


「へー、じゃあ、ケインも私に甘えてるの? それで、いっつも怪我して私んとこに来るんだ?」


「お、俺はなあ……! 傭兵なんだから、怪我して当たり前じゃないか! 別に、そのためにリディアに会いに来てるとか、そんなんじゃ――」


 言えば言うほど墓穴を掘っているような気分になり、ケインは口を(つぐ)んでしまった。


 年齢よりも少し大人びた彼女の緑色の目に見据えられると、必死に言い訳をしても無駄だと悟らされる。彼はそれ以上、何も言うことが出来ずに、代わりに、微かに頬を赤らめた。


「私の方がおねえさんだってこと、忘れないでよね」


 リディアは、くすくす笑った。


「俺より一つ年上なだけじゃないか。それだけで、おねえさんぶるなよ」


 カーッと顔を紅潮させると、ケインは柵から飛び降り、走っていった。


「やれやれ、だからコドモだっての」


 リディアは肩をすくめると、おかしさをこらえながら、キッチンへと戻って行った。


「オバちゃん、今日は何がいいんだ?」


「おや、レオン。今日は、あんたが食事当番かい?」


「ああ」


「そうだねえ、やっぱりトリが一番安いけど、明日ウシのいいのが入ってくる予定なんだよ。今日の分は我慢して、明日ウシを買いに来たらどうだい?」


「なるほど、それもいいなあ」


 村の商店街では、黒髪を後ろで束ねた長身の男が、トリやブタなどの肉を店先に吊るして売っている、中年の小太りな女性と、やりとりをしていた。


「今日も診療所かい?」

「ああ、これからな」


 レオンは、村の診療所を手伝っていた。

 もとが武道家であり、師匠からも、怪我などの処置の仕方を知っていたため、筋肉の()りを和らげたり、脱臼(だっきゅう)などの場合は、魔法を使うよりも早く治すことが出来たので、応急処置をするなど、魔道士の医師の助手として働いているのだった。


 そのようなこともあり、村人とは、すっかり顔馴染(かおなじ)みであった。


「そうだ、あんたが診療所に行くついでにさ、これを、あの施設の子たちに、持っていってやってくれないかね?」


 施設は、診療所に隣接している。

 肉屋のおかみは、肉の塊の包みを、レオンに手渡した。


「わかった。オバちゃんは、いつも気前がいいねえ。俺にもそうだと、もっとありがたいんだけどなあ」


「なんだ、あんたたち親子にだって、いつも、ちょっとだけ、おまけしてやってるんだよ」


「あれ? そうだったのか?」


「当たり前だよ。あんたみたいな男前や、ケインのようなかわいい子にはね、自然と親切にしてあげたくなるもんなんだよ。ほかのオバサンたちだって皆そうさ。あんたたちは、結構得してるんだよ」


「いやあ、オバちゃん、さすが商売してるだけあって、うめえや!」


「そうだろ? わかったら、さっさと肉を届けに行っておくれ」


「はいはい」


 レオンは笑いながら、肉屋から離れていった。

 彼が施設に着く頃には、肉や野菜などをたくさん抱えているのも、いつものことである。


「村の人たちから差し入れだよ」


「まあ、いつもすまないね、レオン。皆、あんたに預けるもんだから、いつも重たい思いさせちゃうねえ」


「なあに、このくらいは、たいしたことないさ」


 施設の料理番を勤めている大柄な中年女性が、レオンから材料を受け取ると、それらを貯蔵庫へしまう。


「ケインのヤツは、来てるか?」


「ああ、今日も、子供達に武道を教えてやってるよ。あの子も、あんたと同じで、面倒見がいいねえ」


「そうか。じゃあ、俺もそろそろ『せんせい』のところへ行くかな」


 料理番の女性に会釈してから、レオンはキッチンを出て行った。


「次は、回し蹴りのやり方だ」


 庭では、子供たちが全員集まり、しゃがみ込んで、ケインに注目している。十歳近くになる子もいて、その数は三〇人にも及ぶ。


「後ろから、敵が近付いてきたら、ぎりぎりまで待ち、右足を軸にして、こうだ!」


 ケインが見本を示してみせる。左足が、大木に、綺麗なフォームで当てられた。

 子供たちは喜んで、わいわい騒いでいた。


「ケインたら、そんな難しいこと、この子たちに、いきなり出来るわけないでしょ? もうちょっと簡単なものを教えてあげてよ」


 横で、リディアが耳打ちしている。


「そっか。じゃあ、ちょっとした剣術だ。みんな木の枝を持って来い」


 ケインに言われた通り、子供たちは、木の枝を探して、集まった。


「まず始めに、剣の構え方から行くぞ。こうやって――」


 ケインが両手で剣を構えるように、枝を構える。見よう見まねで、子供たちも構えてみる。


「そうそう、みんなうまいぞ! 次に、二人組になって――、俺は、そうだな、リディア、相手してくれ」


 自分の持っていた枝をリディアに放ると、ケインは新しく枝を拾い、説明に戻る。


「まず、一人が上からこう来たら、もう一人は――」


 彼は、リディアに、枝をゆっくり下ろす。と、その枝を、彼女が、パシッと(はた)き落とした。


「だから、いきなりそんな難しいことじゃなくて――! ちょっとした運動になればいいんだから、もうちょっと簡単なことにしてよ! だいたい、子供たち同士を戦わせるなんて、そんな野蛮なことはやめて!」


 リディアが、枝をぶんぶんケインの目の前で降りながら言った。


「なんだよー、教えてんのは俺じゃないかー。口出しすんなよ!」


「枝で叩き合って、目でも怪我したらどうするのよ! 危ないじゃないの!」


 子供達は、いつの間にか、木の枝を握りしめたまましゃがみこみ、二人の言い争いを面白がって見ている子もいれば、地面に落書きをしている子などもいる。


 しばらくして、ひとまず言い争いが終わると、ケインは気を取り直して、子供たちの方に向き直った。


「よーし、じゃあ、とっておきのヤツを教えてやるぜ。東方の武術『武遊浮術(ぶゆうじゅつ)』だ!」


 ボカッ! 


 リディアに頭を拳で殴られ、ケインは頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。


「はい、みんな、武道の時間はもうおしまいよ。好きに遊んでらっしゃい」


 リディアが、さっさと子供たちを立ち上がらせると、子供たちは喜んで走り回った。


「おー、いて! 冗談だったのに……ひどいよ、リディア、本気で殴っただろ?」


 頭をさすりながら、ケインが立ち上がる。


「ケインが悪いのよ」


 リディアは腕を組んで、怒ったように、そっぽを向いた。


「だからって、あんなに強く殴ることないじゃないか。ああ、まだ痛い!」


「ごめん、そんなに痛かった?」


 少しだけ心配してリディアが振り向き、ケインの頭の上を覗こうと背伸びをした。


 その時、ケインの瞳が、いたずらっこのように輝いたかと思うと、唇が、素早く彼女の唇に触れた。


 まったく、一瞬の出来事であったので、リディアは何が起きたのかも理解できずに、ただただ緑の瞳を、大きく見開いて、彼を見つめるばかりだった。


「……殴ったお返し」


 ケインは、少し照れたようにそう言うと、丸太の柵に飛び乗り、走って行こうとしたのだが――


「ケインがチューしたー!」


 周りには、途端に子供たちが集まり、騒ぎ出した。そのせいで、彼は、柵の上からひらりとは飛べず、みっともなく顔から地面に落っこち、それがまた子供たちを大喜びさせたのだった。


 起き上がると、振り向かずに手だけを振り、彼は駆けていった。


 子供たちがわいわい騒ぐ中、その後ろ姿を、リディアの瞳は、いつまでも追いかけていた。




「ついに、時が来た――!」


 診療所の、窓を閉め切った暗い別室では、先ほどまで医師であった魔道士の、小太りな姿があった。


 彼の前には、小さな台があり、そこには、子供の頭ほどもある水晶の球が乗っていた。


「せんせい、俺、早く帰りてえんだけど、まだかい?」


 診察の時間は既に終わっていた。

 レオンは部屋の入口に、腕を組んで、寄りかかっている。


「長年の夢であった。ついに、この水晶球(すいしょうだま)が、ワシの手元に――おお、なんと運のいいことか!」


 魔道士は、独り言を言っていた。


「魔道士協会の抽選に当たったのじゃ! それで、定価より半分の値段で、これを買うことが出来たのじゃ! まったく運が良かったとしか、言いようがない!」


「ああ、そうかい。そりゃあ、よかったな」


 何のことかよくわかってはいないレオンであったが、とりあえず相槌(あいづち)を打っておいた。


「これさえあれば、今までワシがやっていた占いも、より確かなものとなるじゃろう」


「なんだ、占いの道具だったのか」


 魔道士は、水晶球に、じっと見入った。


「ほう! お前のところのケインは、ワシの孫娘と恋仲らしいのう!」


 レオンは、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「そんなことは、わざわざそんなモンに頼らなくたって、見りゃわかんだろ? 放っておいてやれよ。だいたい、『のぞき』をするために、それを手に入れたわけじゃないんだろ? せんせいよ」


「わかっておるて。ちょっと、試しにリディアの様子を見てみただけじゃ。自分の部屋で、さっきからずっとボーッとしとるんで、時間を(さかのぼ)ってみると、なるほど、昼間そんなことが――というわけじゃよ」


 魔道士は、微笑ましげに笑っていた。


「では、本題に入るが……レオンよ、時は来た!」


 魔道士は、急に、真面目な態度になり、レオンの顔も引き締まる。


「これより三日後、神のお力が最も高まり、魔物が影を潜める。その時が、チャンスじゃ! 聖なる『(ドラゴン)の谷』に眠る『神の剣』は、神の徒を受け入れるであろう。――と、水晶球は言っておる」


 顔を上げる魔道士に、レオンは真剣に頷いた。


「マスター・ソードか……。伝説の剣だってことくらいしか知らないが、一体、どんな剣なんだ?」


「それは、その剣を手にする者にだけ伝授される。詳しいことは、この水晶球ですら、わからんらしい。ただ、その剣を手にするには、純粋に正義を貫き、悪を倒すことを目的とする以外は認められないということ。それを試す関門とやらもあるらしい。それをクリアしたもののみが、神に認められ、正義の剣を手にすることが出来るのじゃ」


「そうか。それだと、悪者は、絶対に手に入れられないってことか」


「その通りじゃ。その上、マスター・ソードは手に入れた本人にしか使いこなせぬ」


「純粋に正義を貫き、悪を倒す――まさしく、俺が昔からあいつに教えてきたことじゃねえか! あいつなら、大丈夫だ! ……いや、案外、俺でもイケるかもな」


 レオンは、楽観的に笑ってみせた。


「それは駄目じゃ」


 魔道士は、無下に否定した。


「お前は既に『魔物斬りの剣』を持っておる。しかも、伝説上、最強の剣ではないか。それがあれば、マスター・ソードは必要ないと見られてしまうじゃろう。


 それに、お前には、昔、恋人がいたじゃろう? マスターソードを手に入れられる資格を持つ者は、純粋な神の御子でなければならない。すなわち、……異性と関わりを持たぬ者ということじゃ」


 レオンは、ぎょっとして、目を見開いた。


 この水晶球では、その人の過去などもわかってしまうのだろうか。

 だとすれば、彼のかつての恋人の行方も、これによって、確かになるのではないか……。


 レオンの頭の中に、そのような考えがよぎったが、老人は、彼の表情を別の意味にとらえたようで、声の調子を変え、微笑んだ。


「安心せい。ケインはリディアとは、それほど深い仲ではあるまい」


 一気に現実に引き戻されたレオンの目は、余計に見開かれ、魔道士を見つめた。


「――と、水晶球が言っておる」


 老魔道士の言葉で、レオンは、胡散(うさん)臭そうに球を見る。


「……まあ、それにしたって、剣を手に入れるまでの辛抱じゃ。手に入れてしまえば関係ないじゃろ。でなければ、剣の持ち主は一代限りということになってしまい、正義も受け継がれんで終わってしまうことじゃしな。


 前の持ち主は、神の御子であることを貫き、残念なことに、生涯誰とも結ばれることなく逝ってしまったようじゃ。それは、何も稀なこととばかりは言えぬ。正義の味方は、恋愛下手が多いようなのでな、出来れば、何代にも渡って、剣と正義とを受け継いでもらいたい故、頑張って欲しいものじゃがのう」


 魔道士は、そう言うと、満足そうに顔を上げ、腕を組んで、どっしりと構えた。


「――と、球が言っておる」


「……ホントかよ? あんたが勝手に作って言ってるんじゃないのか?」


 またしても、胡散臭そうな顔で、水晶球と老魔道士とを見比べるレオンであった。


「何を言う。本当じゃて」


 老魔道士は、椅子の背に、その太った身体を(もた)れかけたまま、自信ありげに大きく頷いている。


「スケベな球だな!」


 レオンは、水晶球に顔を近付け、睨みつけた。


「これ、よさぬか! 水晶球の悪口を言ってはならぬ! ……ああ、ほれ、もう何も映し出さなくなってしまいおった……」


 老魔道士は、がっかりしたような顔になったが、すぐに気を取り直すと、紫色の絹を取り出し、まるで水晶球の機嫌を取るように、やさしく拭き始めた。


 その仕草をも、レオンは疑り深い目で、または疲れ果てたように、見つめていた。




「よいか、ケイン、この旅は、お前がひとりで行かなくてはならぬ。お前の、正義を貫き、悪を倒していくという確固となる意志が、神に認められなくては、マスター・ソードを手にすることはできぬのだ」


「はい!」


 旅立ちの朝早く、ケインは、レオンと共に、診療所に来ていた。


「これは、魔道士協会で買った魔除(まよ)けのお守りじゃ。これがあれば、多少のモンスターは近寄っては来られまい。常に首から下げておくがよいぞ」


 老人は、護法印の刻まれた、碧く澄んだ丸い石のペンダントをケインに手渡す。

 ケインはそれを受け取ると、さっそく首に下げた。


「最近は、少々の力を持ったモンスターの出現が多くなっておる。山や森などに時空の(ひず)みができ、そこから、奴等は呼び出す者がいなくとも、勝手に現れるらしい。


 ワシのこの水晶球によれば、既に被害に見舞われている小さな村が、いくつか出て来ておるそうじゃ。むろん、ここからは遠いところばかりじゃがな」


 老人が、ふと窓の外に目を移したのにつられて、ケインも窓を見る。山々の間から覗く、遠くの一際高い山が、頂上に薄い雲を被らせ、(そび)え立っている。


「マスター・ソードが(まつ)られておる聖なる神殿が近いせいか、この周辺の地は、魔物から守られておる。滅多なことでは魔物など湧いてはこなかったが、世界に異変が起き始めておるとなると、ここもどうなるかわからぬ。


 これから出現するであろう魔物の数は、今までの比ではないかも知れぬ。それに対抗するには、レオンのように魔物をも切り裂く剣を持つ必要があるのじゃ。


 世のため、人のために、聖なるマスター・ソードを手に入れ、必ず戻るのじゃぞ、ケイン」


「施設のことは心配すんな。俺も手の空いてる限り、子供達の相手になるからよ」


 ケインは顔を上げ、老魔道士とレオンとに頷いてみせた。

 その(おもて)は、揺るぎない強い意志が表れている。


 診療所の入口まで、レオンと老魔道士が見送りに出た時、


「ケイン……」


 皆が振り向くと、レオンたちの後ろから、リディアが姿を現した。


「……行ってしまうの?」


 ケインを見つめる彼女の瞳は、いつになく潤んでいた。

 彼の瞳は、緊張の糸が解けて緩んだ。


「村を出ていこうってわけじゃないんだ。ちょっと剣を取りに行くだけだよ。すぐに戻ってくるよ」


 彼は自ら気持ちを盛り上げ、何でもないことのように、明るく言ってみせた。

 リディアが老人を振り返る。


「お爺ちゃん、私もついて行っちゃだめ? ほら、ケインが怪我をしても、私がいれば、すぐに治療してあげられるし、魔除けだって出来るし……ケインだって、一人より二人の方が心強いんじゃないかしら」


 健気な孫娘に対して、祖父は穏やかに首を横に振る。


「魔除けなら、もう持たせてある。ひとりで行くことは、彼がマスター・ソードを手に入れるための試練でもあるのじゃ。ワシらは、それを邪魔してはいかんのじゃよ」


 リディアは、俯いた。澄んだエメラルドの瞳は、ますます潤んでいく。


(バスターブレードを手に入れに旅立った時も、ちょうどこんな感じだった。あの時は、皆には内緒で旅立ったから、見送りはユリアだけだったが。……あの晩、俺はユリアと固く将来を誓いーー)


 二人の様子に、レオンは、自分の過去を映し見ていた。


 レオンは、そっと、リディアの肩に手を置いた。

 リディアが、潤んだ瞳で彼を見上げる。


「大丈夫だ。ケインの腕は、俺が保証する。あいつは、並の大人の傭兵どもよりも、結構頼りになるんだ。そう簡単に、野盗や魔物なんかにやられたりはしないさ」


 彼の目は、穏やかにリディアを見つめていた。

 その彼の目を見ているうちに、彼女の表情からは、いくらか不安は取り除かれていった。


 それを見届け、安心すると、ケインは前を見据え、一際高い山目指して、歩き出した。


「ケイン!」


 (こら)え切れずに、リディアが二、三歩駆け出す。

 ケインは立ち止まり、顔だけ振り向いた。その顔には、微笑が浮かんでいた。


「リディア、……きみに言うことがある。……帰ってきたら、……必ず言うよ」


 リディアの瞳が、大きく見開かれた。


「なあに、ケイン? 何を言ってくれるの? 今じゃだめなの?」


 リディアの必死な言葉にも、彼は首を振った。


「帰ってから言うよ」


「いや! 今言って! もし、このまま会えなくなったら、私……!」


 リディアの瞳から、涙が溢れ出す。それを、何とも言えない表情で、ケインは見つめていた。


「……何言ってるんだよ。俺は、ちゃんと無事にここまで戻ってくるってば。そんなに心配するなよ。必ず戻ってくる自信があるから、その時に言うんじゃないか。リディアは、心配症だなあ」


 何でもないことのように、彼は、にっこり笑ってみせた。


「だから、待っててくれ」


 そう言い終わると、彼は、もう振り返ることなく、真っ直ぐに進み出した。


(……ケイン、……大丈夫よね? ……ちゃんと、戻ってきてくれるよね?)


 以前よりも(たくま)しく見えるその後ろ姿に、溢れ出る涙を拭いながら、リディアは、心の中で、繰り返し問いかけていた。


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